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第三章

第01話 このままにしてはおけない

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 お昼ごろ、雲っていた空はいつの間にか雨が降り出していた。外が見えない場所で仕事をしていたため、いつ降り出したのかも知らない。朝の天気からも、雨が降るとは思ってもいなかったため傘を持って来ていない。
 大雨の通りを歩くのは傘をさした者達だけ。中には諦めて濡れたまま歩いている者もいるが、傘をさしていない者は走っている。鳥人族の中には自分の翼を傘代わりにしている者もいるが、水をはじくといっても時間の問題だ。
 俺は右の翼がないし、片翼だけでこの雨を防げるとも思えない。城を出る前に盛大に溜息を吐いた俺は、後ろからスワンさんに声をかけられて傘を渡された。
 城に常備されている安物の傘だが、一度も使ったことがない。傘を受け取り、使えるのかと傘を広げて穴がないことを確認するとスワンさんにお礼を言って帰路についた。
 横を走り去る者達によってズボンが汚れるが、地面に落ちて跳ね返った滴によってズボンが濡れてしまっているため、どうせ洗うのだからと気にすることもない。
 通りを歩いていて、ふと足を止めた。いつもなら通らない裏道へと視線を向けた。そこは、大通りとは違い、2人が擦れ違える程度の広さしかない。雨も降っているし、狭いのを我慢すればそこを通ったほうが早く帰宅できると考えたのだ。
 あまり長く雨の降る外にいると、風邪を引いてしまうかもしれない。そう思って、普段は通らない裏道へと足を向けた。もしかすると、何かを感じたのかもしれないとあとになって思う。
 傘が建物にぶつからないように、誰も歩いてこないのを確認して真ん中を歩く。屋根から雨だれが落ちてくるので、傘を閉じることはできない。
 全く人が通らないというわけでもないので、薄暗いだけでごみなども大通りと同じように落ちてはいない。ただ薄暗いためあまり通らないだけで、明るい昼間であれば散歩をしている者や、近道として利用している者は多い。夜などの暗い時間帯や天気によって人通りは少なくなるだけ。
 いくつか建物の間を通り抜けができるさらに細い道があったが、俺はこの道が途切れる場所が目的なので真っ直ぐ前を見つめて歩き続けた。
 裏道の半分まで来ただろ場所で、俺は思わず足を止めてしまった。この時間に、裏道に俺以外の誰かがいるのだ。絶対誰も通らないというわけではないので、おかしいことではないのだが、様子からおかしいと思った。そこにいた2人は通路を塞ぐようにして立っているが、向いている方向は建物の壁だ。2人は男性の獣人族のようで、何か苛立っているようだ。
 彼らの視線は僅かに下を向いている。いったい何を見ているのかと思い、壁に背中を預けて座り込んでいる存在を見た瞬間、俺は早足で2人へと近づいた。
 近づくと徐々に声が聞こえてくる。その声は座り込んでいる者の声ではなく、立っている2人のものだということがわかる。
「だから、少し遊んでくれたらいいんだって」
「俺達だって、汚れた服の弁償代は欲しいけどよ、代わりに遊んでくれたら許してやるって言ってるんだよ」
 どうやら、彼らの服が汚れてしまったらしい。そのため苛ついているようだ。これだけの雨だ。歩いているだけでも汚れるだろう。
 しかし、話しているのは彼らだけ。座り込んでいる者は一言も発していない。それに、服の弁償代よりも遊ぶ代金のほうが高くつくだろう。彼らの言う遊びは普通ではないだろうから。
「何を揉めてるんだ?」
「あ? このねーちゃんが足伸ばして座り込んでるから、躓いてねーちゃんの靴の泥がズボンについちまったんだよ!」
「弁償より、遊んでくれたほうが安いだろ」
 いつもより少し低い声で問いかけると、2人はこちらを見ることなく口を開いた。その口元には笑みが浮かんでいるので、わかって言っているのだろう。
「ってか、誰が喋ってんだ? 誰もいないぞ?」
