傭兵少女のクロニクル

なう

文字の大きさ
上 下
88 / 150

第88話 ブリティッシュ・グレナディアーズ

しおりを挟む
 強い陽射しの中、私とクルビットは全速力で駆け抜ける。

「気持ちいい!」

 両手を思いっきり広げて、全身で太陽の光を浴びて、そして、空を見上げて髪を風になびかせる。

「まぶしい!」

 手で日影を作って顔への直射日光を防ぐ。

「くるぅ!」

 と、そんなことをしている間にクルビットに先を越される。

「あ!」

 あいつめ、日に日に足が速くなっていく! 

「くそぉ!」

 私もギアを一段上げてクルビットを追走する。
 やがて、牧舎とその先の牧柵が見えてくる。

「くるぅ!」

 と、クルビットが1メートル以上もある牧柵の上を軽々と飛び越えていく。

「やるな、クルビット!」

 私も牧柵に手をつき、そのまま飛び越える。

「とお!」

 ワンピーススカートの裾が風になびいてバサバサと音を立てる。
 そして、着地!

「10点!」

 ピシっと決める。

「えへん!」

 鼻高々。

「わっぱ、ぷーん、わっぱ、ぷーん」
「めぇえ! めぇえ! めぇえ!」

 と、余韻に浸っていると、なにやら楽しげな声が聞こえてくる……。
 見ると、エシュリンが仔ヤギのチャフをぶんぶん振り回していた。

「わっぱ、ぷーん、わっぱ、ぷーん」
「めぇえ! めぇえ! めぇえ!」

 しかも、前足二本と後ろ足二本をそれぞれ両手で掴んで、ジャイアントスイングするみたいにぐるぐると。

「わっぱ、ぷーん、わっぱ、ぷーん」
「めぇえ! めぇえ! めぇえ! めぇえ!」

 うん、楽しそうに回しているね。
 あれは、別に虐待とかではなく、チャフのためにやっている。
 仔ヤギの彼らは草をうまく食べられなくて、よく食道に詰まらせてしまう。
 なので、詰まった草が胃まで下りていくように、あのようにぐるぐる回してあげているというわけだ。

「わっぱ、ぷーん……」

 と、ぐるぐるが終わったのか、優しく草の上に下ろしてあげる。

「めぇえ!」

 すると、仔ヤギのチャフは元気よく立ち上がり、勢いよく草を食べ始める。
 まっ、ほっといても、草の上でごろんごろんして自分でなんとかしちゃうんだけどね。

「わっぱ、ぷーん、わっぱ、ぷーん」
「めぇ! めぇ! めぇ!」

 おや、仔ヤギのシウスの声……、こっちでもやっているか……、誰だ……? 
 と、声のする方角を見る。

「わっぱ、ぷーん、わっぱ、ぷーん」
「めぇ! めぇ! めぇ!」

 シウスをぶんぶん振り回していたのは……。

「あの子は昨日の……」

 そう、黒髪のあの子……。

「「「わっぱ、ぷーん、わっぱ、ぷーん」」」

 その周りにも女の子が二人いて、一緒にかけ声をかける。

「うーん……」

 昨日のリジェンとシュナン、そして、もう一人、自信ないけど、たぶん、あの子、ブリッジ・オブ・エンパイアでリジェンとシュナンのことを心配していたあの子だと思う……。

「あっ!」

 と、みんなが私に気付く。

「ナビー、ぷーん! ナビー、ぷーん!」

 エシュリンが両手を大きく振る。

「あ、こんにちは……」
「こんにちは」
「こんにちは、です……」

 と、黒髪の女の子三人がつたない日本語で挨拶してくれる。

「あれ、日本語?」

 エシュリンに歩み寄りながら尋ねる。

「そう、ぷーん! エシュリンが教えた、ぷーん!」

 エシュリンが自慢げに答える。

「へぇ……」

 と、彼女たちを見る。

「シュナンです」
「リジェンです」
「シエランです」

 三人が自己紹介をして、大きくお辞儀をする。
 シュナンとリジェンが姉妹のほうで、こっちの新しい子がシエランね。
 年の頃はシュナンとリジェンの中間、小学校3年生って感じ。

「ご丁寧にどうも、ナビーです、よろしくね」

 と、私も同じように自己紹介をして、大きくお辞儀をする。

「はい」
「よろしくです」
「です、はい」

 と、みんなが笑顔になる。

「これから、もっと、言葉を教える、ぷーん、そうすれば、みんなの役に立つ、ぷーん!」

 エシュリンは上機嫌に話す。

「うん? 通訳をしてもらうってこと?」
「そう、ぷーん! シュナンとリジェンは親がいない、ぷーん、村長のところにお世話になっている、ぷーん! だから、丁度いい、ぷーん! シエランは、一緒に憶えたいって言うから、ついでに教えている、ぷーん! 通訳は、これから、どんどん、必要になってくる、ぷーん!」

 と、彼女は嬉しそうに話す。
 まぁ、確かにね、昨日は通訳がいなくて、すごく不便だった。
 この子たちが通訳として働いてくれたら助ける。

「だから、三人をマスコット班に入れる、ぷーん!!」

 両手を広げて、飛び上がって言う。

「マスコット班に?」

 マスコット班は私の班、当然、班長は私、班長会議にもちゃんと出席しているし。

「いい、ぷーん?」

 と、エシュリンが私の顔を覗き込んでくる……。

「うーん……」
「だめ、ぷーん?」

 即答しない私に不安を覚えたのか、エシュリンが表情を曇らす。

「そうね……、私のマスコット班はエリート集団……、特技が通訳だけではちょっと心許ないわね……」

 と、腕を組んで考える仕草をする。

「そんなぁ……」

 落胆したのか、エシュリンが現地の言葉でつぶやく。

「そんな顔しないで、エシュリン、まぁ、いいわ、テストをしましょう、マスコット班にふさわしいかどうかのね」

 と、人差し指を立ててニヤリと笑う。

「本当に!? やったぁ! みんなよかったね! ナビー馬鹿だから、テストもきっと簡単だよ!」

 エシュリンが現地の言葉で三人に説明する……、う、うん……? な、なんか、今、すんごい失礼なこと言わなかったか……? 

