二人の火照り遊び

山之辺アキラ

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序章

3.ちょっとエッチなイタズラ ◆

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 拓斗は畳に突っ伏した。
 顔は美詠と逆を向き、手足は力なく伸びている。

「どうしたの?」
「畳が気持ちいい」
「次のマンガ読まないの?」

 美詠はクマのじゅうたんのようになった拓斗に向き直った。
 押さえのなくなった雑誌が静かに紙面を閉じる。

「俺ここで寝る」
「えっ、なんで。オススメは?」
「藍川さんの好きに読んでいいよ」
「みよみだよ」
「みよみちゃんの好きに読んでいいよ」
「ええー」

 一緒に読むって言ったくせに――。
 一人ぼっちにされた口はツンととんがった。せっかく一緒に遊べたのに、これでは急につまらない。

「オススメ出さなくていいから起きてよー。一緒に読もうよ」
「起きないよ」
「なんで」
「なんでも」
「なんで」

 彼がすねた理由に思い当たりなら美詠にもあった。今回は言わなかった感想だ。
 それでも内容が内容だ。ちょっと勇気を奮って言ってみる。

「今のマンガも面白かったよ。拓斗くんのオススメ良かったよ」
「そうか」

 そっけない声。
「ひどい!」と叫びたくなったのをこらえて聞き返す。

「拓斗くんは面白くなかったの?」
「面白かったよ」
「じゃあいいじゃない」
「じゃあよくないんだよ」
「意味わかんない! いじわる」

 畳に投げだされた二つのかかとに美詠は手を伸ばした。
 濃紺のスニーカーソックスをつまんで引っ張る。新品らしい豊かな手触り。いい感じによく伸びた。
 やめてくれー、と伸びきった声も聞こえる。

「じゃあ起きる?」
「うん、起きない」

 美詠は靴下から手を離し、今度はかかとに指をのせた。
 左と右、かわりばんこに突っつきながら、意地の悪い声を出す。

「起きないと足の裏くすぐっちゃいますよ~?」

 こまるー、と間延びした声が返ってきた。

「そろそろ起きる?」
「まだまだ起きない」
「困っちゃえ」

 美詠はかかとをポチッと押した。
 そのまま足の親指へ向けて指をジグザグになぞり下ろす。

 相手が誰でもそれなりに効かせる自信はあった。去年のお泊り会のくすぐり合戦で友達三人をたちどころに降参させた実績があるのだ。

「くすぐったいでしょ」

 指をかかとに戻してまたなぞる。
 何度も繰り返す。なぞり方にも工夫をこらす。

 しかし拓斗はぴくりとも動かなかった。

(あれぇ?)

 美詠は攻め方を変えた。指先で土踏まずにぐるぐる渦を描いたり、指の腹ではなくて爪の平たい部分でなぞったりする。それでも効かないとみるや、すべての指をうねうね動かしながら足の裏全体をくまなく攻めたてた。

 しかし反応がない。

「ねえ、くすぐったくないの?」
「くすぐったい」

 抑揚のない声がかえって挑発的。

「もーっ」

 三人抜きのチャンピオンは膝で地団太を踏んだ。
 こうなったら何とかして飛び上がらせてやりたくなった。

 けれども足の裏をくすぐる手は尽くしたし、他の場所をやるには抵抗がある。
 どうしようか少し考えて、
「――!」
 閃いた。

 作戦を実行すべく美詠は畳の上で四つん這いになった。そのまま前進して、そっぽをむいてる後ろ頭にゆっくり近づいていく。
 おさまりの良いきれいなストレートに見えていた拓斗の髪も、近くで見ると何本か重力に逆らって上を向いている。
 それを眺めながら彼の顔の動きを計算し、ぎりぎりと思われる位置で膝立ちした。
 可愛い声を作って呼びかける。

「ねえねえ、拓斗くん。こっち見て」
「んー?」

 気だるそうな顔が振り向いた。頬に畳の跡がついている。
 拓斗は自分の目の前に並ぶ脚を見て何事かと思ったらしい。ぎょっとした目が上を向く。

 今!
 美詠はワンピースの裾を勢いよくまくった。

 少年の瞳に咲く白いアサガオ。
 花の芯まできっちり白い。

「うわっ。なに!」
「あはは。ビックリした」

 してやったり。
 後ろに転がって跳ね起きたターゲットの反応に、作戦の立案者はとても満足した。座布団に戻ってしゃんと座る。

「するだろ。なに今の」
「告白!」
「なにコクハクって」
「男子の前でスカートめくるの。あるでしょ」
「ないよ。知らない。見たことないよ」
「あれー?」

 男子のそばで「告白!」と言いながらスカートをめくる遊び。ただしめくるのは自分のではなくて友達のだ。みんなのノリと反応が面白く、美詠の学校で夏休み前に流行していたイタズラだった。先生に見つかったら叱られる。

