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第64話 武装中立
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日が明けて翌日。
ここ、割と普通なナビーフィユリナ記念会館では、昨日の事件を受けて班長会議が行われている。
もちろん、私もマスコット班の班長として、この班長会議に参加している。
中央に大きな楕円形の白いテーブル、そこに、議長の東園寺公彦を囲むように、各班の班長たちが着席している。
テーブルの上には地図が広げられていた。
これは、昨夜の夜、エシュリンに協力してもらって急ごしらえで作成したものだ。
「ラグナロク広場、そこから、北へ50キロほど進むとテルマカン砂漠がある……」
と、参謀班の班長、人見彰吾が地図を指でなぞりながら位置関係の確認をする。
「テルマカンとは、この世の果て、と云う意味になるだろうか、現地の人々が現世とあの世を繋ぐ境界線と考えている場所だ」
ラグナロクのある直径20キロのカルデラ、その北側に広大な砂漠が広がっている。
「その先は?」
女性班の班長、徳永美衣子が尋ねる。
「詳しくはわかっていない、彼女、エシュリンの話によると、少なくても数百キロは続いているそうだ……」
「人類未踏の地ってわけね……」
「そうだ、北側には活路を見いだせそうもない、反対に南側は……、ここから30キロほど進むとナスク村があり……」
今度は地図の反対側を指でなぞる。
「向きを変え、南西に進み、細かな集落を過ぎ、200キロほど進むと帝国辺境伯の居城がある」
合計、230キロの位置だね。
「ここには城下町が形成されており、それなりの人口を抱えているようだ、そして、ここからは帝国領、西に1000キロほど進むと、ラインヴァイス帝国の帝都がある……、ざっと、簡単に説明するとこんな感じの位置関係だ」
「つまり、ラグナロクから南、南西方面が人類の支配地域で北側が人類未踏の地ってわけね、じゃ、東側は?」
徳永が地図を真剣に覗き込む。
「東側……、帝国から見て奥地、辺境地域になる、おそらく、ナスク村と同じような集落が点在していると思われるが定かではない、厳密には帝国領ではないが、彼らの支配域、管理地区はナスク村を東限としている」
「なら、もし、帝国軍が攻めてきたら、私たちは東側に逃げればいいってわけね?」
と、生活班の班長、福井麻美が顔を上げて人見に聞く。
「そういう事だ」
「ラグナロクの放棄は最終手段だ」
東園寺が口を開く。
「ラグナロクの旅客機、ヒンデンブルクの飛行船、この二つを失えば、日本に帰る手がかりも失われ、我々は永久にこの世界を彷徨う事になるだろう」
「じゃぁ、どうするの? 戦うの、彼らと?」
徳永が質問する。
「まだ、戦闘になるとは決まっていない、可能ならば帝国と交渉する」
「甘いよ、東園寺くん、交渉なんてしてくれないよ、絶対、略奪しようとしてくるよ、だって、普通に考えてそっちのほうが楽だもん」
「そうだな、楽だな、我々が無抵抗ならばな……」
「ある程度は戦うって事だな……」
と、人見が溜息混じりに言う。
「そうだ、やつらに交渉したほうが楽だと思わせたら我々の勝ちだ」
どこの第二次世界大戦よ、それが通用するのは身内、内乱や関係国相手にだけだよ、全く関係のない他の民族、他の国家の場合はジェノサイドに突入する。
「雲行き怪しくなってきた……」
私は誰にも聞えないようにそうつぶやく、コップの水をひと口飲む。
まぁ、でも、じゃぁ、どうすればいい? と聞かれたら困るんだけどね、徳永の言う通り、無抵抗ならそのまま蹂躙されるし、かといって戦っても交渉に応じてくれる可能性は極めて低い……。
逃げるのが一番だけど……、東園寺の言う通り、それだと日本に帰る機会は永久に失われる……。
八方塞がりだね、どうするんだろ?
