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―Extra Story―

Rival4「失う瞬間に動き出す時の歯車」

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「悪いがレインはこの辺りで待っていてくれ」
「分かった」
 
 オレはレインと馬に二人乗りしてアントイーター家へと赴いた。正門から少し離れた場所でオレは降り、レインは馬と一緒に待ってもらう事にした。
 
 ――さてレパード嬢に真実を吐かせなければ、その為には……。
 
 レインには何も心配しなくていいとは言ったものの、確実に勝算する策があるわけではなかった。レパード嬢に馬鹿正直に話せば白を切られるか、運が悪ければリラウサを返す事を条件に脅される可能性もある。
 
 こちらからハッタリをかけてボロ出しをやってみるか。しかし失敗すれば不敬罪となって己の立場が悪くなるだけではなく、騎士団の名誉も穢す事になる。自分の行動一つで悲惨な未来を招くのだ。
 
 一番の懸念は既にリラウサ達を処理されていないかどうかだ。持ち去ってから既に数時間が経っている。証拠隠滅の為に処理されていたら、もうどうする事も出来ない。いやそんな悲惨な考えはよそう。
 
 今は可能性に賭けて行動を起こす方が先決だ。レパード嬢はめっきりと酒に弱い体質だった。程良く酔わせ上手く誘導尋問する方法がある。レインのおじさんに訳を話し、店から年代物の白ワインを一つ譲ってもらった。
 
 これは今日レインを茶会に招いたお礼の品物だと言って渡し、どうにかしてレパード嬢の口にしてもらう。そして彼女から真実を吐かせてみせる。再度オレは意を決し正門へと足を運んだ。
 
 門番に用件を伝えると、この場で待つように言われた。レパード嬢の確認待ちだ。思ったよりも早く許可をもらい、屋敷の中へ招かれた。エントランスに足を踏み入れると、早速レパード嬢が出迎えにきた。
 
「ライノー様、ようこそおいで下さいましたわ」 
 
 彼女はオレの目の前にまで来て挨拶をする。金色に近いイエローのドレスがシャンデリアの光に照らされて眩く、髪型も複雑な編み込みにアップされていた。昔に比べて外見がとても派手になったな。
 
「突然の訪問に失礼致します」
 
 オレは慇懃に挨拶を返す。
 
「堅苦しい敬語はおよしになって。昔お付き合いしていた頃のようにお話下さいませ」
「そうは参りません。貴女は私よりも身分がお高いのですから」
 
 今は深い仲ではない。成り上がりの子爵のオレと侯爵の彼女とでは身分が違い過ぎる。弁えは大事だ。ちなみに彼女は付き合っていた頃、オレを侯爵家の養子にして結婚まで考えてくれていたようだ。
 
 その時のオレは遠征も多く仕事で手がいっぱいだった為、結婚の事は深く考えてはいなかった。レパード嬢の事を蔑ろにしていたわけではないが、彼女はいつしか別の男に心がいき、それをオレは知った時、穏便に別れを切り出した。
 
 ――それも二年前の話でもう過去の出来事だ。
 
 今となって婚約者のレインを通してまた関りをもつなんて皮肉な縁だ。
 
「釈然とはしませんが、今日はどういったご用件でいらしたのです?」
「はい、本日はレインをお招き頂き、有難うございました」
「彼女に対しての謝罪のお茶会でしたもの。ご丁寧にそれをおっしゃりにいらしたの?」
「レインがとても喜んでいたので逆にお礼を申し上げに参りました。出来ましたらこちらを受け取って頂ければ嬉しいのですが」
 
 オレは手にしていた白ワインを差し出す。
 
「まぁ、白ワインですの?」
 
 レパード嬢は酒に弱いとはいえ、オレの手土産を素直に喜んでいる。
 
「えぇ、是非召し上がって下さい」
「有難うございます。宜しければご一緒にお飲みになりませんか?」
 
 ――良かった、誘ってもらえた。
 
 オレはホッと胸を撫で下ろす。ここから先が大事だ。レパード嬢を酔わせてリラウサ達の行方を聞き出さなければ。
 
「ゴート」
 
 レパード嬢は近くに待機していた年嵩の執事を呼び立てた。
 
「こちらを貴賓室で出してもらえるかしら?」
「畏まりました」
 
 ゴートと呼ばれた執事は丁寧な動作でワインを受け取って、この場所から離れた。
                              
「ではライノー様、このまま私が貴賓室にご案内致しますわ」
「恐れ入ります、レパート嬢」
 
 誘(いざな)われてオレはレパード嬢の後に続く。そして案内されている途中にだ。レパード嬢と他愛のない話をしながら、ある一点に目がいった。
 
 ――? 
                                                                             