「女子はやらないの? 拓斗くんの学校だと男の子がめくったりするとか?」
「なにを?」
「スカート」

 美詠はワンピースの裾をつまんでヒラヒラさせた。
 拓斗の視線はいとも簡単に釣れた。

「なんでだよ。めくらないよ」
「えー、変なの」
「俺が変なの?」
「そういうの好きでしょ? 男子って」

 もう一度ヒラヒラさせる。また釣れた。

「でもやらないよ」
「でも、って言った」
「やらないよ」
「私にエッチなマンガは読ませるのに?」
「あれは間違えたんだよ」
「うそ。普通のマンガ飛ばしてたもん」
「いや、それは」

 気まずそうな目がそれた。
 それを見た顔はいたずらな笑みを一段と深める。

「ねえ、さっき見えた?」
「なにが」
「パンツ」
「見えたよ」
「もっと見る?」
「うん……えっ?」

 シャープな目つきでも驚くと目は丸くなるものらしい。
 美詠は畳に膝で立ち、ワンピースの裾を近づけて言う。

「見ていいよ」
「いいの?」
「拓斗くんならいいよ」
「マジか。俺がめくるの?」
「うん」
「おー」

 拓斗の表情が一変した。
 手を脇に置いて“さあどうぞ”と向けられたスカートが目の前だ。
 止まろうはずもなく、じゃあいくぜと言わんばかりの手がワンピースをつかんだ。

 だが威勢の良さに反してその後の動きは遅かった。そろりそろりとめくっていく。

(あれ?)

 美詠は戸惑った。
 自分がしたように、ぱっとめくられておしまいだと思っていたのに様子が違う。

(あれっ? あれっ?)

 状況を理解して気持ちが焦った。冗談気分がかき消えた。
 拓斗の顔は嬉しそうだ。ワンピースの裾を前に引っ張って、中をじっくり見ながらめくり上げていっている。その手つきがいやらしい。

 間もなくしてワンピースはウエストラインよりも高くめくり上げられた。
 中を覗きこむ拓斗の顔はまるで宝物を見つけた少年のように輝いている。が、なぜだか妙に悪い笑みが浮いているようにも見える。

 少女の心に紅色の羞恥心が一滴たれた。
 波紋を作りながら広がっていく。

 首を振る扇風機の風が、めくられた服の中に入りこんだ。
 本来なら風を受けるはずのない腰の肌を風が撫で、少女の心をさらに煽る。

「…………」

 交わす言葉のひとつもなく、二人は彫像のように固まった。
 しかし時は刻まれてゆく。
 気持ちも秒針と共にずれてゆく。
 それは不安へとはっきり傾いて、美詠はたまらず拓斗の手を両手で押さえこんだ。

「も、もう終わり」
「あっ」

 突然やわらかな抱擁を受けた手は臆病な小動物のように引っこんだ。
 めくられていたところを押さえながら畳にぺたんと座った美詠を見た顔に、物足らない表情が浮かぶ。

「だって……拓斗くん、黙って見すぎ」
「あー、悪い悪い」
「なんか変だった? 私の」
「いや。ドキドキした」
「ドキドキしたの?」
「した。してた」
「そうなんだ。拓斗くんがドキドキ……」

 手の引っこみ方を思い出して美詠はクスッと笑った。

「じゃあ、もう一回見る?」
「お、見る。いいの?」
「うん。いいよ」

 三度目の膝立ち。
 緊張したせいか腰や腿に力が入りづらくなっている。

 拓斗が体をにじり寄せた。
 今度は両手を使おうとしているらしく、手が右も左もウキウキしている。

「ねえ、拓斗くん」
「ん?」
「また今みたいにゆっくりめくってみて」
「OK。じゃあみよみちゃんも手を体の横じゃなくて後ろにやってもらっていい?」
「え?」
「めくりやすいから」

 美詠はすぐに返事ができなかった。

「……こう?」

 一拍おいて、右手と左手を後ろに回してお尻につける。

「そうそう」
「ちょっと恥ずかしい」

 拓斗の目が笑った。
 そうだろうね、と言った気がした。
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