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別離(4)
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面会室に現れた松永さんは、意外に、穏やかな顔をしていた。
あれから、松永さんは政治献金法違反で逮捕されて、ほぼ、起訴が決定した。
兄貴も、親父も……俺も……何も、ない。
俺たち、佐倉家も、佐倉事務所も、サクラコンサルタントオフィスも、何もなかったかのように、変わらずに……
「来てくれたんだ」
松永さんは、そう言って、優しく微笑んだ。
「松永さん……俺、絶対、松永さんを無罪にしてみせます。どうにかして、俺……保釈金、用意します。保釈要求をしました。松永さん、やっぱり俺……こんなこと……嫌です。許せないんです」
でも、松永さんは、何も言わず、俺の顔をじっと見た。
「大きくなったねえ、慶太くん」
「大きくって……もう、四十三ですよ、俺」
「はは、そうか。もう、おっさんだなあ」
物心着いた頃には、もう当たり前のように、俺たち兄弟に、松永さんはいた。親父なんかより、ずっと長い時間、松永さんと過ごしてきた。
「真純ちゃん、元気かい?」
「はい。真純も、心配しています。今日も本当は、来たがってたんですけど、接見の制限があるから……ああ、ちょっと遅くなりましたけど、バレンタインデーにって、真純の手作りのチョコと、プレゼント、持ってきました。後で、受け取ってください」
松永さんは、ありがとう、と言って、しばらく俯いて、顔を上げた。
「今だから言うけどね」
「……はい」
「僕は、君が可愛かった。やんちゃで、わがままで、素直じゃなくて。随分、君には手をやかされけど、僕は君が可愛かった。先生は、品行方正な悠太くんを可愛がっていたけど、僕にすれば、慶太くんのほうが、よほど可愛かったんだよ」
「色々……すみませんでした」
「君が、真純ちゃんと一緒に暮らし始めた頃、君は僕に言った。その子と結婚するつもりだと。まあね、いつもの言い逃れだってことくらいわかってたけど、それでも僕は嬉しかったんだよ。プレイボーイの君に、そんな嘘をついてまで、一緒にいたいと思う、女の子ができたってことがね」
「……あの頃は、俺もまだガキで……」
「今でもガキじゃないか」
松永さんは、ははっ、と笑った。
今でも、ガキか……なんか、情けねえな、やっぱ、俺。
「真純ちゃんもね、あんなに必死にお芝居して」
「芝居?」
「初めて会った時、真純ちゃん、必死だった。君と一緒にいたいんだなって、わかったよ」
そんな……あの頃の真純は……
「君たちは、随分長い間、お互いを理解できなかったようだけどね。でも、お互い好きあってるってことは、よくわかったよ」
「わかってたんですか……俺たちのこと……」
「僕は君が生まれる前から、君を見てるんだよ。でもねえ、僕は驚いたんだ。そのうち、離婚したいだなんだと泣きついてくるかと思ったけど、君はずっとそれだけは言わなかった。ひたすら、真純ちゃんのこと、待ってあげてたね」
「俺……真純のこと、好きなんです」
「そうだろうねえ。そうじゃないとねえ。でも今は、どうやら、ラブラブみたいだね。何があったか知らないけど、君も真純ちゃんも、幸せそうだ」
松永さん……あなたは……なんでもわかるんですね……俺と真純のこと、本当に、理解してくれてるんですね……
「あの、松永さん。俺たち、話し合ったんです。……もし、松永さんがご迷惑でなければ……俺たちと一緒に、暮らしませんか。俺たち、松永さんのこと、本当の父親だと思ってるんです。だから……」
「ありがとう。でも、僕はまだそんなに耄碌してないよ。まあ、そうだね。あと十年もして、僕がまだ生きていて、先生のお役には立てない、老害じじい、になっていたら、そうさせてもらおうかな」
「まだ、親父の下で、働く気ですか」
「それが僕の使命だから」
「裏切られたんですよ!」
「裏切られてなんか、ないんだよ」
「松永さん……」
「心残りといえば……君たちの子供の顔が見たかったなあ。君たちのことは、息子と娘みたいに思ってたから。孫の顔が見たかった、かな」
「心残りなんて、言わないでください! 俺が絶対に、絶対に無罪にしてみせます!」
「その気待ちだけで、充分だよ」
「どうしてなんですか……どうして、何もかも背負うんですか!」
俺の言葉に、松永さんは、ふと微笑んで、微かに、首を横に振った。
「そろそろ、時間切れだ。じゃあね、慶太くん。真純ちゃんに、よろしくね。チョコレート、いただくよ。僕は意外に、甘いものが好きなんだ」
「松永さん!」
「真純ちゃんと、仲良くね」
「明日も来ます! 絶対に、絶対に諦めません!」
立ち上がった松永さんは、俺の目をじっと見た。
「慶太くん」
「なんですか」
「恥じない生き方をしなさい。生まれ変わっても、また、この人生を生きたいと思う生き方を、しなさい」
松永さんは、少し寂しそうに笑って、背中を向けて、ドアを出て行った。
恥じない生き方? なんだよそれ……松永さん、あなたは、あなたのこの人生を、また生きたいと思うんですか? 松永さん……あなたは……こんな終わり方、しちゃいけないんだ!
