薬師ホミカは幸せになれるのか

さおり(緑楊彰浩)

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18話 犯人

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 薬作りを終えて、作った薬をまだ一度も薬を入れていない血液に入れる。効果が出るまで時間があることから手を洗い、ガルフレッドと一緒に夕食を食べた。
 他の薬を試した時と同じように、3時間経ってから確認をすると、血液から菌が全てなくなっていた。どうやら感染したと気がついた頃であれば、作った薬の効果があるようだ。しかし、この薬はどのくらいの症状まで効果があるのかは分からない。
 14日経った人には効果が出ないかもしれないし、治療魔法で解決できる程度まで薬の効果が出るかもしれない。試してみなくては分からないのだが、血液には全て薬を入れてしまっている。
 病院に入院している人の血液を提供してもらわなくてはいけないのだ。
 作った薬の効果があると分かると、今自分で作れるだけの量を作っておく。薬草はあるが、時間を考えると朝までかかってしまう。睡眠もとりたいので、3種類の薬草を1つずつ用意して、それぞれ別のすり鉢に入れるとすり潰した。すり潰し終わると、それをビーカーへと移す。
 三脚台をセットし、その上にセラミック付金網を置く。アルコールランプに火をつけて、三脚台の下に置くと、金網の上にすり潰した薬草を入れたビーカーを置いた。
 全ての薬草をガラス棒で混ぜながら『薬草から薬を作る魔法』をかける。十分混ざったことを確認すると、アルコールランプの下を押さえて、斜め上から蓋をして火を消す。冷めるまでに机の上を片づけてしまう。
 冷めてからリズの滴を入れる。液体1滴だけでも効果があったため、リズの滴を10滴入れて10個の錠剤を作った。

「そうやって薬を作るんだな」

 黙って薬を作る様子を見ていたガルフレッドはそう呟いた。その膝にはレニーが丸くなって眠っている。どうやら打ち解けたようだ。
 ガルフレッドの前で薬を作ったことはなかったので、初めて見た薬作りに感心したようだ。誰にでも薬は作れるように見えるが、『薬草から薬を作る魔法』が使えなければ、薬としての効果が出ないため誰にでも作れるわけではない。
 作業を見ていれば、薬師ではなくても作れると思ってもおかしくはないだろう。リズの滴を使えば5ミリほどの大きさの錠剤にすることはできるが、魔法が使えなければ薬としての効果は出ないのだ。
 できた錠剤は新しい瓶に入れる。蓋を閉めて、付箋を貼る。そこに、薬を作るのに使った薬草3種類が書かれている。

「それにしても、薬を作るのに材料がよく思いつくもんだな」

 レニーを撫でながら言うガルフレッドに、ホミカは「当たり前でしょ」と答えた。薬師は薬草の種類を覚えなくてはいけない。
 薬を作るのに、病の原因を探り治すための薬草を使えばいいのだ。
 今回で言ってしまえば、最低でも紫の煙に含まれる毒を解毒しなくてはいけない。それと一緒に身体に出ている症状も直さなくてはいけない。しかし、これは病に感染している人に使用しなくては効果があるのかは分からない。そのため、ホミカにも現在は結果が分からないのだ。
 ただ、14日以降に表れた症状。赤い斑点。それは、紫の煙に含まれている毒素によって、体内が傷つき皮膚に症状が表れたものだと思われる。
 人によって傷つく場所が違うため、赤い斑点が表れる場所が違うのだ。そして、赤い斑点が紫色に変化する。それは、体内に毒が回った証だ。それを放置していれば、さらに色が変わり黒くなるだろう。そうなると、皮膚は壊死したことになる。人を殺すことはできない毒だが、様々な薬草の効果が含まれているためどうなるかは分からない。壊死した皮膚を治すことはできない。最悪壊死が広がっていけば、手足など切り落とさなくてはいけなくなってしまう。そうなる前に、治すことができればいいのだが。