 窓ガラスから通して見える人物に目が奪われた。執事だろうか。畏まったスーツを着こなしたオレよりも少し上の男が風呂敷を背負い、人目を気にしながら小走りしている。執事の姿に風呂敷を背負う姿に違和感がある上に、
 
 ――何だあれ? 風呂敷がゆさゆさと蠢いていないか?
 
 風呂敷の中に何か生き物でもいるように見えた。
 
 ――……まさかあれは!? 
 
 オレは部下達から聞いたリラウサの情報が瞬時に思い出した! 聞いた話と合致する! 動いているのが不思議でならないが、あそこにレインのリラウサが入っているかもしれない! そう思ったらオレは男の方へと駆け出していた。
 
「え? ライノー様?」
 
 レパード嬢に呼ばれたような気がしたが全く耳に入っていなかった。
 
「そこの使用人待ってくれないか!」
 
 男の背中に向かってオレは叫んだ。男はビクッと肩を聳え立たせて、後ろへと振り返る。同時に男の持つ風呂敷が暴れるように蠢き、男は目を白黒させる。さらにだ。
 
「スロース! その風呂敷を何故持っているの!?」
 
 オレの背後からレパード嬢の叫び声が聞こえた。男はハッと我に返り、その場から駆け出した。
 
「おい待て!」
「待ちなさい!」
 
 オレとレパード嬢の声が重ねる。オレは我を忘れて男の後を全力で走って追う。あの風呂敷が何かレパード嬢は知っていた。やはりあれがリラウサ達の可能性が高い! 男の足はかなり速く、あっという間に裏口から外へ出た。
 
 すぐさま厩舎に入り馬に乗って現れた。そのまま正門の方に向かって走り続ける。顔パスが利くのか両開きの正門もすんなりと通され、そのまま完全に外へ出て行ってしまった。オレは急いでレインが待つ場所へ馬を取りに行く。
 
「ライ、どうしたんだ!?」
 
 尋常ではないオレの様子にレインが慌てふためく。
 
「リリー達を持った男が逃走した! 追いかける!」
「何だって!?」
 
 手短に答えるとオレは素早く乗馬する。
 
「レイン、悪いが辻馬車を見つけて家に戻ってくれ。オレは男を追う」
「待ってくれ、ライ! オレも連れて行ってくれ!」
「駄目だ、レインは戻れ!」
「嫌だ、オレのリリーとリオだ! 助けに行く!」
「くっ」
 
 レインと言い合っている時間が勿体ない。オレはレインの手を引っ張り上げて馬に引き上げた。
 
「かなり飛ばしていくから落っこちるなよ」
「分かった!」
 
 レインはオレの腰に腕を回して密着する。確認したオレは男が走って行った方向へ馬を走らせる。夕刻に向けて人波が多くなった為、走る馬の速度が緩くなり、運良くオレ達は男を見つける事が出来た。これで捕まえる、そう思っていたが男が予想外の行動に出た。森へと入って行ったのだ。
 
 ――クソッ。
 
 森は迷うのは勿論、獣も現れ危険極まりない。オレはレインがいて迷ったが男の後を追った。夕暮れ時で視界も悪い。こんな場所に馬を走らせるなんて自殺行為だ。男は予め逃走経路を考えていたのか、それとも逃げるのに必死過ぎて考えなしの行動なのか……。
 
 ――ヒヒィ――――!
 
 前方から馬の泣き声が響き渡った。男の馬に異変が起きたと推測する。馬を発見した時には男の姿はなかった。どうやら馬を捨て逃走したようだ。オレは馬に乗ったまま追い続ける。
 
