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プロローグ:「俺の推しが不憫すぎる!」
しおりを挟む(どうして、どうして、どうして…!)
モンスターに追いかけられながら、私は必死に走り続ける。
泥だらけで、あちこち枝で引っ掛けてしまっているために傷だらけ。そして、靴は逃げている途中で片方脱げてしまったから、脱げてしまった方の足からは血が滲んでいた。
それでも走り続けなければ、私は確実に死んでしまう。
(私の何がいけなかったのだろうか。それすらわからないことがもう既に間違っているのだろうか)
罪人である私を運ぶ馬車の中でどれだけ考えても自分の行動の何が悪かったのかが、わからなかった。
唯一わかるのは、殿下と私には信頼関係など存在しておらず、学園で出会った平民の癒し魔法を使うあの少女の言うこと、全てを殿下が信じてしまったことだ。
(私は、死にたく、ない…ッ!)
殿下に裏切られたことは、もう事実として起きてしまったこと。理不尽であろうとなかろうと今、そんなことはどうでもいい。
装備も何もなく、このようなモンスターが溢れる森の中に置き去りにされ、Bランク級のモンスターに追いかけられていることこそが一番の問題だった。
(貴族の中でも多く魔力を所持している私でも、コイツと戦ってしまえば魔力が尽きてしまう…!何が起こるか、わからない森の中で魔力切れなんて以ての外だ。なんとか、コイツの視界から逃れなければ…!)
鼻が効きにくい、このモンスターから逃れるには、どこかに隠れなければならない。だが、隠れようにもモンスターの追ってくるスピードが速すぎて隠れようがないのだ。
そんな風に考え事に集中していたのが良くなかったのだろうか。足元に迫っていた大きな石に私は気がつかず思いっきり転んでしまった。
(…………ッ!!!!)
足を襲う激痛に、近づいてくる素早い足音。モンスターの荒い息遣いまでも段々と大きくなってくる。
(もう、駄目だ……)
私は死を覚悟し、固く目を閉じた。少しでも、感じる痛みが少ないものであることを祈って。
まるで獲物を捕まえられることを喜ぶようなモンスターの大きな雄叫びが聞こえる。
私は恐怖のあまり、そのまま気を失った。
+++
テレビ画面に映し出された言葉。
その言葉を目にした瞬間、俺は絶叫した。
【彼女を陥れようとしたヴェリキュス・ロ・ラベリッタはその罪から国外追放が言い渡された】
「俺の……い、愛しのヴェ、ヴェリきゅんがあああああぁぁぁーーー!!!!!」
俺、杜若響は激怒した。
なぜって?なぜかって?
そんなもの、愚問以外の何者でもない。
「ヴェリきゅんのどこが悪いことをしたっていうんだよっ!!!」
まさしく、この一言に尽きる。
何をこんなに激怒しているのかといえば、俺が今現在までプレイしていたゲーム、「平民の私でいいんですか!?」に登場していたキャラクター、ヴェリキュス・ロ・ラベリッタの扱いがあまりにも不遇すぎるために、はらわたが煮えくり返っているのである。
このゲームは、世にいう乙女ゲームというやつで、中世ヨーロッパ風の世界が舞台のゲームだ。平民である主人公のヒロインがその国の中で稀少な癒しの魔力を所持している為に、能力の将来性を見込まれて貴族が通う学園への入学が決まる。
そこで出会う攻略対象者たちとそれぞれのルートの中で恋に落ちていく…という、まあ王道中の王道というか。一体、この手のものが何作品、世の中に生み出されているのだろう、というくらいによくあるシナリオの乙女ゲームである。
男である俺が乙女ゲームをしているのにはワケがあった。
転生モノや転移モノ、いわゆる異世界系の漫画やライトノベルで賑わう昨今。
最近、視聴した悪役令嬢モノのアニメがあまりにも面白くてハマってしまい、乙女ゲームというものをプレイしたことがない俺は、乙女ゲームとは一体どういったものなのだろうかと興味を持ち、手を出してみたのだ。
───ところが。自分自身予想外のことに、ヒロインでもましてや攻略対象者でもない、とある男の子が俺にとって推しになった。
その男の子の名前は、ヴェリキュス・ロ・ラベリッタ。このゲームに登場する俺の推しで、俺が思うにかなり不憫すぎるキャラクターだ。ヴェリキュス・ロ・ラベリッタでの立ち位置は、悪役令息。
────そう。悪役令息である。
乙女ゲームで悪役令嬢ではなく、何故に悪役令息なのかといえば答えは単純。
ヴェリきゅん(勝手に呼び出した愛称)の婚約者であるクソ第3王子(勝手に命名)は、後の争いの火種にならないようにということで、男でありそして公爵令息であるヴェリきゅんとの婚約が結ばれていた。
黄金色の髪に長いまつ毛に縁取られた若草色の瞳。こーんな美しい美しい婚約者に恵まれたにもかかわらず、クソ第3王子はヒロインを愛してしまった。まあ…乙女ゲームなので当然ではあるのだが。
ごほん。とりあえずヒロインを好きになってしまったのは良いとして(ヴェリきゅんというものがありながら決して、良くないけどね!俺の気持ち的に)そこで円満に婚約を解消するとか、解消しないならヒロインのことを諦めるとか想いを胸に秘めるとかさ、いろいろあるじゃん?
