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第4話:「そのままの君が最高に尊いです」
しおりを挟むコワイ。コワスギル。
なんだ、あの破壊力は。
あの後、俺は気を取り直して扉の前から立ち上がり、ヴェリきゅんの為に愛情を込めて作った料理を温め直していた。
…しかし、思い出すのはヴェリきゅんの裸のことばかり。
「なんだよ、あの綺麗な身体は……」
そうなのだ。
わざとではないにしろ、見てしまったヴェリきゅんの裸は尊すぎると言うか、神々しいが故に背徳感が凄かったのだ。
穢してはいけない気持ちにさせられる生まれたままの姿は、美しく、それでいて妖艶で…
「えっちすぎるんだよなぁ………」
火を扱っているのに、その場に蹲りそうになってしまうのを何とか耐えつつ、俺は鍋の中身をかき混ぜた。
ヴェリきゅんって、経験はあるんだろうか…
一人であることをいいことに、つい下世話なことを考えてしまう。ラノベをいくつか読んでいたら作品によっては貴族には閨教育なるものがある、みたいなことが書いてある話があったんだよな…
その閨教育のことが出てきた作品は、ドタバタラブコメディだったから口頭でサラッと出てきただけで内容は詳しく描かれていなかったけれど。
ヴェリきゅんが出てきた乙女ゲームには、そういう下系の話は一切出てこなかったし…でも、ヴェリきゅんには婚約者がいたもんな。
「あの、クソ第3王子と……」
あんなことやこんなこと。
童貞な自分が、今まで観てきたえっちな動画によって培われた想像力でヴェリきゅんのよからぬ姿がいくつも浮かんでしまう。
「…ッ!???」
俺は至ってノーマルなのに。
どうして、ヴェリきゅんのよからぬ姿が浮かんでしまうのか。
俺なんかが、尊いヴェリきゅんを穢していいわけがない。
…しかし、真相は今のところわからないがクソ第3王子、やっぱり絶許である。
「俺って、こんな変態だったのか…」
こんなことを考えてしまう自分の愚かさにげんなりしつつ、ヴェリきゅんがお風呂から上がるのを待った。しかし、予想外にも時間がかかってしまっているのか、なかなか上がってくる気配がない。足の怪我のこともあるし、お風呂から上がったタイミングを見計らって迎えに行こうと思っていたのに。
「もしかして、何かトラブルでもあったかな…」
お風呂に一緒に入るわけにもいかなかったので、説明としてお湯を出すとかシャンプーの出し方など軽い実践だけをして、飛び出してきてしまったが、ヴェリきゅんは突然この世界に連れて来られたのだ。右も左もわからない状態の彼を放り出してはいけなかったかもしれない。
「俺ってば、自分のことしか考えてないじゃないか!なんて最低なんだ…!」
頭を抱えながら、自分勝手な自分自身に嫌気が差して思わず叫んでしまう。
ヴェリきゅんは、ただでさえ辛い環境の中で生きてきて、本人はその瞬間のことを幸いにも覚えていないようだけれど魔物に襲われて、命を落としたのだ。
学園で共に行動していたであろう友人たちにも婚約者であるはずのクソ第3王子、そして一番自分のことを信じて欲しかっただろう家族にさえも裏切られてしまった。
初対面である俺の前で、思わず涙を流してしまうほどに弱っていた。そんな彼を、俺は一人にしたのだ。
ヴェリきゅんの身体を拝見して気持ちが昂ったという、なんともつまらない理由で…!
俺は居ても立っても居られなくなった。
逸早くガスコンロの火を止めて駆け出す。
ノックだとか、声かけだとか。
そんなものは頭によぎらなくて、壊さんばかりの勢いで扉を開けた。
開けてしまったんだ。
「ヒビキさん……?どうかされましたか?」
はにかみながら、真っ白な身体を曝け出して振り返るヴェリきゅん。水が滴る髪は、いつもの黄金色が濡れたことによって色合いが少し濃くなっている。長いまつ毛には水滴がついて泣いているわけじゃないのに瞳が潤みを増していて、俺の乏しい語彙力ではなんとも表現し難い美しさがあった。お風呂から上がったからだろうか、純白の肌が桃色に染まっていて、それがなんとも男性の身体であるのにも関わらず、柔らかそうな印象を与えてくる。
つまり、ヴェリキュス・ロ・ラベリッタの風呂上がりはヤバすぎる…!!!