「ライ、あそこ!」
 
 突然レインの叫ぶ声で辺りに視線を巡らす。緩やかな傾斜の下を走る男を発見する。奴は風呂敷を背負っていた。傾斜を馬で降りるのは危険だ。オレは馬を止めた。
 
「レイン、ここで待っていくれ! オレは男からリリー達を取り戻してくる!」
「ライ!」
 
 レインの返事も聞かずにオレは馬から降りて男を追う。奴はこんなところまで追いかけたオレに相当動揺としているようで足元がもつれながら必死で走っていた。
 
「観念して止まれ!」
 
 オレが叫ぶと奴は何を思ったのかすぐ先にある崖の方へと走っていった。血迷っているのか、その先には道はなく遥か下に流れの早い上流が見えた。
 
「近づくな! これ以上近づいたら、この風呂敷の中にあるリラウサを崖から落とすぞ!」
 
 男は目を血走らせながら風呂敷を崖の下へと向ける。
 
「やめろ! それは人から盗んだ物だろう! それ以上罪を増やすつもりか!」
「こんなぬいぐるみを盗んで川に流したぐらいで、たかがしれた罪だ! 何よりオマエの婚約者に深い傷をつけられる目的が達成する!」
「やめろっ、返せ!」
 
 オレは男に飛びかかる。その反射に男は身を守る前にして逃げようとした。その時、握っていた風呂敷を離した!
 
「リリ――! リオ――――!!」
 
 ――え? 
 
 オレよりも先に飛び出したのはレインだった。彼女はリリー達が落ちた崖へと向かって走り……そして崖から飛び降りたのだ。
 
 ――!!
 
「レイ――――ンッ!!」
 
 叫ぶながら崖下を見た。息をつく間もなく急降下するレインの姿が焼き付く。そして彼女は濁流に呑まれていく。
 
「レイ――――ンッ!!」
 
 何度も彼女の名を呼ぶオレの声は虚しく濁流の音に消されていくのだった……。
 
 
.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+


――Rein Side
 
 目の前でリリーとリオが崖から落とされた瞬間、オレは勝手に足が動いていた。大事な家族を失うその光景を黙って見ておく事は出来ない。命すら顧みずにオレは落ちていくリリー達の後を追った。
 
 凄まじい勢いで落下する恐怖よりも先に意識が飛んでなくなった。それは間違いない最後の記憶……なのに思いも寄らない出来事が起きている。オレは生きていて目が醒めた時の状況が理解し難かった。
 
 ――時が遡っている。
 
 気が付けばオレはレパード嬢の屋敷に向かう馬車の中にいて茫然となる。
 
 ――あれは眠っている間に見た悪夢だったのか。 
 
 それにしてもあまりにも生々し過ぎる夢だし、おまけにあの日の出来事とまるで同じ事が起きていた。夢だと簡単に割り切れない。
 
 ――予知能力なのか?
 
 何はともあれオレはどうしたらリリーとリオを助け、自分が死なない展開になるのか必死で考えた。お茶会は気分が悪くなったと言って断るか。それはライの顔に泥を塗る事になるし、今日断ったところでも日程が変更になるだけで、また誘われる可能性がある。

 ならお茶会の途中で退散するか。それもリリー達の誘拐がまた別の機会に狙われるかもしれない。だったらお茶会の後に一人で帰るから送らなくていいと言うか。断れば勘繰られて怪しまれるかもしれない。クソッ、どうしたら!
 
 リリー達が誘拐されるのを分かっていて、のこのこあの不快なお茶会に出ている場合じゃない! リリー達を誘拐させられずに、かつ犯人を捕まえるには……。小火騒ぎが起こったのは午後三時頃だった筈。それまでに自分の部屋に戻るには……。
 
 ――オレはある結論に至った。
 
 自分の求める結末にするにはこれしか手・・・・・がない! そのまま馬車に揺られ、オレはレパード嬢の屋敷に訪れた。それからお茶会には参加する。思った通り令嬢達の不快な言葉を投げられるのは変わりない。
 
「レパード嬢」
「何かしら?」
「初めてのこういったお茶会で緊張し過ぎたのか腹痛が起きてしまって。化粧室に行かせて欲しい」
「まぁ、貴女でもデリケートな部分がおありだったのね」
 
 余計な一言を言われたが、気にしている場合ではない。この腹痛は策戦に過ぎない。オレは使用人に化粧室まで案内してもらった。お腹の調子が悪くて時間がかかるから待っていなくていい、お茶会の場所には一人で戻れるからと伝え、使用人を離した。

 それが上手くいき、オレはしめた! と、嗤った。使用人の姿が完全に見えなくなるのを確認したオレは急いで屋敷の外へ出た。なんとか乗合馬車を見つけて、すぐに家へと向かう。
 
 ――無事でいてくれ、リリーリオ! そして絶対に犯人を捕まえてやる!!
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