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文芸部の小野塚眞緒は無口
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部室のドアは閉じられている。
僕は息を吸う、吐く。
そっとドアを押すけど思った以上に大きな音が出て心臓が縮む。
先輩はいつものように座っている。
そして、丸文字が埋まった原稿用紙をぱらぱらしていた。
校正、かな。今度は順番整えてくださいね。
『どうしたの?』
「ど、どうもしてないですよ」
『話あるって顔、してるけど。』
そんな顔してないです。
ないの? と言うように、先輩が首を傾ける。
「ありませんって」
先輩は校正に戻っていた。
僕が先輩に話があるとすれば、それは多分。
『顔、赤いよ?』
「赤くないです!」
僕は慌てて顔を隠す。
先輩の笑顔が、指の隙間から見える。
落ち着け、僕の心臓。
『もしかして話って、好きな人のこと?』
「違います!」
心読むのやめてください。
『恋愛相談とかしてもいいよ。』
待ってやめて。
『好きな人が誰か教えてくれたら、だけど。』
あー、もう!
言っちゃいますよ?
言ってもいいんですか?
誰? と先輩が顔で訊く。
「えっと、」
先輩がぱっと笑顔になる。
「先輩もよく知ってる人だと思うんですけど、」
『芸能人、とか?」
違いますよ。
『じゃあ、歌手?』
どうして自分、っていう選択肢が出ないんだろう。
「もっと近くにいる人なんですけど、」
『誰?』
「告白した方が、いいですか?」
自分の顔が熱いのが、触らなくてもわかる。
『まず、誰が好きなの?』
「告白するかしないか、それだけ、教えてください」
納得いってない顔の先輩が、原稿用紙に書く。
『告白した方が、いいんじゃない?』
丁寧な字。
『言わなくてもわかることもあるけど、言わなきゃわからないこともあるし。告白は後者だと思う。』
「じゃあ、言った方がいいんですね」
先輩は笑顔で頷く。
『告白行く前に誰が好きか、教えて。』
「さっき、言いましたよ」
『言ってない!』
「先輩もよく知ってて、近くにいる人です」
『誰?』
「だから、」
先輩の目を見る。綺麗だ、と思う。
息が止まりそうになる。僕は、必死で声を出す。
「先輩、ですよ」
キョトン、とする先輩。
「先輩のことが、好きです」
『凛くんも冗談言うようになったのかな?』
「冗談じゃ、なくて、」
『本当な方?』
「本当な方です」
「ありがと」
先輩、声出すんですか……?
「これは、自分の口で言わなきゃ、って思った」
先輩は真面目なトーンになって、言う。
先輩の声がじんわりと、僕の耳を溶かす。
体温がまた上がる。
「好きになってくれたことは嬉しいし、告白してくれたことも、嬉しい」
人生初だったしね、と先輩が照れて笑う。
「でも、ごめん」
え。
「凛くんとは、付き合えない」
「なんで、ですか」
「好きな人が、いるから」
「じゃあ僕、恋人のひとつ下とか、そこでもいいので、」
「ごめん」
僕はまだ食い下がろうとして、先輩の声に遮られる。
「ごめんね」
ぼやけてきた先輩の顔を見る。
こんなに哀しい笑顔を、僕は見たことがない。
「……はい」
「自分に嘘、つきたくないから」
泣きたいのは、こっちの方なのに。
先輩が先に泣くから、泣けなくなったじゃないですか。
「また明日も、部活来てくれる?」
「来ますよ。毎日」
「ありがと」
散らかった原稿用紙に、2つの泣く声が吸い込まれていく。
吹っ切れたように、不意に涙が止まる。
落ち着いて、僕は先輩に訊く。
「じゃあ先輩は、誰が好きなんですか?」
先輩が答えようと、口を開く。
キィ。ドアが鳴く。
僕は息を吸う、吐く。
そっとドアを押すけど思った以上に大きな音が出て心臓が縮む。
先輩はいつものように座っている。
そして、丸文字が埋まった原稿用紙をぱらぱらしていた。
校正、かな。今度は順番整えてくださいね。
『どうしたの?』
「ど、どうもしてないですよ」
『話あるって顔、してるけど。』
そんな顔してないです。
ないの? と言うように、先輩が首を傾ける。
「ありませんって」
先輩は校正に戻っていた。
僕が先輩に話があるとすれば、それは多分。
『顔、赤いよ?』
「赤くないです!」
僕は慌てて顔を隠す。
先輩の笑顔が、指の隙間から見える。
落ち着け、僕の心臓。
『もしかして話って、好きな人のこと?』
「違います!」
心読むのやめてください。
『恋愛相談とかしてもいいよ。』
待ってやめて。
『好きな人が誰か教えてくれたら、だけど。』
あー、もう!
言っちゃいますよ?
言ってもいいんですか?
誰? と先輩が顔で訊く。
「えっと、」
先輩がぱっと笑顔になる。
「先輩もよく知ってる人だと思うんですけど、」
『芸能人、とか?」
違いますよ。
『じゃあ、歌手?』
どうして自分、っていう選択肢が出ないんだろう。
「もっと近くにいる人なんですけど、」
『誰?』
「告白した方が、いいですか?」
自分の顔が熱いのが、触らなくてもわかる。
『まず、誰が好きなの?』
「告白するかしないか、それだけ、教えてください」
納得いってない顔の先輩が、原稿用紙に書く。
『告白した方が、いいんじゃない?』
丁寧な字。
『言わなくてもわかることもあるけど、言わなきゃわからないこともあるし。告白は後者だと思う。』
「じゃあ、言った方がいいんですね」
先輩は笑顔で頷く。
『告白行く前に誰が好きか、教えて。』
「さっき、言いましたよ」
『言ってない!』
「先輩もよく知ってて、近くにいる人です」
『誰?』
「だから、」
先輩の目を見る。綺麗だ、と思う。
息が止まりそうになる。僕は、必死で声を出す。
「先輩、ですよ」
キョトン、とする先輩。
「先輩のことが、好きです」
『凛くんも冗談言うようになったのかな?』
「冗談じゃ、なくて、」
『本当な方?』
「本当な方です」
「ありがと」
先輩、声出すんですか……?
「これは、自分の口で言わなきゃ、って思った」
先輩は真面目なトーンになって、言う。
先輩の声がじんわりと、僕の耳を溶かす。
体温がまた上がる。
「好きになってくれたことは嬉しいし、告白してくれたことも、嬉しい」
人生初だったしね、と先輩が照れて笑う。
「でも、ごめん」
え。
「凛くんとは、付き合えない」
「なんで、ですか」
「好きな人が、いるから」
「じゃあ僕、恋人のひとつ下とか、そこでもいいので、」
「ごめん」
僕はまだ食い下がろうとして、先輩の声に遮られる。
「ごめんね」
ぼやけてきた先輩の顔を見る。
こんなに哀しい笑顔を、僕は見たことがない。
「……はい」
「自分に嘘、つきたくないから」
泣きたいのは、こっちの方なのに。
先輩が先に泣くから、泣けなくなったじゃないですか。
「また明日も、部活来てくれる?」
「来ますよ。毎日」
「ありがと」
散らかった原稿用紙に、2つの泣く声が吸い込まれていく。
吹っ切れたように、不意に涙が止まる。
落ち着いて、僕は先輩に訊く。
「じゃあ先輩は、誰が好きなんですか?」
先輩が答えようと、口を開く。
キィ。ドアが鳴く。
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