明日、俺は、松永さんにそう言ってやるつもりだった。最後までたたかおうって、こんな裏切り、許しちゃいけないって。俺も一緒にたたかうって。
また、明日……俺、来ますよ。何回でも、俺の人生をかけて、俺の知識と経験と、全てをかけて、あなたを、無罪にしてみせますから!
でも、それは、松永さんの最後の言葉で、俺は、俺たちはもう、二度と、松永さんに会うことも、松永さんを助けることも、松永さんに頼ることも……できなくなった。
「どうして……」
喪服の真純は、遺影の前で、ずっと泣いていて、ずっと化粧もしていない。
松永さんは、俺との面会の夜、首を吊った。留置所の暗い、寒い部屋で、たった一人で、ワイシャツをロープにして、死んでいた。
足には、真純が、留置場は寒いからと選んだ、ふわふわの靴下を履いて、小さな書机には、空になったチョコレートの箱だけが置いてあって、他には、何もなかった。
遺書も、何もない。手紙も、何も。松永さんは、何も言わず、俺たちを、置いていってしまった。
生涯独身だった松永さんの葬儀は、ひっそりとしていて、親父も兄貴も、お袋も、誰も来なかった。事務所の人間も、誰一人、来なかった。あんなに長い間、松永さんに頼りっきりで、あんなに松永さんに尽くしてもらったのに、誰も、松永さんを見送りには来なかった。誰も、松永さんに礼を言いには、来なかった。
俺は喪主をさせてもらい、最後の恩返しを、させてもらった。
「こんなことって、許されるのか……」
俺は、悲しみなんかを遥かに超えて、親父や兄貴や、その取り巻きに対して、異常な怒りを覚えていた。生まれて初めてだった。俺がこんなに怒りを感じたのは、生まれて初めてだった。
だから、実家に乗り込み、親父に言ってやった。覚悟しておけ、と。俺は全部知っている、と。だって俺が佐倉代議士の、会計をやってるんだから。
松永さんの葬儀が終わり、引き取り手のない遺骨の前で、俺は決めた。
「告発する」
「告発?」
「親父と、兄貴を」
「……そんなことしたら、慶太も……」
「許せないんだ。松永さんを殺したのは、親父達だ」
恥じない生き方。
俺はずっと、いい加減で、ナンパで、四十三になってもまだガキで、親父と同じような人間達から、薄汚い金を巻き上げている。
きっと、松永さんと同じような人がいたはずだ。何も言わず、使命だとかなんだとか言って、去っていった人が……俺が全部晴らしてみせる。松永さんの無念も、俺が消してしまった人達も、全部。
「松永さんに、恩返ししたい」
「……それが、恩返しになるの?」
「俺はずっと、自分が恥ずかしかった。こんな情けない、くだらない俺のままで、終わりたくない」
真純は黙って、泣いている。きっと、次に言う、俺の言葉をわかっている。
「真純は、関係ないんだ」
「イヤ。私も慶太とたたかうわ」
「これは、俺の……ケジメだから」
「……別れるって、こと?」
「少し、時間が欲しい」
松永さんの無念を晴らすために、全部失っても構わない。
逮捕されても、世間から抹殺されても、俺は構わない。でも……真純を一人にすることだけは、できない。真純を離すことは、どうしてもできない。
真純をホテルに送り、俺は家へ戻った。家の電話には留守電とFAXが満タンで、確認せずに、全部、消去した。
