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第三章
第10話 待ってますから
しおりを挟む「ギルバーツさん、朝ですよ。起きてください!」
誰かがベッドに横になる俺を揺すっている。母さんかと思ったけれど、あの人は父さんと一緒にいつの間にか出て行ってしまっていた。だから違う。
けれど、声には聞き覚えがある。誰の声だっただろうか。
「ギルバーツさーん。朝ですよー」
「ん-」
さらに揺すっている人物を確認するため、頭まで被っていた布団から目元まで出すと、そこには1人の女性がいた。誰だっただろうか。
まだしっかりとめをさましていないので、誰かがわからなかった。ゆっくりとした動作で布団から右手を出して、彼女の頭の上に置いた。そして彼女が誰かを思い出した。
「ありがとう、ロベリア」
寝ぼけていてはっきりとしない言葉だったけれど、彼女にはしっかりと聞こえていたようだ。ゆっくりと顔を赤くする彼女にどうしたのかと思いながら頭を撫でる。
暫く赤い顔を眺めながら頭を撫でていると、頭が覚醒してこちらも顔が赤くなっていくのがわかる。ロベリアさんは彼女でもないのに、突然呼び捨てにされたら怒るだろう。
「ご、ごめんなさい! ロベリアさん! 寝ぼけていて!!」
勢いよく起き上がると、ベッドの上で土下座をする。呼び捨てだけではなく、頭まで撫でたのだ。彼氏でもない男性にそんなことはされたくないだろう。
「……ですから」
「え?」
小さく呟いた声は聞こえなかった。けれど、その声は怒っているようには聞こえなかった。
「怒ってないですから。それよりも、嬉しかったです」
なるほど。顔を赤くしていたのは怒っていたのではなくて、照れていただけなのか。まだ顔は赤いが、本当に嬉しかったようでロベリアさんは笑顔を浮かべていた。
顔を上げて顔が赤いロベリアさんを見つめていると、笑顔のままのロベリアさんと目が合った。何かを言おうと口を開きかけたが、先にロベリアさんが口を開いた。
「私は、あのとき言ったように貴方のことが好きなんです。だから、呼び捨てで名前を呼んでもらえることはとても嬉しいんですよ、ギル」
今度はこちらが赤面する番だった。両手で顔を覆い、俯いてロベリアさんに見られないようにする。ロベリアさんが言ったのはきっと、はじめて会った休憩室での言葉のことだろう。そして、俺は今気づいてしまった。
ロベリアさんのことが好きなんだと。
好きな人に呼び捨てで、愛称で呼んでもらえることがこんなにも嬉しいことだとは思ってもいなかった。そう呼んでくれた人はもういないのだから、喜びすら忘れていたのだ。
いや、1人だけいる。けれど、彼に呼ばれても嬉しいとは思ったことがない。
「ふふふ。朝食の準備して待ってますね」
いたずらが成功した少女のような顔をして、部屋を出て行こうとするロベリアさんの左手を思わず右手で掴んでしまった。
驚いているロベリアさんだったが、俺自身も驚いていた。どうして掴んでしまったのかと。けれど、どうして掴んでしまったのかなんてわかっている。このまま何も言わないのはおかしいと思い、ゆっくりと息を吸ってから口を開いた。
「あのときの……返答はもう少し待ってもらえるかな?」
どうやら緊張していたようで、少し声が震えてしまった。そのことにロベリアさんも気づいただろう。
「返答を、もらえるんですか?」
まさか、返答がもらえるとは思っていなかったのだろう。驚いていつもより大きく目を開いているロベリアさんに、俺は何も言わずに頷いた。
「返答をもらえるなら、いつまでも待ちます。どんな返答でも構いません。私は待ちます」
真剣な顔をして言うロベリアさんに、本当は今すぐにでも『好き』と伝えたかった。けれど、それはできない。
何故なら、国王は人族の女性が気になると言っていた。その女性をスワンさんに近々呼んでくれと頼んでいた。未婚の人族女性にはロベリアさんも含まれている。
もしもロベリアさんだったら、俺は国王から彼女を取ってはいけない。いや、取れはしないのだ。だから、確認してから告げようと思った。
「けれど、その……よければ、そのまま愛称で呼んでほしい」
ロベリアさんの手を離して言うと、彼女は小さく笑い頷いた。
「はい。それじゃあ、私のことも呼び捨てで呼んでください」
「ええ。よろこんで」
気持ちを伝えることはまだできないけれど、これだけは許してほしいと思って言った言葉に、ロベリアさんは――ロベリアはそう返した。
国王が気になった女性がロベリアでなければいいと、強く願った。もしもそうであれば、この想いを告げることはできないのだから。
「待ってますからね」
そう言って部屋を出て行ったロベリアは、返答を待っているのか、それとも部屋から出て朝食をとりにくるのを待っているのか。
どちらなのかはわからなかった。
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