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第10話:「ワタクシはアナタと共に」
しおりを挟むレイヴン・バラスタシアの過去回です。
※暴力的なシーンは出てくる予定ではなかったのですが、このお話で出てくる形になってしまいました。戦争に関するシーンが出てきます。苦手な方はお気をつけくださいませ。レイヴンの過去回なので、お読みいただかなくても、本編に支障はないかと思います。かなり難しいテーマでありましたが、頑張って書かせていただきました。お楽しみいただけますように。心を込めまして。
++++++++
晴れやかな庭園に似つかわしくない、硬質な音が響く。
数度、剣の撃ち合う音が響いた後に一際、大きな音がしたかと思うと男が大声で怒鳴った。
「なぜ、お前はこんなこともできぬのだッ!」
「も、申し訳ありません……」
泣いては打たれてしまうからと、少年は縮こまって何かに耐えるように拳を握りしめた。
少年の名は、レイヴン・バラスタシアといった────。
ワタクシが生まれたバラスタシア家は王家に仕える優秀な騎士を輩出する名門家で、過去に戦で活躍した一族だ。その栄光以降、国の為に自分たちの名誉の為に、と家系の者は日々、鍛錬に励み武を磨いていた。
ワタクシも兄の例に漏れず騎士を目指すように強要され、厳しい躾と共に剣術も死に物狂いで身体に叩き込まされた。身体を作る為に食事を抜かれることはなかったが、よく叱責や罵倒されていた。時には手が出ることもあった。
言動も男らしく、身なりも武道を志す者に相応しい髪の短い漢らしい見た目にさせられた。髪型のアレンジができるから他の貴族のように髪を伸ばしたかったのだが、認められなかった。
毎日、辛くて悲しくて。
自分のやりたいこともできずに、ただやりたくないことをやらされて生きる日々。
叶うなら、服飾関係の仕事に就きたかったし、屋敷では暴力的な剣術などではなく、できるなら花を愛でて過ごしたかった。
自分の身なりも美しくして、可愛いものや綺麗なものに囲まれて生きていたかった。
けれど、可愛いものや綺麗なものを好むそぶりを少しでも見せようものなら騎士らしくないと、それらを父上に罵倒され、壊されるような気がした。
あの人ならやりかねない。だから街で気になる物があっても、なるべく視界に入れないようにして何とか衝動を抑えていた。
───そんな日々を過ごし、やがて大人になると、国は領土を巡って他国と争いを始めた。
激しい戦いだった。
多くの命が奪われ多くの者が怪我をし、長く続きそうな気配だけがいつまでも漂っていて。
ワタクシは、この戦争に全くもって意味を見出せなかった。
過酷な状況もさることながら、両国は共に十分な領土を持っているのにもかかわらず奪い合い領土を広げたいなどと、そんな理由で人の命を刈り取らなければならないことが、とても苦痛に感じた。
それでも、ワタクシはバラスタシア家の一員として。
自分の心に背き、戦った。
今まで鍛えられてきた能力もあり、人一倍この戦争で活躍し続けた。人を殺すという行為なのに、いつしか英雄のようだと言われるようにまでなっていった。
そして、その時はやってきた。
敵国の大将との一騎討ち。
周りでも大勢の仲間と敵国のものが戦っていて、怒声や罵声が聞こえてくる。
状況は、まさに一進一退といった感じでワタクシと相手の能力は同レベルだった。
そんな戦いの中、ほんの一瞬。
目を逸らしてしまった。
荒れた土地で、踏み荒らされた地で。
世の不条理に抗うように、ささやかに一輪の花が咲いていた。大した花ではない。小さくて、雑草の部類であろう、慎ましやかな花だった。
それでも私は、"かわいい"と思った。
戦争によって荒れた心に愛おしいという気持ちが湧く。
何もかも、どうでもよかった。今にも踏まれそうな、その花を咄嗟に守ろうとした。
迫ってきていた刃身を気にも止めないで。
「……グァッ!!!」
