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第一章 勇者追放

第十七話 依頼達成

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完全に視界が開けていくと、そこには多数のゴブリンの死体が転がっていた。
トラップは全て起動し尽くしており、その様相は槍林というべきものである。
その中で太刀を振るっていたアギトは、血糊を振り落とすと、陽菜野の元へ駆け寄った。

陽菜野は探知魔法で敵の撤退を確認すると、ようやく安心して、腰を落ち着かせていた。

「ヒナ!!」

アギトの様子はとても慌てていた。
陽菜野が想像以上に疲れていたように見えたからだ。

「あ、アギトー」

「怪我はないか!? どこか痛いところは!?」

「うん、大丈夫。私よりアギトだよ、前に出ていたんだから」

そういう彼女に、アギトの状況判断能力を納得させることはできない。
近場にいたゴブリンの死体状況と、陽菜野のやや乱れた服装から、おそらく格闘戦に近しいことが起きたのだと推察できる。
なによりも、彼女はまだ気がついていないのか。
ずっと被っていたお気に入りの帽子が地面に落としていることを。

「悪い、俺が取り逃したせいだ」

「もー、大丈夫だって。よいっしょ、と」

元気良く立ち上がろうとする陽菜野に、アギトは無理やり手を取って引っ張る。
力強く支える幼馴染の手の熱は、自分が殺害の道具として使った炎より、暖かくまた熱かった。

「……ありがと」

「ああ」

手を離し、落ちていた帽子を拾うと、軽く叩いて土を払い陽菜野へと被せる。

「えへへ……なんとか凌げたね」

「そうだな。山道だからもう少し手間取ると思ったが」

「楽なのはなにより。っと、トランストさん大丈夫ですか?」

馬車の上で縮こまるトランストは、いまだ丸くなっていた。
そんな彼をなんとか立ち直らせて、移動を再開する。
休憩をとりたい思いは根性と村で購入したミルクキャンディで誤魔化した。


山々の道を歩き続け、五時間。
その間、さしてなにかしらの襲撃があった訳ではない。
でこぼこした道に車輪が突っ込んだりトランストのどうでもいい雑談を聞き流したりと、街道と比べてややきつい程度の道なりを進んでいった。
そうして、一行はようやく都市境へと到着した。

山脈の頂上の位置するここはバーデリス関門と呼ばれており、関税管理や治安警備のためのゼブラール帝国軍が二個小隊ほど在中している。
宿泊施設以外には特段店がなく、僅かな行商人が兵や旅人向けに品物を広げている以外、娯楽になりそうなものはない。

「ふはぁぁあ…………やっとついたのか」

というトランストは、改めて二人の冒険者と向き合った。

「うむ、まあ若いのによくやったほうであろう。途中色々とあったが、ゴブリンとの戦いは見事であった」

あんたは見てないだろ。
そう言いたげなアギトを遮って、陽菜野が応える。

「ありがとうございます。あとは次の護衛者に引き継ぎをすれば、依頼完了です」

「ふむ。して……次の護衛をしてくれるものは一体誰か?」

「私はそこまで聞いていないので知りませんが、私達より遥かに高ランクの冒険者が担当するはずです。依頼書にはなんとありましたか?」

「それが、私が契約を結んだわけではないのだ。私がやったのはここまでの護衛でな。ここから先は父上がやってくれている」

と、ふんぞり座るトランストが前の方を向く。
するとどうしたことか。
彼は刹那の内に顔を青ざめて、ガタガタと震えだしたのだ。
何事かと二人も同じ方向を見ると、そこには次の護衛者たる冒険者やってきていた。

ランクBのホルッテス・マードリックである。

「やあ、二人とも。弟がどうも世話になった」

「え? 弟?」

目を丸くする陽菜野にホルッテスは頷いた。
トランストは視線を横に向けて、なるべく彼に目を合わせないようにしている。
そこから察して、補足説明を始めた。

「あー、どこから話すべきかな。まず、俺は元々貴族の生まれなんだ。ホルッテス・フォン・ハルコヴィル。それが本名」

「ええっと、それって……」

「お前らのように追放されたとかじゃなくてな。六年前に独立したんだ。冒険者になりたかったから。マードリックはその時から勝手に俺が名乗っているやつだ。ま、放蕩息子っていうのかな」

「あー、なるほどです」

思わず苦笑いをする陽菜野。
アギトはびくびくしているトランストを見下ろすように眺めていた。

「んで六年ほど家のことほっといたんだが、聞けば最近先行きが危ない上に、あとを任せた筈の奴が手痛くフラれただけで引きこもっていると聞いてな。親父から頭を下げられるほど頼まれんだ。まあ、可愛い子には旅をさせろと、良く言うだろう? 中年のおっさんがそんな年かと思うが。そろそろここらで親孝行でもしようかなと思ってさ。ああ、依頼は本物だよ。ただ、そう言うこともこいつが一人でやれるようにならんといかんからな」

「つまりは、軽い社会勉強というわけですか?」

「いや、商人になるための武者修行さ。とりあえず最初は隣の都市にで初歩を叩き込むつもりなんだ。それはさておき依頼ご苦労様。こいつの相手は疲れただろう?」

即答するようにアギトが頷いた。

「ああ。貴族っていうのが面倒な相手だと知っていたが、それ以上だった」

「想像はつく。だがそれを良くこなしてくれた。弟に代わって感謝するよ。さて、それじゃああとは任せてくれ。おいトランスト、まだ現実を受け入れてないのか?」

馬車の上にいるトランストに、ホルッテスは猫でも捕まえるように首根っこを引っ張る。

「だ、だってホルッテス兄さんは、僕を叩くだろう? い、いやだよ! なあ君ら、まだ僕の護衛を続けてくれないか! 報酬は払うからさぁ!」

「心配はいらないぞ。俺達は兄弟だからな。その甘ったれた性格をビシバシ叩き直してやろう」

「ま、待ってくれ兄さん! まさかだがこのまま夜になっても進むつもりか!?」

「問題はない。俺の仲間も一緒だ。月夜の道も風情があって」

トランストの悲鳴は山脈の峰まで届いたという。

そんな背中を見送っていた二人は、また顔を合わせて、思わず大笑いした。


ともかく、二人は独立してから最初の依頼を、完遂したことには変わりなかった。
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