「さて、庭園で休憩するわね。あとはよろしく」
「ああ、任せろ」

 部屋から出ると、扉を閉めて体を伸ばした。薬作りは慎重にならなくてはいけないため、気を張らなくてはいけない。立ちながらの作業であっても疲れる。
 軽く右手で左肩をマッサージして歩き出した。
 時刻はすでに22時になっており、廊下を歩くメイドの姿も見当たらない。これから夜警であるガルフレッドも、間もなく部屋から出て持ち場につくだろう。





 ベンチに座りながら、十六夜を眺めていた。夜風が少し寒く感じられたが、今日の薬作りを終わらせて満足していた。虫や夜鳥の声を聞きながら涼んでいると、庭園に誰かが入って来た。その気配を感じながら月を見ていると、ゆっくりとホミカに近づいてくる。視界に入ったその人物には見覚えがあった。足を止めると声をかけてきた。

「こちらにいらしたんですね」
「アルハイトさん、こんばんは。私を探していたんですか?」

 一度も会話をしたことのないアルハイトがホミカを探していたということに首を傾げた。会った時のアルハイトはホミカに興味がなさそうだった。
 もしもヒューバートがホミカに用があるのだとしたら、ガルフレッドに頼むだろう。だが、今は夜警をしているはず。そうなれば、ホミカと話しをしたことのある他の騎士やメイド、執事などに頼むだろう。会ったばかりのアルハイトには頼むことはないだろう。
 それなら、彼自身がホミカに用があるか、別の人物からの頼みごとの可能性があるだろう。

「ええ、探していました」
「どうしてですか?」
「紫の煙を採取したと聞きました。それと、製薬所で瓶が割れ、それを持ち帰ったとも」

 どうして知っているのか。それを知っているのは、ホミカ、レニー、ガルフレッドだけのはず。しかし、もう1人知っている人物がいることにホミカは気がついていた。
 部屋で話をしている時に扉の外で物音がした。気配を隠してはいたが、隠しきれてはいなかった。その人物が聞き耳をたてていたため、話していた内容を知っている。そのことから、扉の外にいたのはアルハイトだということが分かる。

「それらを、こちらへ渡してはいただけないでしょうか?」
「どうしてですか?」

 簡単に渡すことはできない。そんなことをしてしまえば、証拠となるそれらを処分されてしまう。もしくは、ホミカが病をばらまいたのだと言い処刑されてしまうかもしれない。アルハイトの言葉を信じる人は多いだろう。ガルフレッドが違うのだと言っても、部隊長の言葉を信じる人の方が多いだろう。
 漸くここまで来れたのだ。何も考えずに渡して、処刑されるのだけは避けなくてはいけない。

「病の原因があの煙だということをガルフレッドから聞いたよ。瓶のことも含めてヒューバート陛下に報告させてもらうよ」

 だから渡せと言うのだ。笑顔で言うアルハイト。彼を疑っていなければ、その笑顔に騙されて渡していたかもしれない。
 ガルフレッドが信頼している相手なのだから、疑おうとすら思わなかったかもしれない。けれど、冷静になって考えれば分かることがある。それは、ガルフレッドに聞いたという言葉。それは嘘だ。彼にガルフレッドから話しを聞く時間なんかない。
 ホミカが庭園に来てから然程時間も経っていない。部屋にいたガルフレッドがアルハイトと話す時間はなかったのだ。話しをしていたら今、アルハイトはここにはいない。
 嘘だと分かっていて渡すはずはない。

「結構です。私が調べたことなので、私が報告させていただきます。それに、ガルフレッドに話しなんて聞いていないのでしょう?」

 落ち着いたホミカの言葉に、アルハイトはすぐに返事を返すことができなかった。何を言っているのだとでも言うように驚いている。
 その様子に、ホミカは口元に笑みを浮かべた。

「ほら、やっぱり。言うはずがないんです。たとえ相手が貴方でも、ガルフレッドは私と約束をしてくれましたから」
「約束?」
「ええ。今回、煙を採取したこと、割れた瓶を持って帰って来たことを誰にも話さない、と」

 少し嘘をついたが、本当のことを話す理由もない。先に嘘をついたのはアルハイトなのだから、こちらも嘘をついたって構わないだろう。
 言葉を聞いて、アルハイトは舌打ちをした。それが本当の彼なのだろう。今までは猫をかぶっていたのだ。
 冷たい眼差しに変わったアルハイトを見て、やはり初めて森で会ったのが彼であり、素だったのだと気がつく。あの時と同じ冷たい眼差しに、ホミカの体は無意識に震えだす。