…そこをこのクソ第3王子。
なんと、ヴェリきゅんを蔑ろにし始めたのである!断じて、許さん!!ヴェリきゅんというものがありながら浮気ってのも絶許だぞ!!!
ヴェリきゅんは男の子だが、王子の婚約者という身。第3王子を支えなければいけない立場にある。その為、ヒロインとの距離感が王族として、そして婚約者がいる者として近すぎるであるとか、そういったことを第3王子に。ヒロインには淑女として異性との距離が近すぎる的なことを。それぞれ2人に意見を述べ、諭したのである。
すると、どうだろうか。
作中ではヒロインへの嫉妬からくる、いじめや嫌がらせとして捉えられ、挙げ句の果てに断罪されてしまったのである。
俺はヒロインという立ち位置でゲームをプレイしながら、え?これ正しいこと言ってね?と思ったのだが、物語は断罪の方に進んでいった。
最初、俺はヴェリきゅんに対して何の感情も抱いていなかった。ヴェリきゅんが同性だったのもあるが。
…だが、ゲームを進めるにつれ、ヒロインや攻略対象たちのことなんかよりも、ヴェリきゅんのことが段々と好きになってしまったのだ。
政略結婚なのだからと第3王子の所業を見て見ぬフリをすることだってできただろう。でも、ヴェリきゅんはそんなことせずに、しっかりと正面から向き合って自分の立場が危うくなるまで、きちんと意見して。
言い方は多少、キツかったよ?貴族だから罵詈雑言ってわけではないけど、ヴェリきゅんは頭がイイ子なので、理詰めで説教してたし(笑)
しかし、結局は今プレイしているように断罪されてしまうので、そういった立ち回り方はちょっと爪が甘かったのかもしれない。
けれど、そんなところも俺は人間身がある気がして好感が持ててしまうんだ。
【ヴェリキュス・ロ・ラベリッタは護送用の馬車によって運ばれ、国外へと出された。その後の彼がどうなったのか、知る者は誰もいない───】
「なんで誰も知らねえんだよっ!!ヴェリきゅんの親は何してんだよっ!!!」
真っ黒な画面に映し出された文言に思わず怒鳴り散らしてしまう。親はもしかして、あれか?王家に反感を持たれるくらいならと息子を捨てた口か?情というものはないのかよ!
コントローラーをベッドへと放り投げる。せっかくお金を払ってソフトを買い、乙女ゲームという未知のものを開拓してやるぜ!とか冗談半分本気半分な感じの楽しく軽い気持ちで挑んだのに…なんか、胸糞悪いなあ。
このままボタンを押せば、ヴェリきゅんのこの断罪シーンから進んで…おそらくヒロインの、1周目なので何ENDかは知らんが何かしらのENDが見られるのだろう。
この文言が出ている場面から進めてしまえば、本当にヴェリきゅんは、きっとこのまま…この1周目では2度と出てこない。
それが俺には、すごく悲しくて、しんどくて────。
俺は、ゲームを進められないでいた。
どれだけ経っただろうか。
数分ほど物思いにふけって、ついついぼんやりとしてしまった。
俺らしくない。
何をゲームにムキになって。
さっさとENDを観て、他の攻略対象者たちも攻略しなくては。せっかく、お金を出して買ったのだ。楽しまなくては、もったいない!
