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キリヒト様
キリヒト様3
しおりを挟む今日は郁が遅刻ギリギリに登校してきたから、『キリヒト様』について聞くことができなかった。休み時間に聞くことはできたけれど、ゆっくりと聞いていたかったからお昼休みまで待っていた。
郁はいつも購買でお弁当を頼んでいるので、食べてから教室に戻ってくる。その頃には私もお弁当を食べ終わっているので、『キリヒト様』についてゆっくり話をすることができる。
「郁は『キリヒト様』の噂をどこで聞いたの?」
「何処でかは忘れたけれど、話しているのを聞いたんだよ。この噂、昔からあるみたいだよ」
「昔から? それじゃあ、最近願いを叶えてもらった人はいないの?」
「どうだろう? それは分からないかな。私は叶えてもらいたい願いもないから試してないし」
そうだろうと思った。郁が綺麗になりたいと言っているところに遭遇したことは一度もない。願いはあるかもしれないけれど、『キリヒト様』に叶えてもらうような内容ではないのだろう。
叶えてもらったと言う話しを聞かないのは、まだ試した人がいないのだろう。試さないのが一番だ。願いを叶えてはくれないのだから。
「奏ちゃんは、『キリヒト様』にお願いした?」
「実は、お願いしてないの」
「そうだろうと思った。代わりにお願いしておいたよ」
「え?」
今郁は何と言っただろうか。代わりにお願いをしたと言ったように聞こえたけれど、そんなことができるのだろうか。
そんなことをしたら、私ではなく郁の所に『キリヒト様』が来るのではないのだろうか。
私は郁とリカとジューダスに聞いたことしか『キリヒト様』については知らない。自分でお願いをしなくても、他の人が代わりに願うことなんかできるのだろうか。
「それじゃあ、郁の所に来るんじゃないの?」
「来ないよ。だって、『一条奏の足を細く綺麗にしてあげてください』ってお願いしたんだもん」
そうすると、名前の人の所に『キリヒト様』が行くのだと続けた郁に、私は顔が青ざめていくのが分かった。
私の元に『キリヒト様』が来る。それがどういうことなのかを理解してしまった。今日、私は『キリヒト様』に殺されてしまう。そんなのは嫌だった。
でも、郁に話すことはできなかった。願いを叶えてくれるのではないと言えればよかったけれど、自分の身に降りかかるだろう恐怖に声が出なかった。
「私ね、昨日『キリヒト様』にお願いしたんだ」
「私も」
窓際で話をしていたクラスメイトの声が聞こえてきた。昨日願いをしたと言う2人は、『キリヒト様』が現れることを楽しみにしているようだ。
けれど、彼が現れるということは殺されてしまうということ。それを知らない2人は無邪気に笑い合っている。
「楽しみだね」
「そう……だね」
郁は知らないのだ。だから仕方がない。彼女の所為で私が死ぬかもしれないのに、知らないからと責めることはできなかった。
私は会わないといけない。「何かあったらいつでも来なさい」と言ったリカに。彼女ならどうにかしてくれるかもしれない。できないとしても対処方法は分かるかもしれない。
その時にクラスメイトを助けることもできればいいのだけれど、それは分からない。
取り敢えず学校が終わったら神社に向かわないといけない。郁が何かを話していたけれど、その内容は全く頭に入らなかった。
*****
今日は掃除当番ではない。だから私は急いで学校を出た。
普段走って帰ることはなかったけれど、どうしてもリカに話を聞いてもらいたかった。解決方法が分かるのなら、教えてもらいたかった。
石階段の右端を上り、拝殿の横を通って裏のけもの道へと進む。息を切らしながら休むことなく凸凹した道を早足で進み、見えてきた平屋の建物に歩く速度を落とした。
一度大きく息を吐いて、引き戸を開こうと手を伸ばした。けれど先に内側から引き戸が開いた。
「あら、驚いた」
「こんにちは」
驚いたのは私も同じ。どこかに行こうとしていたようだったけれど、リカは私の姿を見るとすぐに引き返した。
「どうぞ、上がって。何かあったのでしょう?」
そう言ってリビングへと向かって行くリカに、靴を脱いで揃えてからついて行く。
昨日来たばかりだから廊下を真っ直ぐ進むだけでリビングにつくと分かっている。昨日とあまり変わらない時間だから今日もジューダスは布団の中だろう。そう予想した通り、リビングに着くと隣の暗い部屋には布団が敷かれており、ジューダスが横になっていた。
