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 貴昭には、『ただの飲み』といった。俺にとっての『飲み』とはそもそも、居酒屋だとかそういう、気軽に飲めて気軽に枝豆を食べることができるようなしみったれた場所のことで、コイツと飲みに出かける時は少なくともそういう項目に当てはまる場所ばかりだったし、だから誘いに乗っているというところもあった。
「…おい、ここ、」
「まあまあ」
 重厚な雰囲気漂う室内には中世ヨーロッパを彷彿とさせる調度品がそこかしこに飾られていた。一見はどこぞのお高いホテルのスイートルーム、とでも例えればいいのか、触らなくともわかる見目のベルベット調カーテンと年代物の、いたるところに細かい細工が入った家具。腰を下ろせば一瞬で沈むソファは典型的なダマスク模様の布地が貼られ、頭の中が勘違いしそうになる。気を抜けばどこかの迎賓館に居る、と自分自身に思い込ませてしまう事も簡単だ。
 だが、オーガンジー素材のカーテンからちらちら見える人影がその想像を容易く打ち破ってくる。薄暗い室内の中、各小部屋に灯されているのだろう小さなランタンのせいで浮かぶ  うさ耳。
 ちらちら見えていたその姿。頭にうさ耳、後ろには丸く、ふわふわとしたしっぽ。どれだけ目をこらしても女性とは思えない胸つき。いや、もしかしたら胸が控えめな子がたまたま通りかかっただけなのかもしれないと思った。でも違った。
 顔立ちは皆中性的だ。でも、決定的な部分があった。申し訳ない、とおもいつつ、横切る子の股間を見る。
 あの子も、あの子も、全員  ふくらみがある。
「……っオトコばっかじゃねえか!」
 ぎりぎりを攻めるかのごとく申し訳なさ程度にしか肌の重要部を隠せていないローライズなパンツから伸びる長い足。気づいたら早い。異性と見間違えないほどには角ばった身体。
「あれ? 僕言ってなかったっけ?」
「言ってねーよ!」
 小声になりきれない自分のせいで、先ほどからうさぎ男(仮)達が俺達の小部屋を横切るたび視線が合う。キャバクラならわかる。イメクラも。でもこんな、まさか、まさかの男。え、男?なんで男がうさぎの格好してるんだ。
「失礼します、お飲み物は」
 頭が混乱していた最中、カーテンから一匹のうさぎ男(仮)が入ってきた。横切っていたうさぎ男(仮)と同じ衣装を身にまとった黒髪の男は、膝を着きながら小さな丸テーブルにメニューを置き、真ん中で分けられた前髪を長い指たちですくい耳に掛けた瞬間、隠れていた顔が現れる。
「っ……」!」
 言葉に詰まった。
 何故詰まったのか分からない。
 どこか既視感があるような。
 でもどこで見たのかは分からない。
 ノースリーブから伸びた白い腕は華奢だが、確かに男。
「……お客様?」
 声を掛けられ、自分が彼の身体を隅々まで見ていた事に気付いた。
「えっ! あ、えーとっ、」
「ボトルを出して。彼もそれでいいよ」
「かしこまりました」
 にこりとも笑わないうさぎ男(仮)は早々に広げていたメニューを閉じ、用は終わりました、と言わんばかりにさっさと部屋から出ていく。
 だれかの友達?いやそんな訳は無い。そもそも友達だなんて呼べる人間は居ない。どこでの知り合いだろう。そもそも知り合いなのか。でも見たことがある。人の顔を覚えられない俺が?  だが確かに、雰囲気もなにもかも、どこかで触れているのだ。
「……タイプ?」
「ばっか男だぞ!」
 食い気味に言うと、やれたれ、とでも言いたげに首を振られた。いつの間にネクタイを外していたのか、涼しそうな首元になっている。スリーピースのスーツにはいつものごとくシワひとつ無い。だから、自分の格好がいかに庶民なのかというのを思い知る。よれよれのシャツに履き古したジーンズ。こんなナリでよく入れてもらえたな、と思ってしまった。髪型だってそうだ、綺麗に固められ、耳に流している風のこいつとは違い、パーマを掛けたままなんの手入れもしていない自分といったら。貴昭に『まじでキモイおっさんになるから髪型だけはちゃんとして』と言われて以来、仕方なく一ヶ月に一回は美容室(貴昭に紹介してもらった)に通うようにしているだけに、劣等感が凄まじい。
「きょうびそんな部分にこだわり見いだしてるの君位だよ。オメガなら男も女も関係ないだろ」
「春日井の周りではそうかもしんねえな!」
「高宮くんって本当に真面目っていうか……偏屈なアルファだよね。息してるだけでも疲れちゃうんじゃない?」
