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またふたりぼっちになった。
君は風邪がまだ完全には治っていないらしく、たまにコホ、と咳をする。
「あれ、恋人さんは?」
僕は何気なく訊く。
君は喜んでくれてるかな。
「……死んだよ」
君は目を伏せる。
長い睫毛が憂いを帯びる。
形のいい耳がしゅん、と萎える。
え。
「誰かに、滅多刺しにされてね」
刺身にされちゃったんだ、僕はボケを飲み込む。
人の死に関することではボケない。
害悪の死に対してもボケないでおこう。
「顔もわからなくて、DNAでやっとわかったんだって」
「それ見たの?」
「話聞いただけ。でも、……」
湿った空気が流れる。
僕は黙る。
こういうときの対処法は、僕の辞書に載っていない。
でも、君はなんで喜ばないんだろう。
自分を苦しめていた害悪が葬られたとき、人は喜ぶべきなんじゃないかな。
なんで泣いてるの?
なんで喜ばないの?
なんで褒めてくれないの?
ありがとうって、抱きしめてくれないの?
僕が手を血塗れにした時間は何処へ消えたのだろう。
意味は誰に消されたんだろう。
僕と君がふたりぼっちでいるために、君の涙はどれだけ必要なんだろう。
でも、今はふたりぼっちだ。
君が綺麗であるために、僕は汚れよう。
世界の汚いところは僕が全部受け止めて、君の世界に入れないようにしよう。
僕はどれだけ汚れてもいいから。
どれだけ醜くなってもいいから。
君が綺麗でありさえすれば、僕はそれだけでいいから。
僕は迷って、随分迷って、指でつん、と君の頭を触ってみる。
君は身を硬くしたけど、嫌がってはなさそうだったから手のひらを置く。
くしゃ、と撫でてみる。
シャンプーの匂いがふわりと広がる。
長くしていたら嫌われそうで、僕は手を引く。
包丁を触っていた手に、君の髪の感触が上書きされる。
それだけで僕も綺麗になったような気がする。
「ごめん。ありがと」
君の顔が上がる。
うん、とよくわからない返事が漏れる。
君が泣いた時、で脳内検索をかけても何も出てこない。
馬が鳴いた時の対処法なら出た。
馬を殺す。
ということは君を殺せばすべて解決するけど、問題点がありすぎる。
いっそ何かが起こってリセットされればいのに。
記憶をなくしても僕は君を探して、君と世界を叫ぼう。
磁石が自分の意思とは関係なく引き合うように。
月と地球が離れられないように。
月がもし地球から生まれたなら、同じように君と僕が昔はひとつだったのなら、現在もひとつであるべきだと思う。
だからひとつになろう。
他のものが入らないくらい殻をぴったりと閉じて、殻の中の世界で君と死ぬまでひとつになろう。
来世もその次も、君がヒトで僕がダンゴムシに生まれ変わったって、僕らはひとつになろう。
好きとか恋とか愛とか、そういう低俗なものじゃない。
君と僕は、そういう次元ではない。
君は僕といるべきで、僕は君といるべきで。
それは絶対であって。
どこかの神様に決められていて、それに逆らう選択肢はなくて。
僕と君はふたりぼっちにならなければならない。
僕と君はふたりぼっちでいなければならない。
ふたりぼっちを守るためなら、僕は悪魔になろう。
悪魔になって君を救おう。
そしたら君は天使になるから。
悪魔と天使で中和してふたりで人間をしよう。
そのうち害悪はいなくなって、僕も天使になろう。
天使になって君と出会って、ふたりで雲の上に昇ろう。
神様と出会おう。
そして、たったひとつの願い事が叶う。
僕と君の、たったひとつの願い事を神様に言えば、神様なら、叶えてくれるんじゃないかな。
君以外の、本物の神様に会えたら。
そしたら。
僕と君はふたりぼっち。
生まれた時から。
生まれる前から。
死んだ時まで。
死んだ後でも。
僕と君はふたりぼっち。
君と僕はふたりぼっち。
ひとりとふたり。
君は風邪がまだ完全には治っていないらしく、たまにコホ、と咳をする。
「あれ、恋人さんは?」
僕は何気なく訊く。
君は喜んでくれてるかな。
「……死んだよ」
君は目を伏せる。
長い睫毛が憂いを帯びる。
形のいい耳がしゅん、と萎える。
え。
「誰かに、滅多刺しにされてね」
刺身にされちゃったんだ、僕はボケを飲み込む。
人の死に関することではボケない。
害悪の死に対してもボケないでおこう。
「顔もわからなくて、DNAでやっとわかったんだって」
「それ見たの?」
「話聞いただけ。でも、……」
湿った空気が流れる。
僕は黙る。
こういうときの対処法は、僕の辞書に載っていない。
でも、君はなんで喜ばないんだろう。
自分を苦しめていた害悪が葬られたとき、人は喜ぶべきなんじゃないかな。
なんで泣いてるの?