「そうですか。では、それを渡してはくれないのですね?」
「ええ」
「でしたら、無理にでも渡してもらいましょう」

 近づいてくるアルハイトを見て、ベンチから立ち上がると距離をとるように後退りをする。手が届く範囲にいれば、所持していると思っているアルハイトに掴まれてしまう。
 動きを見ながら後退るホミカを見て、アルハイトは鼻で笑う。

「この病は、貴方が自分の薬草の知識を試すためにばらまいたとでもしましょうか」

 他の街から来た薬師よりも、部隊長である自分の方が信用されているのだと確信しているのだろう。
 突然右手を挙げると、アルハイトは指を鳴らした。すると、20人ほどの騎士が現れてアルハイトの後ろに並んだ。
 後ろに並んだことが、足音だけで分かったのだろう。まるで勝ち誇ったかのように笑みを浮かべるアルハイトに、ホミカは口元を右手で押えてクスクスと笑った。その様子を見て、アルハイトは眉間に皺を寄せた。

「何を笑っている」
「だって、貴方の後ろをよく見てみなさいよ」

 その言葉にルハイトは騎士達を振り返った。そして、その目は驚きに見開かれた。そこにいたのは、自分が予想していた騎士達ではなったのだ。

「どうして……」

 小さく零れる声は、騎士達を見て呟かれたものだ。そこにいたのは、アルハイトの部下の騎士達だった。しかしアルハイトがいなかった間、騎士団は2つに分けられていた。アルハイト隊とガルフレッド隊。それはアルハイトも知っていた。アルハイトが戻って来たといっても、まだ騎士団は2つに分けられていた。今回アルハイトがいなかった間、街の見回りをしていたのはアルハイト隊。夜警をしていたのはガルフレッド隊と、分けていたのだ。
 本来、ここに現れるはずだったのはアルハイト隊の騎士達だった。しかし、目の前にいるのはガルフレッド隊の騎士達だったのだ。
 アルハイト隊の騎士達は、隊長であるアルハイトに逆らうこともなく命令を聞く。だが、ここにいるのはガルフレッド隊の騎士達。アルハイトではなく、ガルフレッドの命令を聞く騎士達だ。
 彼らがここにいるということは、アルハイトの話を聞いていたのだろう。その目は「どういうことですか」と問うている。
 しかしアルハイトは「どうして君達がここにいるんだ」と震えた声で呟いた。答えを求めているわけではない呟きに答えたのは、アルハイトが初めて聞く声だった。

「ガルフレッドが呼んだからよ」

 騎士達の間からゆっくりと現れたのは、黒い獅子だった。赤色をした右目と、青色の左目。レニーだ。喉の奥から聞こえる低い声。レニーの姿を初めて見たホミカは、驚きと同時に感動していた。『悪魔になった魔女』の挿絵に描かれていた黒い獅子と同じ姿をしていたからだ。

「悪魔だと!? 何故こんなところにいる!」

 驚くアルハイトは、レニーのことに気がついていなかったのだろう。ナジャの森で会った時に見ているはずなのだが、本当にただの猫だと思っていたようだ。
 興味がなさそうにしていたので、記憶に残っていないのかもしれない。

「私の隊はどこだ」
「全員、寮へ帰宅してもらいました」

 アルハイトの言葉に返したのは、この場所にはいないはずの人物だった。レニーと同じように騎士達の間からゆっくりとガルフレッドが現れた。
 その後ろにはヒューバートの姿があった。アルハイトを見る目は鋭く、たじろいだアルハイトは近づいてくる2人から目を逸らすことはなかった。

「ホミカから離れてもらえますか。手を出すのなら容赦はしない」

 喉の奥から唸り声を発しながら、右手で刀の柄に触れる。まだ距離をとっているため、アルハイトはホミカに触れることはできない。しかし、触れた瞬間にガルフレッドが飛びかかって来ることは分かる。

