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最初の犠牲者

真 side 3

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 そうして、私と鈴木は一緒に辺りを調べ始めた。

 左右の壁を照らすと、四か所ほど窓があった。そのどれもが二階の避難口同様に、板と釘を使って封鎖されていた。試しに一か所、板に触れてみたが、やはり壁にしっかりと釘が打ち込まれている。

 それと、人形向こうにある突き当りの壁には避難口らしき扉があったが、そこも同様だった。

 完全に封鎖されている。脱出は絶望的だった。

「クリニックってことですけど、いったいここは何のための部屋なんでしょうか?」

 鈴木はこの部屋の用途について疑問に思ったようだ。

「一階と違って診察室ってわけじゃなさそうだし、何か他の業者に貸していたとか?」

「いや……おそらくだが、デイケアだと思う」

「デイケア?」

「簡単に言えば、日中を過ごす場だ。この辺りにあるテーブルも、元はレクリエーションに使われていたんじゃないかな」

「ふうん」

 そちらが聞いたくせに、鈴木は興味がないような顔で相槌を打った。

 その後も二人で調べても、これといって役に立ちそうなものはなかった。丸テーブルの脚を外すことができないかと、テーブルの裏側も見てみたが、それは外せないように接着剤のようなもので固定されていた。

 また、一階のように監視カメラが設置されているのかと思いきや、天井にはそれらしきものは見つからなかった。

 残すところは、あの人形たちだけだ。本音を言うなら、近づきたくない。だが、これが犯人からのメッセージなのであれば、調べないわけにはいかなかった。例の新聞の切り抜きの残りが落ちていないか、確認する必要もある。

「あ、そこ気をつけてください」

 鈴木が私の足下を照らした。細かく砕けた破片に交って、大きめの鋭い破片が転がっている。靴下だけで歩く私にとって、それは凶器だった。

「ガラス並みに危ないですからね。踏むと大変です」

 そう言いながら、鈴木は薄い破片をサンダルで踏み砕いた。小気味良い派手な音が、部屋中に響いた。

 その間、私は散乱する人形を眺めていた。首だけとなったものは二つあり、それぞれの顔の部分をよく見ると、一つが男、もう一つが女のように見えた。そう見えたのは、一方はまつ毛がしっかりと描かれているのに対し、もう一方にはそれがなかったからだ。その上、まつ毛が描かれた方には口元に紅を塗ったような厚い唇がある。それに対して、もう一方には一本の線が引かれているだけだった。

 改めて、手や足の数を数えると、転がっている人形の数は二体分だった。つまり、吊るされた人形と合わせて、ここには三体の人形があるということだ。この数に、はたして意味はあるのだろうか?

 破片をある程度砕いたところで、鈴木はサンダルの側面で破片を流すと、「どうぞ」と私に吊るされた人形へ近づくよう促した。私はすり足で、吊るされた人形へと近づいた。

 見上げてみるものの、すぐに顔を背けたくなった。特に飛び出た両眼と目が合うと、息が詰まりそうになる。

 私は口元を手で覆った。

「君の言う通り、ずっと見ていると気が狂いそうになるな」

「まったくです。いい趣味をしていますよね」

 台詞とは反対に、鈴木もまた険しい表情を浮かべていた。

「とりあえず、この子を下ろすか」

 気が進まなかったが、私たちは協力して、人形の頭をロープの輪から引き抜くと、下ろして床に寝かせた。天井からぶら下がるロープの輪が、虚しく揺れた。

 仰向けにしたものの、どこをどう調べればいいのか。どことなく、“彼女”の衣服を脱がすことに抵抗があった。外科医や内科医なら、抵抗なく行えるのかもしれないが、私は精神科医だ。こんな時、他の医師との差が出てしまう。

 躊躇っていると、鈴木が人形のスカート周りを懐中電灯でクルクルと回した。

「スカートの中、見ないんですか?」

「君は見たのか?」

「見ましたよ」

「すごいな、君は」

 きっぱりと答えた鈴木に、私は感心してしまった。彼が確認したのなら、私が確認しないわけにはいかないな。私は人形の前でしゃがんでスカートの裾を掴むと、ゆっくりと捲り上げた。

 そして、スカートで隠れていた部分を目にした瞬間、私は絶句した。下着をつけていない腹部から女性器にかけてが、言葉で言い表せないほど滅茶苦茶にされていたからだ。それがいったい何を意味しているのか、嫌でもわかってしまった。その上、仕上げとばかりに、臍から下は真っ赤な絵の具で塗りたくられていた。

 犯人はよほど、この人形に対して恨みを抱いていたのだろうか? それとも、これは人間相手にこうしたいという欲望の表れなのだろうか?

 鈴木が私の隣でしゃがむと、人形をしげしげと見て言った。

「人形相手でも、ここまで凌辱されていると引いちゃいますね。何でしたっけ? 人形相手に欲情しちゃうやつ……」

「アガルマトフィリアだ。別の用語でピグマリオンコンプレックスと混同されがちだが、後者は人形を人間のように愛することを指す。だが、この人形は完全に物として扱われている」

 自分で説明していて不思議に思った。これは本当に犯人の性癖によるものなのだろうかと。新聞の切り抜きのこともある。犯人が何らかのメッセージをここに残しているのであれば、この人形の状態にも意味があるのだろうか?

「あの」

 鈴木が控えめに挙手をした。

「気を害されたら悪いんですが、発言をしても?」

「いいぞ」

「このラブドール……なんだか、美香ちゃんに似ていませんか?」

 言われて私は眉を吊り上げた。

「なんだと?」

 鈴木に詰め寄ると、彼はそんなに怒るなと言わんばかりの目を向けつつ、

「でも、似ているでしょ? 着ている服の傾向とか、髪の長さとか。顔は人形だからそっくりとまでは言わないけれど。それに、美香ちゃん本人もここで首を絞められて倒れていたんですよね?」

 すぐに人形へと視線を戻し、頤に拳を添えて天井のロープを見上げた。

「このラブドールをこんな目に遭わせたやつは、特に美香ちゃんに対して、恨みがあるんですかね?」

 背中の辺りがぞわっとした。もしや、犯人の狙いは、最初から美香なのか? 意味深長なメッセージを残しているが、これは私たちを美香から離すための罠なんじゃないのか?

 不安に駆られた私は、「美香を見てくる」と言って立ち上がった。

「え? 例の切り抜きの拾い忘れを探すのは?」

 鈴木が私を見上げながら尋ねるも、それどころではなかった。

「美香が危険かもしれない。一緒に行動する」

 くるりと振り返り、私は扉の方に懐中電灯を向けた。

 すると、そこには椅子で休んでいるはずの武藤の姿がなかった。

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