上 下
14 / 61
第二章

第06話 クッキー

しおりを挟む






 父様が帰宅する前に、無事帰ってくることができた。
 手洗いうがいをすませて、自室に戻る。本を見つけることはできなかったけれど、ギルバーツさんと少しの間一緒に過ごせたことは嬉しかった。
 満足した私は、どうせ頭に入って来ることはないとわかっていながらも椅子に座り本を読むことにした。今回は偶然ギルバーツさんと会ったけれど、次もしも会うことがあったら会う約束をしてみるのもいいかもしれない。
 会うことがあるのかはわからないけれど、また偶然を期待しても構わないと思う。正直なところ、偶然があってほしいと願うしかない。
 国王騎士は休みがないほど忙しいと聞いたこともある。きっとギルバーツさんも忙しい。だから、偶然じゃないと会えない。会うには休憩時間と重ならなくてはいけないだろうけれど。
「また、会いたいな……」
 そう呟いて、先ほどまで読んでいたページを開いた。内容は頭には入っていなくとも、読んでいたページは覚えていた。
 夕食に呼ばれるまで本を読んでいようと思い、文字を追って行く。先ほどのことを少しだけ思い出したけれど、それからは本に集中してしまった。これから私が好きなシーンだったから。
 黙々と本を読んで1時間くらいたったころ、扉がノックされて母様が入って来た。珍しく、手には小皿を持っている。本を閉じて机に置いて振り返った私を見て母様は微笑んだ。
「外はどうだった?」
「うん、楽しかったよ」
「あら、嬉しそうね。何かいいことでもあった?」
「まあね。ところで、それは?」
 母様はよく私を見ている。だからわずかな変化にも気づく事ができるのだ。顔には出していないつもりだったけれど、どうやら気づかれてしまったようだ。
 よく私を見ているにしても、気づくのは正直凄いと思う。私が母親だったとして、自分の子供のわずかな変化に気づけるかと言われたら無理だろう。
 けれど、その理由には答えることなく私は手にしている小皿に首を傾げて問いかけた。ワイナが何かを持ってくることはよくあるけど、母様が持ってくるのは珍しい。
「久しぶりに作ってみたの」
 そう言って机に置いた小皿にはクッキーが乗っていた。母様は昔、よくクッキーを作っていた。けれど、最近はあまり作ることはなくなっていた。理由はわからないけれど、もしかするとメイド達がいるのに作るなと父様に言われたのかもしれない。
 1枚を手に取り、一口齧る。とても美味しいそれは、久しぶりに食べた。変わることのない味に私はあることを思いついた。
「ねえ、母様。私もクッキーを作りたい!」
「あらあら。構わないわよ。好きな男性ができたのね」
 その言葉には答えることはなかった。母様は反対しないだろうけれど、誰が好きなのかはまだ伝えるつもりもない。
 母様もとくに聞いてこないから、言わなくてもいいのだろう。
「材料もあるし、30分程度で作れるから今から作りましょうか」
 母様も自分が作ったクッキーを食べてそう言った。すぐに作れるのなら、父様が帰って来る前に作ってしまいたい。
 嬉しそうに言った母様の言葉に私は頷いた。もしも明日父様が出かけるのなら、クッキーを持って出かけるのもいい。もしかするとギルバーツさんに会えるかもしれない。彼は探している女性がいるのだから、今日と同じくらいの時間に出掛ければいる可能性がある。
 クッキーは受け取ってもらえないかもしれないけれど、持って行ってみるのもいい。できれば受け取ってもらいたい。けれど、あまり知らない女性からは受け取りたくはないだろう。
 クッキーを全て食べ終えて、小皿を手にして椅子から立ち上がると母様と一緒に部屋から出た。向かうのはキッチン。
 クッキーを作ったことはないけれど、母様が教えてくれるのなら大丈夫だろう。そう思いながら、私はキッチンの扉を開いた。









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる

夏菜しの
恋愛
 十七歳の時、生涯初めての恋をした。  燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。  しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。  あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。  気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。  コンコン。  今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。  さてと、どうしようかしら? ※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。

ヤンデレ悪役令嬢は僕の婚約者です。少しも病んでないけれど。

霜月零
恋愛
「うげっ?!」  第6王子たる僕は、ミーヤ=ダーネスト公爵令嬢を見た瞬間、王子らしからぬ悲鳴を上げてしまいました。  だって、彼女は、ヤンデレ悪役令嬢なんです!  どうして思いだしたのが僕のほうなんでしょう。  普通、こうゆう時に前世を思い出すのは、悪役令嬢ではないのですか?  でも僕が思い出してしまったからには、全力で逃げます。  だって、僕、ヤンデレ悪役令嬢に将来刺されるルペストリス王子なんです。  逃げないと、死んじゃいます。  でも……。    ミーヤ公爵令嬢、とっても、かわいくないですか?  これは、ヤンデレ悪役令嬢から逃げきるつもりで、いつの間にかでれでれになってしまった僕のお話です。 ※完結まで執筆済み。連日更新となります。 他サイトでも公開中です。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。

ふまさ
恋愛
 いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。 「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」 「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」  ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。  ──対して。  傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。

来世はあなたと結ばれませんように【再掲載】

倉世モナカ
恋愛
病弱だった私のために毎日昼夜問わず看病してくれた夫が過労により先に他界。私のせいで死んでしまった夫。来世は私なんかよりもっと素敵な女性と結ばれてほしい。それから私も後を追うようにこの世を去った。  時は来世に代わり、私は城に仕えるメイド、夫はそこに住んでいる王子へと転生していた。前世の記憶を持っている私は、夫だった王子と距離をとっていたが、あれよあれという間に彼が私に近づいてくる。それでも私はあなたとは結ばれませんから! 再投稿です。ご迷惑おかけします。 この作品は、カクヨム、小説家になろうにも掲載中。

処理中です...