傭兵少女のクロニクル

なう

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第72話 舞華のアイソセリーズ

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 陽も大きく傾き、まもなく夕暮れを迎える。
 窓から差し込む光は優しく、また、吹き込む風も涼やか。

「よし……」

 私は何度も自分の顔を鏡で確認する。
 白くきめ細かな肌がさらになめらかに、頬もほんのり色付き、唇はつやつやのピンク色。

「うん」

 大丈夫、落書きされてない。

「そんなに確認しなくても、ちゃんと、かわいく仕上がってるよ」
「うん、うん、とってもかわいいよ、ナビー」

 女子のみんなにお化粧をしてもらったからねぇ。
 落書きされてないか心配……。
 得意げに、鼻高々でみんなの前に行って、もし顔に落書きされてて笑われでもしたら、傷ついて号泣する自信がある。
 いや、待てよ……。
 お化粧と同時に髪も綺麗に結ってもらったから、首筋も見えるようになっている……。

「くっ……」

 鏡で見えない首の後ろに落書きがされているかもしれない……。
 見えない……。

「どうしたの、ナビー、うしろも見たいの?」
「はい、ナビー、こうするとよく見えるよ」

 と、福井麻美が手鏡をもう一本持ってきて、あわせ鏡にして見せてくれる。

「おお……」

 ちゃんと綺麗になってる……。
 まぁ、今まで、顔に落書きされた事なんて一度もないんだけどね。
 でも、やりそうなんだよね、いまいち信用できない……。
 だって、私が得意げに鼻高々で自慢げにしてるんだけど、実は顔に落書きされてるんだよ? 何も知らないでその辺を歩き回ってるんだよ? で、しばらくして、それに気付いてショックを受けて号泣するんだよ? 超楽しいよ、みんなで大笑いだよ。

「くっ……」

 ひどい! 
 性格の悪さがにじみ出てるよ! 

「最後にお面ね……」

 と、夏目翼がお面をつけてくれる。
 水色の、戦隊ヒーローものみたいなやつ。
 それを横向きにつけてくれる。

「おお……」

 お祭りっぽい。
 私は立ち上がり、その場でくるくるまわってみせる。
 浴衣も白地に水玉模様で超かわいい! 

「うん、いいね」
「かわいい、かわいい」
「もう天使だね、誰がどうみても」

 と、みんなが褒めてくれる。

「えへへ……」

 気分がよくなってきた。

「じゃぁ、そろそろ行こっか」
「うん、暗くなってきたしね」

 室内も大分暗くなってきていた。

「行こう!」

 と、私はピンクの鼻緒の下駄を履いて一番乗りで外に駆け出していく。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 カラン、コロン、カラン、コロン。
 石畳を叩く下駄の音が心地いい……。

「ふふふ……」

 カラン、コロン……、カラン、コロン……。
 夕焼けがあたりをオレンジ色に染め、石畳の道も例外なくそれに染め上げられて鮮やかな色合いを見せる。

「最初はないと思っていたけど、暗くなってくるとそれっぽく見えてくるな」
「ああ、いいね、風流だな」
「かがり火が強すぎない? 燃え移ったりしないよね?」

 と、中央広場の入り口の七夕飾りのところに人だかりが出来ていた。

「ナビー、綺麗、ぷーん!」

 まっさきに私に気付いて駆け寄ってきたのは亜麻色の髪の少女エシュリンだった。

「ありがと、エシュリン、ごめんね、今日一日シウスたちの世話を一人でさせて」
「ううん、大丈夫、ぷーん!」

 そう、今日は七夕の飾りつけに忙しかった。

「おお、かわいい……」
「なんだろうな、このかわいさは、人間離れしている……」
「透明感と清潔感だな、さぞやいい匂いがするんだろうな……」
「ちょ、ちょっとだけ、負けたかも……」

 みんなも私に気付いて口々に感想を述べる。

「ふふん……」

 私は得意げ。
 でも、私がかわいいのは当然、みんなの反応にも慣れてきた。
 それよりも、今日の楽しみは他にあるんだよね……。

「くくく……」

 おっと……、また、悪党面とか言われちゃう……。
 私は表情を悟られないように、うつむき加減でみんなのもとに歩いていく。

「くくく……」

 駄目だ、笑いが込み上げてくる。

「くくく……、くくく……」

 だ、誰が笑いを止めて。

「うひひ……、うひひ……」

 もう駄目、口元を押さえて声が出ないようにする。

「な、なんだ、ナビーが笑いを堪えているぞ?」
「いや、もう、肩で笑ってるし」
「さては、今更自分のかわいさに気付いたな?」
「あはっ、今頃?」
「やばい、こっちまで笑えてきた」

 とか、みんなが私を見ながら口々に言う。

「もう、みんなぁ!」

 我慢出来なくなって、大喜びでみんなのもとに走っていき、一番手前にいた綾原雫に飛びつく。

「あら、あら、どうしたの?」

 と、綾原が優しく抱きとめてくれる。

「なんでもないの、ただ、幸せすぎて、死んじゃいそうなの」

 いつものように、胸にすりすりしたかったけど、お化粧が取れそうだから、それはやめておこう。
 その代わりに、彼女の胸に鼻先をつけて大きく深呼吸をする。

「雫、いい匂いする、お花の匂い……」

 菊とかそんなやつ。

「ありがとう、ナビー、あなたもいい匂いがするわよ……」

 ええっ!? 菊とかそんなやつじゃないよね!? 
 私はびっくりして、彼女の顔を見上げる。

「あっ……」

 無数の吹流しが風になびいていた……。
 そして、その向こうにはお星様、暗くなりはじめた空に星々が輝きはじめている。

「ね、綺麗でしょう?」

 綾原も私の両肩を抱きながら、空を見上げてささやく。

「うん、綺麗……」

 さらさら、さらさら、と、静かな葉の音も心地いい。
 ああ……、ずっとこうしていたい……。
 匂いも……、くん、くん……。
 うん、香ばしい匂いがする……。
 くん、くん……。
 お肉が焼ける匂いだね……。