なんで喜ばないの?
なんで褒めてくれないの?
ありがとうって、抱きしめてくれないの?
僕が手を血塗れにした時間は何処へ消えたのだろう。
意味は誰に消されたんだろう。
僕と君がふたりぼっちでいるために、君の涙はどれだけ必要なんだろう。
でも、今はふたりぼっちだ。
君が綺麗であるために、僕は汚れよう。
世界の汚いところは僕が全部受け止めて、君の世界に入れないようにしよう。
僕はどれだけ汚れてもいいから。
どれだけ醜くなってもいいから。
君が綺麗でありさえすれば、僕はそれだけでいいから。
僕は迷って、随分迷って、指でつん、と君の頭を触ってみる。
君は身を硬くしたけど、嫌がってはなさそうだったから手のひらを置く。
くしゃ、と撫でてみる。
シャンプーの匂いがふわりと広がる。
長くしていたら嫌われそうで、僕は手を引く。
包丁を触っていた手に、君の髪の感触が上書きされる。
それだけで僕も綺麗になったような気がする。
「ごめん。ありがと」
君の顔が上がる。
うん、とよくわからない返事が漏れる。
君が泣いた時、で脳内検索をかけても何も出てこない。
馬が鳴いた時の対処法なら出た。
馬を殺す。
ということは君を殺せばすべて解決するけど、問題点がありすぎる。
いっそ何かが起こってリセットされればいのに。
記憶をなくしても僕は君を探して、君と世界を叫ぼう。
磁石が自分の意思とは関係なく引き合うように。
月と地球が離れられないように。
月がもし地球から生まれたなら、同じように君と僕が昔はひとつだったのなら、現在もひとつであるべきだと思う。
だからひとつになろう。
他のものが入らないくらい殻をぴったりと閉じて、殻の中の世界で君と死ぬまでひとつになろう。
来世もその次も、君がヒトで僕がダンゴムシに生まれ変わったって、僕らはひとつになろう。
好きとか恋とか愛とか、そういう低俗なものじゃない。
君と僕は、そういう次元ではない。
君は僕といるべきで、僕は君といるべきで。
それは絶対であって。
どこかの神様に決められていて、それに逆らう選択肢はなくて。
僕と君はふたりぼっちにならなければならない。
僕と君はふたりぼっちでいなければならない。
ふたりぼっちを守るためなら、僕は悪魔になろう。
悪魔になって君を救おう。
そしたら君は天使になるから。
悪魔と天使で中和してふたりで人間をしよう。
そのうち害悪はいなくなって、僕も天使になろう。
天使になって君と出会って、ふたりで雲の上に昇ろう。
神様と出会おう。
そして、たったひとつの願い事が叶う。
僕と君の、たったひとつの願い事を神様に言えば、神様なら、叶えてくれるんじゃないかな。
君以外の、本物の神様に会えたら。
そしたら。
僕と君はふたりぼっち。
生まれた時から。
生まれる前から。
死んだ時まで。
死んだ後でも。
僕と君はふたりぼっち。
君と僕はふたりぼっち。
ひとりとふたり。
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