追放された荷物持ち~魔法は使えないけど、最強剣術で冒険者SSSランク!?完全回復魔法が使える幼馴染は一緒についてきてくれるそうです~

柳原猫乃助

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第二章 勇者降臨

第七十話 逃避したい

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エドモの、なんとなくな一言が、冒険者達の視線を陽菜野へと向けられる。
びくついた少女を、アギトが庇うように立ち塞がった。
ギラつかせる灰色の瞳には、しかし、この若い冒険者には伝わらなかった。

「だ、だってあいつ、完全回復魔法っていうのが使えるんだろ? それさえをあればもっと助けられたんじゃないのか?」

「ヒナノが到着したときにはもう、後の祭りだったんだ。それに、こいつはモンスター・スタンピードの方で活躍したんだろ」

「で、でもそんな能力があるやつが、どうしてランクが低いんだ」

「ランクは信用度合いを指し示したもんだ。強いから高いランクが与えられるもんじゃない」

セシルの言葉はすべて正しかった。
しかしすべての正論が通るほど、コミュニケーションは楽じゃないし、人の心はもっとどす黒いものである。

「ヒナノが高ランクだったら、高位冒険者がもっと助かったんだ」

「力の持ち腐れってことか?」

疑念のようなものが渦巻き、それは実態を持たない悪意となる。
不安を解消するためだけに。
ブリッツが叫んだ。

「ふざけんじゃねぇぞ!! ヒナ助のやつの何が悪いんだよ!! それにここにいる連中には、助けてもらった奴もいるんじゃねぇのか! 恩を仇で返そうってのか!!」

静まり返る一同。
セシルはため息をついて、仕方なく導く。

「ブリッツの言うとおりだ。実際、あの場にいて本当にどうなっていたかなんてのは解んないし、それにモンスター・スタンピードにヒナがいなければ、被害はもっとあったかもしれん。一概には決めるような話でもねぇのに、決めつけでこれ以上のたまうなら……とっととデリアドから失せろ」

冒険者達は視線を交わし、とりあえず下らない鬱憤ばらしを止めるよう心掛けた。

それからは特にこれと言った、重要な話はなく、セシルからの事後報告のような物が終わった。
続いてやってきたのは、光勇者であるフィオナである。

「えー、冒険者協会の皆さんにお伝えすることは、とりあえず洞窟の捜索は終わったということです。あとは勇者協会の機密に当たるので話せません。以上です」

その言葉に不満が出るのは当たり前だった。
言い切るのと皮切りに冒険者達の抗議が沸き上がる。

「ふざけるな!!」
「きちんと説明しろ勇者!!」

それに対して応えるつもりがないのか。
フィオナは頭を下げると、後をパーティメンバーである男達に任せて退散していく。
周囲からの野次は止まらないが、お構い無しだ。

残った勇者パーティメンバーも、返答は。

「知りません」
「聞き及んでおりません」

というものだけ。
共同歩調など取るつもりがない。
そういう明確な意志とも思える態度で、ティーシャと数名のギルド職員は、内心様々な文句を抱きながら冒険者達の怒りになだめていく。

「冒険者協会としては現在、本部に状況報告と救援要請を行っています。皆さんも冒険者として冷静な気持ちを」

…………話題が流れたことで、注目を霧散してもらった陽菜野は、アギトの袖を引く。
無言で、俯いたままだが、その意味は移動以外の何物でもない。

受け入れるように、アギトは陽菜野の手を引いてギルドから出た。


@@@@@@


ギルドからの帰路。
アギトは陽菜野の手を握りしめていた。
なにか声をかけるべきかと思うが、彼には思い付く言葉がなかった。
そして、彼女も、今言葉を投げ掛けられたくなかった。
中央道は人々が行き交い、夕暮れ前の光景が広がっている。
通りすぎた主婦をみて、夕食のことを考えたが、外食の気分ではない。

陽菜野はアギトに顔を見せてくれない。
泣いてしまい、表情が崩れてしまっているから。
そうならばいい。
見せられる顔がない、とか言うのであれば、無理をしてでも見るべきだ。
しかし、そんなことをしていい権利が自分にはないと、幼馴染の彼は自制している。
自分がやれることは、この手を貸すことだけ。
その考えを改めていた時だった。
路地に入り込むと、彼女は突然アギトの手を引っ張り始めた。

「なんだ?」

「…………私ってさ、なんか、駄目だよね」

「…………人間はそこまで完全じゃないって、言っただろ」

「そうなんだけどね。そうなんだけど、私だったら、きっと全部うまく行くんじゃないかと思ったんだよ。だから頑張った。頑張って頑張って頑張って……」

「ああ」

「でも、駄目だった。調子良いこと言ったり、はったりで自分の身を守ったりするくせに、誰かの命を守ることすら出来なかった」

「…………」

「もしも、アギトが死にそうになったら、私はきっと死んででも助ける。でも、リティアにはそうしなかった」

フィオナとかいう、あの勇者と同じだ。
結局、自分も自分のテリトリーだけしか守れない。
それぐらいの覚悟しかない。

「私は、あの時と大して成長していないんだろうなぁ」

暗い道が嫌に陽菜野の心情を物語っているようで、アギトは内心不愉快だった。
あともう少しで明るい大通りへと抜けられる。
そこで何か、店にでも入るべきだろうか。
それともすぐに宿へと帰るべきだろうか。

