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第二章 勇者降臨

第五十五話 勇者降臨

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それは、神話より語られた女神の包容といえるほど大きく、神龍を屠った覇王の激震といえるほど鋭かった。

ただの一矢による攻撃は、始めこそだれも気がつかないほど細く、淡い力でしかなかった。
だが、それは瞬く間に膨張し、一瞬にしてすべての魔獣をこの世から消滅せしめる。

なにが、起きたのか?

冒険者達は唖然とし、静寂が支配しかていた空気を、従わせるかなようにその人物は空より降り立つ。
白銀の鎧に身をまとい、純白のフード付きマントを翻す姿は、まさにこの世のありとあらゆる全てと比べても美しかった。

「あ、ありゃなんだ?」

「んなもんウチに聞かれても解るわけねぇだろ」

ブリッツとチュルムが言葉を交えると、それに気がついた純白の人物が二人の元へと歩んだ。
よく見ると、少女だ。
甲冑で体格線がよく解らないが、線の細い顔立ちからそうだと思わせる。
自身と同じくらいの年代であると思うブリッツだが、ハッキリなことを言ってしまうと、同年代のなかで最上級に美しい少女だった。
柔らかいプラチナブロンドの髪を風に靡かせて、ダイヤモンドの瞳がブリッツの顔を映す。

「君、一つ質問があるんだ」

オペラ女優並みの美声に耳を振るわせて、ブリッツは思わず背をただした。

「は、はい! なんでしょうか!?」

「モンスター・スタンピードの戦場って、ここであってる?」

「はい! もちろんです!」

なんか腹立たしくなったチュルムがデレデレし始めた仲間の膝を蹴飛ばして、少女にメンチをきめ込んだ。

「おーい、このガキ。ウチらの獲物を横取りしてなんのつもりだ、ああん?」

「横取り? 助けたんだけど」

「要らねぇ御世話なんだよ!! 舐めとんのかワレえ!!」

「うーん、舐めても美味しくなさそうだね、君は」

「はぁ? ぶち殺すぞ」

ようやく立ち上がったブリッツが、二人の間に割って入った。

「と、ともかく! あんたはなにもんだ? オレたちと同じ冒険者ってのは、無さそうだな」

「ああ。ぼくは冒険者じゃない」

冒険者ではない甲冑少女がマントの下にある、とあるエンブレムを見せてくれると、二人は目を丸くした。

「ぼくは勇者だ」

降臨したかのような人物は、まさしく勇者だった。



@@@@@@



勇者の一撃で、モンスター・スタンピードは幕を下ろした。
あまりにも唐突で、あまりにも一方的。
されどそんな気持ちがあるなかで、どの冒険者も、とりあえず生きていることに喜ぶことが優先であった。

そして、その勝利に貢献した人物が、今馬車で出迎えられている。

「これは勇者フィオナ殿。デリアド支部長のボボネルと言います」

「うん。早速殺っちゃったけど、問題ないかな?」

「はい、何一つございません。あとは我々にお任せください」

「あ、その前に一ついいかな」

「ええ、なんでしょうか?」

「ここにいる冒険者に、アサギリ=ヒナノとクサナギ=アギトは居るかな?」

「二人を……ええ、いますが」

「是非とも会いたいんだ。ほら、ここでの勇者って例の追放騒ぎで酷い印象を持たれたから」

「なるほど。では早速呼んで」

と、振り返るとそこにはアギトと陽菜野、その他大勢の冒険者がやってきていた。
大抵の視線の先は、勇者ではなく中年オヤジの方で、その表情は穏やかなものでなかった。

「おいこの野郎」

切り出したのは大剣を背負っている、血にまみれた包帯で右腕を包んでいる冒険者。

「なんで補給部隊が来なかった?」

「……情報が遅れてしまい申し訳ない。部隊はとある事情で出発が遅れてしまったのだ」

「事情って、なんだよ!」

「説明できないし、したところで君らには関係のない話だ。ただ、本当にすまなかった」

「すまなかったっで、死んだ奴等が戻ってくると思ってんのかよ!!」

反論に頷くことも振ることもなく、粗雑にも程があるような説明だけを残し、ボボネルは背をむけて馬車へと乗り込んだ。
罵詈雑言、中には飛びかかろうとしている者もいるが、仮にギルドマスターを殺しても意味がないことなど解りきっていた。
仲間達に制止される何人かを尻目に、アギトと陽菜野の両名だけは、勇者と相対する。

「やあ、はじめまして」

「…………あんたが、あの光った魔法をやったのか?」

「そうだね。ぼくがやった。極光魔法だよ」

「…………ヒナ、聞いたことあるか?」

首を横に振る陽菜野に、勇者は当たり前だよ、と口にする。

「あれはぼくだけにしか使えない、最強クラスの攻撃魔法なんだ」

「多分だけど、私と同じだよアギト。魔法学の外にある魔法。ルールを無視していて、どういう風に機能していているか、全く解らない魔法」

「その通り。完全回復魔法をもつ陽菜野さんには、解りやすかったかな?」

「……それにあなたは、私達と同じ異世界人、なんですね?」

数秒の沈黙。
それはすなわち、その通りという肯定だろうか。
別に隠すほどのことでもないとアギトは思うが、なにかしら警戒されるものだったのか?
確かに、容姿はこの世界の住人風で、顔立ちも日本人というよりはヨーロッパ方面の白人という感じだが。

フィオナはゆったりと返した。

「どうして?」

「私の名前。綺麗な日本語で喋れているんです」

「あ、しまった、ついうっかり」

陽菜野は明らかに怪しんでいた。
それは前例がいるからだろうか。
ドラニコスも最初からああではなかった。
第一印象はよかったほうである。
しかし結果として、あの騒ぎになったのだ。
勇者なら、とりあえず疑って勘繰るのはしすぎというわけじゃない、そう彼女は考える。

「…………なんで隠すように?」

「隠してた?」

「ギルドマスターとの会話、聞かせてもらいました。私達の名前の呼び方が大陸共通語だったんです」

「あはは、すこし勘繰りすぎだよ。ボボネルさんに聞こえやすくするためさ。本当だよ」

「…………本当なんですか?」

「君は、勇者に対して過敏すぎるよ。ぼくは陽菜野さん、アギトさんも傷つけるつもりはない。ただ謝りたいだけなんだ」

「謝る?」

「ああ、勇者協会の代表、というわけじゃないけど。同じ勇者の一人として大変無礼なことを起こしてしまったと。謝ったから赦されるわけじゃないが、どうか勇者に対するその疑いだけでも解いて欲しい」

悩む仕草で時間を作った陽菜野であるが、これといってなにか有用と言える返しは見つからない。
フィオナと名乗る勇者は深々と頭を下げて、謝罪の意を示しているのは間違いなかったのも、拍車をかけた。

本当にただ謝りたいだけで、裏にはなにもないと。
そう考えると神経過敏になっていた彼女もようやくすこしは受け入れようと余裕が生まれる。

「…………その、ありがとうございます。フィオナさんの言葉を私は信じます」

返答を貰った勇者は、笑顔を上げた。
無垢な感じのそれは、疑った側を恥知らずだと自覚させてくれた。
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