長さのあるものが、装備を貫通してワタクシの胸に深く刺さり込む。地面が赤く、赤く染まっていく。
───ああ。結局、ワタクシは花を汚してしまったわ。
薄れていく意識の中で、ワタクシは多くのことを思った。
結局、ワタクシは何もなし得なかった。
自分がやりたいこともできず、果ては国の命令で多くの人の命を奪って。
ワタクシの体が、花を庇うように頽れる。
────嗚呼、神様。どうか、どうか。
…もしも、本当に神様がいらっしゃるなら。
こんな、多くの命を奪ったワタクシが、許されるだなんて。
そんな。愚かなことは考えないけれど───。
もし、少しでも慈悲を与えてくださるのなら。
ワタクシを存分に罰してくださった後で構わない。
どうか、一度だけでいい。人生で一度もこの目で拝むことのできなかった花畑を見せてほしい。
バラスタシア家には、貴族として必要最低限の庭園はあれど花畑はなかった。そういった関連の場所に連れて行ってもらうこともできなかった。
幼い頃に憧れた、絵本で見たような色鮮やかな花畑を。見て…みたかった。
嗚呼、ワタクシが咄嗟に守ろうとした、この花と同じものも共に咲いているといい。
死に際にしては穏やかに、そんなことを願いながら。
ワタクシは静かに瞼を閉じた。
+++
頬に風が当たる感触がする。
───温かい。
ここは、どこだろう?ワタクシは一体…
目を覚ますと一面、草原が広がっていた。
よく目を凝らすと、小さな黄色い花がたくさん、慎ましやかに咲いている。
「この花は……」
……ワタクシが、最後に見た花!
「ああ、そうか。死んだ…のね」
刺された胸を見るが、血どころか傷一つ付いていない。そして、着ているものもシャツに黒のパンツと戦争の際に身につけていたものと違う。
ということは、ここは天国だろうか?
…ふ、愚かね。たくさんの人間を殺したワタクシが天国になんていけるはずがないのに。
『天国でないことは確かかな』
突然、声が聞こえて驚く。
声のした方向へ勢いよく振り向くと、そこには人間とは思えないような、それはそれは美しい人が立っていた。
「美しい………」
美しいものに目がないワタクシは、こんな状況であることも忘れて呆然と呟く。
こんなに美しいモノが存在するだなんて……っ!
全身の血が沸騰するような感覚を覚える。
死んだのだから血なんて流れていないはずなのに。
『美しいだなんて、何だか照れてしまうな』
「あ、あなたは…いえ、貴方様は一体」
『───君たちが神…と呼ぶモノに、おそらくなるのだろうね』
「………!」
…神。
この御方がそうなのね。
いえ、そうとしか考えられない。風貌といい、この高貴で厳かな雰囲気といい。この世のものとは思えないもの。
「私は…罰せられるのでしょうか?」
真っ先に浮かんだのは、それだった。
こんなワタクシを罰するためなんかに神が自ら出てくるだなんて、そんなことあるだろうかとも思ったが現にいらっしゃるのだ、きっとそういうことなのだろう。
───それ以外に考えられない。
神様は一度深く目を閉じたかと思うと、ゆっくりと目を開けた。
『キミを罰したりしないよ、だって。キミは、一度だって自らの行動でしたことはないだろう?』
「────ッ!!」
『キミはずっと、人を殺めるたびに苦しそうにしていたね。それだけじゃない。なるべく相手が苦しむことがないよう、心を鬼にしてキミは変に手加減をしないように、言葉は悪いが即死させていただろう。周りから英雄と呼ばれるくらいには素早く』
「どう…して、」
『それぐらい、わかるさ。キミは優しい子だからね。環境のせいでそれを隠さざるを得なかったが…みているこちらは、ちゃんとわかっていたよ』
神様と目が合う。
瞳は透明で光の当たる角度で虹色に見える、不思議な瞳。
それが、ワタクシをじっと見つめている。
「私は……そんな人間ではありません」
『いいんだよ、レイヴン。取り繕わなくていい。ここでは、キミらしくいていいんだ。レイヴン』
「わた、私は………」