悩むアギトだが、陽菜野はそれに反して、とある一画を前にして立ち止まった。

「ここに行こうよ」

宿だ。
小さな休憩所のような施設。
しかしその外装から、この宿がどういうものであるのか、すぐに理解できた。
要するに、ラブホテルだ。

「なに言ってんだ。早く帰るぞ」

「だめ。ここに行きたい」

「だめもなにも」

「アギトが行かなくても、私は行くから」

そういって、繋いでいた手を離し、陽菜野はすたすたと進んでいく。
すぐに追いかけて抱き締めて止めるアギト。

「だから、なにやってんだ。訳が解らん」

「いいよ。解んなくても、私も解んないし」

自分ですら、どうしてあんな所に行こうとしているか、解らない。
それは明らかにおかしいというべきだろう。
アギトはすこし考えて、とりあえずの代替案を提示する。

「…………俺が出きることならなんでもするから。兎に角帰ろう」

「本当になんでもしてくれる?」

「ああ」

「じゃあここでキスして」

「…………はあ?」

振り向いて、瞳を閉じ、唇を前に出す。
陽菜野のキスの待ち顔に、アギトは思わず頬を赤く染めた。
二言も言うつもりはないのか、無言で待ち続けている。

アギトの思考が色々と回り、最終的には彼女の右頬へと口付けをした。

「違う」

「口にか!?」

「それ以外にないでしょ」

「いや、でも……」

それは、アギトにとってラインを越えている行為であった。
なんでも、とは言うものの、実際にやれることは限られているものである。
陽菜野自身、ここで彼が接吻を交わしてくれるとは思っていない。

ではなんであるのかこれは?

「やっぱりしてくれないじゃん」

「なあ、これと先のと、なにか関係があるのか?」

「ないけど」

「じゃあ」

「ないとだめ?」

「あ、いやそうじゃなくて」

「私は傷心をおったので、それを癒すためにキスをするのです。っていた方がいい?」

「それは……」

「言わない方がいいよね。リティアを理由にして、こんなことする女なんて」

「…………そんなわけないだろお前が」

「そうしてるの!!」

呆気にとられた。
陽菜野はアギトから離れて、相対する。
横にいた筈の温もりが、抜けていくような悪寒が走る。

「私は、もとからそういう女なの!! アギトはいっつも言いなりだから解んないだろうけど、汚くて酷くてどうしようもない屑なの!! 自分の力を理解しながら、立場を理解しながらなにもしない、なにもできないどうしようもない女なの!!」

「………………」

「ちやほやされている時だけ調子よくて、それ以外は全然役に立たなくて、おまけに自分勝手で!! そんな酷い女なんだよ!!」

「………………」

「……もう解った? 私なんかもうほっといて。アギトともこれでおしまい。さようなら。あとはみんなで頑張って」

振り返ろうとする陽菜野に、アギトはその手を掴んだ。
強く、絶対に離さないように。

「離して」

「嫌だ」

「離してってば!!」

「嫌だって言ってんだろ!!」

ここで離したくない。
その決意は、さながら執念に近い。
陽菜野はそんなものを、お構い無しという勢いで返す。

「やめてよ!! これ以上私に付きまとわないでよ!! もういいってば!!」

「絶対に嫌だ! ここでお前と別れるぐらいなら死んだほうがマシだ!! いいさ、お前がどこか行きたいなら何処にでも一緒にいってやる!」

そうして、アギトはホテルへと陽菜野を引っ張り始める。
筋力ではどうしようもない彼女は、彼に半ばされるがままだ。

「ちょっ、なにしてんの!?」

「行くんだろ……なにしたいのか解んないけど、なんにだって付き合ってやる。なんだってやってやる」

「……それを、やめてほしいんだよ……」

「駄目だ。やめない。俺はヒナのしたいことをするし、行きたい場所に連れていく。どんなことでも応援するし、邪魔な敵が出たら全部やっつけてやる」

「…………そんなの、アギトの人生じゃないよ……」

「五月蝿い。俺の人生を勝手に決めつけるな。俺はヒナの隣にいたい。それだけなんだ」

「………………」

俯く陽菜野。
アギトは続ける。

「お前が凄く苦しんで、悩んでいるのは解る。逃げたくてしょうがないのも解る。でもな……」

「………………」

「そのために俺は隣にいるんだ。お前を助けたい。ヒナを」

「…………解った」

顔を上げた陽菜野は、同時に無詠唱の風魔法を放ち、アギトの手を無理矢理払った。
殺傷性は皆無だが、それでも彼を引き剥がすことには十分だった。

「くそっ、ヒナぁっ!!」

呼び止める手は、背を向ける彼女には届かない。
杖に跨がり、風魔法で跳躍していくそれは、彼がどんなに頑張っても追い付けない速度だった。
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