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七つの厄災【不安編】:不安は心配からくるらしいですよ

魔人再生

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 何人かの冒険者が誰かの名前を叫ぶ。不幸の厄災に乗っ取らっれた男の名前だろう。その男はもう――俺が警告をあげる間もなく、厄災が右手を振るう。

「ぬん!」

 厄災と仲間だった冒険者との間に巨大な手斧が現れ、血の弾丸がいくつもの穴を穿つ。 

「気をつけろ! 乗っ取られている!」

 遅れて俺が警告するが、冒険者達はうろたえたまま。俺と英雄の差ってことか。

「皆、こんなに俺のことを思ってくれるなんて、優しいねぇ~」

 男の口調なんだろう。聞こえてくる声と口調にますます仲間の冒険者がうろたえる。だが、そいつはもう、不安の厄災だ。もう一度右手を振るう。今度は血の斬撃を飛ばし、斧ごと仲間たちを斬った。冒険者達が呆然とした表情で崩れ落ちる。

「てめぇ!」

 地上にいる今なら俺でも攻撃できる。ダッシュで一気に距離を詰め、不意打ち気味に太刀を振るう。金属音がして厄災が右手で――いや右手から薄っすらと滲んだ血が太刀を受け止めていた。滲みでる血の量が増え太刀から煙があがる。咄嗟に厄災を蹴っ飛ばして後ろに下がる。

「咄嗟に入った体だが。この野郎――たいした力を持っていねえじゃねえか」

 厄災が悪態をつく。まだ、あの男の体に戸惑っているようだ。だが、太刀は効かないどころか、下手すると喰われる。どうする? 

「スピニングアロー!」 

 俺が考えていると、エウリュアが矢を放つ。厄災は腰から短剣を抜き矢を弾く。

「おぉ! 飛び道具無効か! これは使えんじゃねーか?」

 厄災は戦闘そっちのけで喜び、品のない言葉で嗤らっている。
 飛び道具無効のスキル。以前、森で戦った冒険者が持っていた奴だ。対処法は――。
 俺は箱から滅魔封神の矢を数本取り出し、指の間から鏃が飛び出すように握り込む。

「また、手で矢を投げんのかぁ? もう俺に飛び道具は効かねぇぜ!」

 厄災が俺の手の矢を見て、また投げると思ったようだ。思考能力まで取り付いた奴のレベルになるみたいだな。残念――この矢は、ままぶん殴る為に使う! 投げなければ、飛び道具無効のスキルが発動しないのは、確認済みだ。余裕ぶっこいた厄災の表情を思いっきり殴り飛ばす。鏃で頬が切れたみたいだが、そのくらいは後で回復してもらってくれ。
 そして、――男の傷口から血が溢れ、飛び出してくる。予想通りだ!

「エウリュア! 魔法を!」

「光よ集いて刃となれ――ブーストエッジ!」

「受け取りなさい。ノゾム君」

「メディも! 神聖武器ホーリーウエポン!」

 俺が叫びエウリュアが魔法を唱える。モイラさんがエウリュアごと吹っ飛ばして、エウリュアの手が太刀を撫でた。青白く輝く刀身に、メディの魔法が届いてさらに輝きを増す。

「これで終わりだ! 厄災!」

 男の上に飛び出した血の球を、エウリュアと二人で斬る。さらに俺が流水歩で微塵切りにする。もう何もさせない。すばやく【箱】を開けると、血は光の粒に変わって吸い込まれた。
 冒険者達から歓声があがる。頬を切り裂かれた男が気が付き、仲間に回復魔法をかけてもらっている。仲間の方も斧が在った分、浅い傷で済んだようだ。

 厄災が全て箱に取り込まれると、俺の目にいくつもの映像が見えてきた。不安の厄災の記憶だ。
 遺跡の封印の部屋で、不安の厄災がネズミの姿で辺りを嗅ぎ回っている。封印されたデルフィニアの体に取り憑こうとしているようだが、うまくいかないらしい。
 ネズミがチロチロと首から流れ出る血を舐めた。次の瞬間、ネズミの体が弾け飛び、流れ出た血が球に成って、森まで飛ぶと、森の動物を手当たり次第に吸収していく。動物達を糧に増えた血が二つに分かれ、一つはデルフィニアに、一つは血のスライムへと姿を変えた。血のスライムはデルフィニアを一瞥すると、そのまま地面に潜って眠りについた。

「モイラ姉様、ご無事で何よりです」

 聞き覚えのある声が響き、俺の意識が急激に戻ってくる。空を仰ぐと瞳を潤ませたデルフィニアが両手を組み、しなを作って浮いていた。最初に会った時と同じく、赤い服に巨大な杖を手に持っている。

「封印のおかげで体は奪われずに済んだのですが、血を押さえられて、逆らうことができなかったのです」

 デルフィニアが身をくねらせて言う姿に、目を奪われそうになる。このパターンはやばい。金縛りだ――気づいたが一瞬遅く、デルフィニアの目が赤く光る。

「皆さん、騙されちゃ駄目よ。古代の都市を攻めて封印されたデルフィは――

 モイラさんの一言で金縛りが解ける。魔力を込めた言葉だったらしい。金縛りを破られ、デルフィニアがうふ、うふふと嗤う。

「デルフィはこんなにモイラ姉様をお慕いしておりますのに。姉様の言いつけ通り都市への攻撃はやめましたし、長い封印にも耐えたのに――」

 え? デルフィニアは滅魔封神の弓と矢で倒したんじゃないの? 俺が唖然としたままモイラさんを見ると、俺の表情を見て悟ったモイラさんが愚痴る。

「あんな弓と矢じゃちょっと痛いだけで、魔法を壊されるほうが嫌がってたわ」
 
「凛と戦う姉様の姿に心を奪われて、何の抵抗もできずに押し倒されてしまいましたの」

「紛らわしい言い方すんじゃねえ! デルフィ!」

「うふ、うふ、うふふ」

 怒りのモイラさんが、大量の魔法陣を展開させるも、すぐさま掻き消えていく。

「姉様の魔法陣はいつ見ても素敵! でも、もう構成を覚えちゃったから、消すのは簡単ですの」

「無駄に天才なんだから……」

 モイラさんの眉間を汗が伝い、淋しそうにつぶやく。消耗した体で魔法陣を展開させたのが堪えたらしく、肩で息をしている。そんなモイラさんから目を逸らし、今度はエイレーネに向かってデルフィニアが言う。

「エイレーネ。いや、英雄! モイラ姉様は必ず取り返します! 首を洗って待っていなさい!」

「はっ! できるものなら、いつでも来い!」

 エイレーネさんが鼻で笑い啖呵を切る。デルフィニアが、口が裂けたような微笑みを浮かべ――消えていった。

「行ったみたい」

 モイラさんが辺りを探ってホッとする。俺の力も抜けていく。エウリュアと目があってお互いに笑い合う。

「終わったな!――この国」

「えぇ、王も貴族も何もかも」

 俺とエウリュアがいい笑顔でうなずき合う。王城も王も貴族もいなくなったこの国が、これからどうなるかなんて、俺達の知ったことじゃないからな。
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