どうすればいいんだろう。……杉本……俺は、どうすればいい? 真純のことをどうすればいい? お前なら、どうする? お前なら……一人には、できないよな……
一人きりのベッドで、俺はこれからのことをずっと考えている。時間が、過ぎているのか、過ぎていないのか、わからないくらい、ずっと考えていた。
携帯の音に我に返り、時計を見ると、夜中の一時を過ぎていた。
「慶太?」
「どうした?」
電話の向こうの真純は、泣いている。
「……寂しいの……」
消えてしまいそうな声で、真純は……
「慶太……一人は、寂しいの……」
抱きしめたい。今すぐ、真純の所に行って、抱きしめてやりたい。震えている。寒いって、震えて、寂しいって、泣いて、俺を、真純は待っている。
「会いたいの……」
俺だって、俺だって会いたいよ! お前に、今すぐ……
「大丈夫だから。真純、何も心配しなくていい」
「私もお家に帰る」
「ダメだ」
「どうして? どうしてダメなの?」
「こっちにはまだ……マスコミがいるから」
「一人にしないで……」
「一人じゃないよ。ちゃんと俺はここにいるから」
「慶太……」
「じゃあ、切るぞ。早く寝るんだ」
俺は、震える指で、通話終了、を押した。すぐに真純からまたかかってきて、でも、俺はもう取らなかった。
やっぱり、俺は真純を一人にはできない。
真純を……誰かに託そう。真純を大切に思ってくれている、誰かに。真純のことを理解してくれる、誰かに。
真純が、信頼できて、安心できる……あいつ……あいつしか、いない。
あれから、松永さんは政治献金法違反で逮捕されて、ほぼ、起訴が決定した。
兄貴も、親父も……俺も……何も、ない。
俺たち、佐倉家も、佐倉事務所も、サクラコンサルタントオフィスも、何もなかったかのように、変わらずに……
「来てくれたんだ」
松永さんは、そう言って、優しく微笑んだ。
「松永さん……俺、絶対、松永さんを無罪にしてみせます。どうにかして、俺……保釈金、用意します。保釈要求をしました。松永さん、やっぱり俺……こんなこと……嫌です。許せないんです」
でも、松永さんは、何も言わず、俺の顔をじっと見た。
「大きくなったねえ、慶太くん」
「大きくって……もう、四十三ですよ、俺」
「はは、そうか。もう、おっさんだなあ」
物心着いた頃には、もう当たり前のように、俺たち兄弟に、松永さんはいた。親父なんかより、ずっと長い時間、松永さんと過ごしてきた。
「真純ちゃん、元気かい?」
「はい。真純も、心配しています。今日も本当は、来たがってたんですけど、接見の制限があるから……ああ、ちょっと遅くなりましたけど、バレンタインデーにって、真純の手作りのチョコと、プレゼント、持ってきました。後で、受け取ってください」
松永さんは、ありがとう、と言って、しばらく俯いて、顔を上げた。
「今だから言うけどね」
「……はい」
「僕は、君が可愛かった。やんちゃで、わがままで、素直じゃなくて。随分、君には手をやかされけど、僕は君が可愛かった。先生は、品行方正な悠太くんを可愛がっていたけど、僕にすれば、慶太くんのほうが、よほど可愛かったんだよ」
「色々……すみませんでした」
「君が、真純ちゃんと一緒に暮らし始めた頃、君は僕に言った。その子と結婚するつもりだと。まあね、いつもの言い逃れだってことくらいわかってたけど、それでも僕は嬉しかったんだよ。プレイボーイの君に、そんな嘘をついてまで、一緒にいたいと思う、女の子ができたってことがね」