顔にとてつもない熱が集まるのを感じた。
俺は何をしているんだ。突然、扉を開けて室内に無断で入ったうえに、ヴェリきゅんに声をかけられているのに動揺のあまり声も出さず固まっているなんて、ただ裸を見に来ただけみたいじゃないか。
最低を上乗りしてどうする…!俺ぇ……!!
先程のように、またここから飛び出すわけにもいかず、俺の突然の不審行動をヴェリきゅんに誤解させない為にもなんとか声を振り絞った。
「いや、あの。お風呂に時間がかかってる気がして、もしかしたら初めて使うお風呂だし、怪我もしているし…ヴェリきゅんに何かあったんじゃないかって心配になって来たんだけど…よ、余計なことをしたなって反省してたんだ。勝手なことして、ごめんね」
やや目を逸らしつつ、吃りながらも言うと、ヴェリきゅんから息を呑む音がした。
ああ…やっぱり、気持ち悪かっただろうか。
このまま居続けるのはマナー違反だ。とりあえず、この部屋から出ることにしよう。
「じゃ、じゃあ…そこに置いてある服、ヴェリきゅん用に用意したやつだから使って。あ、もちろん、下着は新品ので服は洗ってあるやつだよ。足はどう?一人で歩けそうかな…?もし歩くのしんどかったら、また俺を呼んで。一人で歩くのが大丈夫であれば着替えたら、さっきの部屋に戻って来てね。ヴェリきゅんの分もご飯用意してるから一緒に食べ────」
よう、と早口で続けようとして、その続きを声に出すことができなかった。
ヴェリきゅんが、俺に抱きついてきたからだ。
「な…っ!?ゔぇ、ヴェリきゅん……ッ?!!」
自分の身に何が起きているか理解できなくて、とんでもなく動揺してしまう。
俺、推しに抱きしめられてる…!?
ファッ!?これは夢……!!??幻!!!???
俺が抱きつかれていることに、とんでもなく動揺しているとヴェリきゅんは静かに語り出した。
「私は…完璧な存在であることが当たり前だったんです。ずっと、そうであることを求められて生きてきました。できなければ失望されて、時には教育として打たれることもありました。それが公爵令息として、殿下の婚約者として当然であると。誰もが、誰もが私にそれを求めました。でも、貴方は貴方は…私が完璧でなくても、失望することなく、ただ心配してくれるのですね」
最後の方に向かうにつれて、ヴェリきゅんの声は震えていた。
裸の推しに抱きつかれているとか、側から見たらこんなの未成年に手を出している悪い大人に見られかねないよなとか。
そんな思考が全て吹き飛んで、俺は強く。
強く、ヴェリきゅんを抱きしめた。
「ヴェリきゅん。俺は君に何も求めたりしない。完璧でなくていいし、君がやりたいことをすればいい。俺は君が幸せでいてくれたら、それだけで嬉しいよ」
ヴェリきゅんを抱きしめると同時に俺は、ヴェリきゅんの周りにいた人々に対して、憤りの気持ちでいっぱいだった。
精神的にも、そして教育と託けて彼を痛めつけた腐り切った者達に対してだ。
どうして、誰も彼の孤独に気がついてあげなかったのだろう。
どうして、こんなに優しい心がボロボロになるまで彼に何かを求めたんだろう。
どうして、彼自身を見てあげなかったんだろう。
こんなに、一生懸命頑張ってきた彼をいとも簡単に捨てることができたのだろう。
全く理解できないし、理解できる気もしない。
理解して、やりたくもない。
「ごめんなさい、もう少しだけ…このままで」
震える声で小さくそう言って、弱々しく俺の服を握りしめるヴェリきゅん。
俺はそんなヴェリきゅんを宥めるように心の澱が少しでも軽くなることを祈って、背中をポンポンと優しく叩いた。
しかし、こんな時にでも俺は不健全な者で、いらぬことが頭をよぎってしまう。
ゔう、なんて滑らかで瑞々しい肌なんだ。
いつまでも触っていたくなる、なんとも罪深い代物である。
これは彼を宥める為の行為…
ヴェリきゅんを勇気づける為の行為…
必死に自分に言い聞かせるが、良い匂いがするし柔らかくて触り心地が良いしで、なんだかイケナイことをしている気分になる。
こんな苦しんでいる彼に対して、何を考えているんだ俺は…最低だよ、全くもう……!
