傭兵少女のクロニクル

なう

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第84話 さも風も寂しきに

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「それじゃ、ナビー行くぞ」

 先を行こうとする神崎に声をかけられる。

「うん」

 と、私は駆け足でドラゴン・プレッシャーを取りに行き、地面から引き抜き、それを肩に担いで先を歩く神崎の後ろを急いで追い駆ける。

「お嬢さん……」

 村長さんに声をかけられたけど、それには返事をしない。
 残念だけど、綾原の言う通り、こんな夜中に真っ暗な森の中に入って救助活動を行うことは自殺行為に等しい、自力でなんとかここまで来てもらう他に手立てはない。
 彼を一瞥して先を急ぐ。

「頑張ってください、ここは安全ですからね!」

 神埼が一緒に歩くナスク村の人たちを励ます。

「ラグナロク広場はすぐそこですよ、心配しないでください!」

 と、声をかけ続ける。
 もちろん、言葉は通じないけど、その気持ちは十分に伝わっているはずだ。
 すぐに、プラグマティッシェ・ザンクツィオンを抜け、ルビコン川に架かる橋、ブリッジ・オブ・エンパイアに差し掛かる。
 橋の上から見る川面が星々の光をキラキラと反射させ、また、川の両岸に生い茂る照葉樹にも光が当たり、深いみろり色のシルエットを暗闇に浮かび上がらせる。

「リジェンとシュナン、大丈夫かなぁ?」

 と、小さな子供の声が聞こえてくる。

「大丈夫よ、今、姫巫女さまが迎えに行っているから」

 それに対して母親らしき人が答える。

「それに、ナギさま方もいらっしゃるし、すぐに追いてくるわ」

 と、先を歩く神崎に視線を向けて言う。

「そっか! リジェン、まだ、ちっちゃいから心配しちゃった!」

 その子が明るく話す。

「う、うーん……」

 姫巫女……、エシュリンかぁ……。
 通訳として非常に有用だし、性格も明るく働き者、みんなにも好かれているけど……。
 でも、あんまり信用出来ないんだよね。
 あのナスク村での虚偽通訳の一件もそうだけど、何より、エシュリンの主体、彼女の優先順位に問題がある。
 つまり、ラグナロクのみんなと、ナスク村のみんな、どっちかの命を選べ、って言われたら、どっちを選ぶかと云う問題。
 彼女は間違いなく、ナスク村のみんなを選ぶ。
 別にそのことについて非難はしないよ、だって私たちも同じだからね、さっき綾原が言った通り、危険を冒してまで救援活動はしない、我々は我々の命を最優先に考えている、そういうことだから。
 そう、エシュリンはあっち側の人間、私たちの仲間ではない。
 だから……。

「ナギさまたちがいるってことは……、あのおいしい氷のお菓子! リジェンが食べたい、食べたい、言ってた!」
「そうね、また食べられるといいわね……」

 親子の会話が聞えてくる……。

「うん! シュナンも大好きだって! あのお菓子あるかなぁ?」
「そうね、姫巫女さまにお願いしてみましょうね……」
「やったぁ! 姫巫女さまとリジェンとシュナンと、みんなで食べる!」
「ええ、ええ、楽しみねぇ……」

 くっ……。

「早く来ないかなぁ……、姫巫女さまとリジェンとシュナン……」

 わかった。

「私が姫巫女さまとリジェンとシュナンを連れてきてあげる」

 と、その子の顔を覗き込み優しく言ってあげる。

「ほんとぉ?」
「本当!」

 にっと笑って念を押す。

「やったぁ、お姉ちゃん、ありがとう!」

 子供は大喜び! 

「よし、じゃぁ……」

 駆け足で前を歩く神崎に追いつく。

「危ないからはぐれるなよ、ナビー」

 と、私をちらっと見て話す。

「あ、竜翔? あのね、市場にも通訳が必要だと思うの……」
「うん? いや、それより、あっちのほうが重要だって話しだろ?」
「そうだけど……、でも、やっぱり、もう一回雫に聞いてくる!」

 と、振り返り、プラグマティッシェ・ザンクツィオンに向かって走りだす。

「あ、ナビー、ひとりで行くな、危ないぞ!」
「大丈夫だから! すぐそこだから、雫に聞いてくるから先に行ってて!」
「お、おい、ナビー!?」

 彼の制止を振り切り全速力で駆け抜ける。
 よし、これで私がエシュリンを助けに行こうだなんて夢にも思わないはず。

「どいて、どいて!」

 と、人波とは逆方向に進む。

「この辺かな」

 そして、広場の少し手前で森の中に飛び込む。
 下草を飛び越え、広場を横目に森の中を走る。
 さらに走ると、人の足で踏み固められだけの、あぜ道のような場所に出る。
 ここは、ナスク村の人たちの交易のための行き来によって出来た道。
 当然、こんな道でも、なんの整備もされてない森の中より何百倍も走りやすい。
 枝打ちもされ、わずかに星明かりが差し込み、足元を照らす。