「……あの頃は、俺もまだガキで……」
「今でもガキじゃないか」
松永さんは、ははっ、と笑った。
今でも、ガキか……なんか、情けねえな、やっぱ、俺。
「真純ちゃんもね、あんなに必死にお芝居して」
「芝居?」
「初めて会った時、真純ちゃん、必死だった。君と一緒にいたいんだなって、わかったよ」
そんな……あの頃の真純は……
「君たちは、随分長い間、お互いを理解できなかったようだけどね。でも、お互い好きあってるってことは、よくわかったよ」
「わかってたんですか……俺たちのこと……」
「僕は君が生まれる前から、君を見てるんだよ。でもねえ、僕は驚いたんだ。そのうち、離婚したいだなんだと泣きついてくるかと思ったけど、君はずっとそれだけは言わなかった。ひたすら、真純ちゃんのこと、待ってあげてたね」
「俺……真純のこと、好きなんです」
「そうだろうねえ。そうじゃないとねえ。でも今は、どうやら、ラブラブみたいだね。何があったか知らないけど、君も真純ちゃんも、幸せそうだ」
松永さん……あなたは……なんでもわかるんですね……俺と真純のこと、本当に、理解してくれてるんですね……
「あの、松永さん。俺たち、話し合ったんです。……もし、松永さんがご迷惑でなければ……俺たちと一緒に、暮らしませんか。俺たち、松永さんのこと、本当の父親だと思ってるんです。だから……」
「ありがとう。でも、僕はまだそんなに耄碌してないよ。まあ、そうだね。あと十年もして、僕がまだ生きていて、先生のお役には立てない、老害じじい、になっていたら、そうさせてもらおうかな」
「まだ、親父の下で、働く気ですか」
「それが僕の使命だから」
「裏切られたんですよ!」
「裏切られてなんか、ないんだよ」
「松永さん……」
「心残りといえば……君たちの子供の顔が見たかったなあ。君たちのことは、息子と娘みたいに思ってたから。孫の顔が見たかった、かな」
「心残りなんて、言わないでください! 俺が絶対に、絶対に無罪にしてみせます!」
「その気待ちだけで、充分だよ」
「どうしてなんですか……どうして、何もかも背負うんですか!」
俺の言葉に、松永さんは、ふと微笑んで、微かに、首を横に振った。
「そろそろ、時間切れだ。じゃあね、慶太くん。真純ちゃんに、よろしくね。チョコレート、いただくよ。僕は意外に、甘いものが好きなんだ」
「松永さん!」
「真純ちゃんと、仲良くね」
「明日も来ます! 絶対に、絶対に諦めません!」
立ち上がった松永さんは、俺の目をじっと見た。
「慶太くん」
「なんですか」
「恥じない生き方をしなさい。生まれ変わっても、また、この人生を生きたいと思う生き方を、しなさい」
松永さんは、少し寂しそうに笑って、背中を向けて、ドアを出て行った。
恥じない生き方? なんだよそれ……松永さん、あなたは、あなたのこの人生を、また生きたいと思うんですか? 松永さん……あなたは……こんな終わり方、しちゃいけないんだ!
明日、俺は、松永さんにそう言ってやるつもりだった。最後までたたかおうって、こんな裏切り、許しちゃいけないって。俺も一緒にたたかうって。
また、明日……俺、来ますよ。何回でも、俺の人生をかけて、俺の知識と経験と、全てをかけて、あなたを、無罪にしてみせますから!