『────レイヴン。キミがどれだけ我慢していたのか知っている。どれだけ、痛い思いをしたのかも。苦しかったのかも……ちゃんと知っているよ』
「ワタクシは…………」
『キミが綺麗なものを好きなのも、誰かを美しくして笑顔にさせてあげたかったのも。己を気持ちを押し込んで、国の為に家の為に動いていたことも…全て、わかっているよ。…よく頑張ったね、レイヴン』
目から涙が溢れ落ちる。
───ずっと、誰かに言ってもらいたかった言葉。
ずっと、誰かに本当の自分を見て欲しかった。
本当の自分を理解されたかった。
一歩、また一歩と神様はワタクシに近づいてきて、やがて触れられるくらいの距離になると片手を差し出しワタクシの頬に触れる。
『ああ、泣かせてしまったな。こんなに綺麗な顔をしているのに台無しだよ』
「ワタクシは…綺麗なんかじゃなりません。多くの人間の命を奪った醜い罪人です」
『そうだね、キミのやったことは、もちろん許されない行為だ。だがね、環境的にキミがそれに逆らっていたら間違いなくキミは国の命令に背いた者として殺されていただろう。最悪、拷問されていたかもしれない。もしかしたら、意見によっては、そうしてでも正しい道を歩む為に反発すべきだという者もいるだろう。己が害されるのを恐れて人を殺めた臆病者と』
ワタクシが、ずっと考え罪悪感に陥っていた、まさにその考えを神様は淡々と語っていく。
『でもね、レイヴン。己の身を守ることができない状況の中で、己の信念に基づかない行為を軟弱者だと、臆病者だと。どうしても思えないんだよ。もちろん、戦争に反対するという抗う気持ちを…信念を、貫き真っ当した者も素晴らしいと思う。それは、強さであり勇敢であるのだから。だけど、己の意思に背いて何かを守る為に逃げ出さずに他を全うするのも弱さではなくて、強さだと思うんだよ』
「………多くの命を奪ったのにですか」
『先ほども言ったが、キミが望んで行動したわけではないだろう?相手を罵倒しながら、殺める者もいる中でキミは一言だって発さなかった。敵国に対する憎しみも相手を殺めることに対する哀れみも。加えてキミは殺めた人間の顔を誰一人として忘れていないだろう?それに、苦しまないように迅速に行っていた。それがキミなりの"抗い"だったはずだ』
「それでも、ワタクシは………!」
『キミが殺めてしまった者の魂は、こちらの手で輪廻に渡っている。彼らも家族や大切な人との別れはあれど、ちゃんと了承の元で穏やかに旅立って行ったんだ』
「生まれ変わったから、いいって話ではないんです!残された遺族たちはワタクシのせいで、彼らと別れざる得なかった…!そのせいで、生活が苦しくなる者もいるはず。彼らの未来を歪めてしまった……ッ!!」
気がつけば、柔らかく抱きしめられていた。
『レイヴン。キミは十分に己の罪を理解し、償っているよ。たしかに、残された遺族たちのことは考えれば考えるほど、辛いと思う。だがね、やはりそれはキミのせいではないよ』
「どうして………」
『戦争を起こした者たちが悪いんだ。起きなければキミがこんなに苦しむことも殺められた人々やその家族が辛い思いをすることもなかったのだから』
「それでも、それでも。ワタクシは………っ」
『キミがまだ自分を許さなくても構わない。でも…いつかまたキミが心から笑えるように、協力させてはくれないか?ほんの少しでもいい。キミの重りをこちらにも分けてほしいんだ』
優しい目が、その声が。
温かくワタクシを包み込んで。その温もりに酔いそうになる。
「善処、します……」
この時のワタクシは知らなかった。
この時点ですでに、この美しい存在に対して恋に落ちていたことを。
なんだかんだあって。ワタクシたちは結ばれ、ワタクシは彼に『カタバミ』の花を庇って死んだことから"片喰麗"と名前のなかった彼に"ルメアーノ"と名付け合い、ルメアーノと共にある未来があるなど…
ワタクシは知らなかったのである。
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