自分の中の煩悩と闘っていると、ヴェリきゅんは俯けていた顔を上げた。
「すみません、取り乱したりして…ヒビキさんの前で弱音を吐いてばかりですね。お見苦しいところをお見せして、恥ずかしい限りです」
苦しみを吐き出す行為は、何ら恥ずかしいことではないが、彼の恥ずかしそうにしている様があまりにも可愛すぎた。
────ヴェリキュス・ロ・ラベリッタ、やっぱり存在自体が可愛すぎる!!!!!!
ヴェリきゅんの尊さが限界突破して、顔を真っ赤にして目を彷徨わせているとヴェリきゅんは、あまりにも赤くなりすぎた俺の顔に心配になったのか、その綺麗な白い指が俺の頬に触れてきた。
「顔が真っ赤ですよ!大丈夫ですか…!?熱はないみたいですけど……」
あざとい仕草を敢えてするような奴等と違って、そのままの純粋な彼が行う上目遣いは追い打ちをかけるようにヤバくて心臓が煩いくらいにドキドキと鳴っている。
このままではいけない!俺の心臓が壊れてしまうッ…!!
頭の沸いた俺は、本気でそう思ったのだ。
「ダっダイジョウブだよ!ごご、ごめんね!心配かけて!お、俺は大丈夫だから…っ!お風呂上がりだし、このままでいて風邪を引いたらいけないから、とにかく着替えようか。リビング…えっと、リビングっていうのはさっきいた部屋のことなんだけど、着替え終わって一人で歩けそうだったら、そのまま戻って来て。無理そうだったら、必ず俺を呼んでね」
「そうですね、わかりました。すぐに用意して戻ります」
人生で一番だと思われるほどの早口で言い、ヴェリきゅんからの返答を聞くや否や、なるべくヴェリきゅんの裸を見ないように努めながら俺は脱衣所を後にした。
「推しに、ほっぺた触ってもらえた、もう洗いたくない。いや、でもそんな洗ってない汚い状態でヴェリきゅんに会うわけにいかないし……」
本気でそんな馬鹿げたことをブツブツと呟きながら俺は、早足でリビングへと向かったのだった。
+++
響が出ていくと、ヴェリキュスは持っていたバスタオルで顔を覆った。
(わ、私は、何をしているのだろう…)
自分は強い人間だと思っていた。公爵令息として、第3王子の婚約者として。貴族の中でも気高く、そしてマナーも頭脳も何もかも負けてはならないと教育されて今までの人生、それを守れてきていたのに。
それがどうだ。ヒビキさんの前では、泣いて眠りこけて抱きついて…
───背中を撫でてくれたヒビキさんの手、逞しかったな。
手の感触を思い出すと、甘やかな刺激が背筋に走った。
恐ろしく胸がドキドキして、顔に熱が集まっていくのがわかる。
私は、ヒビキさんの手に欲情したのか…?
静寂の中で自分の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえた。
それくらい衝撃的なことだったのだ。
知識として、男性の本能で子孫を残すために…と性教育は知っていた。だが、今までそういった欲を誰かに感じることがなかったのだ。
生理現象で朝に下着が汚れていたり、夜に兆したりすることはあった。でもそれは、体が勝手に起こしているだけ。
自分の意思ではなかったのだ。
「私はヒビキさんに対して、そういった欲を抱いているのか」
呆然とした。
会ってまだ数時間。私に希望を与えてくれた、あの人に私はなんてものを抱いているのか。
恥ずかしくて、後ろめたくて。
でも、不思議と必然であるような気がした。
「ん、くしゅっ」
なんだかんだと長い間、バスタオル一枚でいたからだろう。すっかり体が冷えてしまったようだ。
「ヒビキさんも待っているだろうし、早く戻ろう」
響が用意した服に着替え、ヴェリキュスは脱衣所から出た。
「いい匂いがする…」
通路にまで漂う、いい香り。
扉を開けた途端、ヴェリキュスは更なる多福感に包まれた。
「おかえり、ヴェリきゅん。あ、その服、俺のお下がりだけど似合ってるね!小さくなったから捨てようか悩んでたんだけど、とっておいて良かった~」
出迎えてくれた響に、ヴェリキュスは心が温まるのを感じた。
「服、ありがとうございます。シンプルですけど、シンプルながらもデザインがとても素敵ですよね。触り心地も良いですし、やっぱり私の世界とは文明が改めて違うのだと感じました」