「ガルフレッドから製薬所の話を聞いた。どういうことか説明をしろ」

 刀の柄に触れているガルフレッドを止めることもせず、ヒューバートはアルハイトの目を真っ直ぐ見つめながら言う。
 部屋から出る前に、ホミカはガルフレッドにあることを頼んでいた。それは、ヒューバートに全てを話すこと。製薬所のこと、採取した煙や瓶について。そして、レニーのこと。
 それらの話を終えたから、彼らは今ここにいるのだ。ヒューバートの様子から、アルハイトの話を聞いていたようだ。気配を消して話を聞いていたのだろう。
 説明を求められ、アルハイトは一度ホミカを睨みつけた。しかし、これはホミカがやったことではない。ヒューバートに話をするように頼みはしたけれど、庭園に連れて来てほしいとも、話し終えたら来てほしいとも言ってはいないのだ。
 何か接触をしてくるかもしれないと考えて、あえて1人になるために庭園には来たのだが、この展開は予想していなかった。だから、ホミカが悪いわけではない。

「私は、私は! この国のためを思ってやったまでのことです!」
「なんだと?」

 王都であるレヴェナでは、新薬を作ることは少ない。そのため、既存の薬ばかりを作っており、他国や街へ輸出する薬の値段はたかが知れている。
 だから、アルハイトが製薬所を管理して、新薬を作るように指示したのだという。掃除をしている時間があるのなら新薬を作れと指示をだし、既存の薬も同時に作らせる。薬師なのだから簡単に出来るだろうと笑いながら言うアルハイトにホミカとレニー、そしてガルフレッドとヒューバートが大きくため息を吐いた。
 口で言えばたしかに簡単だ。しかし、アルハイトが思っているよりも薬作りというのは大変なのだ。薬師は毎回失敗しないように気をつけながら薬を作る。材料だって永遠にあるものではない。使えば無くなる。種類によっては貴重なものもあり、入手が難しかったりするのだ。
 それなのに、アルハイトは金儲けのために薬を作らせていたのだと叫び続けた。たとえ質が落ちたとしても、いつもより多くの薬を輸出すれば儲けが出る。
 紫の煙が出た時、作っていた薬を捨てようとした薬師達に向かって捨てるなと怒鳴ったのだという。説明をしようとする薬師達の言葉は聞かず、新薬ができるかもしれない、命令だから作れと言い続けたのだ。
 その結果、薬師達は誰も反論することは無くなった。言っても無駄だということを理解したのだろう。外の誰かに話そうとも一度は考えただろう。だが、それをしなかったということは、それだけアルハイトを恐れていたということだろう。
 外の誰かに話すとしても、信じてくれるのは誰だ。ヒューバートが一番だろうが、彼が製薬所に来る時は必ずアルハイトも同行する。毎日来るのだから、来る時は一緒なのだ。そうなると話すことができない。会いに行ったとしても、国王であるヒューバートには簡単に会うことはできない。他の騎士や家族に話したとしても、アルハイトの信頼は厚い。誰も信じてくれるはずはない。
 そうして、誰かに話すということを諦めてしまったのだろう。ホミカを見た時、どこか安堵したように息を吐いたのは、言わなくても気づいてもらえる可能性が高いと感じたからなのかもしれない。

「失望したぞ、アルハイト」
「申し訳ありません」

 首を横に振りながら言うヒューバートに、アルハイトは静かに涙を流し、その場に座り込んでしまった。
 信頼していた人に裏切られたようなものだ。ヒューバートは悲しそうな目つきをしていた。

「それで、病の原因が分かったと聞いたのだが?」

 ガルフレッドに話を聞いているだろう。それでも、ホミカからも話が聞きたくて庭園にやって来たようだ。そして、アルハイトの話を聞いてしまったらしい。
 頷いたホミカは、原因は紫の煙だと告げた。様々な薬草を混ぜたせいで、永遠に失敗し続ける薬作り。現在も毒だけではなく、多くの効果を混ぜて街中に広がっている。
 人から人に感染するものではないが、あの煙が出続けている限り病は広がり続ける。

