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『汝、六つの罪を告白せよ。さもなくば』

真 side 1

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 鈴木の言葉に、この場の全員が口を閉ざしてしまった。嗚咽を上げていたショウコでさえ、大人しくなった。それは彼の言うことが、図星だったからに他ならない。

 知り合いが一人もいない、赤の他人同士が監禁という同じ境地にいて、助け合わなければならない事態であることは明白なのに、もしかするとその他人が犯人かもしれないという疑念が、互いの協力の邪魔をする。かくいう私も、この場に美香がいなければ、彼ら同様に心を開かず、形だけの協力で一人この場を切り抜けようと、あれこれ画策したかもしれない。

「……君の言う通りだよ、鈴木君。正直なところ、私は美香以外の全員を信用できるとは言えない。そしてそれは、他のみなさんも同じでしょう」

 そう言うと、鈴木は「ほらね」と言わんばかりの顔をした。自分自身しか信じられない状況だ。医師という肩書があったところで、それは今の彼らへの信用に足ることはない。何を言ったところで、聞き入れてはもらえないだろう。

「ですが、全員がグルでもない限り、私はここにいる全員を同じ境遇の仲間だと思って、この廃墟からの脱出に向けて話し合いたいです。わかること、役に立ちそうなもの、何でもいいです。出し合いませんか?」

 結局のところ、こうして協力を仰ぐことしかできない。私は右から順に、彼らを見渡した。

 しばらくは口を噤んでいた彼らだったが、痺れを切らしたのか、最初に唇を緩ませたのは潤美だった。

「役に立ちそうなものって言っても……全員、着の身着のままでしょ。私は今履いているこのヒールくらいしか、活用できそうなものを持っていないわよ」

 ヒールを何にどう活用できるのかはさておき、潤美が発言したことで隣にいる武藤が穿いているスラックスのポケットに手を入れながら、「そうだな」と口を開いた。

「何も持っていない。普段からケータイすら持ち歩かないんだ。玄関扉を開けた時でさえ、手ぶらだった」

 そう言って、何も入っていないことを証明するように、ポケットの内側を摘まんで外に引き出してみせた。

「ベルトくらい、腰に巻いていたら、何かに使えたのかもな」と、最後につけ加えて、語り終える。

「私は腕時計と、リップクリームを持っていました。これらは自分の物です。でも、この白衣は自分のものではないので、おそらく犯人がわざわざバッグからリップクリームだけを取り出して入れたんだと思います」

 続いての発言は美香だった。先ほど目にしたリップクリームを小さな手のひらに乗せて、周囲に見せた。

「時間は? 何時なの?」

「えっと、二時八分……ですね」

 美香が左手首を内側にして、腕時計を見ながら潤美に答えた。

 鈴木がククッと、可笑しそうに小さく笑った。

「女性の唇には優しい犯人なんですね。かくいう私も……」

 ゴソゴソとスウェットの腰ポケットを探り、手のひらに収まるほどの透明なプラスチックケースを取り出して、周囲に見せた。

「このピルケースだけは、ポケットの中にありました。どうやら持病の人間にも、犯人は優しいみたいです」

 と言って、ピルケースを振り、中に入っている薬をジャラジャラとさせた。四角の薄い箱に六つの仕切りが入っている、至って普通のピルケースだが、その一つ一つに入っている薬の量が尋常ではない。体は細いが、若く健康そうに見えるこの鈴木が、いったい何の持病を持っているのか怪訝に思っていると、

「何なの、その薬。ドラッグ?」

 と、潤美が引き気味に鈴木へと尋ねた。

 一方、鈴木は気にした様子もなく、

「これはちゃんと、医者から処方された合法的なものですよ」

 と、潤美に答える。

「それにしたって多すぎでしょ。性病にでも罹ってんの?」

「さっきから酷い偏見だなぁ。ただの精神安定剤ですよ」

 精神安定剤、という単語を耳にして、その場にいる全員が驚いたように鈴木を見た。

「ってことは、アンタ……精神を病んでるの?」

 とてもそうは見えない。彼女の顔はそう言っていた。

「そんなに驚くことですか? もうとっくにバレているものだと思っていたんですけど……」

 鈴木は意外だとばかりに、自身の腕を上げつつ、スウェットの袖口を白衣の袖ごと掴んで下ろした。そこには鋭利な刃物で傷つけただろう、無数の線がびっしりと刻み込まれていた。

