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蛸ルート(蛸×黒)
10.伝承
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「あれは、ワシがまだ若い娘だった頃のことじゃ……。ある日、1人の若者が、転げ落ちるように峠から駆け降りて来た……」
老婆はゆっくりと語り始めた。
「若者は、峠の険しい崖の上で、うっかり足を踏み外してしもうたそうな。もうお終いじゃと目を瞑ったが、一向に落ちる気配もない。恐る恐る目を開くと、一抱えもある太ぉい蛸の触手が自分の足を掴んでおった……」
老婆の前で話を聞いていた若者たちは、不安げに顔を見合わせた。
「そのまま触手はゆっくりと霧の中の森へと降りていく。ああ、自分はこの足の主に食われてしまうに違いないと、と若者は思った」
老婆の語り口は熱を増していく。
「ようやく霧の底に辿り着くと、身の丈の何倍もある、見上げるような大きな大きな蛸が若者を見下ろした。若者は震え上がった。辺りには他にも多くの蛸たちが犇めいておった」
老婆は身を震わせたあと、背筋を正した。
「恐怖に戦きながら大きな蛸を見上げると、その傍らに人間の男がおるのに気づいた。男は平然とした顔で、巨大な蛸の触手の上に腰かけておった。男が合図すると、周りにいた蛸の1匹がうやうやしくお辞儀をして、若者に、紅茶の入ったてぇかっぷを差し出した」
ぼーっと老婆の話を聞いていた若者の1人が、ずずっと茶を啜った。
「カタカタ震えながら、どうにか紅茶を飲み干した若者は、這う這うの体で村まで辿り着いたのじゃ。若者はワシに言った。あんな巨大な蛸の前で、普通の人間があれほど落ち着いていられるはずがない。あれはまるで、『蛸を統べる王』のようじゃった、と……」
老婆の前で話を聞いていた若者の1人が笑顔で応じる。
「なるほど、だからその蛸王さんに、みんなお供えをするんですね」
「左様。この、茶葉と野菜と干し肉とを、森の広場にお供えすれば、安全に峠を越えられると云われておる」
老婆は若者に袋を手渡して微笑んだ。
「まいどありぃ」
若者たちはそれぞれの荷物を背負い直した。
「さてと、それじゃ、行くわよ」
「あー、山道やだぁ」
「泣き言いわない!」
「気をつけてのう~」
老婆は手を振り、峠を歩いて行く若者たちを穏やかな笑顔で見送る。そして峠に向かってそっと手を合わせるのだった。
おわり
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
おまけのキャラ説明
・黒髪の男
触手でないと駄目な体になってしまった男は、旅の目的を果たした後に、闇月の森を再訪した。
無事に成長した元耳つき毛玉蛸と結ばれた彼は、他の蛸の反対や縄張り争い、人族との争いなどなどに巻き込まれ、共に協力して困難を乗り越えていった。
蛸たちは次第に彼等に付き従い、永い年月を経て、のどかなお茶会に興じる平和な一族となるのだった。
・ピンク色の霧のようなもの
通常の蛸でいう【漏斗】と呼ばれる器官から、蛸の魔物が排出するもの。
彼らは【闇月の星蘭】を薬のように時折摂取する。そうすることで、ピンク色の霧のようなものを頭部に蓄積する。
本来は繁殖行動を円滑に行うため、つがいの雌に対して噴射する。それにより、花の香りの生物に擦り寄る行動を行わせる効果がある。
・てぇかっぷ
その昔、広場に忘れられたものを蛸たちが回収した品。長い間大切に使われている。
蛸にとっては扱い辛い品のため、もっぱら蛸王もしくは客人用に出される品となっている。
ちなみに蛸たちは、切断するとコップのように水をためる容器になる植物を器として使用し、お茶会を楽しんでいる。峠を越えようとした若者が足を滑らせたのも、茶会の最中だった。
今日も森蛸たちは、平和な森の中で茶会を楽しんでいることだろう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