「それを言うならお前こそ性癖曲がりまくってるアルファだろうが」
 でも、だからといってこればかりは。
「いや、別に僕の周りだけじゃない。高宮くんは世間と関わらないから知らないだけだよ」
「……帰る」
「……いいけど、帰ったら今後一切、うちのギャラリーで『高宮作品』は取り扱わない」
「ひ、卑怯者!」
「なんとでも」
 立ち上がろうとした最中、そんな言葉を出されてしまっては動くに動けない。とりあえずまたソファに座りなおしたものの、それでも納得は出来なかった。
「高宮くんは、もう少し羽を伸ばした方がいい。遊ぶことも覚えなよ」
 店に入る手前。ちらりと見た看板の文字を思い出す。口が上手く動かずどもり気味になってしまったが仕方ない。
「だっだからって、オメガ専門のキャバクラ……しかも全員男とか……お前、頭おかしいよ……」
「なんで、楽しいよ? うさぎちゃんたちと遊ぶの」
 こいつおかしい。絶対どっかおかしい。いや、芸術を仕事にしているやつらは全員どっかおかしい。それが仕様なのかもしれない。
「あれ、帰るの?」
 いてもたってもいられなくなり、その場から立ち上がった。
「……っ、ちょっと、トイレ!」
 どうにか頭の中を整理したかった。だからってなんで『オメガ専門のキャバクラ』なんだよ。こういう遊びは違う人間とやってほしい。
「帰ってもいいよー」
 カーテンをかき分けた瞬間、後ろから笑いを堪えているのがまるわかりな声が飛んでくる。
「うるせえ!」
 とりあえず冷静にならなければ。あれ、トイレってどっちだ。









 俺が考えなければならないことは、『いかにあいつの機嫌を損ねずこの館から出るか』という部分だと思う。いやでも待てよ、このあとの流れを知らない。俺だって嗜みはしていないが、キャバクラの流れというのは知っている。まず時間を決めるだろ。そういえば俺達は何分コースだったんだ。春日井から聞き出しておけば良かった。
 もう十分経ったか、と携帯を見ながらトイレを出る。バカみたいに豪奢なつくりをしたドアノブを回し、つい十分前歩いた廊下なのにどこへ向かえばいいか分からない。とりあえず歩き出して、壁にぶつかる。左にも廊下、右にも廊下。俺左曲がったっけ右曲がったっけ。
 うんうんと唸りながら左右の道を見比べていた時だった。左の廊下途中にあったドアから、一匹のうさぎ男(仮)が出てきた。
「っ、あ……!」
 さっき、俺達のテーブルに飲み物を聞きにきた子だ。俺の存在に気付いたのか、そのうさぎ男(仮)が少し会釈をして、控えめな笑顔を携えた。考える間もないまま、自然と足がその方向へと向かう。背中を向け歩き出したその身体目掛けて走り、思わず腕を伸ばしてしまった。
「……なあっ君!」
 掴んだ腕は細い。驚いたうさぎ男(仮)が一瞬目を見開いたから、ヤバイと思って咄嗟に両手を上げた。危害を加えるつもりはてんで無かったからだ。ただ、身体が勝手に彼を追いかけてしまっただけで。
「……、はい?」
「……俺たち、どっかで会ったことある?」
 絶対あるよな。こんな既視感滅多に無い。でも自分では思い出せない。会ったことがあるとすればどこだろう。大学か?
 だが、貴昭と同じ科の子達だってろくすっぽ覚えていないような自分なのだ、追いかけてしまうほど覚えているような子なら名前を知っているはず。
「……僕、口説かれてます?」
「えっあ、いや、そういうのじゃなくて」
 そう言われ、まったく他意は無かったから慌ててしまう。場所も場所だ、俺以外の人間からもよく声を掛けられるのだろう。
「ごっごめん、勘違いだったならいいんだっ、わ!!」
 無意識に両手を振っていた最中だった。目の前に居た彼の手が、素早く動く俺のてのひらをぱしりと捕まえる。
「……お気に入りのバニーは決まりましたか?」
「……、バニー?」
「あれ? お客様、宿泊コースでは?」
「えっ?!」
「お連れ様は先にスイートルームへ行かれました」
 パニックどころの話ではない。一度に複数の情報が入ってきて、もう何がなんだか。お気に入りのバニー、宿泊コース、春日井は俺が席を外しているうちにスイートルームに行った。
 まず、お気に入りのバニーってなんだ。指名ってことか。指名ってなんだ。宿泊コース。ということは、どういうこと。この場所に宿泊する。誰と。何のために。そしてスイートルーム。春日井はスイートルームに行った。じゃあ、連れの俺も、ってこと?
