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22.視線

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 そのあと、グレンさん以外は建物を出て、村の中を探索しに行った。
 もうブルーウルフもいないということもあり、明日はルクスの街へと戻ることを決めた。そのため、何かお土産になるようなものがあるのなら購入したいとシルビアさんが言ったのだ。
 きっとそのお土産をマーシャさんに渡したいのだろう。そして、本当に不審な男がいないかも見て回りたかったのだろう。
 ノアさんとノエさんも村の中を見たいと言うので、リカルドも一緒について行くと言った。けれど私は残ることにした。
 村の人は魔族である私のことを歓迎していないようだったから、私がいたら不快な思いをさせてしてしまうと思って同行しなかった。
 グレンさんは理由は言わなかったけれど、ソファに横になって目を閉じている様子を見ると、ただ眠りたかっただけなのかもしれない。
 リカルドたちが建物を出る前に、部屋で眠っていたオアーゼとヴィントが階段を下りてきた。私の姿が見えないことが不安だったのか、私を見た瞬間ヴィントは文字通り飛んで向かって来た。オアーゼは階段を下りると、駆け足で駆け寄り顔をすり寄せた。
 小さく鳴く二匹を見て、心配させたことが申し訳なくなって謝りながら撫でた。
 二匹が契約獣だということを説明すると、シルビアさんとグレンさんは二匹を撫でてくれた。リカルドたちも少し二匹を撫でて、しばらく堪能してから建物を出て行った。
 現在オアーゼは床に座って私の膝に顎を乗せて眠っている。ヴィントは、私の方を向きながらソファに座ってオアーゼとは別の膝に頭を乗せている。しかも、体の半分はソファから出ている。よく落ちないなと思わず感心してしまった。
 グレンさんは本当に眠っているのかは分からないけれど、私は黙って彼を見つめていた。
 声を出さなければ、グレンさんは女性に見える。まつ毛が長く、とても美人。いや、男性だから美男子か。
 たしか、グレンさんの種類はヘビクイワシ。一度生で見てみたいと思ってたんだよね。まさか、こんな形で叶うとは思わなかった。鳥の姿ではないけれど、満足。
 喋らなければ、女性と間違われて声をかけられそう。

「俺の顔に何かついているのか?」

 どうやら起きていたらしい。もしくは、私が見つめすぎて起きてしまったのかもしれない。目を閉じたまま問いかけてくるので、嘘を言ってもいいけれど素直に思っていたことを言うことにした。

「グレンさんって美人だなって思ってました」
「二十二年生きていて、何度言われたことか。俺は男なのに、男に声をかけられる方が多い」

 ため息交じりに言っているけれど、美人と言われることには慣れているらしい。まあ、その見た目じゃ当たり前だろう。
 シルビアさんは美人というよりも綺麗。女性だと見て分かるけれど、シルビアさんは少々筋肉質だ。それに比べてグレンさんはモデル体型。声を出さなければ、女性だと思ってしまうだろう。
 二人が並んでいたら思わず見惚れてしまうほどだ。

「そういえば、アイは俺たちがパーティから離れていた理由を知らないんだよな」
「知りません」
「同じパーティなのに、アイだけ知らないのは不公平だから話してやるよ」

 そう言ってグレンさんはソファから起き上がった。一度欠伸をしてから足をそろえて座る。
 そして、二人でどこに行っていたのかを話してくれた。

「俺とシルビアは、『黄金の輝き』というパーティに臨時メンバーとして加わってたんだ」

 そのパーティの名前は覚えている。現在の勇者パーティだ。『黄金の輝き』は五人構成のはずで、ゲームでは一度も臨時メンバーを加えることなんかなかった。
 けれど、二人を加えたということは何かがあったのだろう。ゲームとは違う、この世界での出来事が起こったに違いない。

「わざわざお二人が、ですか?」
「ああ。俺とシルビアはそのパーティリーダーとは友人でな。メンバーが怪我したからどうしても手伝ってくれと言われて、リカルドにも行っていいと言われたから行っていたんだ」

 メンバーが怪我をした場合、近くの宿に宿泊をして、回復を待つのが普通だろう。しかし、二人を呼んだということは、急ぎの依頼があったのかもしれない。
 臨時で知らない人を雇うより、信頼できる二人を呼ばなければいけないほどの内容だったのだろうか。

「リカルドだって、心配だったとは思うんだけどな」
「どういうことですか?」
「『黄金の輝き』のリーダーはマーキス・ラシュアン。リカルドの兄なんだ」

 思い出した。パパを倒す勇者は、リカルドのお兄さんだ。そして、そのお兄さんを倒すのが私。復讐をするのがリカルド。そんな未来にはさせないけれど。
 お兄さんのパーティメンバーが怪我をしたら、心配になって当然だろう。もしかすると、お兄さんだって怪我をしているかもしれないのだから。
 リカルド自身が呼ばれたわけではないので、行きたくても二人に任せたのだろう。

