僕の忘れられない夏

碧島 唯

文字の大きさ
上 下
7 / 19

 希望の光――3

しおりを挟む
 有名な賛美歌──Amazing Graceだ。
 以前はこのパイプオルガンの伴奏でこうして歌っていたのだろう。
 目を閉じて口ずさむアリスに降り注ぐ、ステンドグラスの虹色の光、まるで……。
「天使みたいだ……」
 思わず口に出してしまって、アリスに聞こえてやしないかとどきまぎしてしまう。
「何か言った?」
 振り向くアリスが光の中に居て、笑っているのが眩しくて、手で窓からの陽を防ごうと上にやる。
 何かが陽の中で動いたような気がして、次の瞬間、ステンドガラスが割れて虹色の光を撒き散らしながら黒い塊と共に落ちて来る。
「アリスっ!」
 降り注ぐガラスの中のアリスに手を伸ばそうとして駆け寄りながら名前を叫ぶ。
 あと少しでアリスに触れて、引き寄せられるはずだった。
 この手はもうちょっとで届くはずだった──のに。
 一枚の大きなガラスが僕に手を伸ばそうとしたアリスの姿を隠し、割れた音と共に四散して、床に赤い色を広げていく。
「──アリスっ!」
 アリスの身体に割れたガラスが飛び散って刺さり、胸元からガラスの破片がいくつも生えているように見えた。
 身体中にガラスが刺さって崩れ落ちそうなアリス。
  ステンドガラスと共に降ってきた黒い塊も鈍い音をさせて床に落ち、アリスに近づいていく。
 Zが上から降ってきた、と気付くのに数瞬かかった。
 Zから逃げて屋根辺りで隠れていた人がZになってしまった末の出来事なのかも知れない、それが、なんで……。
 よりにもよって、何で今なんだよぉっ!
 ゆっくりと膝をつくアリスににじり寄るZ、大量の出血に気を失いかけているアリスの手をZが取った時、我に帰ったアリスがZにショットガンを向けて発射する。
 Zは倒れたが、近くで撃った衝撃にアリスも吹っ飛ばされて床に落ちる。
「アリス!
 アリス、しっかりして!」
 傷の具合を側に行って確かめる。
 ガラスの傷、特に胸元の傷が酷くて血が止まらない。
「シュー……まずったな……。
 手、やられちゃった……」
 さっきのZに手首を咬まれたらしい。
 犬歯で切り裂かれたような痕が皮手袋にあり、血が溢れていた。
 何か、止血するものを。
 慌ててTシャツの裾を切り裂いてアリスの手首に巻くと、あっという間に白いシャツが血に染まっていった。
 アリスの胸元の傷も血が止まる気配がなく、アリスの顔から血の気が引いていくのが見て取れた。
「……私……天国に行けるかな……」
 血塗れの手が、僕ではなく空に向かって伸ばされる。
「……シュー、顔が見えない……もっと側に来て……」
 ごふっと咳き込んだアリスの口元から血が溢れ出して、喉へと伝って白かったシャツが赤く染められていく。
「アリ……ス……」
 こんなに側に居るのに、アリスにはもう僕が見えなくなっていて、思わず強く手を握る。
 ぬるりとした感触でアリスの手も血で真っ赤に染まっていて、僕の手も赤く染めていく。
「……シュー……、もうダメみたいだ……」
 アリスの口から言葉が出る度に傷から血が溢れて、どんどんシャツの染みを広げていく。
血が、止まらない。
「何だか……身体が重いや……」
「アリス、アリスっ!」
「……シュー……と、行きたかったな……」
 嫌な音がして、大量の血がアリスの口元を汚す。
「もう、しゃべらないで、アリス!」
「……シュー……好きだよ…。
……ごめん……、一緒に行けなくて……。
……ごめ……ん……」
 「嫌だ、嫌だ!
 アリス、逝かないで、お願いだから!」
 僕を、置いて逝かないで!
 アリスの、もう何も見えないらしい瞳が僕を見た、気がした。
 血で汚れていても、綺麗な顔で微笑むアリス。
 握ったアリスの手から力が抜けて、するりと僕の手から抜け落ちていく。
「アリス…」
 布で血を拭うと前のままの、生きてた頃と何も変わらない、綺麗なアリスの顔がそこにあったが、もう口を開くことも、目を開けることもなかった。
「僕も……君が好きだ……」
 ぽたりと落ちた涙がアリスの頬を濡らしていく。

さよならの代わりにその顔にキスをする。
 アリスとの最後のキスは、血の味がした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...