 先ほどはチラッとしか目にしていなかったが、彼のこの自傷行為は一回や二回のものではない。真新しい傷の下には、薄い皮膚が歪な形でボコボコと浮き上がっていた。

「私、こういう趣味があるんです。まあ、遊びみたいなものですけどね。他人からは頭がイかれていると思われているようですが」

 その口振りは平然としていた。もはや癖になっているのだろう。

 信じられないといった様子で、ショウコが唇を震わせながら鈴木に尋ねた。

「あ、あなた……し、死にたいん、ですか?」

「いいえ。全然」

 鈴木はけろっと答える。

「な、なら、どうして……」

「さあ? それが自分でもわからないから、医者っていう役職があるんじゃないですか? そこのところ、どうですか? 真さん」

 鈴木は袖口を直しながら、挑発的な目で私を見た。初診の患者がよく向ける目だ。自分が抱えている問題を、解決できるものなら解決してみせろと、上から目線で見られることはよくあることだ。信頼関係などできていないうちは、特に。

 ここで「そうだよ」と答えてもいいが、彼には少し捻くれた回答くらいがちょうどいい。

「その趣味を君が治したいと思っているのなら、私は一緒に解決策を考えるよ」

 そう言うと、鈴木は面食らったように目を見開いた後、

「医者って言っても、誰でも彼でも助けるわけじゃないんですね……」

 拗ねたように唇を尖らせた。こんな異常事態にも関わらず、冷静で聡い青年だと思っていたが、こういった表情をするところは、まだまだ若い。心外だろうが、つい微笑ましく感じてしまった。

 実際、医師といっても患者に対してできることは限られている。特に精神疾患は患者、家族、医師ともに治療に対して根気がいる。症状が落ち着くまで、長い時間を要するからだ。また、一度発症してしまうと、寛解はあっても、完治はない。調子の良い状態が長いこと続き、自身が治ったと思っても、ふとした時に再発する恐れがある。死ぬまで抱えていかなければならないからこそ、障害として括られる。

 精神疾患に対して一般的に知られている治療は薬物療法だが、全員に薬が有効というわけでもない。認知行動療法やデイケアなど、個人にあった治療方法が数多に存在する。

 だが、何よりも大切なのは、本人が自身の問題と向き合うことだ。自分自身がどのような状態にあり、何が問題なのか、それを認めなければ、本当の意味での治療は始まらない。

「本人や家族が日常生活を送る上で困っていることがあるなら、もちろん医師として力になるよ。けれどね、本人が何ら困っていないことに、私は手を出せないんだ。その手首も、自分が死なない程度にやって楽しむ趣味だと言うのなら、こちらは止めさせようと思わない。しかし君が本当にそれを治したいと思うのなら、主治医ととことん話し合いなさい」

 私の勤務先であるT市は、鈴木の住むN市より少し距離がある。だからあえて、うちに来いとは言わなかった。通院しやすい距離の病院を選ぶことも、治療において大事な点だ。

 説教じみた台詞が煩わしく聞こえたのか、鈴木は苦い顔で「は~い~」と語尾を伸ばして返事をする。そのまま、私に向かって、

「それで? 真さんは?」

 と、不機嫌そうに指をさした。

 私は自身の足元を見下ろしながら、「見ての通りだ」と言った。

「君たちのように靴が欲しいくらいだ。着の身着のまま、何もないよ」

「あら、本当ね」

 潤美がたった今、気づいたとばかりに呟いた。

 視線を戻す際、私はズボンのポケットを一瞥する。これは今、明かすべきか? いや、まだだ。これを明かすのは、他の彼らの話をもう少し聞いてからだ。

「他に何か、持っていた方は?」

 と、ショウコと平に顔を向けて尋ねた。

 ショウコは依然として、怯えた様子でありつつも、「何も持っていません……」とか細く答えた。潤美ほどではないとはいえ、彼女も薄着だ。それに携帯電話の類を持っているなら、いの一番に使っているだろう。

 さて、最後は平だ。彼も別段、何か役に立ちそうなものを持っているようには見えないが、聞かないわけにはいかない。

 私は平の腰に向かって指をさした。

「平君は? そのポケットの中に、何か入っていないかい?」

 すると平は、素直にジーンズのポケットに手を突っ込むと、何かを掴んだ様子でローテーブルの上に放り投げた。カサッ、と乾いた音とともに置かれたのは、チョコレートが包まれていただろう包装紙と銀紙だった。

「うーん。ゴミですねぇ」

 鈴木がやや呆れたように呟いた。

「他にはないんだね?」

 私が確認するように尋ねると、平は自分の腹に手を乗せて、「お腹空いた……」と左右に擦った。つられて私自身も腹が減ったな、と自身の腹に手を置きそうになったところで、

「わざわざ口に出して言わないでよ。意識がそっちに向かないようにしているんだから」

 と、潤美がきつい口調で平に言ったため、彼とともに慌ててその手を膝の上に置いた。

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