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「おや、早かったですね」
教わった場所に行くと、青年が出迎えた。鳶色の髪に、藍色の瞳。落ち着いた色のローブにはシワ1つなかった。
「どうぞ、入ってください」
真っ白な建物の中に招き入れる。外も中も白い。白くて大きな扉を潜ると、中庭に沿って白い柱が並び、回廊が向こうのほうまで続いている。整然とした様は、まるで宗教施設みたいだなと思う。
似たローブを纏った人が何人か、本や書類を手にして回廊を行き来している。
物珍しいのか、遠慮がちにこちらへ視線を向ける人もいた。
(たぶんこの格好じゃ目立つんだろうな)
地上では当たり前に見かけた旅装も、この中空の魔法都市の中ではほとんど見かけなかった。
「本当に来てくれるなんて、思いませんでしたよ」
「……条件だからな」
「逃げられるかと思ってました」
「あの子や村の人を盾にされたら、できるか」
「嫌だな、僕は交換条件を提示しただけですから」
「……お前ほんと性格悪いよな」
「よく言われます」
苛々をぶつけても、全く意に介さない。徒労感を感じて、眩しい中庭に目を向ける。
「いいところでしょう? 僕はこの庭、気に入ってるんです」
「何なんだここ?」
「いくつかある研究所の1つです。あ、僕の部屋はこっちですよ」
青年は回廊の一角にある扉を開き建物の内部へと入る。中にはいくつかの扉と、地下へ続く石組みの階段がある。窓はなかったが、不思議なことに内部は明るかった。
「外から見ても大きい建物だったけど、地下まであるんだな」
「ええ、そうなんですよ。よく新人が迷子になるんです」
「この国の建物って、どこもやたら広いよな…もう少しシンプルにすりゃいいのに」
「地上の建物と違って、あとからいくらでも継ぎ接ぎできますから。ついつい拡張しすぎちゃうんですよね」
「魔法都市の人間ってそんな無計画なのか?」
「ちょっとだけ欲張りなんですよ」
冗談なのか本気なのかわからない答えが返ってくる。
階段を降りると、ここも神殿のような荘厳な雰囲気があった。廊下の一角に鍵のかかったドアがあり、青年はその前で鍵束を取り出して鍵穴へと細い鍵を差し込む。ガチャリと音がして鍵が開く。
「そういうとこはアナログなんだな」
「アナログ?」
「魔法でやんないんだなって」
「たまにはこういうのが恋しくなるんですよ」
「そういうもんか」
扉を潜って中に足を踏み入れると、柔らかな光が足元から広がって部屋がゆっくりと明るくなっていく。こういうのは魔法らしい。
そこはこじんまりとした玄関のようだった。青年が扉に鍵をかける。
「ここ、泊まり込むときに使うんですよ。あ、こっちが食事スペースです。僕がよく書き物してるのが向こうの書斎兼の寝室。浴室もありますし、キッチンもありますよ。使います?」
「部屋っつーか……家かよ」
「過剰ですよね。まあ、お陰で不便はないので」
青年はクルリと振り返ると、何やらこんもりした布の束を手渡す。
「何だこれ」
「とりあえず、お風呂に入ってきてください。僕は所用があるので」
有無を言わさぬ調子で言われ、大人しく浴室へと向かう。手渡されたのはタオルと着替えだった。
「恐ろしく準備がいいよな……」
「何か言いました?」
「いや……なんでも」
風呂もここでは勝手が違うだろうと思っていたのだが、別段苦労もせず快適に済ませる。
浴室を出ると、青年の姿は奥の書斎兼寝室にあった。何か書き物をしている。
「早かったですね。ゆっくりしても良かったのに」
「十分ゆっくりした。……研究の続きか?」
「ええ、まあ」
羽ペンを机に置き立ち上がる。
「何か食べますよね? あるものでよければお出ししますよ」
「……もらおうかな」
「座って待っててください。持っていきますから」
