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文芸部の小野塚眞緒は無口
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部室に行くと、鍵が閉まっていた。
カバンを廊下に置き、職員室に行く。
「失礼します。文芸部の柴田です。部室の鍵を取りに来ました」
「柴田か」
藤先生がパソコンから顔を上げる。
「鍵なら小野塚が持っていったぞ」
すれ違ったのかな。
職員室を出る。
部室に戻る。先輩がいる気配がする。
廊下に置いたカバンはない。先輩が入れてくれたのだろう。
気まずさを殺してドアを押す。キィ、と軋む。
先輩は黄色のメモ帳を持って部室をぐるぐるしていた。
何、してるんですか。
僕は部室に入る。
と、先輩とぶつかってしまう。
「す、すみません」
落ちたメモ帳を拾う。
え。
『凛くんに謝る。原稿用紙に書く? でも来てくれなかったらどうしよう……。』
丸文字が並んでいた。
返して、というように先輩が出した手に、メモ帳を乗せる。
先輩はメモ帳の新しいページを開き、鉛筆で書く。
『見た?』
急いでて乱れた字。
「何を、ですか?」
見なかったことにしたほうがいいと思った。直感的に。
『なら、いい。』
ん、と納得してないみたいな顔を作る。
『それと、』
先輩がまた新しいページを開く。
『昨日のこと、ごめんなさい。』
頭を下げられる。
「えっと僕のほうも、昨日は、その、」
真面目に謝るのはすごく勇気がいることだと、思う。
息を吸う。
こういう時の言葉を、僕はひとつしか知らない。
「ごめんなさい!」
頭を下げる。
そっと、目だけで前を見る。
頭を下げたままの先輩と目が合った。
ふふ、と笑ってしまう。
先輩も笑顔になっていた。先輩の笑顔は初めて見る。
こんな表情もするんだ、って思った。
不可抗力的に反射的に、かわいい、と思ってしまった。
好きなのかも、って思った。
好きじゃない、ともう1人の自分が言う。
『部活、しようか。』
今まで僕は、どんな顔で話していたっけ。
「そう、ですね」
一度意識してしまうと、戻れなくなる。
先輩は不思議そうな顔をしながら、椅子に座って原稿用紙に向かう。
鉛筆が動く。
『何、見てるの?』
「み、見てないですよ!」
僕は慌てて目を逸らす。危ない。
「こ、この辺、読んでいいですか?」
ごまかすために、手が当たったものを取る。
こくん。
「『悪魔になりきれない僕は、人間界で天使に恋をする』……?」
綺麗な文字で埋められた原稿用紙が、紐で止めてある。手作り感すごい。
『部長が書いた小説。』
「部長って、先輩じゃないんですか?」
『前の部長。』
「この山下創さん、ですか?」
こくん。
『裏設定ある、って言ってた。』
「裏設定、ですか?」
『あんまり覚えてないけど、』
うまく話を逸らせたっぽい。
『主人公の名前に裏設定あるって。』
「小説書くのも大変なんですね」
『小野塚眞緒の小説には裏設定ないけど、山下さんはそういうの好きだったから。』
それってただの迷惑なんじゃ……?
表向きハッピーエンドだけど裏設定はバッドエンド、みたいな。
僕は、原稿用紙をめくる。
すぐに、その世界に溺れていく。
ふぅ、と息をつく。
『どうだった?』
「普通に面白かったですけど……」
先輩は先を促すように、首を傾ける。
「これってハッピーエンドなんですかね?」
『貸して。』
僕が渡した原稿用紙を、先輩が流し読みする。
読むの速っ!
「どうなんですか?」
『ぱっと見ハッピーエンドだけどバッドエンドともとれるし、』
先輩は少し考える。
『読む人の受け取り方なんじゃない?』
それは作者の無責任だと、怠慢だと、僕は思う。
カバンを廊下に置き、職員室に行く。
「失礼します。文芸部の柴田です。部室の鍵を取りに来ました」
「柴田か」
藤先生がパソコンから顔を上げる。
「鍵なら小野塚が持っていったぞ」
すれ違ったのかな。
職員室を出る。
部室に戻る。先輩がいる気配がする。
廊下に置いたカバンはない。先輩が入れてくれたのだろう。
気まずさを殺してドアを押す。キィ、と軋む。
先輩は黄色のメモ帳を持って部室をぐるぐるしていた。
何、してるんですか。
僕は部室に入る。
と、先輩とぶつかってしまう。
「す、すみません」
落ちたメモ帳を拾う。
え。
『凛くんに謝る。原稿用紙に書く? でも来てくれなかったらどうしよう……。』
丸文字が並んでいた。
返して、というように先輩が出した手に、メモ帳を乗せる。
先輩はメモ帳の新しいページを開き、鉛筆で書く。
『見た?』
急いでて乱れた字。
「何を、ですか?」
見なかったことにしたほうがいいと思った。直感的に。
『なら、いい。』
ん、と納得してないみたいな顔を作る。
『それと、』
先輩がまた新しいページを開く。
『昨日のこと、ごめんなさい。』
頭を下げられる。
「えっと僕のほうも、昨日は、その、」
真面目に謝るのはすごく勇気がいることだと、思う。
息を吸う。
こういう時の言葉を、僕はひとつしか知らない。
「ごめんなさい!」
頭を下げる。
そっと、目だけで前を見る。
頭を下げたままの先輩と目が合った。
ふふ、と笑ってしまう。
先輩も笑顔になっていた。先輩の笑顔は初めて見る。
こんな表情もするんだ、って思った。
不可抗力的に反射的に、かわいい、と思ってしまった。
好きなのかも、って思った。
好きじゃない、ともう1人の自分が言う。
『部活、しようか。』
今まで僕は、どんな顔で話していたっけ。
「そう、ですね」
一度意識してしまうと、戻れなくなる。
先輩は不思議そうな顔をしながら、椅子に座って原稿用紙に向かう。
鉛筆が動く。
『何、見てるの?』
「み、見てないですよ!」
僕は慌てて目を逸らす。危ない。
「こ、この辺、読んでいいですか?」
ごまかすために、手が当たったものを取る。
こくん。
「『悪魔になりきれない僕は、人間界で天使に恋をする』……?」
綺麗な文字で埋められた原稿用紙が、紐で止めてある。手作り感すごい。
『部長が書いた小説。』
「部長って、先輩じゃないんですか?」
『前の部長。』
「この山下創さん、ですか?」
こくん。
『裏設定ある、って言ってた。』
「裏設定、ですか?」
『あんまり覚えてないけど、』
うまく話を逸らせたっぽい。
『主人公の名前に裏設定あるって。』
「小説書くのも大変なんですね」
『小野塚眞緒の小説には裏設定ないけど、山下さんはそういうの好きだったから。』
それってただの迷惑なんじゃ……?
表向きハッピーエンドだけど裏設定はバッドエンド、みたいな。
僕は、原稿用紙をめくる。
すぐに、その世界に溺れていく。
ふぅ、と息をつく。
『どうだった?』
「普通に面白かったですけど……」
先輩は先を促すように、首を傾ける。
「これってハッピーエンドなんですかね?」
『貸して。』
僕が渡した原稿用紙を、先輩が流し読みする。
読むの速っ!
「どうなんですか?」
『ぱっと見ハッピーエンドだけどバッドエンドともとれるし、』
先輩は少し考える。
『読む人の受け取り方なんじゃない?』
それは作者の無責任だと、怠慢だと、僕は思う。
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