「あれが、毒だと?」

 ホミカの話を聞いてアルハイトは驚いた。薬師の話を聞かないから、どうして煙が出ているのかも疑問に思うことはなかったのだ。
 本人としては、新薬ができる兆候だとでも思っていたのだろう。

(知識を持たない人に任せられることじゃないわ)

 責任者としての自覚も知識もない。アルハイトには二度と製薬所に近づいてほしくないと思いながら、ホミカはゆっくりと息を吐いた。
 今言うことではないだろうと考え、アルハイトの横を通り過ぎてレニーに近づいた。
 未だに黒い獅子の姿でいるレニーは、アルハイトがホミカに手を出したら飛びかかるつもりだったのだろう。唸ることを止めたレニーは、近づいてきたホミカを見ると顔を逸らした。

「ありがとう、レニー」
「なにがよ」
「その姿を見せてまで私を助けようとしたんでしょう?」

 その言葉に何も言わずに、元の黒猫の姿に戻った。全員がレニーを見ていたが、誰も何も言わなかった。悪魔であるレニーを殺そうとする人もいない。
 ホミカを守るには、黒い獅子の姿にならなくてはいけなかった。黒猫の姿のままでは、払われて終わりだ。たとえ見られても構わないと思いながら、助けに来たのだろう。

「ガルフレッドに渡された薬は、至急病院へ持って行かせた。製薬所にもすでに薬作りを止めるように伝えに行ってもらっている」

 ホミカが部屋を出る前に、ガルフレッドに薬などをヒューバートに渡すようにも頼んでいた。だからヒューバートは話を聞いて、すぐに行動したのだろう。煙はまだ出ているが、もうすぐ停まるだろう。
 ただ、薬を使ってもどのくらい効果が出るのかは分からない。軽傷の人には効果はあるだろうが、悪化している人には効果があるとは言い切れなかった。

「薬の量産をしたいのだが、正直薬草の種類がな……」

 ヒューバートは1枚の紙を持っていた。それは、ガルフレッドに渡したもの。書かれているのは、今回使用した薬草の名前。月光草、日光草、ルーナの葉。全て珍しい薬草のため、入手が難しい。
 どうやら、そのことはヒューバートも知っているようだ。「製薬所に保管しているものもあるが、使えるのか?」と呟いている。

「もしも、これから治療するならレヴェナの住民全員に無料で治療することをお勧めします」
「当たり前だろう。こちら側が原因なんだ。金を請求することはない」
「現在症状が出ていない人には、解毒剤だけでも飲ませてください。1日1錠飲めば効果は出るでしょうけど、中には毒が抜けない人もいるかもしれない。だから、3日間飲み続ければ完治するでしょう」

 症状が現れた人は、作った薬が必要だ。その薬を飲めば完治することができる可能性が高い。
 日光草は毒素を打ち消すことができる。ルーナの葉は、体内に出来た傷を治すことができる。そして、月光草は何にでも効くと言われている。効くのだが、毒素が強い。そのため、日光草と混ぜなくてはいけない。煙を吸ったことにより、毒や体内に傷ができた以外にも何か症状が出ているかもしれない。それらを治すために月光草が必要なのだ。しかし、効果がいい代わりに毒が強いのだ。
 本当に薬が効くかは、使用してみないと分からない。血液では効果はあったが、人では効果があるのかは分からないのだ。本来なら、新薬ができた場合マウスで試すのだが、そんな時間もなかった。それどころか、この病は動物には感染していない可能性が高い。街にいる犬や猫に症状が出てはいなかった。もしかすると、マウスで新薬を試すこともできなかったかもしれない。

「薬の効果は明日の朝には分かるだろう」
「そうですか……」
「今日はもう休むといい」

 夜も遅い。効果が表れて、報告を聞くまで時間がある。待っているよりも眠った方がいい。
 軽くホミカの頭を撫でると、ヒューバートはアルハイトと騎士達を連れて庭園から出て行った。一度レニーへと視線を向けて微笑んだだけで、何も言うことはなかった。
 残されたホミカ達は、暫く何も言わずに黙っていた。