食事スペースにある、やけに大きなテーブルに着席する。なんとなく落ち着かずに辺りを見回す。生活感をほとんど感じさせない整頓された部屋。たぶん彼の性格だと、自宅もこんな感じなんだろう。
「お待たせしました。エリプシの実、気に入ってましたよね」
パンにスープ、野菜や肉など思ったより多くの皿を並べて、彼は香辛料の名をあげた。トロリと艶のあるタレがかかったロール状の肉の上に、独特の辛みのある小さな赤い実が振ってある。漂うご馳走の匂い。ゴクリと喉が鳴った。
「ほとんど用意させたものですけど。良かったらどうぞ」
「いただきます」
食事を堪能し、食後にはハーブティーを振る舞われる。芳醇な香りのそれは、普段の旅の食事ではなかなか味わえない類いのものだ。
「……至れり尽くせりすぎて恐い……」
「やだなぁ、素直に楽しんでくださいよ。これは友人としてもてなしてるつもりですから」
そんな風に言われ、少し複雑な気持ちになる。
「……ちょっと前だったら、素直に楽しめたんだけど、な」
青年が立ち上がり、側にやってくる。そして、テーブルの上に無造作に置いていた俺の腕を掴んだ。
「ちょっと、こっちに来てもらっていいですか?」
「なんだよ?」
手を引かれ、やむなく立ち上がる。そのまま書斎兼寝室に向かう。机の上には書きかけの書類がある。
そちらに気を取られていたら、不意に肩を掴まれ壁に押し付けられた。
「契約、忘れてないですよね?」
息のかかる距離で問われ、思わず目を逸らす。
「……覚えてる」
「いいんですね?」
「……」
問いに視線をあげると、藍の瞳が射貫くように見つめ返す。耐えきれずにもう一度目を逸らす。
「……言ったろ、他に選択肢がないって」
「つまり?」
あえて言わせようとしている。半ばヤケになって青年を見た。
「……お前の好きにしろよ」
教わった場所に行くと、青年が出迎えた。鳶色の髪に、藍色の瞳。落ち着いた色のローブにはシワ1つなかった。
「どうぞ、入ってください」
真っ白な建物の中に招き入れる。外も中も白い。白くて大きな扉を潜ると、中庭に沿って白い柱が並び、回廊が向こうのほうまで続いている。整然とした様は、まるで宗教施設みたいだなと思う。
似たローブを纏った人が何人か、本や書類を手にして回廊を行き来している。
物珍しいのか、遠慮がちにこちらへ視線を向ける人もいた。
(たぶんこの格好じゃ目立つんだろうな)
地上では当たり前に見かけた旅装も、この中空の魔法都市の中ではほとんど見かけなかった。
「本当に来てくれるなんて、思いませんでしたよ」
「……条件だからな」
「逃げられるかと思ってました」
「あの子や村の人を盾にされたら、できるか」
「嫌だな、僕は交換条件を提示しただけですから」
「……お前ほんと性格悪いよな」
「よく言われます」
苛々をぶつけても、全く意に介さない。徒労感を感じて、眩しい中庭に目を向ける。
「いいところでしょう? 僕はこの庭、気に入ってるんです」
「何なんだここ?」
「いくつかある研究所の1つです。あ、僕の部屋はこっちですよ」
青年は回廊の一角にある扉を開き建物の内部へと入る。中にはいくつかの扉と、地下へ続く石組みの階段がある。窓はなかったが、不思議なことに内部は明るかった。
「外から見ても大きい建物だったけど、地下まであるんだな」
「ええ、そうなんですよ。よく新人が迷子になるんです」
「この国の建物って、どこもやたら広いよな…もう少しシンプルにすりゃいいのに」
「地上の建物と違って、あとからいくらでも継ぎ接ぎできますから。ついつい拡張しすぎちゃうんですよね」
「魔法都市の人間ってそんな無計画なのか?」
「ちょっとだけ欲張りなんですよ」
冗談なのか本気なのかわからない答えが返ってくる。
