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七つの厄災【不安編】:不安は心配からくるらしいですよ

英雄推参

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「母さん――」

「お母さんが――」

「「本気で怒ってる!」」

「三人共大丈夫? ちょっと母さん手加減できそうもないから、安全なところまで行っててね」

 エウリュアとメディが驚き、モイラさんが口調を母に戻して忠告した――直後、雑な動画の編集みたいに一瞬で画面が切り替わり地上の風景が目に映る。エウリュアとメディも近くに来ていた。

「あそこだ!」

 メディが指差す先を見れば、モイラさんとデルフィニアが、かるく千を超えそうな量の魔法陣を背負って浮いていた。

「あぁ、思い出していただけたのですね、モイラ姉様。魔法の名前を呼ぶスクリプトでも、魔力のイメージ変換でもない、本当の古代魔術――儀式魔術セレモウニアル

「急に部屋の結界がなくなって、慌てて気配を追ってきてみれば――ペラペラとおしゃべりは変ってねぇなぁ、デルフィ――とっとと死ね!」

「うふうふ、うふふ。私は死なない。モイラ姉様を殺して永遠に私のモノにする――でも、まだ駄目。その前に――」

 突如、石の床が崩れ、地面からスケルトンが這い出してくる。――出てきた場所から考えると、地下墓地の住人達の様だ。

「私は姉様をあまり壊したくない。あの子達を殺せば、姉様の心を折れるかしら」

「はっ! あんな玩具で殺されるような雑な教育はしてねぇよ! 色ボケェ!」

 さらに地鳴りがして巨大な骸骨の手が現れる。右手には剣。左手には杖。割れた髑髏の隙間がシュウシュウと音を立てて塞がっていく。

「あいつは――さっき俺達が倒した巨大スケルトン!」

「クッ――そんなもん、私がぶっ潰せばすむ話だ!」

「させません!」

 デルフィニアが空間から巨大な杖を取り出し、直接モイラさんに叩きつける。モイラさんも同じく空間から巨大な杖を取り出して受けとめた。

「デルフィ――てめぇ! 邪魔すんな!」

「姉様は私だけを見てください」

 十数体のスケルトンに、蒼い炎をまとった無数の髑髏。そして、さっき倒したはずの巨大なスケルトン。あいつの相手をしながらこの数は多すぎる――逃げるか?

「ノゾム、私は母さんを置いていけない! メディを連れて逃げて!」

「メディだって、もうお母さんを置いて行きたくない!」

 二人共、王宮でモイラさんを置いていったこと、ずっと気にしていたからな。勿論、俺も二人を置いて逃げるなんて無理だ!

「それじゃあ、さっさとこいつら片付けてモイラさんの手伝いするぞ!」

「ノゾム!」

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 戦う覚悟を決めた俺達は、メディの魔法を受けて、スケルトンの群れに突っ込んでいく。片っ端から太刀ぶった斬っていくが、ちぃっとも減っていく感じがしねぇ。目の端には巨大なスケルトンの回りに昏い光りがいくつも浮かび上がっている――エウリュアもメディも飛んでくる髑髏を迎撃するので精一杯だ。――俺がどうにかしないと。

「その心意気や良し!」

 突然あたりに声が響き渡り、巨大な手斧が飛んできて、地面を陥没させながら巨大なスケルトンをふっとばす。地面に突き刺さった手斧の柄に華麗に降り立った少女は、王宮騎士団団長こと、元英雄のエイレーネさんだった。

「来てくれたのね! 貴方!」

「貴様は騎士団長のエイレーネ? 何故? 何故、貴様がここにいる? ここにくる?」

「でっかい奴は片付けた! 後は任せたぞ、青年! 私は妻を手伝ってくる!」

 デルフィニアの質問を無視してエイレーネさんが足元の柄を掴み、一回転して飛び降りながらデルフィニアの方へ手斧を投げる。そのまま着地せず、空気を蹴ってモイラさんのところへ駆け上っていく。
 デルフィニアが杖で飛んできた手斧を弾き返し、その隙にモイラさんが下がって距離をとる。弾き返された手斧は、エイレーネさんが片手で受け止めた。

「約束を果たしに来たぞ、モイラ」

「私が居て欲しいと思うと本当に来てくれる。やっぱり貴方が一番素敵よ。ルセウス」

 すっかり口調の戻ったモイラさんが魔力で手斧を浮かしているらしく、手斧を掴んで空中に浮かぶエイレーネさん。

「ルセウスだと? 英雄ルセウスか! 何故だ! 貴様は死んだはずだぞ!」

「知ったことか! 私に難しい質問をするな!」

 空気を蹴って手斧を叩きつけるエイレーネさん。同時にモイラさんの魔法陣が歯車のように回転して、真っ黒な炎の槍や、白く輝く氷の短剣、雷をまとった風の矢を生み出し、次々とデルフィニアに向かって飛んでいく。
 エイレーネさんがタイミングを合わせ、空気を蹴って反転すると、斧の影から魔法が飛んでくる。
 デルフィニアは、空間を歪めて炎の槍を吸い込み、見えない壁で左右からくる氷の短剣を防ぎ、杖を振って矢を弾き返した。
 弾かれた矢は向きを変え、モイラさんへと飛んでいくが、モイラさんの前に戻ったエイレーネさんが斧を一振りすると、魔法の矢が力を失ってパラパラと落ちていく。
 
「すげぇ……」

「ノゾム、危ない! ぼーっとしてないで!」

 俺には不可能な、幻想この世界の攻防に目を離せないでいると、俺に向かって飛んできた髑髏をエウリュアが叩き落としてくれた。

「エウリュア、すまない!」

 アンデッドとの戦いは、みんなに助けられてばっかりだ。命令で動くアンデッドは殺気がない上、命が無いせいか存在感が希薄で気配を感じ辛い。

「――なんて言い訳したら、親父に怒られちまうな。俺もやれるだけやってみるか!」

 目を瞑りながら、太刀で体の回りを薙ぐ。約一秒――瞑想で完全に気持ちを切り替える。
 うちの武術では居着きをなくすことを最重要としている。力みをなくし相手の変化に合わせて、身も心も技も変化させる。まだまだ、俺には出来ない――けれど、いつまでも出来ないなんて言っていられない。ここは学校じゃない。戦いは喧嘩じゃない。
 飛んでくる髑髏に合わせて、袈裟斬りでも唐竹割りでもない軌道で斬る。膝の力を抜き、腹に力を込め、腕を折りたたみ、手首を使って刃を返し、刀の勢いを消さないように逆胴でスケルトンを斬る。
 できた――時逆流武舞術、流水歩ながるるみずのあゆみ
 拳打、太刀、槍、弓、――どの動きも舞を舞うように見えると揶揄われた時、なるほど面白いと言って始祖が名付けた武舞術。
 いくつもの分派が生まれ、時には合わさり、時代の良いものを取り入れ変化しつつも、失わず伝えられた時逆流の基礎にして奥義。 
 自分の体が今までと違い、力を使わなくても高速で動いていく。髑髏がどこから飛んでこようが、目で見てから太刀を振っても余裕で間に合った。

「ノゾム? 大丈夫? 終わってるわよ」

 俺が残心したまま止まっていると、エウリュアに声をかけられた。顔をあげると、全ての髑髏は地に落ち、動くスケルトンは一つもなくなっていた。
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