「我々は武装中立を貫く」
非武装中立よりはいいけど、日和見の中立なんて真っ先に叩き潰すのが戦争の常識よ。
「帝国が我々と戦うと言うのならば受けて立つ、交渉をしたいと言うのならば交渉する、我々はあくまでも独立した集団、国家だ」
国家か……。
「そうだな、東園寺、我々には自決権があり、通貨発行権があり、法律施行権がある、その意味では立派な国家だ」
と、人見がかすかに笑う。
「まとめるぞ」
東園寺が立ち上がる。
「戦争の準備を進める、参謀班は全力でヒンデンブルクの飛行船の調査を行い、戦力増強に努めてくれ」
「わかった」
「生活班女子はこれまで通り、男子は管理班とともに、石垣、塹壕の整備を行ってもらう」
「うん、伝えておく」
「狩猟班もこれまで通り、だが、中立化を進める上でナスク村との売買を制限し最低限の取引だけにする、当然食料調達のそのほとんどを自力でまかなう必要がある、これまで以上に狩猟、採集に努めてくれ」
「了解した」
「最後に女性班、帝国軍の侵攻が苛烈だった場合ラグナロクを放棄する、その時に備えて荷物の整理をしておいてくれ、特に女性特有の入用もあるだろう、それらを揃えておくように、我々管理班も手の空いている時に東への脱出ルートの確保をしておく」
「わ、わかったわ……」
それぞれ、東園寺の指示にうなずく。
「ああ、もう一つあったな、マスコット班」
と、東園寺が私を見る。
「う、うん……?」
緊張した面持ちで彼を見上げる。
「家畜……、その表現は禁止だったな……、ラグナロクを放棄した場合、ウェルロットやシウスたちをどうするか決めておいてくれ、連れていくなら連れていくし、置いていくなら置いていく、その判断は、ナビーフィユリナ、おまえに一任する」
「うん……」
その意味は簡単、このままでは連れていけないって事。
だから、置いていく決断をするか、それがいやなら、ラグナロク放棄までになんとかしろって話し。
「よし、質問はないな? では、解散、お疲れ」
と、東園寺が班長会議の終了を宣言する。
「お疲れ様でした」
「お疲れ」
「お疲れ様でした、はぁ、急がしくなりそう……」
みんながノートを閉じて席を立つ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ラグナロク放棄かぁ……」
と、私は牧舎に向かいながらつぶやく。
「現実的じゃないんだよねぇ……」
いや、私にとっては日本への帰還が不可能になるのは悪い事ではないんだけど、東へ東へ流浪の旅を続けて、それでみんなが耐えられるの?
「まぁ、死ぬよりはいいんだろうけど……」
小石を蹴る。
なにより、まだ子供なシウスたちが長旅に耐えられるとは思えない。
「そもそも、こんな事になったのは、全部、彰吾とハルのせいだよ、なんなんだ、あいつらは、もっと慎重に行動しろ」
と、小石を蹴りながら悪態をつく。
「くるぅ!」
牧舎のほうから青い子犬が元気よく走ってきた。
「くるぅ、くるぅ!」
それは、もちろん子犬のクルビット。
「クルビット!」
彼が私の足元を走り回る。
「くるぅ、くるぅ、くるぅ!」
そして、大喜びで飛び跳ねてくる。
「わかった、わかった」
と、クルビットを抱えあげる。
「よし、よし……」
「くるぅ……」
ふわふわの顔に頬ずりをする。
「でも、日に日に重くなっていくよね、もう5キロくらいあるかな?」
と、クルビットの青い瞳を覗き込みながら尋ねてみる。
「くるぅ」
「そっか、5キロくらいか!」
と、そんな事を話しながら、クルビットを抱っこしながら牧舎のほうに向かう。
「でも、まだ赤ちゃんだなぁ……」
「くるぅ?」
ラグナロクを放棄して旅をするとなると、若干不安なんだよねぇ……。
と言っても、置いていったら確実に死ぬしねぇ……。
「うーん……」
「くるぅ?」
「うーん……」
「くるぅ?」
「うん、置いて行けないし、そもそも、ここから出て行くつもりもない、なら、戦うしかないよね」
と、笑顔でクルビットに話す。
「くるぅ!」
