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1 GWは友人たちと
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5月の連休に入った頃の、夕暮れのバル。店内はすでにほとんど満席で、オレと友人2人はカウンターで夕食をとっていた。
ナポリタンを口にした途端、いきなり背後から成人男性の腕が伸びて、首に絡む。
「ユキ~! 会いたかった! 遅れてごめんね?」
「うぐっ」
「アユト、とりあえず座ろうか。パスタとお前の腕で、ユキが窒息する」
「だって~、お正月以来なんだもん。あ、席とっといてくれてありがと、ケンタ」
「どういたしまして」
「遅ぇんだよ、アユト。メシ、お前の奢りな」
「え~っ」
「ごほっ、リュウだって、ついさっき来たばかりだろ」
「言うな」
「あ、僕、ミートソースとバゲットください! あと、プリンも」
「小学生みてーな頼み方」
「だって、ここの自家製プリン美味しいんだもん」
この3人とは大学時代からの付き合いで、特別に仲がよかった。互いに仕事で忙しくても、年に何回かは必ず集まっている。
いつも通りにみんなで夕食をとった後、馴染みのバーに移動した。
唐突だが、オレ、野々田由輝 は、特に取り柄もない凡人だ。一方、友人3人は、オレみたいなのに付き合ってくれるのが不思議なくらい、自慢の友人だった。
3人ともそれぞれ違ったタイプで顔はいいし、仕事もできる。おまけに、ケンタもアユトもすごく優しい。リュウは、まあ、ちょっと荒っぽいけど。根はいいヤツだ。
みんなほど気兼ね無く話せる友達はいないし、一緒にいるのがとにかく楽しかった。互いに大学を離れて4年経つが、今でもそれは変わらない。たぶん、これからもそうだろうと思っていた。
アルコールも入り、オレたちは学生時代の思い出話をひとしきり話して盛り上がった。合宿で寝過ごして置いてけぼりにあった話とか、リュウとアユトの悪戯を教授が発見してオレを問い詰めた話とか、他愛もない、くだらない話を色々した。
散々笑って、疲れて、ウーロン茶のグラスを手に取った。
実は前回みんなで集まった時、つい羽目を外して飲み過ぎてしまった。記憶を飛ばすなんていつ以来だっただろう。
そんなわけで、今日はしっかりと酒の量を調整している。グラスを傾けて喉に冷たい茶を流し込む。向かいのソファに座ったケンタが、何気ない調子で話をしていた。
「……それで、最近、マッサージにハマったんだよ。いい店を見つけてさ」
「は? お前そんなキャラだっけ?」
オレの隣で、柄じゃねぇ~と笑いながら手を振るリュウ。反対に、オレは身を乗り出した。
「その店、近いのか?」
「お前の家の、徒歩圏内だな」
「えっ、近所にはないと思ってた」
「基本的に紹介制で、広告は出してないんだ」
どうりでマッサージ店を検索しても出てこないわけだ。ケンタはスマホを取り出し、手に取った。
「そうだ、ユキ、もうすぐ誕生日だよな。ちょうどチケットあるから、紹介しよう。興味あればだけど」
「あるある。ケンタがそこまで言うなら間違いないだろ。行ってみたい」
「じゃ、このアプリを入れるといい。オレからチケットを送る」
「助かる」
スマホに届いたメッセージを開き、言われた通りにアプリをインストールする。癒しのデザインを想像していたら、やけに洗練されたデザインのアプリが開いた。凝った星空のアニメーションが煌めいて、滑らかに固有名詞を綴る。
「ナヴィール・ドゥ・プレザンス?」
店名らしきタイトル。ドゥって、フランス語だっけ? そんなことを考えていたら、長文が一面に表示された……のを、反射的にスキップした。規約は、あとで見よう。
チケットの項目も見つけたけど、中は空っぽだった。
「待ってろ。オレのほうでプラン指定して送るから」
向かいでケンタはシュルシュルとスマホを操作している。少し小柄なアユトが、横から身を乗り出して、ケンタが操作しているスマホを覗き込んだ。
「へ、待って、マッサージって、その……」
「ん?」
違和感のあるリアクションに、オレは首を傾げる。オレの隣に座っていたリュウも立ち上がり、ケンタのスマホを覗き込んだ。彼は一瞬、眉を跳ね上げたようにも見えたけど、話すトーンはいつも通りだった。