「そうなんだね、ヴェリきゅんの世界の服はそこまで生地は良くないの?」
「もちろん、良いものも中にはあるのですが、ここまで触り心地の良い品は王族の方が身につけるものくらいになるでしょう」
「わお、安売りしてたそのスウェットが王族のものと同等か…それは確かにこっちの方が発達してると言えるかもね」
「安売り…遥かにこちらの世界の方が優れていると思います」
小気味良い会話を続けながらも、ヴェリキュスは目の前のテーブルに並べられている料理から目を離すことができなかった。
「何という名前の料理か、わからないですけど…とても美味しそうです」
若草色の瞳を宝石のように輝かせて、興奮したようにヴェリキュスは言った。
それを微笑ましげに見ながら、響はご飯をよそう。
「ヴェリきゅんの世界の料理に似てると思われる、馴染みがありそうな洋食っていう種類の料理があるんだけどね。そっちを用意しようかとも思ったんだけど…やっぱり、一番最初に食べてもらう料理はこの国、俺が生まれ育った日本の料理がいいかと思って。和食っていう名前なんだよ」
ヴェリキュスの前にご飯茶碗を置いて、響は料理の紹介をした。
「和食…」
ほかほかと美味しそうな湯気をあげて、ヴェリキュスの前にそれらはあった。
白いご飯にだし巻き卵。作り置きをしていた、ほうれん草のおひたし。ヴェリきゅんに栄養をとってもらおうと野菜をこれでもかと入れて作った具沢山な味噌汁。
それぞれ、響はヴェリキュスに変なものは入っていないと安心させる為にもどういった具材で調理方法なのか、どういった料理かを説明をした。
それらをヴェリキュスは興味深そうに聞き、嬉しそうに料理を眺めている。
そして、これらを響が作ったことを改めて知ると、料理を生業としていない響が料理をできることに大層驚き、感動していた。
「さ、せっかくのご飯が冷めちゃうし食べようか」
「そうですね。いろいろと教えてくださって、ありがとうございました」
まだ箸を使うには難しいだろうヴェリキュスにフォークとスプーンを渡し、響は椅子に座ると手を合わせた。
「いただきます」
そう言ってから、響は箸を手に持つ。
ヴェリキュスは響のとった言動に不思議そうに首を傾げると質問を投げかけた。
「今のって一体……?」
「ああ、ごめんごめん。今のはね、そうだね…ご飯に使われている食材はそれぞれ元は命あるものだったから、そういった命を"いただく"という意味であるとか、このご飯ができる為に使われた食材とかそれらの食材に関わってくれた全ての人々に感謝をして"いただく"という意味がこもった言葉だよ。調べて答えてるわけじゃないから諸説あるかもしれないけどね。ま、とにかくこの国の食事前のお祈りとか挨拶とかそういった感じだよ。やらない人も全然いるから、あまり深く考えなくても大丈夫!」
「いただく…なるほど。とっても、素敵な言葉だと思います!私もこれから使っていきたいです」
そう言うとヴェリキュスは、すぅと一つ息を吸って手を合わせた。
「いただきます」
フォークを手に持ち、ずっと気になっていた綺麗にできている黄色の卵焼きに手を伸ばした。
そして、それを口に入れると瞳をこれでもかと輝かせて、頬を染めた。
「ヒビキさん!これ、すっごく美味しいです……っ!」
「本当…ッ!?よかった!いっぱい食べてね!!」
「はい!ありがとうございます!」
ヴェリキュス本人も気がつかないうちに、貴族らしからぬ元気のいい返事をして、ゆっくりと上品に嗜むように普段なら食べていたのに、美味しさのあまり自然とがっつくように食べてしまっていた。
「このオミソシルも優しいお味がして本当に美味しいです」
響は年相応に弾けるように笑う、そのままのヴェリキュスの姿をそれはそれは嬉しそうに見つめた。お風呂での出来事といい、今の笑顔といい。ヴェリキュスは魅力がいっぱいである。
そんな尊いヴェリキュスの姿ばかり見せられたからだろうか。尊さのキャパオーバーのあまり、響は片鼻から、たらりと鼻血を出したのだった。
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