 1人がこちらへと視線を向けるが、どうやら暗くて俺の姿がよく見えないらしい。それもそうだろう。ただでさえ薄暗い裏道は、雨が降っているためいつもより暗い。目も黒く、国王騎士の服も紺色のため融け込んでしまってわからないのだろう。
 もう1人もこちらを見て、首を傾げた。そして、視線を下にさげて漸く気がついたようだ。靴には白いラインが入っているため、薄暗くても見える。
 ゆっくりと視線を上げたと同時に、稲光が走り辺りが一瞬だけ明るくなった。気がついていなかった者も、明るくなったため俺の存在に気がついたようだ。靴に気がついて視線を上げた男性と目が合う。
 何故だか、彼は目を見開いて体を震わせていた。雨に濡れて寒いのかと考えたが、すぐに違うと気づいた。もう1人も同じように震えだしたのだ。
 ――ああ、俺を見て恐怖しているのか。
 今俺がどんな顔をしているのかはわからない。鏡でも差し出してくれたらわかるのだが、この2人が持っているはずもそんな行動をするはずもない。
「こ、国王騎士の……カラス……」
 声までも震えて哀れだ。俺は今は何もしないというのに。そう、今は。このまま2人が何かを言ったらどうなるかは俺自身でもわからない。
 べつに睨みつけているつもりもないが、交互に2人へと視線を向けると小さな悲鳴を上げて後退りをすると、振り返って走って立ち去ってしまった。
 服の弁償代はいらないのかと思ったが、あれだけ走れば汚れは酷くなるだろうからいらないのだろう。まあ、彼らのことはどうでもいい。それよりも、さっきから顔を上げない座り込んでいる者が気になって仕方がない。
 座り込んでいる者の前まで歩いて行き膝が汚れることも気にせずに、右膝をついて濡れないように傘を差しだす。顔を上げないため、傘を受け取りはしないがこれ以上濡れることはない。
 見た感じは怪我をしていないようだけれど、全身ずぶ濡れだ。今更傘をさしても意味がないだろうが、ささないのは気分がよくない。このままでは風邪を引いてしまうし、放っておくことはできない。
「大丈夫ですか、ロベリアさん」
 意識を失っているわけではないようで、声をかけるとゆっくりと顔を上げた。もしかすると、知らない者から声をかけられていたから反応をしなかったのかもしれない。
 たとえそうだったとしても、どうしてロベリアさんはここに1人で座り込んでいるのだろうか。どう見ても用事があってここに来たわけではないということがわかる。
「ギルバーツ……さん?」
 どうしてここにいるのかと問いかけるような顔をしているロベリアさんを見て、それは俺が問いたいと思った。
「ロベリアさん、このままでは風邪を引いてしまいますよ。送りますから自宅に……」
 続きを発することができなかった。何故なら、ロベリアさんが傘を差しだしている手を掴んだからだ。自宅に送られることが嫌なのかと思い、べつの提案をすることにした。
「それなら、ロベリアさんの友人の家にでも……」
「私のことを友人と思っている人はいないわ」
 小さな声だったけど、しっかりと聞き取ることができた。その言葉は聞き覚えのあるものだった。あの少女も同じ言葉を口にしていた。
「でも、1人だけいるの。……べつの街に住んでいるけれど」
 そう言ったロベリアさんは少しだけ微笑んでいた。自暴自棄になっているわけでもなく、友人という存在を思い浮かべて微笑んだだけのようだ。
 何か理由があって自宅に帰宅したくはなく、唯一いる友人はこの街には住んでいないという。それならばここに置いて行くわけにはいかない。
「取り敢えず、ここに置いてはいけない。俺の家に行こう。少し歩くけれど、このままじゃ風邪を引く」
「ギルバーツさんの……家?」
 寒いのだろう。わずかに震えている。やはりこのままにしてはおけない。もしも嫌がるのなら、無理矢理にでも連れて行こうと考えた。
 けれど、そんな心配はなかった。彼女は俺の手を掴んだままゆっくりと立ち上がった。どうしてここにいるのか、自宅に帰りたくないのかは無理に聞く必要もないと考え、これ以上ロベリアさんが濡れないように傘をさしながら、俺の自宅へと向かって歩き出した。









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