「……あー、ここか。オレも使ったことある。最高だよな」
「へ、2人とも? これを? え、マジ?」
「なあ、さっきから何だよ、アユト」
「ユキ、ちょっと静かにしてくれ、いま選んでるから」
「むぅ……」
まあ、オレはぶっちゃけ何でもいいんだけど。なぜか当人のオレを差し置いて、目の前で3人がわいわい言いながらプランを選び始めた。
この時のオレはといえば、経験者が選んでくれるならいいかと気軽に考えていた。どうせ体中なにかしら不調はある。どこを揉まれたっていいと思ったし、さほど大きな差があるとも思わない。……そもそも、定期的に運動を始めるべきかもしれないな。
「じゃ、これとこれと……」
「ならこれもいいんじゃね」
「これ、何だろ?」
「全部いれとけ」
とにかく盛りだくさんにされているのは分かった。それに、なぜかみんな楽しそうだった。どうせ余計なプランを追加してるんだろう。
「なぁ、それ行くのオレなんだよな?」
「もちろんだよ」
「へへ……」
「よしできた。送信っと」
ようやくケンタがスマホの画面を叩く。オレのスマホにチケット到着の通知が届いた。
「ユキ、行ったら感想きかせて? 僕も興味ある」
「気に入ったら一緒に行こうぜ」
「リュウはダメだよ。僕と行こ」
「いやオレと」
ん? なんでみんな、そんなに一緒に行きたがってるんだろう? よくわからないけど、オレはみんなを見回した。
「全員、一緒に行けばいいだろ?」
アプリを見た感じでは、大きそうな店だ。4人みんなで行けるかもしれない。提案すると、3人が一斉にこちらをじっと見る。え、なんでだ?
「2人も4人もそんなに変わりないよな?」
「本気か」
「お前……結構オープンなんだな」
「ユキがいいならいいけど」
「待て、どんなプランを選んだんだよっ」
思わずアプリのチケットを確認したけれど、内容の詳細は書かれてなかった。『お任せオーダー招待プラン』とだけ表示されている。
ケンタがグラスを持ち上げてこちらを見た。
「いいから、満喫してこい。きっと気に入るから」
「おう、ありがとう……?」
酒がまわったせいだろうか、3人ともオレに向けて含みのある笑顔を向けてくる。
(なんか、変なテンション……?)
首を傾げながらも、オレは初めてのマッサージ店をなんだかんだ楽しみにしていたのだった。
ナポリタンを口にした途端、いきなり背後から成人男性の腕が伸びて、首に絡む。
「ユキ~! 会いたかった! 遅れてごめんね?」
「うぐっ」
「アユト、とりあえず座ろうか。パスタとお前の腕で、ユキが窒息する」
「だって~、お正月以来なんだもん。あ、席とっといてくれてありがと、ケンタ」
「どういたしまして」
「遅ぇんだよ、アユト。メシ、お前の奢りな」
「え~っ」
「ごほっ、リュウだって、ついさっき来たばかりだろ」
「言うな」
「あ、僕、ミートソースとバゲットください! あと、プリンも」
「小学生みてーな頼み方」
「だって、ここの自家製プリン美味しいんだもん」
この3人とは大学時代からの付き合いで、特別に仲がよかった。互いに仕事で忙しくても、年に何回かは必ず集まっている。
いつも通りにみんなで夕食をとった後、馴染みのバーに移動した。
唐突だが、オレ、野々田由輝 は、特に取り柄もない凡人だ。一方、友人3人は、オレみたいなのに付き合ってくれるのが不思議なくらい、自慢の友人だった。
3人ともそれぞれ違ったタイプで顔はいいし、仕事もできる。おまけに、ケンタもアユトもすごく優しい。リュウは、まあ、ちょっと荒っぽいけど。根はいいヤツだ。
みんなほど気兼ね無く話せる友達はいないし、一緒にいるのがとにかく楽しかった。互いに大学を離れて4年経つが、今でもそれは変わらない。たぶん、これからもそうだろうと思っていた。
アルコールも入り、オレたちは学生時代の思い出話をひとしきり話して盛り上がった。合宿で寝過ごして置いてけぼりにあった話とか、リュウとアユトの悪戯を教授が発見してオレを問い詰めた話とか、他愛もない、くだらない話を色々した。
散々笑って、疲れて、ウーロン茶のグラスを手に取った。
実は前回みんなで集まった時、つい羽目を外して飲み過ぎてしまった。記憶を飛ばすなんていつ以来だっただろう。