と、クルビットも大喜び。
「私のドラゴン・プレッシャーが火を噴くよ!」
「くるぅ、くるぅ!」
クルビットが大喜びで私のほっぺをなめてくる。
「こらぁ、くすぐったいってば」
「ぷるるぅ!」
「めぇ!」
「めぇえ!」
「ぴよ、ぴよ!」
「ぴよっぴぃ!」
「ぴよぉ!」
牧舎のほうからみんなの声が聞こえてくる。
「みんなぁ!」
と、私はみんなのもとへ走っていく。
ここ、割と普通なナビーフィユリナ記念会館では、昨日の事件を受けて班長会議が行われている。
もちろん、私もマスコット班の班長として、この班長会議に参加している。
中央に大きな楕円形の白いテーブル、そこに、議長の東園寺公彦を囲むように、各班の班長たちが着席している。
テーブルの上には地図が広げられていた。
これは、昨夜の夜、エシュリンに協力してもらって急ごしらえで作成したものだ。
「ラグナロク広場、そこから、北へ50キロほど進むとテルマカン砂漠がある……」
と、参謀班の班長、人見彰吾が地図を指でなぞりながら位置関係の確認をする。
「テルマカンとは、この世の果て、と云う意味になるだろうか、現地の人々が現世とあの世を繋ぐ境界線と考えている場所だ」
ラグナロクのある直径20キロのカルデラ、その北側に広大な砂漠が広がっている。
「その先は?」
女性班の班長、徳永美衣子が尋ねる。
「詳しくはわかっていない、彼女、エシュリンの話によると、少なくても数百キロは続いているそうだ……」
「人類未踏の地ってわけね……」
「そうだ、北側には活路を見いだせそうもない、反対に南側は……、ここから30キロほど進むとナスク村があり……」
今度は地図の反対側を指でなぞる。
「向きを変え、南西に進み、細かな集落を過ぎ、200キロほど進むと帝国辺境伯の居城がある」
合計、230キロの位置だね。
「ここには城下町が形成されており、それなりの人口を抱えているようだ、そして、ここからは帝国領、西に1000キロほど進むと、ラインヴァイス帝国の帝都がある……、ざっと、簡単に説明するとこんな感じの位置関係だ」
「つまり、ラグナロクから南、南西方面が人類の支配地域で北側が人類未踏の地ってわけね、じゃ、東側は?」
徳永が地図を真剣に覗き込む。
「東側……、帝国から見て奥地、辺境地域になる、おそらく、ナスク村と同じような集落が点在していると思われるが定かではない、厳密には帝国領ではないが、彼らの支配域、管理地区はナスク村を東限としている」
「なら、もし、帝国軍が攻めてきたら、私たちは東側に逃げればいいってわけね?」
と、生活班の班長、福井麻美が顔を上げて人見に聞く。
「そういう事だ」
「ラグナロクの放棄は最終手段だ」
東園寺が口を開く。
「ラグナロクの旅客機、ヒンデンブルクの飛行船、この二つを失えば、日本に帰る手がかりも失われ、我々は永久にこの世界を彷徨う事になるだろう」
「じゃぁ、どうするの? 戦うの、彼らと?」
徳永が質問する。
「まだ、戦闘になるとは決まっていない、可能ならば帝国と交渉する」
「甘いよ、東園寺くん、交渉なんてしてくれないよ、絶対、略奪しようとしてくるよ、だって、普通に考えてそっちのほうが楽だもん」
「そうだな、楽だな、我々が無抵抗ならばな……」
「ある程度は戦うって事だな……」
と、人見が溜息混じりに言う。
「そうだ、やつらに交渉したほうが楽だと思わせたら我々の勝ちだ」
どこの第二次世界大戦よ、それが通用するのは身内、内乱や関係国相手にだけだよ、全く関係のない他の民族、他の国家の場合はジェノサイドに突入する。
「雲行き怪しくなってきた……」
私は誰にも聞えないようにそうつぶやく、コップの水をひと口飲む。
まぁ、でも、じゃぁ、どうすればいい? と聞かれたら困るんだけどね、徳永の言う通り、無抵抗ならそのまま蹂躙されるし、かといって戦っても交渉に応じてくれる可能性は極めて低い……。
逃げるのが一番だけど……、東園寺の言う通り、それだと日本に帰る機会は永久に失われる……。
八方塞がりだね、どうするんだろ?
