傭兵少女のクロニクル

なう

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第146話 隘なるものあり

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 壁の向こうは草木も少なく開けている。
 また、幾本もの細い小川が遺跡の中央に向かって伸び、その川岸には芝生のような背の低い草が茂っている。
 それ以外には草もなく、さらさらとした海岸にあるような砂で覆われる。

「おまえら、どこに行くつもりだったんだ?」

 奴等、密猟者たちにそう尋ねる一方、さらさらとした砂をかかとで掘り、その下を確かめる。
 すると、すぐに固い床があらわれる。
 石畳……、またはレンガの類か……。
 おそらく、この辺り一帯がそうなのだろう、風と共に飛来した細かな砂が長い時間をかけて数センチ降り積もった、そんなところだろう。
 これでは木も生えないか……。
 でも、小さいながらも川があるってことは、そっちは石畳がはがれているのかな? 水深が数センチってこともないだろうし……。

「お、おまえこそ、何しに来たんだ、ぶっ殺されてぇのか?」

 掘った砂を戻して、ならしていると、密猟者のひとりからそんなことを言われる。

「ぶっ殺すとかって、穏やかじゃないなぁ……、何か嫌なことでもあったのか? 言ってみろよ、聞いてやるぞ? みんな仲間なんだからさぁ、心を開けよ」

 と、笑って言ってやる。

「くっそ、舐めやがって……」
「なんなんだ、このガキ……」
「ぶっ殺してやる」

 先頭の奴が剣の柄に手をかける。

「何回同じことを言うんだよ、やってみろよ」

 少し顔を伏せ、先頭の奴に向かって歩きだす。

「ほんとにやるぞぉ!?」

 力を込め、剣を引き抜こうとする……、そのタイミングで地面のさらさらとした砂を奴の顔面目掛けて蹴り上げてやる。

「うわっ!?」

 反射的に柄から手を離し、顔や目を庇おうとする。
 その瞬間を見逃さない、私は一気に間合いを詰め、そして、手を伸ばし、奴の腰に差してある剣を引き抜く。

「くあぁ!?」

 奴が驚き、うしろに大きく飛び退く。

「ふーん……」

 飛び退いた奴には目もくれず、奪った剣の刀身を注意深く観察する。

「刃こぼれは一切ない……、よく手入れされているように見える……」

 そして、うっすらと光っている……。
 これも、ヒンデンブルクの魔法の剣だ。

「なぁ、おまえら、この剣、どこで手に入れた?」

 剣をかざしながら、視線だけを密猟者たちに送る。

「ば、ばけものだ……」
「い、遺跡のガーディアンか……、俺たちが、この遺跡の財宝に手をかけたから怒っているのか……」
「いや、テロベアうさぎを狩ったからか?」

 奴等がそんな話をしている。

「テロベアうさぎ?」

 もしかして、奴等が腰にぶら下げている「あうあー、あうあー」鳴く耳の短いうさぎのような小動物のこと? 

「こいつのことだ」

 と、腰にぶら下げている小動物の死骸を私に見せる……。

「ひどいことを……」

 そっと視線をそらす……。

「そして、おまえの足元にいるのもテロベアうさぎだ」

 と、付け加える……。

「うん?」

 びっくりして足元を見る。

「あうあー、あうあー」
「あうあー、あうあー」
「あうあー、あうあー」

 私の足元には、白と茶の毛並みの小動物、テロベアうさぎが数匹身を寄せ合っていた。

「ああっ!? なんでぇ!?」
「あうあー……」
「あうあー……」
「あうあー……」

 撫でてほしそうに、つぶらな黒い瞳で私を見上げる。

「あうあー、あうあー」
「あうあー、あうあー」
「あうあー、あうあー」

 さらに別のテロベアうさぎもよちよちと私のほうに寄ってくる。

「なんか、いっぱい来た!」
「あうあー……」
「あうあー……」
「あうあー……」

 テロベアうさぎたちが私の足に頭とか額をこすり付けてくる。

「ああ……、よし、よし……」

 と、しゃがんで順番にその頭を撫でてやる。

「あうあー!」
「あうあー!」
「あうあー!」

 他の子も自分も撫でてぇって感じで寄ってくる。

「わかった、わかった、順番にね」

 順番に撫でてあげる。

「あうあー……」
「あうあー……」
「あうあー……」

 気持ち良さそうにしてる。

「い、今のうちに逃げるぞ!」
「いてぇ、いてぇ、早く怪我の治療を」
「もう少し待ってろ!」

 と、密猟者たちが壁沿ではなく、まっすぐ、遺跡の中央に向かって走りだす。

「あ!」

 逃げてった! 

