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美香
慧 side
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・・・・
もう話したくないな。あの時のことをこれ以上、思い出したくない。
「テレビの電源、入れてもいいですか?」
だんだんと重くなっていく空気に耐え切れず、私は壁掛けの時計の下にある二十四インチのテレビを指さした。古い機種のそれはインターネットには繋がらない。ただ地上波で放送されている番組が観られるだけのものだ。
普段からニュースすら観ないので、ただ部屋を狭くするだけのこれを捨てたいのだが、一緒に住んでいるあの子が必要としているから、しぶしぶ置いている。だが今は、これの存在がありがたい。この男と二人きりなのが、そろそろ居たたまれなくなってきている。もう限界だ。雑音がないことには、この先を語るのは厳しい。いや、もう語ることなどほとんどないけれど。
私はキャビネットからリモコンを取り出すと、勝手にテレビの電源を入れた。この時間は、いったいどんな番組が放送されているのか、まったく把握していない私はあてもなくチャンネルを変えていく。
パッ、パッ、と番組をテンポよく変えていくが、どこも似たようなものだ。旬のタレントがぺちゃくちゃと騒いでいるだけの報道番組くらいしかやっていない。まあ、堅苦しいニュースよりは、騒いでくれていた方がマシか。
そう思って、特にこれという決め手もなく、比較的滑舌のいいアナウンサーが司会を務める報道番組で止めて、リモコンから手を離した。今はダブル不倫が発覚した大御所の有名俳優が、複数のタレントから槍玉に挙げられていた。昨今は不倫ごときで、こうも叩かれなくてはならないのか。罪を犯したわけでもない人間を、どうしてここまで責めなくてはならないのか。私には理解できない。
人の心など、元から移り変わりやすいものだろう。生殖機能が備わっている動物であれば、好みの相手が現れた時に、己の意思とは別に性的欲求が生じるものだ。
永遠の愛とやらを誓うことがすでに無意味。それがわかっていれば、さほど気になることでもないように思うが、そこは愛した相手だ。自分とは別の相手に靡くだけで、裏切られたと思ってしまうのだろうか?
だからあの鬼は、彼女が許せなかったのだろうか。勝手に惚れて、勝手に裏切られたと思ったから、私や彼らを巻き込んで、あんな事件を起こしたのか……。
テレビ画面をぼうっと見つめていると、不倫の報道からある事件の報道へと切り替わった。数か月前に起きたという放火死体遺棄及び殺人事件。その事件にかかわる容疑者だった女が、遺体となって発見されたという。首を吊った自殺らしい。
それを目にして、私は呆けたように口を開いた。
「ああ~……なるほど。なるほど。なるほど……です」
私はテレビ画面からゆっくりと、男の方に顔ごと視線を戻した。
ようやく合点がいった。ああ、そうか。だからこの男がここへ来たのか、と。
私は両膝にそれぞれの手を重ねて乗せると、男に向かって頭を下げた。
「勿体ぶっていて、すみませんでした。そうですね……きっと、あなたが想像している通りです」
そして顔を上げ、
「私はもうとっくに、あの事件を起こした犯人たちを知っています。彼らの名前も……その正体もね」
と、まっすぐに視線を合わせた。
「十二年前のあの事件に関わった犯人は三人。その内、私を含め監禁された彼らを殺したのは、あのクリニックへ突如として現れた七人目の人間……佐藤正義です」
もう話したくないな。あの時のことをこれ以上、思い出したくない。
「テレビの電源、入れてもいいですか?」
だんだんと重くなっていく空気に耐え切れず、私は壁掛けの時計の下にある二十四インチのテレビを指さした。古い機種のそれはインターネットには繋がらない。ただ地上波で放送されている番組が観られるだけのものだ。
普段からニュースすら観ないので、ただ部屋を狭くするだけのこれを捨てたいのだが、一緒に住んでいるあの子が必要としているから、しぶしぶ置いている。だが今は、これの存在がありがたい。この男と二人きりなのが、そろそろ居たたまれなくなってきている。もう限界だ。雑音がないことには、この先を語るのは厳しい。いや、もう語ることなどほとんどないけれど。
私はキャビネットからリモコンを取り出すと、勝手にテレビの電源を入れた。この時間は、いったいどんな番組が放送されているのか、まったく把握していない私はあてもなくチャンネルを変えていく。
パッ、パッ、と番組をテンポよく変えていくが、どこも似たようなものだ。旬のタレントがぺちゃくちゃと騒いでいるだけの報道番組くらいしかやっていない。まあ、堅苦しいニュースよりは、騒いでくれていた方がマシか。
そう思って、特にこれという決め手もなく、比較的滑舌のいいアナウンサーが司会を務める報道番組で止めて、リモコンから手を離した。今はダブル不倫が発覚した大御所の有名俳優が、複数のタレントから槍玉に挙げられていた。昨今は不倫ごときで、こうも叩かれなくてはならないのか。罪を犯したわけでもない人間を、どうしてここまで責めなくてはならないのか。私には理解できない。
人の心など、元から移り変わりやすいものだろう。生殖機能が備わっている動物であれば、好みの相手が現れた時に、己の意思とは別に性的欲求が生じるものだ。
永遠の愛とやらを誓うことがすでに無意味。それがわかっていれば、さほど気になることでもないように思うが、そこは愛した相手だ。自分とは別の相手に靡くだけで、裏切られたと思ってしまうのだろうか?
だからあの鬼は、彼女が許せなかったのだろうか。勝手に惚れて、勝手に裏切られたと思ったから、私や彼らを巻き込んで、あんな事件を起こしたのか……。
テレビ画面をぼうっと見つめていると、不倫の報道からある事件の報道へと切り替わった。数か月前に起きたという放火死体遺棄及び殺人事件。その事件にかかわる容疑者だった女が、遺体となって発見されたという。首を吊った自殺らしい。
それを目にして、私は呆けたように口を開いた。
「ああ~……なるほど。なるほど。なるほど……です」
私はテレビ画面からゆっくりと、男の方に顔ごと視線を戻した。
ようやく合点がいった。ああ、そうか。だからこの男がここへ来たのか、と。
私は両膝にそれぞれの手を重ねて乗せると、男に向かって頭を下げた。
「勿体ぶっていて、すみませんでした。そうですね……きっと、あなたが想像している通りです」
そして顔を上げ、
「私はもうとっくに、あの事件を起こした犯人たちを知っています。彼らの名前も……その正体もね」
と、まっすぐに視線を合わせた。
「十二年前のあの事件に関わった犯人は三人。その内、私を含め監禁された彼らを殺したのは、あのクリニックへ突如として現れた七人目の人間……佐藤正義です」
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