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告白、あるいは彼女の罪

真 side 3

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 しばし、沈黙の時が流れる。再び口を開いたのは潤美だった。

「友達が見舞いに来てくれる話だって、言ったわよね。あれは本当よ。友達は来てくれたの」

 明かされたのは、潤美が監禁される前夜についてだった。

「アンタたち、私がどうして友達を迎えるためだけに新品のヒールを履いたのかって、気になっていたでしょ。鈴木が言った通りよ。このヒール、その友達に見せたかったの」

 そう言って、潤美は足先を突き出した。濃いピンク色でシンプルな形のそれは、彼女の人柄と雰囲気によく似合っていた。

「私よりうんと年下の女の子でね。当時通っていた病院で知り合ったの。事情は違うけれど、彼女も大切な人を亡くしたと言っていたわ。家庭環境も少しだけど似ていたし、すぐに仲良くなったの。後に彼女が引っ越してからは、会うことはなかったけれど、ずっとメールでやり取りをしていたわ。特に彼女は、この時期になると私が不安定になることを知っているから、気にかけてくれるの。このヒールも、そんな私のために彼女がプレゼントしてくれたのよ」

 私はなるほどと、静かに納得した。潤美は続ける。

「それが珍しく、今回は会いに来てくれるって連絡をくれたの。嬉しかったわ。だから私、これを履いて彼女を出迎えて、家の中に入れたの」

「じゃあ、あなたは私と違って、玄関口で襲われたわけではないんですね?」

 鈴木が問いかけると、潤美は頷いた。

「再会を喜んでしばらくは、飲んだり食べたりしていたの。でも、いつの間にか私、眠ってしまって、気づいたらここに……」

 ということは、潤美はその友人に何かをされたということか? 例えば、潤美が席を外している間、彼女の飲み物にこっそりと睡眠薬でも混入させれば、彼女を眠らせて拉致することは可能だろう。つまり、その友人がこの事件の犯人の一人、ということになる。

 頭の中で推理していると、潤美は首を横に振った。

「違うわ。彼女じゃない。私も、はじめはそう思った。アンタたちから拉致前の状況を聞かれた時は、私もつい彼女のことを疑ってしまったけれど、あの子にこんな恐ろしいことができるはずない。きっと私と一緒で、どこかに攫われてしまったのよ。だって私、彼女に会えた嬉しさで舞い上がっちゃって、玄関の鍵をかけた記憶がないんだもの。きっとあのまま眠っちゃって、外から誰かが侵入したのよ。そうに違いないわ」

 潤美は自身に言い聞かせるように主張する。今になるまで私たちには話さず隠そうとしたのは、友人から裏切られたと信じたくなかったからか。語り終えた潤美は、さめざめと泣いた。

 私はここで「罪」について、ある共通点があることに気がついた。過去に武藤は妻に裏切られ、潤美は大切な人を裏切った。そして二人とも、激しい後悔を抱えていたことだ。しかしそれが、彼らを集めた理由といったいどんな関係があるんだ?

 鈴木やショウコには、彼らのように大切な誰かに裏切られた経験や、自責の念に駆られるようなものはあるのだろうか。少なくとも、異常なほど怯えるショウコには、何かがあるのだろう。だが、こちらが問いかけても何ら答えてくれない彼女からそれを聞き出すことは……

「あ、あなたが、悪いのよ」

 突然、ショウコが口を開いた。全員がショウコの方に顔を向けると、当の本人は美香の方を向いていた。

 自分の背中に隠れていたはずのショウコから、何を言われたのかすぐに理解できなかったのか、美香が首を傾げた。

「ショウコさん? 今、何と?」

 聞き返すとショウコは両目を見開き、美香の顔を見つめながら、口だけを動かした。

「あなたがここから出る方法を、あの男からちゃんと聞いておけば、こんなことにはならなかったのに……。どうしてくれるのよっ」

 あの男とは、平のことか? それまで泣いていただけのショウコとは打って変わって、低い声で相手を詰る姿に、美香は怖じ気づく様子を見せた。

 しかしショウコは構わず、美香を責め立てる。

「や、安いものじゃない。少し胸を触らせておけば、あの程度の男……きっと満足したわよ。なのに、あなたが保身に回るから……あなたのせいよっ」

「ショウコさんっ」

 私はショウコから美香を引き剥がした。これまで優しく接していた相手に、いきなり責められ始めた美香は、言葉を失っていた。平を恨むのならまだしも、美香を恨むのは筋違いというものだ。

 そのあまりに理不尽な恨みに、様子を見ていた潤美が顔を顰めた。

「何なのよ、このおばさん。さっきまでこの子にべったりだったのに、都合が悪くなったからって生贄のように差し出すの? だったらアンタが、色仕掛けでも何でもすればいいじゃない。駄目よ。こんな女の言うことなんて気にしちゃいけないわ」

 そう言って立ち上がり、美香の肩に手を乗せる。しかし美香は……

「いえ……ショウコさんの、言う通りだと思います」

 首を横に振りながら、ブラウスを握る右手に力を込めた。

「私、今から平さんのところに行って、ここから出る方法について聞いてきます」

「美香!」

 私は怒鳴った。平のもとに行くことは、体を許すということだ。私に殴られた分、今美香の姿を目にしたら、あの男は激しく乱暴するかもしれない。そんな危険な男のもとに、「さあ、どうぞ」と恋人を差し出す男がどこにいる!

