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4.触手 ★

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「はぁっ……はっ……やべ、腕が上がらなくなってきたっ」

 頬を掠めた触手を、すんでのところで切り払う。青年には最初の機敏さはなく、徐々に剣に振り回され始めている。

 聞こえてくる仲間の報告からすれば、個体数は確実に減っている。もう少し辛抱すれば、殲滅できるはずだった。
 頬に垂れた液体を手で拭い、肩で息をしながら剣を構え直す。霧に向かって集中する。

「…………?」

 不意に訪れた沈黙。怪訝に思い、辺りを見回す。
 音もなく青年の死角から忍び寄った触手は、突如、右肩から腕に巻き付いた。疲労もあり集中を切らした青年は、触れるまで気づかなかった。

「っ、くそッ」

 咄嗟に左手で引き剥がそうとしたが無理だった。タコ足は手をすり抜け、完全に右腕を絡めとる。剣を取り落とす。
 落ちた剣に左腕を伸ばせば、今度はその左腕を触手に絡めとられる。あっという間に両腕の自由が効かなくなった。

「捕まった!」

 右足にも絡み付かれながら、どうしようもなくなって叫ぶ。

「待っとれ! 助ける!」

 遠くで空色の髪の青年が叫び返す。

 左足だけは逃れたが、どうにもならない。
 力の限り踠くが、手足に巻き付いた触手はビクともしなかった。

 そうしているうちに新たな触手が2本、霧から伸び、首に絡み付き、もう1本は腰に巻き付いた。
 どちらの触手も、探るように動いて上着の裾から、隙間に入り込む。

「……っ」

 触手の感触を肌に感じて、青年は悲鳴をあげそうになった。そのまま触手は先端をモゾモゾ動かし、さらに奥へと入り込んでくる。青年は、腰の辺りに下がったカバンに目をやった。摘んだ花の入ったカバンは、どの触手からも遠い位置にある。

「そこは……何もねえって……っ……カバン、そこなのに……」

 まさか触手相手に言葉が通じるはずもない。

 もう1本が背中から潜り込んだ。ヌルヌルと背筋を這い回られ、身を捩る。

「ん……っ、やめ、ろよ……っ」

 同時に首の触手が、徐々に輪を縮めていく。

「んう……」

 遠くから空色の髪の青年が呼ぶ声がする。

「大丈夫か!?」
「あんま、大丈夫じゃ、ない……っ!」

 別方向からエルフの声がする。

「あと少しだから何とかしろ!」

 肌を撫でまわす触手の先が敏感な場所に触れ、青年は逃れようと身をくねらせた。それでも逃れきれずに、触手がそこに触れ、身体が跳ねる。さらに触手が巻き付いて、首を締めあげた。

「ぁっ……なんとかって……ゆわれても……っ」

 どうにか呼吸を通す。

「息、が……っ」

 意識が朦朧とし始める。服の下を触手に撫でまわされているせいで、青年の頬は紅潮し、時折身を震わせていた。

「……っ、あ」

 本格的に首を絞め上げられ、苦しそうな表情をした時、ようやく首に絡んだ触手が緩んだ。

「倒したぞ! 無事か!?」
「ど……どうにかっ」

 解放された喉で呼吸し、咳き込みながら仲間の声に答える。

「だけど、このタコ足、取れないぞ! 動けない!」

 服の下を探っていた触手は力なく地面に滑り落ちていったし、首の触手は緩んだ。しかし、手足の触手は未だに外れず、黒髪の青年は身動きできずにいた。

 霧の向こうから、会話が途切れ途切れ聞こえてきた。

「まだ、完全には……、この頭……、魔法で……」


 ボフンと破裂音が聞こえ、霧が揺らいだ。香ばしい匂いが漂ってきた。
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