※ ここから先は8年前に時を戻し、別ルートに入ります。
老婆はゆっくりと語り始めた。
「若者は、峠の険しい崖の上で、うっかり足を踏み外してしもうたそうな。もうお終いじゃと目を瞑ったが、一向に落ちる気配もない。恐る恐る目を開くと、一抱えもある太ぉい蛸の触手が自分の足を掴んでおった……」
老婆の前で話を聞いていた若者たちは、不安げに顔を見合わせた。
「そのまま触手はゆっくりと霧の中の森へと降りていく。ああ、自分はこの足の主に食われてしまうに違いないと、と若者は思った」
老婆の語り口は熱を増していく。
「ようやく霧の底に辿り着くと、身の丈の何倍もある、見上げるような大きな大きな蛸が若者を見下ろした。若者は震え上がった。辺りには他にも多くの蛸たちが犇めいておった」
老婆は身を震わせたあと、背筋を正した。
「恐怖に戦きながら大きな蛸を見上げると、その傍らに人間の男がおるのに気づいた。男は平然とした顔で、巨大な蛸の触手の上に腰かけておった。男が合図すると、周りにいた蛸の1匹がうやうやしくお辞儀をして、若者に、紅茶の入ったてぇかっぷを差し出した」
ぼーっと老婆の話を聞いていた若者の1人が、ずずっと茶を啜った。
「カタカタ震えながら、どうにか紅茶を飲み干した若者は、這う這うの体で村まで辿り着いたのじゃ。若者はワシに言った。あんな巨大な蛸の前で、普通の人間があれほど落ち着いていられるはずがない。あれはまるで、『蛸を統べる王』のようじゃった、と……」
老婆の前で話を聞いていた若者の1人が笑顔で応じる。
「なるほど、だからその蛸王さんに、みんなお供えをするんですね」
「左様。この、茶葉と野菜と干し肉とを、森の広場にお供えすれば、安全に峠を越えられると云われておる」
老婆は若者に袋を手渡して微笑んだ。
「まいどありぃ」
若者たちはそれぞれの荷物を背負い直した。
「さてと、それじゃ、行くわよ」
「あー、山道やだぁ」
「泣き言いわない!」
「気をつけてのう~」
老婆は手を振り、峠を歩いて行く若者たちを穏やかな笑顔で見送る。そして峠に向かってそっと手を合わせるのだった。
おわり
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おまけのキャラ説明
・黒髪の男
触手でないと駄目な体になってしまった男は、旅の目的を果たした後に、闇月の森を再訪した。
無事に成長した元耳つき毛玉蛸と結ばれた彼は、他の蛸の反対や縄張り争い、人族との争いなどなどに巻き込まれ、共に協力して困難を乗り越えていった。
蛸たちは次第に彼等に付き従い、永い年月を経て、のどかなお茶会に興じる平和な一族となるのだった。
・ピンク色の霧のようなもの
通常の蛸でいう【漏斗】と呼ばれる器官から、蛸の魔物が排出するもの。
彼らは【闇月の星蘭】を薬のように時折摂取する。そうすることで、ピンク色の霧のようなものを頭部に蓄積する。
本来は繁殖行動を円滑に行うため、つがいの雌に対して噴射する。それにより、花の香りの生物に擦り寄る行動を行わせる効果がある。
・てぇかっぷ
その昔、広場に忘れられたものを蛸たちが回収した品。長い間大切に使われている。
蛸にとっては扱い辛い品のため、もっぱら蛸王もしくは客人用に出される品となっている。
ちなみに蛸たちは、切断するとコップのように水をためる容器になる植物を器として使用し、お茶会を楽しんでいる。峠を越えようとした若者が足を滑らせたのも、茶会の最中だった。
今日も森蛸たちは、平和な森の中で茶会を楽しんでいることだろう。
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※ ここから先は8年前に時を戻し、別ルートに入ります。
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