「終わったって感じかしら?」
「まだ終わっていないかもしれないわよ」
「一段落がついたって感じだな」

 ホミカの言葉にレニーとガルフレッドが返した。2人共先程の場面で見せていた緊張した面持ちはない。何処か安心したように見える。
 これで解決した場合、ホミカはスエルトに帰らなくてはいけない。

「そろそろ帰らなくちゃいけないのね」
「……寂しくなるな」

 解決したら帰らなくてはいけない。それを分かっていながら口にしたのだが、ガルフレッドが本当に寂しそうに呟いた。
 風が吹いていたら聞こえなかっただろうが、ホミカの耳にははっきりと聞こえていた。だから、「ええ。私も、寂しい」と返した。
 ガルフレッドは息を呑んだが、何も返すことなく「部屋へ送ろう」と右手を差し出してきた。
 自然な動作で差し出された右手を、ゆっくりと握り返すと、ホミカの手はガルフレッドの温かい手に包まれた。
 気がつかないうちに冷えていたようで、手を引かれて自室へと向かう。道中、手を離したくなくて少し強く握ると、同じようにガルフレッドも握り返した。
 何も会話をすることはなく部屋の前に辿りつく。2人共扉に手を伸ばすことはしない。黙ったまま見つめ合っていた。
 けれど、ずっとそのままではいられない。

「ガルフレッド、ありがとう。私を信じてくれて」
「お前が俺を信じてくれたから信じられたんだ。獣人であっても人間と変わらず接してくれたから」
「当たり前でしょう。貴方はガルフレッド。獣人とか関係ないのよ」

 離れるのが嫌で、体が夜風で冷えているような気がして、手を離してホミカが抱き着くと、ガルフレッドも同じように抱きしめ返してきた。力は加減されているが、体温が伝わってくる。
 ガルフレッドの胸に顔を埋め、赤くなっている顔を見せないようにして言う。

「離れたくないと言うのは我儘かしら」
「俺には、まだ夜警の仕事が残っている」
「そうじゃなくて……」

 顔を上げると、驚いたことにガルフレッドは照れているようで顔を逸らしていた。どうやら、意味を理解してくれているようだ。

(本当は好きだと伝えたい。でも、離れなくてはいけないから伝えられない)

 伝えてしまったら、ガルフレッドはホミカのことばかり考えてしまうかもしれない。そうすると、今後出会う女性を好きになることはないのかもしれない。それだけは避けなくてはいけない。
 ホミカ自身がガルフレッドを引きずるのは構わなかった。しかし、ガルフレッドにはそうなってほしくはなかったのだ。

「夜警、頑張ってね」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」

 ゆっくりと離れて、そう言うと扉を開いた。体は温かく、このまま寝てしまおうと考えたホミカの耳にガルフレッドの小さな声が届いた。

「俺も離れたくはない。けれど、近くにいる。永遠に会えないわけじゃないだろう?」

 たとえ聞こえていなくてもいいと思って言ったのだろう。立ち止まり、穏やかな顔をしているガルフレッドに「そうよね。また会えるわよね」と返した。
 何も言わずに頷くと、ガルフレッドは踵を返して夜警の仕事へと向かった。その背中が角を曲がるのを見届けてから部屋へと入る。
 足元にいるレニーを蹴飛ばさないようにベッドへと向かうと、倒れるように横になった。
 顔だけではなく、体全体が熱く感じられた。靴とローブを脱いで、布団の中に入った。レニーがお休みと言うように手に顔を擦りつけてから丸くなった。
 その体を撫でながら、先程ガルフレッドが言ったことを心の中で繰り返した。

(永遠に会えないわけじゃない)

 会うには時間がかかるが、近くにいるのだ。たとえスエルトに帰ったとしても、会いたいと思えば会いに来ればいい。ガルフレッドに彼女ができていれば、そこで諦めればいいのだ。
 一番に願っていたのは、病にかかった人を治すことだった。けれど、それはほとんど達成したようなものだった。スエルトの住民にまでは、まだ病は広がっていない。
 その安心感からか、目を閉じると睡魔はすぐにやって来た。睡魔に逆らうことをせず、ホミカは意識を手放して眠りについた。
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