「ま、まぁ、いっか……、じゃぁ、ちょっと待ってて、テスト道具取ってくるから!」

 と、言い、私は牧舎のほうに駆け出していく。

「はい、ぷーん!」
「いってらっしゃぁい」
「はぁい!」

 と、みんなに見送られる。
 扉が開け放たれたままの牧舎に入り、荷物が置いてある場所に急ぐ。

「どの辺に置いたかなぁ……」

 と、荷物の山をがさごそとかき分ける。

「あった、あった、これ、これ……」

 目当ての物を探しあてる。

「ぴよ、ぴよ!」
「ぴよっぴぃ!」
「ぴよぉ!」

 おや? 

「ぴよ、ぴよ!」
「ぴよっぴぃ!」
「ぴよぉ!」

 ピップ、スカーク、アルフレッドの三羽のひよこが私に気付いて騒ぎ出した。
 私は荷物を手にひよこたちの元へと向かう。

「ごめんねぇ……」

 そして、鳥篭の前にしゃがんで、その隙間から指を差し入れて一羽ずつ頭をなでてやる。

「外に出してあげたいけど、まだ心配なんだよねぇ……」

 小さいから……。

「ぴよ、ぴよ……」
「ぴよっぴぃ……」
「ぴよぉ……」

 ひよこたちが気持ち良さそうにしている。

「よし、じゃぁ、またあとでね!」

 と、立ち上がる。

「ぴよ、ぴよ!」
「ぴよっぴぃ!」
「ぴよぉ!」

 ひよこたちの元気の良い声に送られて牧舎をあとにする。
 そして、駆け足でエシュリンたちの元へ戻る。

「おまたせ!」
「おかえり、ぷーん!」

 みんなが出迎えてくれる。

「何する、ぷーん?」

 と、エシュリンが首を傾げて私が持つ荷物を覗き込む。

「ふふふ……、これよ、これ……」

 私が手にする物をみんなに見せる。

「笛……、それに棒、ぷーん?」
「そう! ホイッスルとバトンよ!」

 私がいつも使っている黄色いホイッスルと白いバトン。

「ピーッ!」

 と、ホイッスルをくわえて、ひと鳴らしする。

「マスコット班と言えども戦士なのよ、そう、戦士、歩兵……、歩兵と言えば戦列歩兵、ライン・インファントリー……、そして、戦列歩兵と言えば行進……」
「行進、ぷーん?」
「そう、行進よ! さっ、みんな一列にならんで!」

 バトンを天にかざして叫ぶ。

「はい、ぷーん!」
「はい!」
「はぁい!」
「はいっ!」
「くるぅ!」
「めぇ!」
「めぇえ!」
「ぷるるぅ!」
「みーん!」

 と、みんなが一列に……、ちょっとバラバラかな……、でも、一応並んでいるからいいか……。

「さあ! みんな行くよ! 大きく手を振って美しくよ、ピーッ!」

 大きくホイッスルを鳴らして、先頭で行進を始める。

「ピッピッピッピーピッピッピ、ピッピピピピ、ピー」

 ホイッスルで行進曲を演奏する。

「ピッピッピッピーピッピッピ、ピッピピピピ、ピー」

 演奏のリズムに合わせてみんなが行進する。

「ピピピーピピッピ、ピーピピッピ、ピッポ、ピロピロピー」

 柵に沿って、ぐるっと一周行進する。

「ピッピッピッピーピッピッピ、ピッピピピピ、ピー」

 バトンを上下に振りながらリズムを取って行進する。

「ナビー、上手、ぷーん、これ、なんて曲、ぷーん?」

 私のすぐうしろを行進するエシュリンが尋ねてくる。

「えっとね、これは、ブリティッシュ・グレナディアーズ行進曲って言うんだよ」

 と、説明してあげる。
 ナポレオン戦争とか、アメリカ南北戦争でよく使われていた曲だね。

「ぶりてぃっしゅ・ぐれなでぃあーず、ぷーん!」

 エシュリンが大喜びで復唱する。

「よし、みんな、もう一周行くよ! ピーッ!」
「はい、ぷーん!」
「はい!」
「はぁい!」
「はいっ!」
「くるぅ!」
「めぇ!」
「めぇえ!」
「ぷるるぅ!」
「みーん!」

 みんなも返事をしてくれる。

「ピッピッピッピーピッピッピ、ピッピピピピ、ピー、ピッピッピッピーピッピッピ、ピッピピピピ、ピー、ピピピーピピッピ、ピーピピッピ、ピッポ、ピロピロピー」

 超楽しい! 

「もう一周行くよ!」
「はい、ぷーん!」
「はい!」
「はぁい!」
「はいっ!」
「くるぅ!」
「めぇ!」
「めぇえ!」
「ぷるるぅ!」
「みーん!」

 こうして、私たちは、何時間も飽きもせずに行進をし続けたのであった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~

尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。 ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。 亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。 ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!? そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。 さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。 コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く! はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?

処理中です...