薬師ホミカは幸せになれるのか

さおり(緑楊彰浩)

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15話 アルハイト

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 翌朝、早く起きたホミカは心配していつもより早く部屋にやって来たガルフレッドと一緒に朝食を食べた。いつものガルフレッドなら、その後食器を下げて部屋に戻ってくるのだが、用事があると言って戻ってはこなかった。
 それならと、毎日の日課をこなしてから、昨日採取したルーナの葉と月光草をカバンから出した。月光草の入った瓶を1個だけ机の上に置いて黒いトランクにしまい、日光草が入った瓶を1個取り出した。
 白く輝く月光草と、オレンジ色に輝く日光草。本来なら同時に見ることのできない2つの薬草がここにある。この2つの薬草だけ、花が光っている時だけしか効果がなく、花、葉、茎を一緒に使用しないといけないのだ。
 日光草は他の薬草と混ぜなければ、花が光っていても効果が表れない。しかし、月光草は1つであっても効果は出るのだ。

「日光草、月光草、ルーナの葉で薬できるかな? 失敗しないかな?」
「流石の私も分からないわね」

 薬草の知識があると言ったことはない。しかし、今の言葉からレニーには薬草の知識があるようだ。

(やっぱり、レニー・シングヘルリオなんだろうな)

 毛繕いをするレニーの言葉にそう思うが、口には出さなかった。はぐらかされるのが分かっているからだ。
 今回の病の原因がまだ分からないため、入手した薬草で新しい薬ができないかと考えてみるが、作ってみなければ分からないことだ。
 そう思えば行動は早い。黒いトランクからアルコールランプ、三脚台、セラミック付金網、ビーカーを取り出して机の上に置いた。洗ってから机の上にいつでも使えるようにと置いていたすり鉢とすりこぎ棒を机の手前に置く。
 しかし、使おうとしておる薬草は3種類。黒いトランクから小さいすり鉢とすりこぎ棒を2つ取り出した。薬を入れた瓶を置くための布も用意する。
 さて、作業を開始しようと瓶のふたを開けようとしたホミカの耳に扉をノックする音が聞こえた。ガルフレッドだ。いつもとは違い声をかけてくる。最近のガルフレッドはノックをしたらすぐに扉を開ける。誰かと一緒なのかもしれないと考え、急いで薬草の入った瓶をトランクに片づけた。誰が来たのか分からないのだ。変に興味をもたれては困る。
 返事をして扉を開くと、すぐ目に入って来たのはガルフレッドだ。そして右隣には1人の男性が立っていた。その人は、昨日ナジャの森で会った男性だった。
しかし男性は、ホミカのことを覚えていないようだった。しかも、雰囲気も昨日の冷たさとはまるで違っていた。
 男性はまるで初めて会ったかのように、笑顔で挨拶をしてきた。

「はじめまして。私はアルハイト・ロレンツォーレ。部隊を率いる部隊長をしています。ヒューバート陛下からお話は聞きました。私はこれから製薬所へ伺うので、午後には見学できるように準備をさせます」

 許可が必要だというもう1人はアルハイトだったようだ。彼が帰ってこなければ許可はもらえず、昨日は久しぶりに帰って来たと言っていた。そこで気がつく。2日前に、夜警をしていたガルフレッドと話しをしていた人物のことを。
 金髪の男性の横顔が、目の前に立つアルハイトにそっくりだったのだ。あれがアルハイトだとしたら、2日前には戻って来ていたことになる。長旅をしていたから、休みを貰っていたのかもしれない。だから見学は今日になったのだろう。

「製薬所には俺も行くとしよう」
「それがいい。いくら私が見学者が来ると伝えても、レヴェナに住んでいない部外者だけではいい顔はしないだろう」

 ガルフレッドの言葉に頷くと、「それでは」と頭を下げて立ち去ってしまった。一言も話さなかったホミカにとっては一瞬の出来事だった。長居をしたくなかったのか、それとも忙しいのかホミカには分からなかった。
 だから残ったガルフレッドに聞くのが一番だった。

「忙しい人なの?」
「レヴェナにいる時は、毎日製薬所に寄ってから見回りをしているんだ。アルハイトが忙しくない時間は夜だけだ」

 夜は寝るだけだからなと続けて言うガルフレッドとは、働く時間帯が逆なのだ。製薬所に寄ってから見回りの仕事があるため、長く話していたくないのだということがよく分かる。
 しかし、雰囲気は昨日とは別人のようだったが、目が変わらず冷たいものだった。普段からそうなのか、それともホミカに対してだけそうなのか。ガルフレッドが側にいたからなのか、体が震えるようなことはなかった。
 扉の前で話し続ける理由もないので、ガルフレッドを迎え入れるといつものようにテーブルを挟んで椅子に座る。

「それで、製薬所では何かするのか?」
「何かって?」
「紫の煙を気にしていただろう」

 製薬所から出ている紫の煙。ホミカはそれが原因だろうと考えていた。病院で確認するまでは違う可能性も考えていた。しかし、誰も紫の煙を調べていないことに不信感を抱いたのだ。
 
「ねえ、病に感染した人達が出る前に、あの紫の煙は出てた?」
「ああ。出てた」
「そう」

 その言葉がホミカの中で決定打となった。

(やっぱり、あの煙が原因なのね)

 煙がなんなのかを知っているホミカにとっては、調べなくてもいいかもしれない。けれど、証拠を押さえる必要があったのだ。それに、あの煙にはどのような成分が含まれているのかも確認したかった。
 紫の煙といっても、成分が異なる。あの煙は、薬草を使い薬を作る時に発生する。必ずしも発生するものではなく、ある条件を満たした時だけ発生するものなのだ。