「……、帰る」
 俺にはそんな不健全なことできない。童貞にそこまでの覚悟とポテンシャルは無い。培おうとも思ってない。だから帰るしかない。お会計は。お会計はどこだ。途中からコース変更って出来るのか。春日井には悪いし、俺も痛いが仕方ない、自分の作品を扱ってくれる新しいギャラリーを探そう。
 足元がおぼつかなくなっていた中、ごめん、と手を握っていてくれた彼のてのひらをやんわりと解こうとした時だった。突然強い力で引っ張られた。
「っうわ、」
 ふらついて、彼の方に倒れ込んでしまう。
「なに……」
 彼を抱きしめる形になっていたことに驚いて、身体を離した瞬間だった。
「決まって居ないのなら、会ったことがあるかもしれない『僕』はどうですか』
 自分の影の中から、ちらりと光が見え隠れする。天井のライトが反射した目。大きな瞳は、楽しそうな三日月型になっていた。



 自分は一生、そういうことには無縁な人生を送るものだと思っていた。多分誰のことも好きになれない。今は完璧な『形』をしているからいいが、それも少し前までは保てていなかった。どっちつかず。
 性別は嫌いだ。何もかもはっきりと分けてしまうから。アルファ。ベータ。オメガ。どれにも当てはまらない人間だなんて気味が悪くて仕方ない  それが母親の口癖だった。
 捨てられて当然だと思った。だって、自分は他の人間と『違う』。四六時中そう言い続けられて、信じるものが親しか居ない世界で、信じないでいられる訳が無い。親は唯一無二だ。小さな箱庭の、たったひとりの神様。子どもの頃は彼女が全てで、彼女に逆らえば殴られ、なじられ。
「えっいや、あの、」
 知らない部屋、知らないベッドの上。
 四つん這いのうさぎ男(仮)は、真っ白になった(心情的な意味で)俺を見ながら楽しそうにずいずい這い迫ってきた。
「ちょっ待って、俺っこういう、男同士ってかっ経験、ない、から!」
「大丈夫、女性と変わらないです」
 だから、女性ともないんだってば。なんでこんな部屋に連れ込まれたんだ。ライトはつけておらず、真っ暗闇の中月明かりだけが頼りの部屋。ぐいっと引っ張られすたすたと足早に歩かれ、拒むこともできず気づいたらここだった、なんて笑えない。自分よりも小さい男に、さも赤子の手をひねるかのごとく、だなんて恥ずかしすぎるし違う意味でも恥ずかしすぎる。童貞には理解できない。
「……君、な、なんでこんなところで働いてるんだ。こんな……いかがわしい、みせ」
 とりあえず冷静に彼をたしなめなければ、と思った瞬間に出た言葉は大層安く薄っぺらい、そこらへんの酔ったサラリーマンが道端でキャッチの女の子に説教垂れ込んでいるものと同じくらい知能が低いものだった。情から訴えかけようとしてこの言葉しか出てこないとか本当に俺終わってんな最低な人間じゃねえか。
「……ふふっ、学校の先生みたいなこと言ってる」
 言いながら、彼の手が俺の太腿にかかる。背中は既にベッドヘッドについており、これ以上は逃げられない。
「じゃあ、『先生』って呼びますね、」
 そのまま辿るようにして、小さなてのひらが服を這い回った。肩までくると、俺の足を跨ぎ座る。ダイレクトな人の体温に肌が粟立つのが分かった。先生、だなんて。まさに自分の職業だ。
「僕のことは『ハルナ』って呼んでくださいね、先生」
 迫ってきた綺麗な顔に、声も出せやしない。温かい唇が、敏感になった耳に付けられた。


 罪悪感に打ちひしがれるのは、自分が童貞ということもあるし、風俗初体験ということもある。
 でもなによりその感情を助長させているのはきっと、『ハルナ』という男が、自分のことを『先生』と呼んでくるからなんだろう。
「……お、お前、おかしい、」
 ハルナの口が愛おしそうに俺のモノを喰む。初めての腔内に、腰が引けてしまうほど感じた。感じている場合ではないのだ。でも、気持ちいい。これがうまいのか、それともそうでないのかすら分からない。何にも例えられないほど新しい感覚に、気付けば口からそんな言葉が出ていた。