そんなわけで、今日はしっかりと酒の量を調整している。グラスを傾けて喉に冷たい茶を流し込む。向かいのソファに座ったケンタが、何気ない調子で話をしていた。
「……それで、最近、マッサージにハマったんだよ。いい店を見つけてさ」
「は? お前そんなキャラだっけ?」
オレの隣で、柄じゃねぇ~と笑いながら手を振るリュウ。反対に、オレは身を乗り出した。
「その店、近いのか?」
「お前の家の、徒歩圏内だな」
「えっ、近所にはないと思ってた」
「基本的に紹介制で、広告は出してないんだ」
どうりでマッサージ店を検索しても出てこないわけだ。ケンタはスマホを取り出し、手に取った。
「そうだ、ユキ、もうすぐ誕生日だよな。ちょうどチケットあるから、紹介しよう。興味あればだけど」
「あるある。ケンタがそこまで言うなら間違いないだろ。行ってみたい」
「じゃ、このアプリを入れるといい。オレからチケットを送る」
「助かる」
スマホに届いたメッセージを開き、言われた通りにアプリをインストールする。癒しのデザインを想像していたら、やけに洗練されたデザインのアプリが開いた。凝った星空のアニメーションが煌めいて、滑らかに固有名詞を綴る。
「ナヴィール・ドゥ・プレザンス?」
店名らしきタイトル。ドゥって、フランス語だっけ? そんなことを考えていたら、長文が一面に表示された……のを、反射的にスキップした。規約は、あとで見よう。
チケットの項目も見つけたけど、中は空っぽだった。
「待ってろ。オレのほうでプラン指定して送るから」
向かいでケンタはシュルシュルとスマホを操作している。少し小柄なアユトが、横から身を乗り出して、ケンタが操作しているスマホを覗き込んだ。
「へ、待って、マッサージって、その……」
「ん?」
違和感のあるリアクションに、オレは首を傾げる。オレの隣に座っていたリュウも立ち上がり、ケンタのスマホを覗き込んだ。彼は一瞬、眉を跳ね上げたようにも見えたけど、話すトーンはいつも通りだった。
「……あー、ここか。オレも使ったことある。最高だよな」
「へ、2人とも? これを? え、マジ?」
「なあ、さっきから何だよ、アユト」
「ユキ、ちょっと静かにしてくれ、いま選んでるから」
「むぅ……」
まあ、オレはぶっちゃけ何でもいいんだけど。なぜか当人のオレを差し置いて、目の前で3人がわいわい言いながらプランを選び始めた。
この時のオレはといえば、経験者が選んでくれるならいいかと気軽に考えていた。どうせ体中なにかしら不調はある。どこを揉まれたっていいと思ったし、さほど大きな差があるとも思わない。……そもそも、定期的に運動を始めるべきかもしれないな。
「じゃ、これとこれと……」
「ならこれもいいんじゃね」
「これ、何だろ?」
「全部いれとけ」
とにかく盛りだくさんにされているのは分かった。それに、なぜかみんな楽しそうだった。どうせ余計なプランを追加してるんだろう。
「なぁ、それ行くのオレなんだよな?」
「もちろんだよ」
「へへ……」
「よしできた。送信っと」
ようやくケンタがスマホの画面を叩く。オレのスマホにチケット到着の通知が届いた。
「ユキ、行ったら感想きかせて? 僕も興味ある」
「気に入ったら一緒に行こうぜ」
「リュウはダメだよ。僕と行こ」
「いやオレと」
ん? なんでみんな、そんなに一緒に行きたがってるんだろう? よくわからないけど、オレはみんなを見回した。
「全員、一緒に行けばいいだろ?」
アプリを見た感じでは、大きそうな店だ。4人みんなで行けるかもしれない。提案すると、3人が一斉にこちらをじっと見る。え、なんでだ?
「2人も4人もそんなに変わりないよな?」
「本気か」
「お前……結構オープンなんだな」
「ユキがいいならいいけど」
「待て、どんなプランを選んだんだよっ」
思わずアプリのチケットを確認したけれど、内容の詳細は書かれてなかった。『お任せオーダー招待プラン』とだけ表示されている。
ケンタがグラスを持ち上げてこちらを見た。
「いいから、満喫してこい。きっと気に入るから」
「おう、ありがとう……?」
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