「やっぱ、肉はスライスにかぎるよな」
「ああ、厚いと歯が痛くなる」
「じじいかよ」

 ああ!? 
 なんか、みんなが縁石に座って焼きそば食べてるよ! 
 ぎゅるるぅ……。

「私も食べたい!」

 と、大急ぎで広場に走っていく。
 そう、今日の夕ご飯は東園寺たち管理班が作ってくれたソース焼きそば! 

「公彦、大盛りね!」
「おう」

 大きな鉄板の前にいた東園寺がお皿に焼きそばを取り分けてくれる。
 まぁ、でも、これでソースとはお別れなんだけどね。
 旅客機にあったソースはこれで全部、この焼きそばでなくなる。
 他の調味料もあとわずか……。
 ちびちび使って、三ヶ月近くもたせたんだから上出来か……。

「おまち」
「ありがとう!」

 と、お肉と野菜たっぷりの焼きそばを手渡してくれる。

「おいしそう……」

 味わって食べないとね……。
 それにしても、しょうゆは無理にしてもソースくらいは作れないかな? 
 案外簡単なはずだよ、これ。
 これから、味付けは塩とコショウだけだなんて寂しいからね。

「うーん……」

 ソースの入れ物に原材料は書いてある……。

「よし」

 次の班長会議で提案してみよう。
 と、私もみんなの隣の縁石に腰掛けながら、七夕飾りを眺めながら焼きそばをいただく。
 うま、うま……。
 いいね、このお肉、猪肉だと思うけど、薄くスライスしてあって、カリっとしっかり焼かれていてとっても香ばしい。
 そばも、まぁ、ちょっと太麺かな……。
 そういえば、花火はどうなったの? 
 和泉たちがやるかもとか言ってたんだけど……。
 むしゃむしゃ焼きそばを食べながら辺りを見渡す。

「うーん……」

 別段、何かを準備している気配はない……。
 もっと、お祭りみたいなのを期待していたけど、焼きそばと七夕飾りだけで終りっぽいなぁ……。
 ちょっと、残念。

「でも、焼きそばがおいしいからいっか」

 いや、メインイベントはこれからだよ……。

「くくく……」

 そう、メインイベントは金の斧の池で……。
 と、私は浴衣の胸元を指で引っ張り中を覗き込む。

「準備万端……」

 私は満足して胸元を整える。

「ナビー、りんご飴、ぷーん!」
「うん?」

 なんか、エシュリンが持ってきてくれた。

「りんご飴?」
「そう、ぷーん!」

 手渡されたのは串に刺さった黄色い洋ナシ。
 それがテカテカと光を反射している……。
 たぶん、砂糖水で煮詰めた洋ナシだと思う。

「りんご飴……」

 赤くない……。

「食べて、食べて、エシュリンもお手伝いした、ぷーん!」

 と、彼女が満面の笑みで言ってくる。

「う、うん……」

 食べ終わった皿を横に置き、串に刺さった洋ナシを受け取る。
 そして、おそるおそるひと舐めしてみる……。

「あまーい」

 でも、甘さだけじゃない、ちゃんと洋ナシの味もする。
 たぶん、洋ナシの果汁も一緒に煮込んでいるね。

「おいしい、ぷーん?」

 エシュリンが私の顔を覗き込んでくる。

「うん、おいしい!」

 と、彼女に向かって親指を立てる。

「よかった、ぷーん!」

 すると、彼女が飛び上がって喜ぶ。

「ふふ……」

 彼女の喜ぶ様を見ながら洋ナシをぺろぺろ舐める。
 で、たまにかじる。

「おお……」

 果肉まで甘い……。
 時間をかけて煮込んだのかな? 

「ぺろぺろ……」

 おいしい。

「俺、一回ロッジに戻るわ」
「あ、俺も……」
「そ、そうだな、一回戻ろうか……」

 と、生活班の山本とかが立ち上がり、居住区の自分たちのロッジに戻っていく。

「そ、そうね……、寒くなるかもしれないから、一枚羽織ってくる……」
「うん、私も……」
「風、強いから、髪直したい……」

 さらに、女性班の徳永たちもロッジに引き上げていく。

「ちょっと、俺、涼んでくる……」
「お、おう、俺もちょっと歩いてくるか……」

 和泉と秋葉もよそよそしくどこかに歩いていく。
 彼らの不可解な行動を見ながら、ちらりと時計で時間を確認する。

「19時半か……」

 くくく、みんな行動が早いな……。

「よし、エシュリン! 私たちもお散歩に行こうか!」
「はい、ぷーん!」

 と、私は元気よく立ち上がる。

「行こう!」

 洋ナシをぺろぺろと舐めながら目的の場所を目指す。
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