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銀髪♂の場合 (空×銀)
1.村の暮らし
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嗅いだことのない、いい香りがした。
遠い海の匂いに少し近いかもしれない。
ギィギィ音の鳴る廊下の板を踏みながら、自然と足を台所に向ける。
ちょうど、台所に降りる手前の廊下で、空色の髪の青年が手を振っているところだった。
彼の目線の先には、見知った顔が3人。賑やかに、向こうへ連れだって歩いていく。
「あ、もしかして、お腹すいたん?」
鍋の間を行ったり来たりしていた少女は、俺の姿を見つけて笑顔を向ける。
「もう少し待っててな。お夕飯できるよって」
台所では至るところから湯気があがっていた。
手を振っていた青年も、こちらに気づいたようで顔を向けた。
「お、いつもは顔見せへんのに、珍しいなぁ」
「……村の中にいたほうが安全だからな」
この辺りでの野営は過酷だった。地形と魔物の条件が悪すぎる。だから今日はやむなく村に滞在していた。
そもそも夜営の習慣がついたのは、俺が人と異なる種族なせいで、厄介ごとに巻き込まれてしまうからだった。
「そうか」
彼はそれ以上コメントせずに穏やかに言葉を返した。
台所だけでなく、そう言う青年も軽く上気していた。首から布をかけているので、風呂あがりらしい。
「そやったらお前も温泉……」
青年は言いかけ、俺の顔を見て察する。
「には、行かへんよな。あ、家の一番風呂に入るか? オレ用意したるわ」
「いちばんぶろ?」
付いてこい、とジェスチャーされ、台所の裏口から外に出た。
「うちの村やと、客は風呂に最初に入るっちゅうんが習わしなんや。そっから家のもんが順番に入るから、一番風呂っていう」
「わざわざ1つの浴槽に順番待ちするなんて、変な習慣だ」
「まあまあ、泉で水浴びも解放感あるけど、あったかいお湯も格別やで? いっぺん体験してみたらええ」
※ ※ ※
そうして、気がつけば言われるがまま湯船に浸かっていた。
「湯加減どやー?」
窓の外から男の声がする。
「……悪くない」
「お、よかった。気に入ってもろたみたいで、嬉しいわ」
感想は何も言っていないのに、機嫌の良さそうな言葉が返ってきた。
確かに湯に浸かるのは心地よかったし、温度もいい具合だった。疲れがとれる。
木の香りがする。ここに来るのは初めてなのに、不思議と懐かしい感じがして落ち着いた。
「出る時、着替え置いとくよって。嫌やなかったら使ってや」
「……ああ」
※ ※ ※
「……言う通り、格別だった」
風呂からあがって着替えの浴衣に着替え、声のしていた方向に向かうと、男は火の始末をしていた。
「ああ、そりゃよかっ……」
笑顔でこちらを振り向くと、ふと言葉を止める。視線の先の頭に手をやった。
「……これか? 邪魔だったから束ねた」
紐で束ねた長い銀髪を示すと、ようやく「ああ……」と声を発する。
「お前、意外と器用やな。浴衣も問題なく着れとるし」
「これぐらい、真似をすれば着られるだろう」
「初めての客人は割と苦戦するんやけどな」
「お前がいつも着てる服と似てる」
ふと自分の身なりを思い返したのか、男の目線が後ろを向いた。
「ああ、なるほど……。そうか。よう似合っとるわ」
「サイズがピッタリ合ったからな」
「あー……、そういう意味だけでは、ないんやけど」
男は頭をかいて苦笑いする。
火の番をしていたせいか、心なしか顔が赤い。
「もう夕飯できるはずやから、先に母屋へ行っとってくれんか。オレはここ片付けて行くから」
「わかった」
少し母屋のほうへに歩いて、振り返る。
「……ありがとう」
「ん? なんか言うたか?」
「いや」
「そうか?」
ちょっとだけ不思議な表情をして作業に戻った男を見つつ、何事もなかったかのように母家へと戻る。