「あいつらは、魔王城に近い場所にいるんだ」

 もうそこまで近づいていることに驚いた。このままでは、パパは倒されてしまうかもしれない。
 でも、マーキスさんの仲間が怪我をしたのは魔族が原因かもしれない。魔王城に近いということは、すでに魔王領に入っているということになる。
 魔王軍が、防衛のために攻撃した可能性もあるのだ。
 そうだとしたら、先に攻撃をした魔族に攻撃を開始してもおかしな話ではない。

「安心しな。今のところ、あいつらも魔王城に乗り込もうとは考えていないから」
「どうしてですか?」
「魔王だって、自分の軍全員をまとめられているとは思えないからな。一人や二人くらい隠れて何かをしていてもおかしくはないと考えているんだ」

 グレンさんの言う通り、パパは自分の軍の中におかしな行動をしている人がいるのを知っていた。それが誰なのかを聞いても教えてはくれなかった。
 だから、もしかすると確証はないのかもしれない。
 それでも、パパは怪しんでいた。怪しまれるだけの行動をしていたのだろう。
 もしかすると、攻撃をしたのはそんな魔族なのかもしれない。

「俺たちは魔族領に生息するモンスター討伐の依頼の助っ人だから、魔族に関わるようなこともしてないし、怪我もモンスターが原因だから安心しな」

 魔族から攻撃されて怪我をしたわけじゃないことを教えられて少し安心した。
 それに、マーキスさんが思っていたより冷静に判断をしてくれる人だったことにも安心した。
 魔王は倒さなくてはいけないと考えている人だと思っていた。やはり、ゲームとこの世界では異なっている。同じ人のようで、同じ人ではない。だから、性格も考え方も違う。同じ人も中にはいるのだけれど。

「討伐数が多いということもあって、休憩とかも含めて十四日かかったけどな。報酬を貰って、そのあとに魔王城に向かったんだ」
「ママに会いにですか?」
「ああ。ベルに頼まれてな」

 どうしてベルさんに頼まれてママに会いに行ったのだろうか。ママとベルさんは知り合いということなのか。
 でも、ベルさんは私には何も言わなかったから、ママの娘だとは知らないのかもしれない。

「ベルは今は受付担当だが、元冒険者だ。その時所属していたパーティのリーダーがアンディだったんだ。会えないから近くに行くなら、様子を見て来てほしいと頼まれたんだ」

 そうだったんだ。ママが誰かとパーティを組んでいたなんて知らなかった。それがベルさんだったなんて。
 もしかすると、他にもパーティメンバーがいたのかもしれない。もしもいるのだとしたら、いつか会うこともあるかもしれない。

「魔王城には普通に正面から入れてもらえたから驚いた。まあ、シルビアが知り合いだからってこともあるけどな。数日、魔王城に宿泊させてもらったが、思っていた以上に居心地がよかった」

 その時のことを思い出しているのか、グレンさんの口元には笑みが浮かんでいる。
 魔族以外の人に、居心地がよかったと言ってもらえて少し嬉しかった。ママ以外に他の種族の人がいるのを見たことがなかったから、宿泊していたことを聞いて、居心地が悪いと言われたらどうしようかと少し思ってしまった。
 今後、他種族の人が魔王城に出入りすることがあるのかは分からない。それでも、いくつもの客室は存在している。
 魔族が他種族と仲良くなれば、王族の人が魔王城に宿泊することもあるかもしれない。いつか、そうなってくれればいいと思う。
 他種族と交流をして、魔族領内で生活している人たちにとってもいい刺激になってくれればいい。
 今すぐ訪れるはずのない出来事に期待してしまう。思わずそんな光景を想像して笑みがこぼれた。
 その時、突然誰かの視線を感じた。グレンさんのものではない。たしかにグレンさんは私を見ている。けれど、その視線は窓の外から。
 私が窓の外を見ると、グレンさんも同じように窓へと視線を向けた。

「どうした?」
「誰かの視線を感じたんだけど……」

 窓の外は木々が生い茂っているだけで、人のような姿は見当たらない。
 グレンさんが視線を向けてから、視線は感じない。それに、グレンさんは視線を感じていない様子だったので、見られていたのは私なのだろう。
 いったい誰が何のために私を見ていたのだろうか。もしかすると、村の人が魔族である私を警戒しているのかもしれない。そう思うことにした。
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