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本題
慧 side 1
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・・・・
ガチャン、と部屋の向こうで鍵の開く音が聞こえた。ああ、帰ってきたんだな、と私は思いながら、目の前の男に言った。
「タイミングがいいですね。あの子、今日は早番だったから、帰ってくるのは早いんですよ」
こちらへと、やや速めの足音が聞こえてくる。私は玄関の方へ顔を向けると、中に入ってきた“彼”に微笑んだ。
「おかえり」
「ただいま、慧さん。外にある靴だけれど、あれはいったい……あ、失礼。お客さんがいらしていたんだね。ええと……」
姿を現すなり、彼はその顔に戸惑いの色を見せた。当然だ。私と彼が暮らすこの家には、普段から客は来ない。また、知り合いの誰かが訪ねたとして、玄関先で応対するのならまだしも、私が相手を招き入れてその上コーヒーまで振舞っていることに、驚いてしまったのだろう。
私は男の前で手のひらを向けて、彼に紹介する。
「こちら、美香ちゃんの彼氏さんだよ」
すると彼は、頤に拳を添えながら、「ああ、恋人の……」と理解したように頷いた。続けて、その男がどうしてここに? とでも言いたげな顔で、彼は私に答えを求めた。
「十二年前の事件について聞きに来たんだよ。今、犯人の一人が佐藤正義だって教えたところ」
私が説明すると、彼はあからさまに眉を顰めた。無理もない。あれは私にとって最悪な事件だったが、彼にとってもまた最悪な事件だったからだ。
「初めまして。お邪魔しています」
男がやや引いた椅子から立ち上がると、十五度ほど角度をつけて頭を下げた。そして男は、それまでつけていた口元からマスクを外すと、
「精神科で医師をしています。神谷誠と申します。先日、とある人物から、今年の五月に起きた放火死体遺棄及び殺人事件について、非常に興味深い話を聞きましてね。これが十二年前の岐阜県G市集団拉致・監禁事件と深く関わりがあるようなのです。そこで十二年前、事件の被害に遭った私の恋人、早瀬美香……」
と、私を一瞥しながら、
「その妹である慧さんへ、当時の話を伺っておりました。つきましては、夫であるあなたにもお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
丁寧に事情を説明した。滑舌がいいな、と私は感心しながら、ぷっくりとした上唇をペロリと舐めた。
「いやはや……」
私の隣で立ち竦む彼は、男……誠さんからの説明に、感心した口振りで言葉を漏らした。
「さすがな。バレるのも時間の問題だったとはいえ、何もかもが"先生"の言っていた通りだ。怖いくらい」
「うん。我が父ながら、恐ろしい人だよ。本当に」
そう言いながら、二人して仏壇に飾られている父の写真へと視線を向けた。
「ご丁寧にありがとうございます」
彼も誠さんにならって小さく頭を下げると、同じようにマスクを外した。
「改めてご挨拶申し上げます。初めまして。慧の夫の鈴木孝治と申します」
ガチャン、と部屋の向こうで鍵の開く音が聞こえた。ああ、帰ってきたんだな、と私は思いながら、目の前の男に言った。
「タイミングがいいですね。あの子、今日は早番だったから、帰ってくるのは早いんですよ」
こちらへと、やや速めの足音が聞こえてくる。私は玄関の方へ顔を向けると、中に入ってきた“彼”に微笑んだ。
「おかえり」
「ただいま、慧さん。外にある靴だけれど、あれはいったい……あ、失礼。お客さんがいらしていたんだね。ええと……」
姿を現すなり、彼はその顔に戸惑いの色を見せた。当然だ。私と彼が暮らすこの家には、普段から客は来ない。また、知り合いの誰かが訪ねたとして、玄関先で応対するのならまだしも、私が相手を招き入れてその上コーヒーまで振舞っていることに、驚いてしまったのだろう。
私は男の前で手のひらを向けて、彼に紹介する。
「こちら、美香ちゃんの彼氏さんだよ」
すると彼は、頤に拳を添えながら、「ああ、恋人の……」と理解したように頷いた。続けて、その男がどうしてここに? とでも言いたげな顔で、彼は私に答えを求めた。
「十二年前の事件について聞きに来たんだよ。今、犯人の一人が佐藤正義だって教えたところ」
私が説明すると、彼はあからさまに眉を顰めた。無理もない。あれは私にとって最悪な事件だったが、彼にとってもまた最悪な事件だったからだ。
「初めまして。お邪魔しています」
男がやや引いた椅子から立ち上がると、十五度ほど角度をつけて頭を下げた。そして男は、それまでつけていた口元からマスクを外すと、
「精神科で医師をしています。神谷誠と申します。先日、とある人物から、今年の五月に起きた放火死体遺棄及び殺人事件について、非常に興味深い話を聞きましてね。これが十二年前の岐阜県G市集団拉致・監禁事件と深く関わりがあるようなのです。そこで十二年前、事件の被害に遭った私の恋人、早瀬美香……」
と、私を一瞥しながら、
「その妹である慧さんへ、当時の話を伺っておりました。つきましては、夫であるあなたにもお話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
丁寧に事情を説明した。滑舌がいいな、と私は感心しながら、ぷっくりとした上唇をペロリと舐めた。
「いやはや……」
私の隣で立ち竦む彼は、男……誠さんからの説明に、感心した口振りで言葉を漏らした。
「さすがな。バレるのも時間の問題だったとはいえ、何もかもが"先生"の言っていた通りだ。怖いくらい」
「うん。我が父ながら、恐ろしい人だよ。本当に」
そう言いながら、二人して仏壇に飾られている父の写真へと視線を向けた。
「ご丁寧にありがとうございます」
彼も誠さんにならって小さく頭を下げると、同じようにマスクを外した。
「改めてご挨拶申し上げます。初めまして。慧の夫の鈴木孝治と申します」
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