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回復魔法のマオは無力

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破壊音が響いた。
マオはぎゅっと目を瞑る。衝撃は来ない。
そっと、目を開ける。

「大丈夫か?」

切れ長の目が、マオを睨む。

「勇者様!」
「いかにも私は勇者だが」
「なんでいるんですか! なんで来なかったんですか?!」
「寝ていたのだ」

……は?

「寝ていた。此処のベッドはふっかふかで気持ち良いからな、つい朝寝坊してしまう。いかんな」
「それより勇者様、背中!」
「それより、って、君が訊いたんじゃないか」
「そうですけど、背中、血が!」

勇者様は背中に手を持っていく。
ぬめりのある液体が、赤黒く光る。

「ああ、そのようだな」
「そのようだな、って……」
「見ればわかるだろう」
「死んじゃ嫌です!」
「人はいつか死ぬ。生まれたからには、な……」

グハッ、と、勇者様が血を吐く。

「勇者様!!」
「疲れた。寝る」

勇者様は目を閉じる。
幸せそうな顔。まるで眠っているように。
腕が重力に引かれて下がる。
マオは何かを叫ぶ。
黒いモンスターが、今度は息を吸う。
炎だ、とマオは思った。
勇者様が助けてくれた命を、こんな所で。
マオの腕の中で少しずつ冷たくなっていく勇者様。
マオはモンスターを睨む。
モンスターが息を吸いきり、その大きな口を開ける。
星になった勇者様の為にも、此処で。

「人を勝手に殺すな」

え。生きてる?

「怪我、してませんでした?」
「治した」
「血、出てましたけど」
「ケチャップだ」
「なんでですか?!」
「たまには冗談の一つでも言ってみようと思ってな」

笑えるから冗談なんですよ。

「何故泣いている。ピーマン苦手か?」
「好き嫌いないですよ」
「そうか」
「それよりも炎が!」
「炎っていうのはな、」

勇者様はバケツを取り出す。何処から出したんですか。
っていうかバケツ?

「水をかけたら消えるのだよ」

そのバケツの中身を、勇者様はモンスターに投げる。
放物線を描き、炎と当たり。
じゅっ、と音を立てて炎が消える。

「な?」

もうちょっと魔法とかでカッコよく倒してください。

「もうちょっと魔法とかでカッコよく倒してください、と思っただろ?」
「なんでわかるんですか?」
「見ればわかる」

そうですか。

「じゃあ、カッコよく魔法で倒すか」

お願いします。
勇者様は何やら長い呪文を唱える。
周りが少しずつ赤く光ってきて、それに怯えたモンスターが後退る。
最後に勇者様が右手を出すと、そこから光が放たれ、モンスターの眉間に当たる。
モンスターは耐えようとして、でも耐えきれずに崩れ落ちる。

「どうだ?」

勇者様が振り向く。

「カッコよかったです!」
「そうか」

勇者様が上機嫌になったように見えた。
それにしてもなんで、

「それにしてもなんで、助けてくれたんだろう、と思っているだろう」
「見ればわかるんですよね」
「私の台詞を盗るな」

勇者様は不機嫌になる。

「何故助けたかというとな、」

ポーズを決める。

「私が勇者だからだ」

カッコいい、と思った。マオもいつか言ってみたい、と思った。

「冗談だ」

冗談じゃなくていいです。

「本当は、君が可愛いからだ」
「可愛くないですよ」
「では私の目がおかしいのだな」
「おかしくはないです」
「では可愛いのではないか?」
「可愛くないけど、目もおかしくないです」
「そうか」

勇者様だけは、何もなかったように残りのモンスターを倒していく。
……バケツで。
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