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第二章 勇者降臨

第七十一話 勇者という存在

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人は無力故になにもしないという。
それはきっと、当たり前だ。
無力な人間がなにかをやるというのは、トップアスリートでもないのに素人同然の高校生をオリンピックに出すとか、そう言うものの類いだ。
だからこそ、人は努力する。
才能を磨き、経験を重ねて反省し、僅かな運を乗り越えて結果に導かれる。

でも私は、そうしなかった。

どうしてなのか?
答えは簡単、私は弱者だったからだ。
弱い人間は如何なる才能も陳腐にさせる。
経験を軽んじて反省などするわけがない。
そのくせ何時も運試しで生きていて、もう救いようがない。

弱者は強者に踏み潰され、あるいはその庇護を受けて、生存を容認されるべきなんだ。
そうして弱者は卑怯ものへと変貌する。
自分が悪いんじゃない。
周りが悪い。
絶対にそうで、それ以外ありえないと。
何度も自分に言い聞かせて、いつしか、本当にそうであると思い込むようになる。

更に滑稽なのは、強い存在にたいして媚びへつらうことだ。
自分に出来ないことをやるだけやらせて、自分は何にもしないし、支払わない。
利益を掠めとり、私腹を肥やす。

そしていつか、それが出来なくなる状況に至ると、逃げ出す。
すこしでも危なくなったり、上手く行かなくなると、そうする。
何度も、何度でも。

何時しか、卑怯ものと呼ばれても、何にも思わなくなって。

どこかで、ひとりぼっちで死ぬんだ。

それがお似合いだ。

私は卑怯な弱者だから、ひとりで死ぬべきなのかもしれない。
死ぬことを怖がり、どこまでも死にやすい環境に逃げる馬鹿として。

____わ、私は、なにも知りません。

そう、あのときと同じように。
私は卑怯で弱いから、アギトを助けなかった。

____草薙くんのことなんか知りません! 私は、関係ありません!!

助かりたいから、アギトを庇うこともしなかった。
あんなに血塗れになって、必死に助けてくれた人を、私は身の保身のために売り飛ばすようなことをした。

____「でも本当によかったよねー。草薙くんのお陰であたしらおとがめ無しだよ。これも全部陽菜野のお陰だねー」
____「そうそう。当人だってきっと望んだことだよ。聞いたでしょ、朝霧に手を出すなっ! てさぁ!」
____「キャハハ!! ヒーロー気取って格好をつけたがる男の子は、利用しやすくていいよねー!」

____そうだよ。別に、ただの幼馴染なのに、なに格好つけようってしてるんだか。

グループから弾かれたくないから、恩人の彼を貶めた。
とても嬉しかったのに、嘘をついて自分を守った。

____剣道の大会に、もう出られない?

____「そうなんだよ。だから草薙の奴は部室にいないよ。というか、朝霧さんあいつと家隣なんでしょ? 用があるなら直接行った方が」

____そんなの、出来るわけがない。

謝ろうとしても、勇気が出ないから、色んな理由をつけて仕方ないからと言い訳した。

____「草薙って、なんだか怖いよなぁ」
____「前から無口でなに考えているかわかんなかったし……その上あれだからな」
____「高校生の不良までボコボコにしたんだって」
____「再起不能らしいよ」
____「まじかよ」
____「一歩間違えれば、人殺しか」

____「なんであんなことしたんだろうな」
____「当人から聞いたんだけど、あの不良グループが前から気にくわなかったんだってさ」
____「本当か? てか、なにが気にくわなかったんだろうな?」
____「理由なんてどうでもいいよ。そんな事が出来るような奴ってだけで危険人物さ」

____「目をつけられたら殺されるんだって」
____「やべぇよ目付き。もう人殺してんじゃね?」
____「いやだなぁ、今度グループ実習するんだよあいつと」
____「まじでふざけんなよって感じだよなぁ」

____「いっそのこと、死んでくれていれば良かったのに」


どんなことを言われていたのか、私は知っている。
けど、怖いから知らないふりをした。
アギトはとても傷付いた筈なのに、なんにも気にしなかった。
私は、卑怯な弱者で。
彼は、勇敢な強者だ。

~~~~~~~

「朝霧、大丈夫か?」

「…………」

「いいか、お前はなんにも知らないふりをしろ」

「…………え?」

「こんなのに巻き込まれた、なんてこと学校にばれたら推薦消えるだろ。そんなのお前の人生に悪いに決まってる。だから、なにも知らないふりをするんだ」

「で、でも、それだと草薙くんがっ!」

「俺なら大丈夫だ。ほら、俺馬鹿だから。教師も警察もすぐ俺のせいにしてくれる」

「…………」

「大丈夫だから行け。友達が待ってんだろ。問題ない。俺がちゃんと守るよ”ヒナ”」

~~~~~~~

私は、草薙アギトを見捨てた。
そうしろと言われたから、自分の大切な推薦を守るために。
何よりも、怖くてしょうがなかったからそうした。
廃工場での暴力事件。
火災まで起きてしまった問題を、彼に全て擦り付けて。私は逃げたのだ。


@@@@@@


月夜が見える丘の上。
そこに陽菜野は降り立った。
何処なのかは解らないが、見晴らしはいい。
膝を抱えるように座り込むと、様々な感情がせめぎたてて、咽び泣く。

これでよい。
自分のような無知蒙昧な女が、アギトに相応しくない。
自分のような争いの元凶となる女が、あのパーティにこれ以上関わってはいけない。

「おや、ようやく来たのかい」

やってくる、というより予定していた場所へ先についていたもの達が現れる。
フィオナと晴彦だ。

「勇者になる決意はした?」

「そんなものになるつもりはない」

涙を袖で拭い、立ち上がる。
杖を手にして、どの様なことが起きてもいいようにする。

「………………なんとなく、解ったんだけど」

「なにが?」

「勇者って、なんなのか」

「へえ」

「………………この世界の日常を変化させられるほどの力、そして」

「そして?」

陽菜野が振り返る。
自分と同じ存在を、自分もろとも見下すように。

「どうしようもないほど弱い存在」

フィオナはそれを聞くと、微笑み続けながら頷いた。

「そうさ。ボクらは、どうしようも弱者なんだ」

掌を上空へかざし、届く筈のない月に合わせる。

「だから、勇者になったんだよ」
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