先にリビングについていたリカは昨日と同じ場所に座っていた。私の姿を確認したリカは座る様に促してきたので、昨日と同じ場所に座った。
「それでどうしたの? 息を切らしてここに来るなんて」
「友達が……私が願わないだろうから代わりに願ったって言うんです。『一条奏の足を細く綺麗にしてあげてください』ってお願いしたって……それって私の元に『キリヒト様』が来ることになるんですか?」
俯いて言っていたのでリカの顔を見てはいなかった。だから顔を上げた時に、悲しそうな顔をしているリカには驚いた。どうしてそんな顔をしているのだろうか。
私が声をかけると、ゆっくりと瞬きをして大きく息を吐いてから彼女は言葉を発した。
「それは、貴方の元に来るわ」
「そんな。どうしたらいいんですか?」
「どうすることもできないわ」
悲しそうな顔のままどういうリカに、私は何も言うことができなかった。何もできなということは、私は死ぬしかないということだから。
そうなってしまうと、私は家族に哀しみを味わわせなくてはいけなくなる。6年前同じ哀しみを。
それだけは、絶対に嫌だ。
けれど、それを避ける方法がない。リカは「何かあったらいつでも来なさい」と言っただけで、こうなるとは思っていなかっただろう。
もしかするともう二度と会うこともないと思っていたかもしれない。
どうにかしてくれるかもしれないと、どうして思ったのか。『キリヒト様』の噂を知っているだけの、私と同じ人間だというのに。
このままだと『キリヒト様』に殺されてしまう。それが分かっていても、私はそれを「はい、そうですか」と受け入れることなんてできない。
「塩とかお札で撃退できないかな?」
「無理だな」
誰に言うでもなく呟いた声にそう返したのはジューダスだった。布団に横になったまま私を見ている彼は、一度リカの様子を見てから問いかけてきた。
「死ぬつもりはないんだな」
「当たり前です」
「今日、何か用事はあるか?」
「塾があります。10時頃に帰れるとは思います」
「そうか。なら、助けてやるよ」
「ジューダス……」
楽しそうに口元に笑みを浮かべて言うジューダスに、リカが何か言いたそうに名前を呼んだ。けれど何も言うことはなかった。代わりにため息を吐いただけ。
2人のやり取りを見て、ジューダスには私を助けることができるのだと理解した。しかし、リカはできないと言っていた。
どうやって助けてくれるのかと問いかけても、ジューダスは答えてはくれない。その代り、少し悲しそうな顔をした。それは、先ほどのリカとは少し違う表情に見えた。
「『キリヒト様』が出たあとは任せろ。ただ、助けられないこともあるってことは覚えとけ」
「わかりました」
絶対はないということなのだろう。助けてはくれるけれど、場合によっては助けられない。それは人を助ける仕事をしている母からよく聞いていたから分かる。
どんなに頑張っても、治しても、数時間後には息を引き取る人もいると悲しそうな顔をして何度も聞かされたことがある。
だから、助けてくれると言う言葉だけでも私にとっては有難かった。助からないと言う可能性の中に、少しでも助かると言う希望ができたのだから。
「そう言えば、クラスメイトが『キリヒト様』にお願いをしたと言っていたんですけど、複数の人が願っても『キリヒト様』は現れるんですか?」
「『キリヒト様』は人間じゃないから、同時に複数人の元に現れることもできるのよ」
その言葉に、今日『キリヒト様』に私があった時、他の人も会うことになるのだと理解した。
「だからこそ、助けられないこともあるってことは覚えとけよ」
同じことをもう一度言うジューダスの顔は真剣だった。
この時の私は、この言葉の意味がよく分かっていなかった。
ただ、ジューダスが助ける方法を知っていても助けられない可能性もあるだけだと思っていた。
「それじゃあ、失礼しますね」
「ええ。気をつけてね」
「塩もお札も意味ないからな」
先ほどの言葉を聞いていたジューダスが口元に笑みを浮かべながら言うものだから、私は笑い返して手を振って玄関へと向かった。
後ろからは誰もついてくることはなかったけれど、小さな声で「本当に気をつけてね」というリカの言葉が耳に届いた。
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