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第二章

第07話 約束

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 先日クッキーを作り、現在私はお昼を食べて母様と出かけていた。父様も食事が終わったらまた仕事に出かけてしまった。2日連続で出かけるのはとても珍しく私は驚いてしまった。
 父様がいても、母様と一緒なら外に行っても大丈夫だろうと思っていた。でも、出かけたのなら気にすることはない。
 母様が欲しいものがあるというから、私もついて来たのだ。もちろん、クッキーを持って。ラッピングは昨日のうちにしておいた。その様子を母様は微笑みながら黙って見ていた。
 落とさないように大事にバッグに入れて、現在は持ち歩いている。周りを見回すけれど、ギルバーツさんは見当たらない。
 今更気がついたけれど、この街には彼のように黒い鳥人族が見当たらない。だから、もしも彼がいたらすぐに気づく事ができる。けれど、どうして彼以外に黒い鳥人族がいないのか。もしかすると、彼の右の翼が無いことに何か関係しているのだろうか。
 そう思っても、私にわかるはずもない。ただ、今更ながらに疑問に思ってしまっただけ。
 母様は街で出会う知人と挨拶をしていく。私はよく知らなくても、しっかりと挨拶をする。相手は私を知っていて嫌がるかもしれないけれど、元々挨拶だけはしっかりとする。挨拶だけでも、印象は変わるもの。
 実際私が挨拶をしたら相手は驚いていた。もしかすると、挨拶すらしないのだと思っていたのかもしれない。
 数人が同じ反応をしてきたので、『悪役令嬢』と呼ばれていればそういうものなのだろう。
 そう言えば、ギルバーツさんは私が『悪役令嬢』と呼ばれていることを知っているのだろう。何も言ってはいなかったけれど、知っていると思う。何度も会うのであれば、私が『悪役令嬢』と呼ばれるようになった理由をそのうち話さなくてはいけない。
 隠したままではいけないだろう。それに、誤解されたままではいたくない。『悪役令嬢』は響きからもあまりいいイメージがないのだから。
「探している男性はいたかしら?」
「いいえ。見当たらない」
 母様が知人と別れると、私にそう問いかけてきた。きょろきょろしてはいなかったけれど、誰かを探していることには気づいていたようだ。
 探しているのはクッキーを渡そうと思っている男性だということも母様は気がついているに違いない。
 時間的にも、昨日ギルバーツさんと会った時間に近い。今日の休憩時間も同じであれば、ギルバーツさんはまた女性を探しているかもしれない。そうしたら会えるかもしれない。そう思ったのだけれど、会うことは難しいのかもしれない。
 半分諦めて、母様の用事をすましてしまおうと気持ちを切り替えることにした。母様の用事は、お菓子作りの材料を購入すること。
 メイド達に言っても買ってもらえるのだけれど、自分の目で見て買いたいのだという。昨日作ったクッキーが、メイドや執事にも好評だったため、お菓子作りが再熱してしまったようだ。
 また母様のお菓子が食べられるのは正直嬉しい。メイド達の作るお菓子も、市販のお菓子も美味しいけれど、子供のころに食べていた母様のお菓子はやはりべつなのだ。それに、今では私も少しだけれど手伝うことができる。
 次は何を作ろうと考えているのかはわからないし、これから購入する材料を見てもわからないだろうと思う。それでも、今から母様のお菓子が楽しみで仕方がない。
「あ……」
 そう考えていると、視界の端に私にとっては見慣れた姿が目に入った。擦れ違う様に歩いていたためか、相手も私に気がついたようだ。
「こんにちは、ロベリアさん」
「こんにちは、ギルバーツさん」
 お互いに擦れ違う前に立ち止まり挨拶をする。まさか本当に会えるとは思っていなかったから、嬉しい。母様は彼が会いたいと思っていた男性だと気がついたようで、何も言わず微笑んで見守っていた。
 ギルバーツさんが、母様に挨拶をしているのを見て、私は忘れないうちにバッグからクッキーを取り出した。
「あの、ギルバーツさん。これ、受け取ってもらえますか?」
「え? クッキーを私に?」
 母様がそばにいるからだろう。一人称が変わっているギルバーツさんはそう言うと、右手を口元に持って行き僅かに顔を右へと向けた。
 嫌だったのかと思ったけれど、そうではないとすぐに気がついた。照れているのだ。わかりにくいけれど、いつもより頬が赤くなっている。まさかそんな顔をされるとは思っていなかったから驚いてしまった。
「ありがとうございます。とても、嬉しいです」
 照れながら、本当に嬉しそうな顔をしてギルバーツさんはクッキーを受けとってくれた。もしも受け取ってくれなかったらと考えてもいたので、とても安心した。
「私は誰かに何かを貰うという経験がないので……とても嬉しいです」
「じゃあ、私が初めてなんですね」
 頬を赤らめたまま言う彼に、私も嬉しくなった。初めてクッキーをプレゼントした女性のことをギルバーツさんは忘れないだろう。
 たとえ、私のことを好きにならなくても忘れはしない。そう思うと、少し満足できた。少しだけ。
「そうだ、ギルバーツさん。明日も来ますか?」
「明日ですか? 明日はお昼ころが休憩時間ですので、お昼を食べに来ますよ」
「それなら、明日……私がお昼を作って持って行きます!」
 私の言葉にギルバーツさんだけではなく、母様までもが驚いていた。もちろん、私も驚いた。あのときと同じように口にしてしまったのだ。
「では、明日お昼ころに昨日別れた広場で会うのはいかがでしょうか?」
「はい、ではまたそのときに」
 ギルバーツさん自ら、場所の指定をしてくれたので私は頷いた。もう休憩時間が終わりだと、ギルバーツさんが向かう方向で気づいていた。ギルバーツさんは「では、明日またお会いしましょう」というと母様と私に頭を下げて立ち去って行った。
 また明日会えるという嬉しさと同時に、私はどうしようかと思った。会う約束をしたことはとても嬉しい。嬉しくて、顔に出てしまうほどに。ギルバーツさんの姿が見えなくなるまで見送ると、私は母様を見て口を開いた。
「どうしよう、母様」
「貴方は、考えなしのところがあるからね」
 呆れながら言う母様に、最近よくわかると思った。考えなしに口走ってしまうのだから。私が言ったどうしようという意味を母様は理解している。
 それでも、母様は「明日、手伝ってあげるから安心しなさい」と言ってくれた。
「貴方が好きなのは、ギルバーツさんだったのね」
「……反対?」
「どうして? 私は応援しているわよ。ロベリアの人生だもの。父様なんか気にしなくていいのよ」
 そう言って背中を軽くたたくと母様は歩き出した。母様の言葉に私は頷くと、後ろに続いた。きっとこれから、母様の欲しいものと明日のための材料を購入することになるのだろう。
 ギルバーツさんに美味しいと言ってもらえるかはわからないけれど、作ると言ったのだから頑張ろうと決めた。作っているとき、父様に見つからなければいい。そう思った。









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