「我々は武装中立を貫く」
非武装中立よりはいいけど、日和見の中立なんて真っ先に叩き潰すのが戦争の常識よ。
「帝国が我々と戦うと言うのならば受けて立つ、交渉をしたいと言うのならば交渉する、我々はあくまでも独立した集団、国家だ」
国家か……。
「そうだな、東園寺、我々には自決権があり、通貨発行権があり、法律施行権がある、その意味では立派な国家だ」
と、人見がかすかに笑う。
「まとめるぞ」
東園寺が立ち上がる。
「戦争の準備を進める、参謀班は全力でヒンデンブルクの飛行船の調査を行い、戦力増強に努めてくれ」
「わかった」
「生活班女子はこれまで通り、男子は管理班とともに、石垣、塹壕の整備を行ってもらう」
「うん、伝えておく」
「狩猟班もこれまで通り、だが、中立化を進める上でナスク村との売買を制限し最低限の取引だけにする、当然食料調達のそのほとんどを自力でまかなう必要がある、これまで以上に狩猟、採集に努めてくれ」
「了解した」
「最後に女性班、帝国軍の侵攻が苛烈だった場合ラグナロクを放棄する、その時に備えて荷物の整理をしておいてくれ、特に女性特有の入用もあるだろう、それらを揃えておくように、我々管理班も手の空いている時に東への脱出ルートの確保をしておく」
「わ、わかったわ……」
それぞれ、東園寺の指示にうなずく。
「ああ、もう一つあったな、マスコット班」
と、東園寺が私を見る。
「う、うん……?」
緊張した面持ちで彼を見上げる。
「家畜……、その表現は禁止だったな……、ラグナロクを放棄した場合、ウェルロットやシウスたちをどうするか決めておいてくれ、連れていくなら連れていくし、置いていくなら置いていく、その判断は、ナビーフィユリナ、おまえに一任する」
「うん……」
その意味は簡単、このままでは連れていけないって事。
だから、置いていく決断をするか、それがいやなら、ラグナロク放棄までになんとかしろって話し。
「よし、質問はないな? では、解散、お疲れ」
と、東園寺が班長会議の終了を宣言する。
「お疲れ様でした」
「お疲れ」
「お疲れ様でした、はぁ、急がしくなりそう……」
みんながノートを閉じて席を立つ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ラグナロク放棄かぁ……」
と、私は牧舎に向かいながらつぶやく。
「現実的じゃないんだよねぇ……」
いや、私にとっては日本への帰還が不可能になるのは悪い事ではないんだけど、東へ東へ流浪の旅を続けて、それでみんなが耐えられるの?
「まぁ、死ぬよりはいいんだろうけど……」
小石を蹴る。
なにより、まだ子供なシウスたちが長旅に耐えられるとは思えない。
「そもそも、こんな事になったのは、全部、彰吾とハルのせいだよ、なんなんだ、あいつらは、もっと慎重に行動しろ」
と、小石を蹴りながら悪態をつく。
「くるぅ!」
牧舎のほうから青い子犬が元気よく走ってきた。
「くるぅ、くるぅ!」
それは、もちろん子犬のクルビット。
「クルビット!」
彼が私の足元を走り回る。
「くるぅ、くるぅ、くるぅ!」
そして、大喜びで飛び跳ねてくる。
「わかった、わかった」
と、クルビットを抱えあげる。
「よし、よし……」
「くるぅ……」
ふわふわの顔に頬ずりをする。
「でも、日に日に重くなっていくよね、もう5キロくらいあるかな?」
と、クルビットの青い瞳を覗き込みながら尋ねてみる。
「くるぅ」
「そっか、5キロくらいか!」
と、そんな事を話しながら、クルビットを抱っこしながら牧舎のほうに向かう。
「でも、まだ赤ちゃんだなぁ……」
「くるぅ?」
ラグナロクを放棄して旅をするとなると、若干不安なんだよねぇ……。
と言っても、置いていったら確実に死ぬしねぇ……。
「うーん……」
「くるぅ?」
「うーん……」
「くるぅ?」
「うん、置いて行けないし、そもそも、ここから出て行くつもりもない、なら、戦うしかないよね」
と、笑顔でクルビットに話す。
「くるぅ!」
と、クルビットも大喜び。
「私のドラゴン・プレッシャーが火を噴くよ!」
「くるぅ、くるぅ!」
クルビットが大喜びで私のほっぺをなめてくる。
「こらぁ、くすぐったいってば」
「ぷるるぅ!」
「めぇ!」
「めぇえ!」
「ぴよ、ぴよ!」
「ぴよっぴぃ!」
「ぴよぉ!」
牧舎のほうからみんなの声が聞こえてくる。
「みんなぁ!」
と、私はみんなのもとへ走っていく。
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