でも、それは、松永さんの最後の言葉で、俺は、俺たちはもう、二度と、松永さんに会うことも、松永さんを助けることも、松永さんに頼ることも……できなくなった。
「どうして……」
喪服の真純は、遺影の前で、ずっと泣いていて、ずっと化粧もしていない。
松永さんは、俺との面会の夜、首を吊った。留置所の暗い、寒い部屋で、たった一人で、ワイシャツをロープにして、死んでいた。
足には、真純が、留置場は寒いからと選んだ、ふわふわの靴下を履いて、小さな書机には、空になったチョコレートの箱だけが置いてあって、他には、何もなかった。
遺書も、何もない。手紙も、何も。松永さんは、何も言わず、俺たちを、置いていってしまった。
生涯独身だった松永さんの葬儀は、ひっそりとしていて、親父も兄貴も、お袋も、誰も来なかった。事務所の人間も、誰一人、来なかった。あんなに長い間、松永さんに頼りっきりで、あんなに松永さんに尽くしてもらったのに、誰も、松永さんを見送りには来なかった。誰も、松永さんに礼を言いには、来なかった。
俺は喪主をさせてもらい、最後の恩返しを、させてもらった。
「こんなことって、許されるのか……」
俺は、悲しみなんかを遥かに超えて、親父や兄貴や、その取り巻きに対して、異常な怒りを覚えていた。生まれて初めてだった。俺がこんなに怒りを感じたのは、生まれて初めてだった。
だから、実家に乗り込み、親父に言ってやった。覚悟しておけ、と。俺は全部知っている、と。だって俺が佐倉代議士の、会計をやってるんだから。
松永さんの葬儀が終わり、引き取り手のない遺骨の前で、俺は決めた。
「告発する」
「告発?」
「親父と、兄貴を」
「……そんなことしたら、慶太も……」
「許せないんだ。松永さんを殺したのは、親父達だ」
恥じない生き方。
俺はずっと、いい加減で、ナンパで、四十三になってもまだガキで、親父と同じような人間達から、薄汚い金を巻き上げている。
きっと、松永さんと同じような人がいたはずだ。何も言わず、使命だとかなんだとか言って、去っていった人が……俺が全部晴らしてみせる。松永さんの無念も、俺が消してしまった人達も、全部。
「松永さんに、恩返ししたい」
「……それが、恩返しになるの?」
「俺はずっと、自分が恥ずかしかった。こんな情けない、くだらない俺のままで、終わりたくない」
真純は黙って、泣いている。きっと、次に言う、俺の言葉をわかっている。
「真純は、関係ないんだ」
「イヤ。私も慶太とたたかうわ」
「これは、俺の……ケジメだから」
「……別れるって、こと?」
「少し、時間が欲しい」
松永さんの無念を晴らすために、全部失っても構わない。
逮捕されても、世間から抹殺されても、俺は構わない。でも……真純を一人にすることだけは、できない。真純を離すことは、どうしてもできない。
真純をホテルに送り、俺は家へ戻った。家の電話には留守電とFAXが満タンで、確認せずに、全部、消去した。
どうすればいいんだろう。……杉本……俺は、どうすればいい? 真純のことをどうすればいい? お前なら、どうする? お前なら……一人には、できないよな……
一人きりのベッドで、俺はこれからのことをずっと考えている。時間が、過ぎているのか、過ぎていないのか、わからないくらい、ずっと考えていた。
携帯の音に我に返り、時計を見ると、夜中の一時を過ぎていた。
「慶太?」
「どうした?」
電話の向こうの真純は、泣いている。
「……寂しいの……」
消えてしまいそうな声で、真純は……
「慶太……一人は、寂しいの……」
抱きしめたい。今すぐ、真純の所に行って、抱きしめてやりたい。震えている。寒いって、震えて、寂しいって、泣いて、俺を、真純は待っている。
「会いたいの……」
俺だって、俺だって会いたいよ! お前に、今すぐ……
「大丈夫だから。真純、何も心配しなくていい」
「私もお家に帰る」
「ダメだ」
「どうして? どうしてダメなの?」
「こっちにはまだ……マスコミがいるから」
「一人にしないで……」
「一人じゃないよ。ちゃんと俺はここにいるから」
「慶太……」
「じゃあ、切るぞ。早く寝るんだ」
俺は、震える指で、通話終了、を押した。すぐに真純からまたかかってきて、でも、俺はもう取らなかった。
やっぱり、俺は真純を一人にはできない。
真純を……誰かに託そう。真純を大切に思ってくれている、誰かに。真純のことを理解してくれる、誰かに。
真純が、信頼できて、安心できる……あいつ……あいつしか、いない。
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