「……先生もおかしいですよ」
 器用に手と口を使って俺のモノを扱いていく。視覚的な刺激も相まり、さらに極まってくる。そうだ、こういう場所に居るのだからきっと、こいつは手練手管。イかせるだなんて朝飯前。だからこんなに極まりが早くとも仕方のない話。さらに募った罪悪感。耳の奥でもうひとりの自分が囁く。
 いいじゃねえか、この子も望んでる  やめてくれ、そんなにも割り切った考え方なんて俺には出来ない。
 出る、と思った瞬間だった。それが分かったのか、ハルナが手を止め口を離し、満足気に上半身を起こした。フェラチオしていたせいでぬらぬらになった口元を拭い、思わせぶりに自らの下衣に手をやる。ちょうちょ結びに手を掛けると、面白いほど綺麗に解けた。中心で締め上げられたズボンが、するすると左右に開いていく。現れたのは心もとない紐の下着だった。さながらどこぞのストリップショーのようだ。目が離せないほど様になって、気が付けば唾を飲み込んでいる自分がいた。
「僕達、一緒ですね。同じ。匂いも、感じ方も」
 そうしてまた乗り上がってきた細い身体。言葉の意味は分からない。なんなら全部の意味が分からない。拒もうと思えばどれだけだって嫌がれるのに、俺にはそれすら出来ない。
「うしろのひも、わかります?」
 耳元で囁かれ、手を取られる。ゆっくりと誘導された場所は、ハルナの背中側、下着についている紐だった。
「これ、外して?」
 ハルナの手が俺の指を補助する。掴まされるままその紐を引くと、はらりと彼の下着が自分たちの間に落ちた。
 屹立するハルナの局部には、本来あるべき毛が一本も無い。はっとして、思わず頭一つ分高い位置にあるハルナの顔を見上げる。視線に気付いたハルナは微笑みを携えながら、背中側に手を回し俺のモノを支えた。
「っ、!」
 左右のふくよかさに挟まれた自分の鋒。ハルナが腰を下ろしていく。みち、という音とともに、ひどく狭い場所へと誘われる。だめだ。これは、だめだ  手とか口とか、そういう次元の気持ちよさじゃない。完全に突出している。比べようがないのだ。
「ッ、ああ……、おっき、おっきい……ッ」
 悲鳴にも似た息で、ハルナが俺の頭を抱える。道につられ、自分の皮が根元へと最大限まで下げられる。ぴりりとした痛みさえ感じる性器への直接的な快感。自然と彼の腰を支えてしまった手のひら。気持ちよさそうな吐息が、間を開けず降り注いでくる。
「ッ、全部入りました、?」
 息を止め、苦しくなってから慌てて呼吸を整えて、また息を止める。ハルナが腰を下ろし終えるまで俺の息継ぎは続いた。
 苦しそうな彼の声に、確かめることもなく細い腰を持ち直す。全部は入っていない。これを、むりやりでもいい、ねじ込みたい。
「……、あと、ちょっと、ッ!」
 そして、反動をつけ思い切りハルナの中に自分のモノを埋めた。
「アあっ……!!」
 びりびりと電流が走ったかのように震える身体は、必死に縋ろうと俺の身体を抱きしめてくる。
「だめ、なん、そんな、いきなり、ッ……」
 彼が涙声になっているとか、そういうのも全く考えられなかった。熱い。溶けてしまう。こいつの腹はどうなっている。頭を殴られたようなひどい衝撃と共に、極まった波が容赦なく襲う。腹の中に思い切りぶちまけてしまったのだ。
 だが足りない。全然足りない。頭は強制的に切り替えられ、目の前の彼を味わうことしか考えなくなっている。俺に抱きつく彼を強制的に外し、そのままシーツに押し倒す。見下ろした先は、確かに彼と繋がっていた。彼のつるつるの局部に手をかざし、だらだらと汁を垂れ流していた陰茎に触れると面白いほど純粋な、高い音が上がる。
「あ! あ、だめ……っまだ、まだ……!」
 何も聞こえない。だから、腰を動かす。出して入れて、繰り返して、自慰をするかのごとく竿を、彼の内壁で扱く。動きやすいよう体勢を変えて、一番やりやすいのが太腿を抱えることだと気付いた。
「っあ、ア、だめ、だめ、イっちゃ……ッ!!」
