1 / 12
1 GWは友人たちと
しおりを挟む
5月の連休に入った頃の、夕暮れのバル。店内はすでにほとんど満席で、オレと友人2人はカウンターで夕食をとっていた。
ナポリタンを口にした途端、いきなり背後から成人男性の腕が伸びて、首に絡む。
「ユキ~! 会いたかった! 遅れてごめんね?」
「うぐっ」
「アユト、とりあえず座ろうか。パスタとお前の腕で、ユキが窒息する」
「だって~、お正月以来なんだもん。あ、席とっといてくれてありがと、ケンタ」
「どういたしまして」
「遅ぇんだよ、アユト。メシ、お前の奢りな」
「え~っ」
「ごほっ、リュウだって、ついさっき来たばかりだろ」
「言うな」
「あ、僕、ミートソースとバゲットください! あと、プリンも」
「小学生みてーな頼み方」
「だって、ここの自家製プリン美味しいんだもん」
この3人とは大学時代からの付き合いで、特別に仲がよかった。互いに仕事で忙しくても、年に何回かは必ず集まっている。
いつも通りにみんなで夕食をとった後、馴染みのバーに移動した。
唐突だが、オレ、野々田由輝 は、特に取り柄もない凡人だ。一方、友人3人は、オレみたいなのに付き合ってくれるのが不思議なくらい、自慢の友人だった。
3人ともそれぞれ違ったタイプで顔はいいし、仕事もできる。おまけに、ケンタもアユトもすごく優しい。リュウは、まあ、ちょっと荒っぽいけど。根はいいヤツだ。
みんなほど気兼ね無く話せる友達はいないし、一緒にいるのがとにかく楽しかった。互いに大学を離れて4年経つが、今でもそれは変わらない。たぶん、これからもそうだろうと思っていた。
アルコールも入り、オレたちは学生時代の思い出話をひとしきり話して盛り上がった。合宿で寝過ごして置いてけぼりにあった話とか、リュウとアユトの悪戯を教授が発見してオレを問い詰めた話とか、他愛もない、くだらない話を色々した。
散々笑って、疲れて、ウーロン茶のグラスを手に取った。
実は前回みんなで集まった時、つい羽目を外して飲み過ぎてしまった。記憶を飛ばすなんていつ以来だっただろう。
そんなわけで、今日はしっかりと酒の量を調整している。グラスを傾けて喉に冷たい茶を流し込む。向かいのソファに座ったケンタが、何気ない調子で話をしていた。
「……それで、最近、マッサージにハマったんだよ。いい店を見つけてさ」
「は? お前そんなキャラだっけ?」
オレの隣で、柄じゃねぇ~と笑いながら手を振るリュウ。反対に、オレは身を乗り出した。
「その店、近いのか?」
「お前の家の、徒歩圏内だな」
「えっ、近所にはないと思ってた」
「基本的に紹介制で、広告は出してないんだ」
どうりでマッサージ店を検索しても出てこないわけだ。ケンタはスマホを取り出し、手に取った。
「そうだ、ユキ、もうすぐ誕生日だよな。ちょうどチケットあるから、紹介しよう。興味あればだけど」
「あるある。ケンタがそこまで言うなら間違いないだろ。行ってみたい」
「じゃ、このアプリを入れるといい。オレからチケットを送る」
「助かる」
スマホに届いたメッセージを開き、言われた通りにアプリをインストールする。癒しのデザインを想像していたら、やけに洗練されたデザインのアプリが開いた。凝った星空のアニメーションが煌めいて、滑らかに固有名詞を綴る。
「ナヴィール・ドゥ・プレザンス?」
店名らしきタイトル。ドゥって、フランス語だっけ? そんなことを考えていたら、長文が一面に表示された……のを、反射的にスキップした。規約は、あとで見よう。
チケットの項目も見つけたけど、中は空っぽだった。
「待ってろ。オレのほうでプラン指定して送るから」
向かいでケンタはシュルシュルとスマホを操作している。少し小柄なアユトが、横から身を乗り出して、ケンタが操作しているスマホを覗き込んだ。
「へ、待って、マッサージって、その……」
「ん?」
違和感のあるリアクションに、オレは首を傾げる。オレの隣に座っていたリュウも立ち上がり、ケンタのスマホを覗き込んだ。彼は一瞬、眉を跳ね上げたようにも見えたけど、話すトーンはいつも通りだった。
「……あー、ここか。オレも使ったことある。最高だよな」
「へ、2人とも? これを? え、マジ?」
「なあ、さっきから何だよ、アユト」
「ユキ、ちょっと静かにしてくれ、いま選んでるから」
「むぅ……」
まあ、オレはぶっちゃけ何でもいいんだけど。なぜか当人のオレを差し置いて、目の前で3人がわいわい言いながらプランを選び始めた。
この時のオレはといえば、経験者が選んでくれるならいいかと気軽に考えていた。どうせ体中なにかしら不調はある。どこを揉まれたっていいと思ったし、さほど大きな差があるとも思わない。……そもそも、定期的に運動を始めるべきかもしれないな。
「じゃ、これとこれと……」
「ならこれもいいんじゃね」
「これ、何だろ?」
「全部いれとけ」
とにかく盛りだくさんにされているのは分かった。それに、なぜかみんな楽しそうだった。どうせ余計なプランを追加してるんだろう。
「なぁ、それ行くのオレなんだよな?」
「もちろんだよ」
「へへ……」
「よしできた。送信っと」
ようやくケンタがスマホの画面を叩く。オレのスマホにチケット到着の通知が届いた。
「ユキ、行ったら感想きかせて? 僕も興味ある」
「気に入ったら一緒に行こうぜ」
「リュウはダメだよ。僕と行こ」
「いやオレと」
ん? なんでみんな、そんなに一緒に行きたがってるんだろう? よくわからないけど、オレはみんなを見回した。
「全員、一緒に行けばいいだろ?」
アプリを見た感じでは、大きそうな店だ。4人みんなで行けるかもしれない。提案すると、3人が一斉にこちらをじっと見る。え、なんでだ?