「私ね、あの紫の煙を採取したいの」
「どうしてだ?」

 採取するにしても理由を知りたいのだろう。あの煙を調べていないことは、ガルフレッドもホミカに聞いてすでに知っている。どうして調べないのかと、ガルフレッドも疑問に思っていたのだから、調べるのだということは分かっているはずだ。
 けれど、調べないということはそれなりの理由があるのだと結論付けてしまってもいるのだ。

「詳しく話すのは、あの煙を採取して調べてから」

 話してしまった場合、それを聞いたガルフレッドが製薬所に乗り込んだり、ヒューバートに話をしてしまう可能性がある。そうすれば、煙を調べることができなくなってしまう可能性があるのだ。
 ヒューバートなら、伝えていれば煙は採取してくれるかもしれないが、薬を作っている環境も確認したかったのだ。話してしまえば、ホミカが立ち入ることができなる可能性が高い。それは避けたいことだった。

「本来、薬作りであの紫の煙は出てはいけないの。それに、あんなにずっと煙が出ているのもおかしいのよ」

 だから、病の原因はあの煙の可能性が高いのだと続けた。その言葉に、ガルフレッドの耳が僅かに動いた。それなら、どうしてもっと早く行動をしなかったのだと、言うことはなかった。

「薬師が学ぶようなことを、俺達が学ぶ機会はない。だから、あの煙を見てもおかしいとは思わない。薬師が何も言わなければ尚更な」
「どうしてレヴェナに呼ばれた薬師は何も言わないのかしら」

 休憩も兼ねて街の中を歩いてはいるのだが、一度も薬師には会ったことがなかった。ローブを着ていなければ分からないのだろうが、他の騎士達が言うには薬師は与えられた部屋から出てこないのだという。
 同じ王宮内にはいるようなのだが、部屋から出てくることもなければ会話をすることもないのだという。食事を持って来ても他人を部屋に入れることはない。それを聞いて、薬の情報を盗まれる可能性を考えてなのだろうとは同じ薬師としてホミカは納得した。だが、外に出ることもないのなら手元にある情報だけで薬を作っているのだと知ってため息が零れた。原因を探りに行かなければ解決することはできないのだ。
 王宮内にいるのなら、窓から煙が見える可能性がある。それすらも疑問に思わずに薬作りに没頭しているのだろうか。

「私以外の薬師は、自分で情報収集をするという考えはないのかしら」
「薬師とは籠って薬を作っているものだと思っていた」

 製薬所で働く薬師達も仕事をしている時は外に出ないのだという。欲しいものは配達してもらえるからなのかもしれないが、ホミカには耐えられない環境だった。
 レヴェナへ呼ばれて来た薬師も部屋に籠っていれば、薬師は部屋に籠って仕事をすると思ってしまっても仕方がないのかもしれない。ガルフレッドや他の騎士達にとって、部屋から出て情報収集をするホミカの姿は新鮮に映たことだろう。

「さて、ガルフレッドとレニーには手伝ってほしいことがあるの」
「手伝ってほしいこと?」

 話題を変えたホミカに、自分にできることなんかあるのだろうかとガルフレッドは首を傾げた。薬師が持っている知識はない。それなのに手伝ってほしいと言っているのだ。
 騎士として守ってほしいと言われればできるが、それ以外に自信はない。

「私は鑑定魔法を使えるの。使うには、鑑定するものが手元にないと意味がない。だから、煙を採取するためにカバンを持って行きたいの。瓶を持って行かないといけないから」
「だが、手荷物は持って行けないだろう」
「そうよね。見学者に薬師がいたら技術を盗まれるかもしれない。メモが取れないように荷物は入れないようにするかもしれないわよね。覚えられたら意味はないでしょうけど」

 オリジナルで薬を作っている薬師もいるのだ。レヴェナの薬師は、多くのオリジナルの薬を商品として販売している。それらを盗まれてしまったら、自分達の売り上げも減ってしまうだろう。警戒して当たり前だ。

「ローブの内ポケットに瓶なら3個入るかな?」
「ローブを着ていくのか!?」
「ええ。残念ながら、私は顔を知られている可能性があるの。これでも『魔女』と呼ばれているんですもの。薬師には有名って可能性もあるのよ」
「警戒されるんじゃないのか?」
「かもしれないわ。でも……いいえ、なんでもないわ」

 言おうとした言葉は飲みこんだ。もしかすると、薬師達は真実を話したいが話すことができないという可能性も考えたのだ。
 その場合考えられるのは、誰かに止められているから。病をばらまいて、薬を作り、自分達だけが病を治せるのだと特許を取る。そして利益を得る。
 薬師達が脅されていると考えた場合、それができるのはヒューバート。そして、アルハイトだろう。製薬所と関わりがあるのは彼らだ。

(失敗したら、処刑されそうね)

 わずかなミスも許されないだろう。煙の採取に失敗したら、疑われるかもしれない。薬師が考えて病をばらまいているかもしれないのだ。

「瓶を持って行くんだな」
「当たり前よ。その場で鑑定なんてできるはずないもの」
「分かった。なら、俺に任せろ」
「大丈夫なの?」
「俺を信じろ。瓶を持ち込ませてやるし、煙の採取をするタイミングも作ってやる」

 真剣な眼差しで言うガルフレッドに、大きく頷いた。彼を信じていないはずがない。毎日一緒にいて、十分信頼関係はできている。
 ただ、採取するタイミングを作ったことに気がつくことができるのかは不安ではあった。
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