「道なりに進んで下さい、敵兵はいませんから、安全ですよぉ!」

 と、途中ですれ違うナスク村の人たちに声をかける。

「あ、エシュリン見ませんでしたか!?」

 ついでに、そう尋ねる。
 だけど、皆一様に首を横に振る。

「もっと奥か……」

 私は手足に魔法を施し、高速であぜ道は走り抜ける。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 広場を出て30分、さすがに疲れてきた……。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 身近な大木に手をあて呼吸を整える。

「さすがに来すぎだよね……、追い抜いちゃったかな……」

 と、うしろを振り返る。
 もう、随分前からナスク村の人たちとはすれ違わなくなった。

「うーん……、どう考えて追い抜いたな……」

 でも、なぜ……、エシュリンたちはいなかった……、それは間違いない……。

「うーん……」

 道の奥を見る。
 すごく曲がりくねっている。
 歩きやすいところを選んで道を作っているのだから、曲がりくねっていて当然。
 湿地や岩場、沢などを避けて通っている……。
 でも、すごい遠回りなんだよね。

「あれか、道なりじゃなくて、真っ直ぐ突っ切っていったのか?」

 もし、敵兵に追われているのだとしたら、少しでも早く広場に着こうと真っ直ぐ突き進むと云う判断をしてもおかしくない……。

「よし!」

 星の位置を確認して、プラグマティッシェ・ザンクツィオンの方向にまっすぐ突き進む。
 森の中は意外に暗闇ではなかった。
 ところどころ木の無いところが点在し、そこに明かりが差し込み、目印となってくれていた。
 そのおかげで、地形がよく見る。
 ぬかるむ湿地は至るところにある大岩、小岩を足場にして飛び越えていく。
 倒木も多く、それらもあわせて足場にしていくと、ほとんど地面に降りることなく進んで行けた。

「どこだ……」

 鳥が起つは伏なり……、つまり、敵の動きには必ず何らかの予兆があると云う例え……。
 小動物の気配、風に揺らされる枝葉の音、それらすべてが敵の動きを知る情報源となる。
 水がはねる音……。

「見つけた」

 これは明らかに、足音、ぬかるんだ道を走る際に出る泥跳ねの音だ。
 私はそれまでもよりも泥道を避け、倒木や岩場など足場にして足音を立てないようにやつらを追走する。
 そして、追走開始から5分、やつらに追いつく。
 そこは、暗い森の中にあらわれた光溢れる場所……。
 少し開けた広場のような場所だった。
 私はその場所には足を踏み入れず、遠巻きに中を覗き込む。
 見える範囲に切り株などはなく、小さな白い花が咲き乱れる、小さな草原のようになっていた。

「も、もう走れないよ……」
「姫巫女さまぁ……」

 そんな子供たちの会話が聞えてくる。

「さっ、立って、もう少しだから……」

 これはエシュリンの声だ。
 じゃぁ、これが、エシュリンとリジェンとシュナンの三人ね……。
 遠巻きに彼女らを見ようとするけど、下草が視界を遮る。

「邪魔……」

 と、草を手で掻き分けながら広場を迂回する。
 まず、彼女らに駆け寄る前に、敵の有無を確認したい……。
 というか、確実にいる、聞こえた足音は三つではなかった、他にもいくつかの足音があった。

「来たよ、姫巫女さま」
「早く立って、行くわよ」
「もう立てないよ、姫巫女さま……」
「いいから!」
「やだぁ、足痛い……」

 エシュリンらしき人影が小ささ女の子のような人影を背負おうとする。
 ザッザッ、という足音とともに、彼女らの背後に人影があらわれる。
 数は……、八つ……。
 マットブラックの鎧の男が8人……。
 多いな……。

「い、行くわよ、さっ、シュナン、行って、リジェンもしっかり捕まって」
「はい、姫巫女さま」

 と、エシュリンたちは森の中に逃げ込もうとする。

「きゃぁああああ!?」

 その悲鳴が響き渡る。
 彼女らの前方に突如として別の一団があらわれたのだ。
 もちろん、味方ではない、同じマットブラックの鎧の男たちだ。
 数は……、六つ……。
 先程のと合わせて14人……。
 ちょっと、多すぎる……。

「た、助けて……」
「ひ、姫巫女さま……」

 彼女ら恐怖に怯え、右往左往し、退路を探す。
 でも、逃げ場はない、完全に包囲されてしまっている。

「ひ、ひどいことしないで……」

 シュナンらしき人影が泣き崩れる。

「シュナン、諦めないで、立って!」

 エシュリンが鼓舞する。

「で、でも……」

 恐怖で腰が抜けている。
 しょうがないなぁ……。
 あの子と約束しちゃったからね、エシュリンたちを連れて帰るって……。
 私は肩に担いでいたドラゴン・プレッシャーを大きく振りかぶって、

「とおりゃああああ!!」

 と、云うかけ声とともに渾身の力でやつらに向かって投げつける。
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