 結合部からじゅぶじゅぶと白い泡が出て、『ああ、これは俺が出した精液か』とぼんやり考えてしまった。締まったナカに、引きずられるようにしてまた極まる。転がしていた彼のモノからは、俺と同じ白く濁った精液が吹き出した。








 緩やかな温かさ。それが、全身に這い回る。出会ったことのない気持ちよさに、自然とそれを追いかけてしまう。そして、たどり着いた柔らかさ。人の肌、肉。縋るようにして腕に閉じ込めると、細かなくすぐったさが頬を撫ぜた。
「先生」
 喉元に湿ったあたたかさを感じた。その音に、誘われるようにして目を開く。
「おはようございます」
 まだ開ききってないまぶたのまま、音の方向を見る。まず視界に入ってきた色。艶々とした黒髪が、自分の腕の中で綺麗に広がっている。そして白く広い額に、大きな瞳。その頃には視界も明々としていて、少しの泣き跡と赤みがやけに映える。
 俺の腕から起き上がった身体には、たくさんの赤みが散らされていた。寝ぼけた頭のまま、胸の下から、へその横、脇腹と赤痕を辿る。といってもこれはまだまだ一部だ。多分彼の全身、くまなく付いてる。
「シャワーを浴びましょう」
 俺の手を取った彼に囁かれ、自主的に起き上がる。彼の身体は白い。その中で、綺麗な黒髪と同じくらい艶のある首元のネックガードだけがぼんやりと浮かんでいるように見えた。やけに目に付く。
 『こっちです、』とベッドを降りた彼に、雛鳥が親に付いていくように、跡を辿りってベッドから降りた。










 温かいシャワーをかぶり、身体中洗われているうち霞掛かっていた頭も明瞭になってくる。だからなんだというのだ。犯した後悔は拭えない。
 湯船に入らされると、彼が俺の脚の間につま先を沈ませた。並々になったバスタブから、湯が面白いほど逃げていく。肩まで浸った彼は俺の胸に背中を預け、ふう、と一息吐いた。
「……ハルナ」
「はい?」
 洗ったばかりの黒が目の前にある。中心で分けられた生え際に、自然と鼻を乗せ、そのまま誘われるようにして首元のネックガードにたどり着く。
「……お前、なんでこんな場所で働いてるんだ?」
 聞いてもどうしようもないだろ。だからどうだっていうんだ。昔から俺は物に愛着を持つタイプだったから、余計に虚しい。事情だなんて、それこそ人の数だけあるものだ。分かっているのに、何故彼がこの仕事なのかというのが知りたくて仕方なくなっている。仕事に貴賎も何もない。どれもきっと、皆がプライドを持って従事しているというのに俺という人間は。
 ちゃぷり、と水面が揺れる。身体を動かし、俺に正面から向き合ったハルナの瞳からは、何色とも取れないような、水のように澄んだ視線のみが寄越される。
「……じゃあ、先生が僕のこと買い上げてくださいますか? そうしたら働かずにすみます。先生以外の、他人の汚い手のひらで嬲られることもなく、蹂躙されることもなく」
 昨日の自分は多分、狂いに狂っていたんだと思う。でないと初対面の、しかも男と一晩ベッドを共に出来るはずがない。
 これでもかと触り尽くした。例えば、俺のてのひらに赤色のペンキが付いていたとする。ハルナの身体は髪の先から足の親指の裏側まで、真っ赤になっていることだろう。それくらい自分の手垢を彼に擦り付けた自覚はある。
「昨日は、本当に気持ちよかった、ふふっ、最初は驚きましたけど……僕の穴に先生の素晴らしいモノがねじ込まれて、全部をくまなく擦って、意味も分からず僕も締め付けてしまって、またあなたの腰つきが激しくなって、中に出されて、奥まで埋められて……僕、妊娠しちゃったらどうしようかなあ?」
 どうしても止められなかった。妊娠、だなんて現実味がありすぎる言葉を出されたのに、思考は一切の拒絶を示していない。
「僕はいつでもここに居ます……また、とびっきりのセックスしましょうね?」
 そうして、施しのように受けた頬への口づけ。そうだな、最中は一度も口を合わせていなかった。
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