 絶対に行かせはしない。私は美香の左手首を掴んだ。ふわりと、甘い香りが鼻腔を通るのを微かに感じながら、彼女が大切だと言っていた腕時計を壊さんばかりに強く握った。

「……っ、い、痛いっ」

「絶対に駄目だ。ここから出ることは許さない」

 痛みに苦しむ美香が悲鳴をあげるも、私はその手を緩めることをしなかった。

 それでも美香は、平のもとに行くと言って譲らない。

「もしもあの時、平さんの言うことを聞いていれば、今頃は助かっていたかもしれないの。だから行かせて。真さん」

「駄目だ」

「真さんっ」

「駄目だと言っているだろうっ。どうして私の言うことが聞けないんだ!」

 この時の私がどんな顔をしていたのかはわからない。目の前の美香は、何か恐ろしいものを前にしているかのように、青く強張った顔をしていた。

「い、言うことを聞く、聞かないじゃないの。助かる道があるなら、たとえどんな可能性でも……」

「君のっ」

 これ以上は言わせない。私は声を荒げることで、彼女の口を封じた。

 絶対に表には出すまいと思っていた。これはもう、過去のことだからと、今の彼女に伝えることをしなかった。だが、私というものがありながら、他の男のもとへ行こうとする彼女に、これ以上は我慢がならなかった。

「君の罪を……私が言ってやる」

「わ、私の……罪?」

「君は、浮気をしているだろう」

 私は十二年前、美香に裏切られた。彼女が姿を消す前のことだ。

「君は私に隠れて浮気をしている。見たんだよ、私は。別の男と君が、手を繋いで楽しそうに歩いているところを」

「そんなこと……私、してないわ」

「嘘を吐くなっ。私は見たんだよっ」

 否定する美香に憤慨する私は、彼女を責め立てた。

 当時、美香は仕事が忙しいから、職場まで迎えにくるのを止めて欲しいと私に言った。私は彼女の言葉を素直に受け取り、迎えに行くのは控えていた。しかしふと、妙な胸騒ぎを覚えて、私はこっそりと彼女の様子を見に行った。そこで私が見たものは、周りに誰もいないことを確認してから、恥ずかしそうに私以外の男と手を繋ぐ美香の姿だった。男の顔は見ていない。背が高かったことだけは覚えている。

 美香は私に仕事と称して別の男と会っていた。当時の私にとって、それは酷い裏切りだった。だが、死ぬことに比べれば、彼女の裏切りなど些細なことだと、私はここで目覚めた美香を責めなかった。私にとっても、この件はとっくに過去のこととなっていたからだ。

 それなのに。彼女はまたもや、私を裏切ろうとしている。今度は手を繋ぐ程度じゃない。体を許そうとしているんだ。それを私の目の前で宣言した。許せるはずがない。

「君はいつから売女になったんだっ。私は君を信じていたんだぞっ。仕事が忙しいというから、そんな君を信じて迎えに行くことを止めたというのに。裏切られたと知った時の私の気持ちがわかるか? わからないよな?」

「だって私……本当に、浮気なんかしてない……」

「うるさいっ」

「きゃあっ」

 私は美香の頬を力任せに叩いた。彼女は床に倒れ込んだ。

 そうだ。十二年前のあの日もそうだった。美香はなかなか認めなかった。隠し通せるとでも思ったのだろう。頑なに罪を認めない美香に業を煮やした私は、とうとう手をあげてしまった。今のように。

 そもそも、今が十二年前だというのなら、目の前の美香はすでに私から浮気を疑われているはずだ。それなのに、彼女はまだとぼけるのか。

 怒りが静まらず、再び手を振り翳す私の前に、鈴木と潤美が倒れる美香を庇うように現れた。

「どけっ」

「真さん。落ち着いてくださいっ」

「そうよ。別の男と手を繋いだことくらい、大したことではないわ。それに、彼女の話もちゃんと聞いてやりなさいよ。浮気はしていないって言っているのよ。アンタ、医者なんでしょっ」

 医者という言葉に、私は手を振り翳したままピタリと止まった。何だ、これは。どうして彼らは責めるような目を私に向けている?

 私は彼らの後ろにいる美香に視線を向けた。彼女は頬に手を添えながら倒れていた。私を見上げるその目は、まだなお否定の色を浮かべていた。

「くそっ」

「そうやって暴力を振るって言うことを聞かせる方が、よっぽど罪だと思うわよ」

 私が腕を振り下ろして空を切ると、潤美が軽蔑するような顔でこちらに言った。

 なぜ、私が責められなければならない。私を裏切ったのは美香の方なのに。

 私は頭を乱暴に掻いた。ああ、ちくしょう。むしゃくしゃする。

「お……おお、鬼だわ……全部、鬼のせい……そう、鬼のせいなのよ……」

 私たちから離れた場所で、ショウコが頭を抱えながらぶつぶつと言っている。何が鬼のせいだ。私は人間だ。愛する恋人に裏切られた憐れな男だ。

 居たたまれなくなった私は、彼らに向かって投げやりに言った。

「私は一階に下りる。平が落ち着いているようなら、ここから脱出する方法を聞き出す。それでいいか?」

「仕方ないですね。それなら、私も行きますよ」

 鈴木がため息混じりに行って、懐中電灯を手に取った。私も懐中電灯を握ると、潤美に向かって、

「潤美さん。美香のことを見張っていてください」

 それだけ言うと、私は鈴木とともに扉の前に立てたテーブルをどかして、扉を開けた。

「どうして……」

 私の背中にかけられる美香の声は、悲しそうに震えていた。

「真さん……どうして、信じてくれないの?」

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