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文芸部の小野塚眞緒は無口

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今日は、先輩が先に来ているようだ。
ドアを押す。

「こんにちは」

こくん。
先輩はいつもの位置で、いつもの鉛筆を握っていた。
僕は椅子を引き、座る。
手持ち無沙汰になる。
壁の本棚にある本で面白そうなのは読んでしまったし、下の方にある本は抜いたら雪崩起きそうだし。
小説を書こうにも、僕に文才はないし。
何、しよう。
鉛筆が、カツカツと原稿用紙に刻む。
時折止まり、消しゴムが削れ、また時折無音が来る。
そういえば、先輩はどんな小説を書いているのだろう。

「あの、先輩」

静かな教室に、妙に僕の声が響く。
先輩がビクッとする。

「先輩の小説、読みたいんですけど」

ぶんぶん、と先輩が頭を横に振る。
長めの髪がふわりと風に舞う。

「ダメ、ですか?」
『絶対ダメ!』

強めの筆圧。

「お願いします!」
『ダメなものはダメ。』
「なんでですか?」
『恥ずかしいし。』

そうなのかな。

『まだ途中だし。』
「途中でもいいですよ。先想像できるじゃないですか」

先輩は長めに書き出す。

『今まで誰にも見せたことがないし、自己満足するためだけの小説だし、読んでも面白くないと思うし。』
「そんなの、読んでみないとわからないじゃないですか!」

語気が強くなってしまった。
先輩は少し迷う。

「なら僕、読んでも感想言わないので」

また迷う。
少しして。

『それだったら、いい。』

先輩が出した原稿用紙の束を受け取る。
まだ綴じられてなくて読みにくい。

『読みにくいなら返して。』

読みます。

「『回復魔法のマオは無力』…」
『声に出すなら返して。』

どれだけ読ませたくないんですか。
僕の目が丸文字を読み取り、頭の中で世界が創造される。
その世界の構成物質の一つとして、僕はストーリーを追っていく。
先輩は不安そうな顔で僕を覗く。
すぐに僕は、世界に溶けていく。



キィ、とドアの開く音で、僕は現実に引き戻される。
この部室の来客は珍しい。
音の主を見る。

「藤先生?」
「柴田か。君も文芸部だったな」

何しに来たんですか、と訊こうとして、先輩が立ち上がったのでやめる。
顧問が部室に来るのに理由はいらないのかもしれないけれど。

「小野塚、これ頼まれていた物だ」

先輩の顔がぱっと輝く。
いつもは陽の当たらない部室に、太陽が生まれたみたいに。
でもその光は僕に向けられたものではなく。

「ん?」

先生が先輩に何かを訊く。
先輩は黄色のメモ帳に何かを書き、見せる。

「そうか。できるだけ早めにする」

先輩がお辞儀をすると、先生は部室から出て行った。
カチャ、とドアが閉まる。
太陽は急に月になる。

「どうしたんですか?」
『先生に小説頼んでたけど、上巻しかなかったから。』

先輩はまたメモ帳に書く。

『それより先、読まないの?』
「よ、読みます!」

ごまかされた感はあったにせよ、僕は続きが気になって、原稿用紙の束に沈んでいく。



ぱさ、と最後の一枚をめくる。
ここで終わりなのか。

『終わった?』
「あ、はい」
『どうだった?』
「感想聞くんですか?」

ぶんぶん、と盛大に首を振る。取れそうで心配。
どうしたいんですか。

「続き、書いてほしいです」
『読みたいの?』
「気になりますし」
『ラスト決まってるから変えられないけど。』
「大丈夫ですよ。それに、」

先輩の首が傾く。

「面白かったですし」
「本当に?!」
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