たまにはこうして人の住みかに滞在するのも悪くないと思う。
遠い海の匂いに少し近いかもしれない。
ギィギィ音の鳴る廊下の板を踏みながら、自然と足を台所に向ける。
ちょうど、台所に降りる手前の廊下で、空色の髪の青年が手を振っているところだった。
彼の目線の先には、見知った顔が3人。賑やかに、向こうへ連れだって歩いていく。
「あ、もしかして、お腹すいたん?」
鍋の間を行ったり来たりしていた少女は、俺の姿を見つけて笑顔を向ける。
「もう少し待っててな。お夕飯できるよって」
台所では至るところから湯気があがっていた。
手を振っていた青年も、こちらに気づいたようで顔を向けた。
「お、いつもは顔見せへんのに、珍しいなぁ」
「……村の中にいたほうが安全だからな」
この辺りでの野営は過酷だった。地形と魔物の条件が悪すぎる。だから今日はやむなく村に滞在していた。
そもそも夜営の習慣がついたのは、俺が人と異なる種族なせいで、厄介ごとに巻き込まれてしまうからだった。
「そうか」
彼はそれ以上コメントせずに穏やかに言葉を返した。
台所だけでなく、そう言う青年も軽く上気していた。首から布をかけているので、風呂あがりらしい。
「そやったらお前も温泉……」
青年は言いかけ、俺の顔を見て察する。
「には、行かへんよな。あ、家の一番風呂に入るか? オレ用意したるわ」
「いちばんぶろ?」
付いてこい、とジェスチャーされ、台所の裏口から外に出た。
「うちの村やと、客は風呂に最初に入るっちゅうんが習わしなんや。そっから家のもんが順番に入るから、一番風呂っていう」
「わざわざ1つの浴槽に順番待ちするなんて、変な習慣だ」
「まあまあ、泉で水浴びも解放感あるけど、あったかいお湯も格別やで? いっぺん体験してみたらええ」
※ ※ ※
そうして、気がつけば言われるがまま湯船に浸かっていた。
「湯加減どやー?」
窓の外から男の声がする。
「……悪くない」
「お、よかった。気に入ってもろたみたいで、嬉しいわ」
感想は何も言っていないのに、機嫌の良さそうな言葉が返ってきた。
確かに湯に浸かるのは心地よかったし、温度もいい具合だった。疲れがとれる。
木の香りがする。ここに来るのは初めてなのに、不思議と懐かしい感じがして落ち着いた。
「出る時、着替え置いとくよって。嫌やなかったら使ってや」
「……ああ」
※ ※ ※
「……言う通り、格別だった」
風呂からあがって着替えの浴衣に着替え、声のしていた方向に向かうと、男は火の始末をしていた。
「ああ、そりゃよかっ……」
笑顔でこちらを振り向くと、ふと言葉を止める。視線の先の頭に手をやった。
「……これか? 邪魔だったから束ねた」
紐で束ねた長い銀髪を示すと、ようやく「ああ……」と声を発する。
「お前、意外と器用やな。浴衣も問題なく着れとるし」
「これぐらい、真似をすれば着られるだろう」
「初めての客人は割と苦戦するんやけどな」
「お前がいつも着てる服と似てる」
ふと自分の身なりを思い返したのか、男の目線が後ろを向いた。
「ああ、なるほど……。そうか。よう似合っとるわ」
「サイズがピッタリ合ったからな」
「あー……、そういう意味だけでは、ないんやけど」
男は頭をかいて苦笑いする。
火の番をしていたせいか、心なしか顔が赤い。
「もう夕飯できるはずやから、先に母屋へ行っとってくれんか。オレはここ片付けて行くから」
「わかった」
少し母屋のほうへに歩いて、振り返る。
「……ありがとう」
「ん? なんか言うたか?」
「いや」
「そうか?」
ちょっとだけ不思議な表情をして作業に戻った男を見つつ、何事もなかったかのように母家へと戻る。
たまにはこうして人の住みかに滞在するのも悪くないと思う。
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