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第二章 勇者降臨

第六十話 戻りたくない

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「戻りたくない」

明確なほどの拒絶だった。
杖を握りしめて、視線を落とす陽菜野に、フィオナはダイヤモンドの瞳を輝かせる。

「…………いい」

「え?」

ちょっとした、漏れたような一言。
しかしそれはフィオナの心を切り出し始めたものであった。
押し留めることができなくなった感情が、彼女の喉から這い上がるように告げられる。

「本当に可愛いよ陽菜野ちゃん!! その苦悩と疑問に苛まれて、なにが正しくてなにができるのか全然解んなくて、もうどうしようもないっていう君の表情!! すごく、美しい!!」

「……………………」

なにをいっているんだこいつは?

気味の悪さが果てしなかった。
可愛いと誉められて、こんなにも嫌悪感を得るのは初めてだった。
だがフィオナはお構い無しで続ける。

「あははは!! でも陽菜野ちゃんさあ、この状況で結局拒絶を選択するなんて、ナンセンスだなぁ。ここは悔しがりながらもぼくらと同じ道を歩むことにするのが、良い女の子の秘訣なんじゃないかな?」

「そんなのどうでもいい。私は勇者も勇者協会も知らない。関係ない。自分がしたことは謝るけど、そんなことしたくない」 

「へえ、じゃあなんだったらいいかな。ここでぼくにレイプされるとか?」

「……………………はあ?」

「あっ、ははは!! まさかぼくが女だから、自分の身体を要求されないなんて思った? あり得ないよまったく! ぼくはどちらかというなら女の子の、特に君のような幼げな体つきの同性が大好きなんだ!」

「ちょ、近寄らないで!!」

「あれー? これも駄目なんだ。じゃあなんならいいの?」

「そ、それは」

考える。
きっと金銭では頷かない。
かといって肉欲なんて持ってのほか。
第一自分は同性愛者じゃない。
理解無いことは無いが、自分は異性愛者だ。
好きでもない相手に、抱かれるのは男だろうが女だろうがまっぴらごめんだ。
なら、勇者協会に戻る?
それもあり得ない。
勇者という存在がどうしても信用しきれない以上、再び彼等の仲間にはなり得ない。

「…………」

「ふーむ、本当に可愛い顔で悩むね陽菜野ちゃん」

「ちゃん付けで呼ばないで。気持ち悪い」

「あはっ、嫌われちゃったよ春彦ー」

フィオナに振り返られながらそう呼び掛けられた春彦は、ごく普通に応じた。

「明らかにお前が悪いからな。頭がおかしいのはお前だけにしておけ」

「えっへへ。仲間にもそう言われちゃったよ陽菜野ちゃーん」

陽菜野はセシルとリティアの側から離れないようにした。
いざとなったら、どうにか二人だけでも助けないと。
そんな考えだが、フィオナはそれもお見通しだった。

「あー、言っておくけど、逃げれるなんて思わない方がいいよ。ぼくの極光魔法は、文字通り光速だから。なにをしても無駄だからね」

「っ……」

「そーだなぁ、うーん、戻りたくないしえっちも嫌だ。本当に君は我儘な女の子だね」

我儘な。
たった一言、単なる挑発に過ぎないそれは、しかし陽菜野の頭のネジを一つ変えた。

「それが……なに?」

そんなこと、自分がなによりも解っている。
深く、深く解っている。
そのせいで、アギトがどんな酷い目にあったのか。
今でも、彼女は鮮明に思い出せた。

そして、それらが陽菜野の攻撃性に荷担していく。
フィオナは踏んでいけない地雷を踏んだのだ。

「まさか、私が無邪気ながら慈愛に溢れた委員長とか、そんな風にでも思った?」

「あれ? そうじゃないの?」

「本当の私は、そんな聖人君子じゃないの。私は、みんなから好かれるような女じゃないの」

「…………」

「びっくりした? あなたが可愛いとかいった幼げな格好の女は、どうしようもないアバズレ自己中女だったなんて」

「…………そう、くるんだ」

「事実を告げられた程度で、私は傷付かないし、気にもしない。私は、そう、自分がやりたいようにしているだけ。世の中全部がそうであるように」

悪い笑みは、陽菜野のいつも浮かべている表情をネジ歪ませていた。
杖を手に取り、向ける。
震えない手。

「この場はお金で解決する。それでいい?」

「…………断るなら、戦う?」

「やってもいいよ。でもあなたの目的はそれで達成されるのかな」

フィオナの上がりかけている腕が止まる。
この自称自己中少女は、己の価値を理解したのだ。

朝霧陽菜野を取り戻せ。
指示された内容の一つを思い出し、完遂の難しさは思考を必要とする。
殺すだけならば、ここでいとも容易く一撃で終わるだろう。
実際、彼女がどう戦うにせよ、光速で叩き込めばそれで勝ちには違いない。
しかし、それでは陽菜野が無事の保証がない。
下手をすれば即死だ。
それでは意味がない。
そもそもこの命令事態が、協会内の内部衝突によって作られたものだとも思い返せば、フィオナがとる選択はあまりなかった。

言い換えれば、諦める口実を模索した光勇者は、同僚の巫勇者と顔を合わせて同意した。

「わかったよ。ぼくらの負け。だけどお金はいらないんだ。なにせあまるほど持っているから」

「じゃあなに? 裸躍りでもしろってこと?」

「ううん。ぼくらの任務を手伝って欲しいんだ。出来れば、そこのこわーい顔した冒険者さんもね」

そう呼ばれると、セシルは陽菜野の盾になるよう立ち上がった。

「セシル!」

「……はぁ、はぁ、へ。なかなかいい啖呵を切ったが、まだまだ甘いぜ。もう少し勉強しなヒナ」

愛称で呼んでくれた仲間に陽菜野は、再度完全回復魔法をかけ、セシルは腰にある短刀を抜き構える。
強い殺意を漲らせているが、力量差は理解しているのだろうか。
身構えないフィオナに襲いかかろうとはしなかった。

「…………こっちの方が、本当の本命の命令でね。だけど、想像以上に広かったから君らの力を借りたいんだ。だから」

相対する勇者は、道具袋から一枚の依頼書を取り出した。

「冒険者ヒナノとセシル、それと起き上がれるならリティア。三名に依頼があるんだ」
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