「2人も4人もそんなに変わりないよな?」
「本気か」
「お前……結構オープンなんだな」
「ユキがいいならいいけど」
「待て、どんなプランを選んだんだよっ」
思わずアプリのチケットを確認したけれど、内容の詳細は書かれてなかった。『お任せオーダー招待プラン』とだけ表示されている。
ケンタがグラスを持ち上げてこちらを見た。
「いいから、満喫してこい。きっと気に入るから」
「おう、ありがとう……?」
酒がまわったせいだろうか、3人ともオレに向けて含みのある笑顔を向けてくる。
(なんか、変なテンション……?)
首を傾げながらも、オレは初めてのマッサージ店をなんだかんだ楽しみにしていたのだった。
ナポリタンを口にした途端、いきなり背後から成人男性の腕が伸びて、首に絡む。
「ユキ~! 会いたかった! 遅れてごめんね?」
「うぐっ」
「アユト、とりあえず座ろうか。パスタとお前の腕で、ユキが窒息する」
「だって~、お正月以来なんだもん。あ、席とっといてくれてありがと、ケンタ」
「どういたしまして」
「遅ぇんだよ、アユト。メシ、お前の奢りな」
「え~っ」
「ごほっ、リュウだって、ついさっき来たばかりだろ」
「言うな」
「あ、僕、ミートソースとバゲットください! あと、プリンも」
「小学生みてーな頼み方」
「だって、ここの自家製プリン美味しいんだもん」
この3人とは大学時代からの付き合いで、特別に仲がよかった。互いに仕事で忙しくても、年に何回かは必ず集まっている。
いつも通りにみんなで夕食をとった後、馴染みのバーに移動した。
唐突だが、オレ、野々田由輝 は、特に取り柄もない凡人だ。一方、友人3人は、オレみたいなのに付き合ってくれるのが不思議なくらい、自慢の友人だった。
3人ともそれぞれ違ったタイプで顔はいいし、仕事もできる。おまけに、ケンタもアユトもすごく優しい。リュウは、まあ、ちょっと荒っぽいけど。根はいいヤツだ。
みんなほど気兼ね無く話せる友達はいないし、一緒にいるのがとにかく楽しかった。互いに大学を離れて4年経つが、今でもそれは変わらない。たぶん、これからもそうだろうと思っていた。
アルコールも入り、オレたちは学生時代の思い出話をひとしきり話して盛り上がった。合宿で寝過ごして置いてけぼりにあった話とか、リュウとアユトの悪戯を教授が発見してオレを問い詰めた話とか、他愛もない、くだらない話を色々した。
散々笑って、疲れて、ウーロン茶のグラスを手に取った。
実は前回みんなで集まった時、つい羽目を外して飲み過ぎてしまった。記憶を飛ばすなんていつ以来だっただろう。
そんなわけで、今日はしっかりと酒の量を調整している。グラスを傾けて喉に冷たい茶を流し込む。向かいのソファに座ったケンタが、何気ない調子で話をしていた。
「……それで、最近、マッサージにハマったんだよ。いい店を見つけてさ」
「は? お前そんなキャラだっけ?」
オレの隣で、柄じゃねぇ~と笑いながら手を振るリュウ。反対に、オレは身を乗り出した。
「その店、近いのか?」
「お前の家の、徒歩圏内だな」
「えっ、近所にはないと思ってた」
「基本的に紹介制で、広告は出してないんだ」
どうりでマッサージ店を検索しても出てこないわけだ。ケンタはスマホを取り出し、手に取った。
「そうだ、ユキ、もうすぐ誕生日だよな。ちょうどチケットあるから、紹介しよう。興味あればだけど」
「あるある。ケンタがそこまで言うなら間違いないだろ。行ってみたい」
「じゃ、このアプリを入れるといい。オレからチケットを送る」
「助かる」
スマホに届いたメッセージを開き、言われた通りにアプリをインストールする。癒しのデザインを想像していたら、やけに洗練されたデザインのアプリが開いた。凝った星空のアニメーションが煌めいて、滑らかに固有名詞を綴る。
「ナヴィール・ドゥ・プレザンス?」
店名らしきタイトル。ドゥって、フランス語だっけ? そんなことを考えていたら、長文が一面に表示された……のを、反射的にスキップした。規約は、あとで見よう。
