傭兵少女のクロニクル

なう

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第95話 投影

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「まず始めに、互いにそごがあり、不幸にも戦闘が行われ、貴重な人命が多数失われたことに、深くお悔やみ申し上げます」

 と、マジョーライが頭を下げる。

「お悔やみ申し上げる」

 アンバー・エルルムも書類に目を通しながら言う。
 私はそれを通訳して東園寺たちに伝える。
 それに対して東園寺はうなずき、口を開く。

「弔辞、痛み入ります。致し方ない偶発的な戦闘とはいえ、このような結果になり残念です。故人のご冥福をお祈りし、残されたご家族に心からのお悔やみを申し上げます」

 と、頭を下げる。
 私はそれを相手側に伝える。
 それを聞き、マジョーライは満足げにうなずく。

「では、互いに和解も済んだところで……、本題に入りたいと思います……」

 手元の書類をめくる。

「我々も戦が本望ではないと、ご理解いただけたところで……」

 と、めくっていた書類を閉じ、そのままテーブルの上を滑らすように東園寺に投げつける。

「これは……?」

 字の読めない東園寺が私に書類を渡す。
 私はそれに目を通す。

「税金関係……、あと関税も……、それに、ああ、領事裁判権も……」

 まぁ、所得税と関税は予想していたけど、領事裁判権は予想外……、かなり片務的な内容、つまり、相手側がこちら側の誰かを殺しても罪には問われないけど、反対にこっち側が相手側の誰かを殺したら、犯人の引渡しをしなければならいって内容……。
 その内容を細かくレクチャーしながら東園寺に伝える。

「サインと血判をお願いします……」

 と、マジョーライが自分の書類にサインをし、ナイフを取り出し、自分の指を切り付け血判を押す。
 東園寺はマジョーライの行動をじっと観察したあと、書類にサインし、同じようにナイフで自分の指を切り付けて血判を押す。
 そして、それをテーブルの上を滑らすようにマジョーライに返す。

「ふっ、さすが……、やはり、ただの野蛮人ではないようですね……、これは、不平等でも、不公平でも、なんでもない、我々の弱気の表れ、対等での取り引きをした場合、こちら側が不利益を被りかねない、それを苦慮した結果です。ご心配なさらないで下さい、そちら側に不利益のないよう配慮いたしますから」

 と、サインと血判を確認しながら言う。

「で、我々が取り引きを行いたい物品はこちらです……」

 マジョーライがうしろに控えていた副官から豪華な木箱を受け取り、それを私たちの前に差し出し、ゆっくりとその蓋を開けて見せる。
 中にはシルバーのアクセサリー、そう、魔法のネックレスが入っていた。

「こちらを大量に仕入れたい……」

 東園寺の目を見て笑顔をつくる。

「百……、千……、万……、いくらでも買う……」

 さらに凄惨に笑う。

「お売りしたいのは山々ですが、数に限りがございます……」
「でしょうね……、おいくつ用意出来ますか?」
「そうですね……、貴重な物ですし、月に30、それが生産の限界になります」

 東園寺の言葉にマジョーライたちが顔を見合わせる。

「今、生産とおっしゃいましたか? つまり、自らで作っていると?」

 当然、そうくるよね。

「ええ、生産です。鉱山で鉱石を発掘し、私どもが加工して、このパシフィカ・マニフィカスを生産しております」

 と、東園寺の言葉を待たずに私が答える。

「パシフィカ・マニフィカス?」
「このアクセサリーの名称です」

 パシフィカ・マニフィカス、魔法のネックレスとは言えないので、便宜上そう呼ぶことにした。
 この名前は私がヒンデンブルク広場で発見した魔法書から取ったもの。

「やはり、そういうことですか……、つまり、その鉱石さえあれば、我々でも生産可能だということですね?」
「いえ、加工には特殊な技能が必要で、習得には数十年かかります。ですので、私ども以外には実質生産不可能、そう思っていただいて結構です」

 ピシャリと言ってのける。

「ほう……」

 マジョーライが少し考え込む。

「嘘を言うなよ、小娘……」

 隣のサトーが低い声で言う。

「そもそも、おまえ、通訳をしていないだろう、人を騙すもの大概にせえよ、この小悪魔が……、その証拠に、これを見ろ」

 と、サトーがテーブルの上にゴトンと何かを投げつける。

「こ、これは……」

 そう、それは魔法のネックレスだった…… それも、木箱に入ったネックレスとまったく同じデザインの物……。

「それは、偽者じゃ、いや、本物か……、違うな、両方本物じゃ、だが、片方は身につけると身体を軽くしてくれる、しかし、もう片方は身につけてもなんともならん……、不思議に思ってのぉ、調べてみたんじゃが、その首飾り、なんと両方とも、東方の遊牧民が作ったものじゃった……、はて、どういうことじゃて?」

 サトーが目を剥いて、半笑いで私に問いかける。
 しまった……、確認し忘れていた……、既存のネックレスに魔法をかけて作った物だったのか……。
 ど、どうしよう……。

「バンッ!!」

 その時、激しくテーブルを叩く音が室内に響き渡る。

「はい、それ、ダウト」

 テーブルを叩き、その言葉を発したのは、端に座っていた南条大河だった。

「これを見ろ」

 そして、その手にはひらひらと一枚の紙が持たれている。
 そう、カルタのように、テーブルに並べられた紙を叩いて取ったのだ。

「ダウト?」

 サトーが目を見開き南条に問いかける。

「嘘つきはテメーだろ、じじい、これを見ろよ」

 なんと、南条が現地の言葉でそう言い放った。

「それは?」
「そのネックレスの設計図だよ、これは間違いなく、俺たちが作った一品物だ」

 南条が持つ紙にはそのネックレスの絵が描かれていた。

「あんたが出した物が偽者なんだよ」

 そして、バンッ、とテーブルを叩き、紙を元の位置に戻す。

「ほほほ……、そうじゃったのぉ……、これはわしがそれに似せて作らせた物じゃった、忘れておったわい、失敬、失敬……」

 と、サトーが柔和な表情に戻る。

「大河……、言葉わかるの……?」
「うん、ああ、ちょっとな、単語だけ……、ナビー、あんな簡単な鎌かけに引っかかるなよ、揺さぶりなんて、交渉の常套手段だろ?」

 と、片目をつむり、親指を立てる。

「う、うん……」

 それにしても、なんだ、これ……、なにが起こったのか、わからなかった……。
 でも、これで確定か、やつらは完全に怪しんでいる……。

「では、仕切り直しで……」

 マジョーライが書類をめくる。

「あくまでも、そのアクセサリー……、パシフィカ・マニフィカスは、特殊な鉱石を加工して作った物だと言い張るわけですね……」

 メモを取りながら話す。
 魔法のネックレスだと確信しているのなら、最初からこんなことはしないだろう、たぶん、なんらかの謎がある、その程度の認識だと思う……。

「ああ、それと、このパシフィカ・マニフィカス間での性能差が見受けられるようですが、これは、鉱石によるものですか? それとも工程によるものですか?」

 それは通訳して南条に答えてもらう。

「製作過程で何回研磨するか、何面にするか、何回反射させるかで性能が変わってくる、詳しいことは企業秘密だ、これ以上は勘弁してくれ」

 と、彼は答える。

「そうですか……、それで、このパシフィカ・マニフィカスは、一つ作るのに、何人で何時間かかるものなのでしょうか?」

 それも南条。

「三人で一日一個」

 と、短く答える。

「ふむ……、では、鉱石はどの程度採掘出来るのでしょうか? 日に一個分とか?」

 それには私が答える。

「ブロックケービングで採掘しているから大量に取れる」
「ブロックケービング?」
「ああ、すり鉢状に採掘していく方法、おまえらでは理解出来ないよ」

 これは、嘘だけど、もし、視察に訪れても、あの大きな虫がいたところを採掘場と偽ることが出来る、ちょうど、ブロックケービングで掘ったように見えるから。

「では、鉱石があり、人員さえいれば、量産体制は可能だと……、ならば、例えばの話、この砦で製作をしていただくことは可能でしょうか?」

 可能だけど、嫌だ……、それが通じる相手だろうか……。
 何か言い訳を……、と、南条をチラッと見る。
 すると、彼がうなずき、口を開く。

「無理だ、気候に問題がある、最低限の湿度がなければ、削り出す段階で割れてしまう」
「はい、それ、ダウト」

 その言葉とともに、ドン、と云う、音が広間中に響き渡る。

「ひっ!?」

 南条の悲鳴だ。
 見ると、彼の手のすぐ横にはナイフが突き刺さっていた。

「人間、自分のついた嘘は、すぐに忘れちまうものなんだよな……」

 そのナイフを手にした人物が言う。
 南条の向かいに座っていた人物……、そう、千騎長のアンバー・エルルムだった。
 その彼がテーブルに片足を踏み出し、南条の手を近くにナイフを突き立てたのだ。

「小僧、これが何かわかるか……?」

 そして、ナイフをテーブルから引き抜くと、そこには一枚の紙が刺さっていた。

「おまえがさっき見せた首飾りの設計図だ、わかるな? これが削り出したのか? なにをだ?」

 と、南条に設計図の書かれた紙を突き出す。

「な、なにを……」

 南条がゴクリと唾を飲み込む。

「一回だけなら許す、こちらも嘘をついていたからな……、だが、次はないぞ、次は腕を飛ばす」

 と、アンバー・エルルムがナイフから紙を取り、それを元の位置に戻し、自身も席に着く。

「続けろ」

 と、よく響く、低い声で言う。
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