階段を降りると、ここも神殿のような荘厳な雰囲気があった。廊下の一角に鍵のかかったドアがあり、青年はその前で鍵束を取り出して鍵穴へと細い鍵を差し込む。ガチャリと音がして鍵が開く。
「そういうとこはアナログなんだな」
「アナログ?」
「魔法でやんないんだなって」
「たまにはこういうのが恋しくなるんですよ」
「そういうもんか」
扉を潜って中に足を踏み入れると、柔らかな光が足元から広がって部屋がゆっくりと明るくなっていく。こういうのは魔法らしい。
そこはこじんまりとした玄関のようだった。青年が扉に鍵をかける。
「ここ、泊まり込むときに使うんですよ。あ、こっちが食事スペースです。僕がよく書き物してるのが向こうの書斎兼の寝室。浴室もありますし、キッチンもありますよ。使います?」
「部屋っつーか……家かよ」
「過剰ですよね。まあ、お陰で不便はないので」
青年はクルリと振り返ると、何やらこんもりした布の束を手渡す。
「何だこれ」
「とりあえず、お風呂に入ってきてください。僕は所用があるので」
有無を言わさぬ調子で言われ、大人しく浴室へと向かう。手渡されたのはタオルと着替えだった。
「恐ろしく準備がいいよな……」
「何か言いました?」
「いや……なんでも」
風呂もここでは勝手が違うだろうと思っていたのだが、別段苦労もせず快適に済ませる。
浴室を出ると、青年の姿は奥の書斎兼寝室にあった。何か書き物をしている。
「早かったですね。ゆっくりしても良かったのに」
「十分ゆっくりした。……研究の続きか?」
「ええ、まあ」
羽ペンを机に置き立ち上がる。
「何か食べますよね? あるものでよければお出ししますよ」
「……もらおうかな」
「座って待っててください。持っていきますから」
食事スペースにある、やけに大きなテーブルに着席する。なんとなく落ち着かずに辺りを見回す。生活感をほとんど感じさせない整頓された部屋。たぶん彼の性格だと、自宅もこんな感じなんだろう。
「お待たせしました。エリプシの実、気に入ってましたよね」
パンにスープ、野菜や肉など思ったより多くの皿を並べて、彼は香辛料の名をあげた。トロリと艶のあるタレがかかったロール状の肉の上に、独特の辛みのある小さな赤い実が振ってある。漂うご馳走の匂い。ゴクリと喉が鳴った。
「ほとんど用意させたものですけど。良かったらどうぞ」
「いただきます」
食事を堪能し、食後にはハーブティーを振る舞われる。芳醇な香りのそれは、普段の旅の食事ではなかなか味わえない類いのものだ。
「……至れり尽くせりすぎて恐い……」
「やだなぁ、素直に楽しんでくださいよ。これは友人としてもてなしてるつもりですから」
そんな風に言われ、少し複雑な気持ちになる。
「……ちょっと前だったら、素直に楽しめたんだけど、な」
青年が立ち上がり、側にやってくる。そして、テーブルの上に無造作に置いていた俺の腕を掴んだ。
「ちょっと、こっちに来てもらっていいですか?」
「なんだよ?」
手を引かれ、やむなく立ち上がる。そのまま書斎兼寝室に向かう。机の上には書きかけの書類がある。
そちらに気を取られていたら、不意に肩を掴まれ壁に押し付けられた。
「契約、忘れてないですよね?」
息のかかる距離で問われ、思わず目を逸らす。
「……覚えてる」
「いいんですね?」
「……」
問いに視線をあげると、藍の瞳が射貫くように見つめ返す。耐えきれずにもう一度目を逸らす。
「……言ったろ、他に選択肢がないって」
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あえて言わせようとしている。半ばヤケになって青年を見た。
「……お前の好きにしろよ」
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