チケットの項目も見つけたけど、中は空っぽだった。
「待ってろ。オレのほうでプラン指定して送るから」
向かいでケンタはシュルシュルとスマホを操作している。少し小柄なアユトが、横から身を乗り出して、ケンタが操作しているスマホを覗き込んだ。
「へ、待って、マッサージって、その……」
「ん?」
違和感のあるリアクションに、オレは首を傾げる。オレの隣に座っていたリュウも立ち上がり、ケンタのスマホを覗き込んだ。彼は一瞬、眉を跳ね上げたようにも見えたけど、話すトーンはいつも通りだった。
「……あー、ここか。オレも使ったことある。最高だよな」
「へ、2人とも? これを? え、マジ?」
「なあ、さっきから何だよ、アユト」
「ユキ、ちょっと静かにしてくれ、いま選んでるから」
「むぅ……」
まあ、オレはぶっちゃけ何でもいいんだけど。なぜか当人のオレを差し置いて、目の前で3人がわいわい言いながらプランを選び始めた。
この時のオレはといえば、経験者が選んでくれるならいいかと気軽に考えていた。どうせ体中なにかしら不調はある。どこを揉まれたっていいと思ったし、さほど大きな差があるとも思わない。……そもそも、定期的に運動を始めるべきかもしれないな。
「じゃ、これとこれと……」
「ならこれもいいんじゃね」
「これ、何だろ?」
「全部いれとけ」
とにかく盛りだくさんにされているのは分かった。それに、なぜかみんな楽しそうだった。どうせ余計なプランを追加してるんだろう。
「なぁ、それ行くのオレなんだよな?」
「もちろんだよ」
「へへ……」
「よしできた。送信っと」
ようやくケンタがスマホの画面を叩く。オレのスマホにチケット到着の通知が届いた。
「ユキ、行ったら感想きかせて? 僕も興味ある」
「気に入ったら一緒に行こうぜ」
「リュウはダメだよ。僕と行こ」
「いやオレと」
ん? なんでみんな、そんなに一緒に行きたがってるんだろう? よくわからないけど、オレはみんなを見回した。
「全員、一緒に行けばいいだろ?」
アプリを見た感じでは、大きそうな店だ。4人みんなで行けるかもしれない。提案すると、3人が一斉にこちらをじっと見る。え、なんでだ?
「2人も4人もそんなに変わりないよな?」
「本気か」
「お前……結構オープンなんだな」
「ユキがいいならいいけど」
「待て、どんなプランを選んだんだよっ」
思わずアプリのチケットを確認したけれど、内容の詳細は書かれてなかった。『お任せオーダー招待プラン』とだけ表示されている。
ケンタがグラスを持ち上げてこちらを見た。
「いいから、満喫してこい。きっと気に入るから」
「おう、ありがとう……?」
酒がまわったせいだろうか、3人ともオレに向けて含みのある笑顔を向けてくる。
(なんか、変なテンション……?)
首を傾げながらも、オレは初めてのマッサージ店をなんだかんだ楽しみにしていたのだった。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説


【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
わるいむし
おととななな
BL
新汰は一流の目を持った宝石鑑定士である兄の奏汰のことをとても尊敬している。
しかし、完璧な兄には唯一の欠点があった。
「恋人ができたんだ」
恋多き男の兄が懲りずに連れてきた新しい恋人を新汰はいつものように排除しようとするが…

かわいい息子がバリタチだった
湯豆腐
BL
主人公は、中田 秀雄(なかた ひでお)36歳サラリーマン。16歳の息子と2人暮らし。
残業で深夜に帰宅したとき、息子・真央(まお)が男と性行為をしている姿を目撃してしまう!
【注意】BL表現、性描写がかなりあります。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる