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31.お別れ

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 廃坑にはレッドコウモリを討伐する時に一度来ていたので、場所は覚えていた。もしも違う廃坑のことを言っていたのだとしたら、ネブラに会うことはできないだろう。
 けれど、そんな心配は無用だった。あの廃坑にネブラはいた。しかも、広場のテーブルで優雅に紅茶なんかを飲んでいる。私が来たことにはとっくに気がついているだろう。あの大きな耳で足音が聞こえていないはずがないのだから。

「やはり来ましたね。お待ちしておりましたよ、アイ様」

 テーブルにカップを置いて言うネブラは、私に視線を向けなかった。まるで向かいに座るのを待っているかのようだ。彼の武器である剣もテーブルの上に置いてある。
 何を企んでいるのかも分からないから、座ることはしない。ネブラに近づくけれど、何かがあればすぐ距離をとれるようにと警戒はしておく。

「どうかしたのですか? さあ、お座りください」
「立ったままで構わないわ。それより、話をしに来たの」
「話……ですか?」

 首を傾げるネブラに、話の内容は言わなかった。昨日の今日だ。何の話をしたいかなんて考えなくても分かるはずだ。
 まさか昨日の話を覚えていないなんてことはないだろう。

「魔王様が急病で倒れたことでしょうか?」
「他に何かある?」
「いいえ。何を聞きたいのですか?」
「どうして病気になったのかを聞きたい」

 パパが元気なことは知っている。けれど、ネブラの中ではパパがどのように病気になったのかを知っておきたかった。
 その後に病気じゃないことを知っていると打ち明ければいい。教えてもらえるかは分からないけれど、その流れで企みを話してもらえると助かる。

「この間、魔王領に勇者パーティが侵入してきました」

 それは本当だ。グレンさんとシルビアさんが依頼で勇者パーティに加わっていたのだから。
 でも、それはモンスター討伐のため。魔族に攻撃するためではない。
 けれど、その話を出してきたということは、何かを知っているのかもしれない。パパのことだから、勇者パーティが魔族領に入ってきたことには気がついているはずだ。
 警戒をするだけで、何かをするということはなかっただろうけれど。

「勇者だと思われる人間が、増巨剤という粉をモンスターにふりかけました。すると、粉をかけられたモンスターの体が大きくなったのです。魔王様はそのモンスターが街に行かぬようにと戦い倒したのですが、攻撃を受けた際に菌が侵入したようです」

 それでパパは病気になったということらしい。
 けれど、勇者がそんなものを使っていないのは知っている。それに、増巨剤は魔族領で作られているという噂が一時期あった。
 モンスターを大きくするだけの薬だと思っていたけれど、思い返してみれば最近姿を現している大きい個体のモンスターはこれが原因だったのかもしれない。でも、当時は大きくなった個体を見かけなかったので、薬は完成していなかったのだろう。
 作られているという噂からパパが調査を頼んだ結果、製造場所を突きとめて全て回収したはずだ。製造者も捕まって、現在も収容されていると聞いた。
 でも、調査や回収、それに収容をしたのはたしかネブラだ。

「そっか、ネブラが全てを利用してるんだ」
「…………」

 思わず口から出てしまった言葉に、ネブラは何も言わなかった。不審に思って顔を見てみると、口元に笑みを浮かべていた。
 これは、正解してしまったのだろう。
 それなら、ネブラが嘘をついていることを知っていると打ち明けてしまってもいいだろう。

「実はね、パパは元気だって知ってるの。最近会った人が言っていたから。それに、勇者パーティはモンスター討伐をするために魔族領に行っただけ。仲間が臨時で加わっていたから知ってるの。でも、ネブラは真実とは違うことを言っているのよね。どうして?」
「どうして?」

 鸚鵡返しに大きく頷いた。私はネブラの口から答えを聞きたいだけ。これ以上は私から何かを言うつもりはない。
 口を挟むと真実を知ることができない気がした。

「どうして、なんて聞かなくても分かっているでしょう? 私が嘘をついているからですよ。あはははは」

 そう言うと、大口を開けて笑い出した。別に何かを企んでいるということはバレてしまっても構わなかったのかもしれない。
 隠そうと思っていれば、未だに隠そうと必死になっていただろうから。でもそうしないということは、隠すつもりがなかったのだろう。
 知られたら消せばいいだけだもんね。
 この場合、消されるのは私しかいない。一人で来たことを喜ぶべきか、後悔するべきかは微妙だ。

「何を企んいるの?」
「企む? 企んでなんかいませんよ。私はただ、魔族が暮らしやすい世界を作ろうとしているだけです。そのためには邪魔な他種族を排除しなくてはいけない。だから、利用できるものは全て利用させてもらう」

 なるほど。それなら、捕まえた製造者を利用して隠れて増巨剤を完成させていたのだろう。
 使用して効果が出たからモンスターを利用して、魔族以外の種族を排除しようとした。あわよくば、それをパパのせいにするつもりだったのだろう。

「このまま勇者が魔王様を倒してくださればいいのです! 他種族と仲良くなろうとおかしな考えをする魔王はいらない! アイ様はどうしてそんな魔王のために冒険者になるのですか。魔族のための世界を作る方が素晴らしいと思いませんか?」
「思わない」

 魔族のことしか考えていないネブラの言葉に首を横に振った。他の種族を滅ぼすよりも、仲良くなった方がいいに決まっている。
 もしかするとネブラは、エルフに襲撃された際に他の種族を信じることができなくなったのかもしれない。私もその場にいたり、家族が傷つけられたり、事件が起こった時にもっと年齢を重ねていたらネブラのようになっていたかもしれない。

「それは残念ですね。では、アイ様とはここでお別れですね」
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