「だ、大丈夫か、こっちは!?」
「道沿い以外は立ち入るなって言われてなかったか!?」
「仕方ないだろ、あのばけものがいるんだから!」

 と、言いながら、草もまばらな砂漠のような場所を駆けていく。

「ま、待て!」

 立ち上がろうとする。

「あうあー!」
「あうあー!」
「あうあー!」

 けど、小動物、テロベアうさぎたちが私のワンピーススカートの裾を噛んだり、サンダルの上に乗ったりして妨害してくる。

「あうあー!」
「あうあー!」
「あうあー!」

 さらには私の前に回りこんで進めないようにしてくる。

「な、なに!?」

 戸惑う。

「あうあー!」
「あうあー!」
「あうあー!」

 なんだろ、密猟者たちが入っていった砂場に行かせないようにしているようにも見える……。

「あうあー!」
「あうあー!」
「あうあー!」

 凄い必死に私の服を引っ張っている……。

「うーん……」

 密猟者たちが走り去る、そのうしろ姿を見送る。
 しょうがない、東園寺たちを待って、それから追うか……。

「あうあ、あうあ……」

 と、うさぎたちを撫でてやる。

「な、なんだ、深いぞ!?」
「埋まる、埋まる!」
「助けてくれ、沈んでいく!」
「つ、つかまれ!」

 次第に密猟者たちの走る速度が鈍り、やがては止まってしまう。

「何してるんだ、あいつら?」

 うさぎたちを撫でながら奴等を見る。

「す、砂が、砂が崩れる!」
「ひっ、なんだ、これ!?」
「砂が、川のように流れる!」

 奴等がどんどん沈んでいき、腰の辺りまで砂に埋もれる。

「流砂……?」

 違うか……? 
 流砂は液状化現象とかと同じで水分が必要、いわゆるダイラタンシー現象と呼ばれるものだ。
 明らかにそれではない、乾いている……。

「じゃぁ、なに……?」

 少し坂になっていて、中央に向かって砂がどんどん崩れていくな……。

「ぎゃあぁあああ!」

 悲鳴が轟き、血しぶきが飛ぶ。

「あっぎゃあああ!」

 悲鳴が続く。

「な、なに……?」

 目を凝らしてその光景を見る。
 なんか……、黒いのが密猟者たちの身体にひっついているんだけど……。
 それも、いっぱい……。
 大きさは……、三十センチくらいの……、黒い……、足のいっぱいついた……、ムカデのような……。

「ひっぃいいああああ!」
「ぎゃああああああ!」
「く、食われる!」

 その黒い、無数のムカデのような虫が密猟者たちの顔とか身体に喰らいつく。
 その光景を見て身を震わせる。

「き、気持ち悪い……」

 な、なにあれ、いっぱいいる……。
 たぶん、数百とかそんなレベルじゃない、万単位でいるかも……。
 うじゃうじゃ、うじゃうじゃと……。

「ひ、ひえぇ……」

 思わず、声が出てしまう。

「助けてくれぇ!」
「痛い、痛い!」
「動けない、どうなってんだ! うわあああ!」

 と、密猟者たちが脆く崩れやすい砂の中でもがき、ムカデのような黒い虫の群れにその身体を食いちぎられていく。

「あうあー!」
「あうあー!」
「あうあー!」

 と、うさぎたちが私の服を口でひっぱり、後方に避難するように促す。

「もしかして、この子たち、このことを知っていて、それで、私を引き止めようとしてくれていたの?」
「あうあー!」
「あうあー!」
「あうあー!」

 必死に服の裾を引っ張る。

「わかった、わかった……」

 と、数歩うしろに下がり、その砂場から距離を取る。

「おごごぉ……」
「たす、たす……」
「う……」

 やがて、奴等の悲鳴も聞えなくなり、ただ、肉を食いちぎる音、骨を噛み砕く音が辺りに響くだけになる。

「ひっ!?」

 そして、獲物にありつけなかった他の虫が私とうさぎたちに気が付きこちら向かってくる。

「フーーーーー!」
「フーーーーー!」
「フーーーーー!」

 うさぎたちが毛を逆立たせて虫共を威嚇する。

「ころぴー、ころぴー」

 どこかで聞いた虫の鳴き声……。

「ころぴー」
「いぴろー」
「ほろぽー」

 と、虫共が砂場から這い上がってくる……。

「ひぃいい……」

 口をカチカチさせ、その歯と歯の間から黄色い唾液が何本か垂れてくる……。
 私はその醜悪な姿に怖気づき、さらに数歩後ずさる。

「あっ」

 でも、すぐに背後の壁に行く手を阻まれる。

「ころぴー……」

 一匹の虫が私の足元に迫る。

「ひぃいい……」

 む、虫ぃ……。
 身の毛がよだつ……。

「シャァアアアアア!」

 その瞬間、その虫は横から攫われていく。

「シャァアアアアア!」

 そう、それはテロベアうさぎだった。
 テロベアうさぎが前足で虫を掴み、ムシャムシャと頭から丸かじりして食べている……。

「シャァアアアアア!」
「キィイイイイイイ!」
「アギャァアアアア!」

 他のうさぎたちも同じように脆く崩れやすい砂場から上がった虫を捕まえ頭からムシャムシャと食べていく。

「ころぴー……」

 それを見て、他の虫共が砂場に退散していく。

「あうあー!」
「あうあー!」
「あうあー!」

 でも、うさぎたちは砂場に入った虫は追わない、その手前でうろちょろする。
 おそらく、砂場に入ったら勝てないのだろう、その証拠に砂場に入った虫共の動きは速い。
 やがて、虫共の姿は砂の下に消え静寂が戻る。
 そこに残るのは、私の立つ地面と同じような砂場だけ……。

「あ……」

 その違いがわからない……。
 どこが虫共のいる砂場かわからなくなった。
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