ベッドへと放り投げていたコントローラーを再度手に取り、進めるボタンを押した。
【貴方には、ヴェリキュス・ロ・ラベリッタを救う覚悟はありますか?】
「なんだッ!?」
急に画面が光ったかと思えば、次に出てきた言葉はヴェリきゅんを救えるか?と問う文字。
「なんだこれ…1周目なのに新たなルートを解禁した的なやつなのか…?いやでも、1周目で新ルートなんてこと、なさそうなのに……」
ヴェリキュス・ロ・ラベリッタを救う覚悟はあるか、か。
そんなの。
そんなの───!
「あるに決まってるだろ!」
救われて欲しい、このままもしかして断罪される流れなのだろうか?と焦りながらプレイしていた毎日。
数日かけてクソ第3王子ルートを攻略していて小言を言いに来るヴェリきゅんに会えるだけでその日、1日は嬉しくて舞い上がって。
次第にヴェリきゅんのことが推しになっていって…結局、断罪されることになって、どれだけ悲しかったか。
笑顔を描かれることがなかった君。
そんな君をどれだけ笑顔にさせてあげたいと無条件に思ったか。
……どれだけ、助けてあげたいと思ったか。
俺は勢いよく、それはもうボタンが、めり込むほどに力強くYESの方にボタンを押した。
+++
「なんなんだよ…これ……ッ」
目の前には俺の部屋の中で泥だらけで倒れている人。足の裏は血だらけで、ところどころ擦り傷もできている。服も至るところが破けていた。
その人物は黄金色の髪をしていて、まつ毛は長く、閉ざされている為に瞳の色はわからないがおそらく若草色の───。
「ヴェリきゅん……?」
俺の間抜けなつぶやきが静まり返った部屋に微かに響く。
血で汚れていくカーペットが、これは幻ではなく現実なのだと、俺に伝えていた。
「こ、こうしちゃいられない…!!」
慌てて立ち上がった俺は、タオルにティッシュ、消毒液、そして大きめの絆創膏。桶にお湯を入れて用意していく。
それらを床に置くと片方だけ履かれていた靴を脱がして玄関に置き、身体を気遣いながらゆっくりと泥だらけの服を脱がした。
脱がしたそれらの服は玄関で軽く土汚れを払った後、洗濯機にぶち込んだ。ケガの手当てをいち早くする為に急いでそれらをやり、桶に入ったお湯の中にタオルを沈める。沈めたタオルを固く絞って、上半身から身体の異常がないか確認をしつつ、優しく拭いていった。
途中、現れた下半身は少し動揺しながらも、なるべく見ないように努めて慎重に清めた。
血だらけの足に差し掛かると折れていないことを確認して、傷にゴミや汚れが入っていないか細心の注意を払いながら綺麗に血を拭っていく。そして、別の濡らしていないタオルで傷のある足を巻いて包んだ。
「ごめんな。一人暮らしの俺の家には包帯やガーゼという、ちゃんとした手当てをするものがないんだ…ちゃんと傷口を流水で流せるまでこれで我慢してくれ」
そんな言い訳を口にしつつ、細かい傷のある場所に絆創膏を貼っていく。いつ目が覚めるかわからないので、貼っておいた方が良いのではないかと思ったのだ。
「シャツは着せられるけど、ズボンの方は足をケガしてるのもあって、穿かせづらいよな…起きた時に申し訳ないがタオルで今は我慢してもらおう」
なるべく長めのシャツを用意し、腕を慎重に通して着せる。今は比較的、暖かい季節だが母親が忘れていった膝掛けを一応お腹の辺りにかけてあげる。身体を冷やして体調が悪くなったらいけないからな!
「勢いに任せてついつい、行動してしまったが…状況を整理してみよう」
洗濯機に洗剤と柔軟剤を入れ、回し始めた俺はヴェリきゅんの元へ戻ると眠るヴェリきゅんの邪魔にならないように、なるべく隅の方に座る。
「しかし、まさか神様っていう存在を実感させられることになろうとはね───」
先程、見たモノがもし夢でないのだとしたら、あれはきっと本物の神様なのだろう。
やってくれるね、全く。
俺は、ヴェリきゅんが目を覚ますまで、神らしきものに会い話したときのことをもう一度、頭の中で思い出していた。
YESへボタンを押し、その瞬間に連れて行かれた真っ白な空間で、神様直々に頼まれたことを。
───この乙女ゲームの、存在意義を。
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