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―Rhyno Side―

Link11「紡がれた深い愛と強い絆」

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 視界が揺蕩う。意識が不安定なのか。形容し難いこの状況をどう説明したら良いのか。次第に光景が映し出されていくと、オレは顔を歪ませた。
 
 ――これは……暴動の場か?
 
 見覚えのある光景だった。以前に地方で起きた内乱騒動だ。オレはちょうどその地方に偵察に来ていた。そこは以前から領主の過剰な税徴収が疑われ、民から不満の声が上がって実態を探りに来ていた。
 
 オレが赴いた時には民が領主に向けて蜂起していた。実は一年ほど前から何度も民から嘆願書が届いていたが、偵察が遅くなり、痺れを切らした民が怒りを爆発させてしまったのだ。
 
 ――もう少し偵察が早ければ……。
 
 暴動を目にした時、真っ先にそう思った。しかし、後悔したところでどうにもならない。今、オレに出来る事は民と兵士達の争いを止める事だ。仲間と共に飛び込んだのはいいが、兵士達が思ったよりも恐ろしく暴力的だった。
 
 なんとか兵士達を取り押さえる事が出来たが、オレは仲間が背後から斬り殺されそうになったのを庇って深手を負った。オレは仲間に「大丈夫か」? と、声を掛けた。はオレの名前を何度も何度も泣き叫ぶ。その時のオレは出血が酷かった。
 
 ――?
 
 ふと違和感を覚える。
 
 ――庇ったあの時の仲間かれは……?
 
 思い浮かんだ人物にオレは息を呑んだ。
 
 ――いや有り得ない。
 
 レインだなんて。彼女は女だ。それなのにあの時の仲間は男姿のレインだった。
 
 ――どういう事だ?
 
 それから様々な記憶が流れ込んできた。幼い頃から今現在に至るまでの出来事だ。どの出来事も必ずといって傍にレインがいた。彼女……いや彼なのだ。幼い頃はよく悪ふざけして大人に怒られていた。
 
 年頃になると共に騎士を目指し、厳しい試験を乗り越え、血が滲むような思いで王国騎士にまでのぼった。ある日の事、あの殺し屋首領がオレ達の前に現れた。彼女の本性を知らないオレとレインは秘かに彼女に恋心を抱いた。
 
 そして、あの女はオレを選んだ。オレはレインには悪いと思いつつ、かなり心が浮き立っていた。その頃、団長に初のお子さんが生まれた。団長似の大柄な男の子だ。あまりにもビッグなお子さんで、よく奥さんの躯が裂けなかったと感心したものだ。
 
 この時のオレは何もかもが順風満帆だった。仕事も恋愛も……ところが、それはオレのとんでもない思い違いであった。殺し屋首領の本性を知らず、オレは彼女を王宮の自室に招いてしまう。彼女の甘い誘惑もあってオレは理性を飛ばして彼女と睦み合った。
 
 事を終えた直後、オレは裸体姿で左腹部を深く刺された。女が本性を現したのだ。その時は何もかもが遅かった。女が何故刺したのか、その理由も分からないまま、オレは滅多刺しにされて死んだ。
 
 息を引き取る寸前、レインの顔が浮かんだ。オレは自分に罰が当たったと思った。大事な幼馴染に黙って女と付き合ってしまった事、ほんの少しでも優越感を抱いてしまった事、レインを裏切ったから罰が当たった。
 
 彼に謝りたい気持ちもあった。だが何より永遠の別れとなるなら「出逢えて良かった、有難う」の言葉を伝えたかった。誰よりも一番大事な人だと死ぬ間際で気付いて、本当に自分は馬鹿だと後悔した。
 
 ――出来る事ならもう一度レインに逢いたい。
 
 そう悲願してオレは息を絶えたのだった……。
 
 
.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+
 
 
 長い眠りについていたような気がする。ずっと夢を見ていた。
 
 ――あれは夢だったのだろうか。
 
 妙な出来事が頭の中で流れる時があった。まるで記憶のように今躯に刻み込まれている。
 
 ――これは何だ? まるでもう一つの記憶のように生々しい。
 
 それもレインが男なんて妙な話で。混在した記憶に気を取られて、今の自分の状況に気付かなかった。
 
 ――ここは……病室?
 
 真っ白な天井や壁に囲まれた病室だった。オレは寝台の上で眠っていたようだ。
 
 ――そうだ、レインは!
 
「ぐぁっ……」
 
 上体を起こせば左足に強烈な痛みが迸り、オレはその場に蹲った。クソッと舌打ちする。レインはあの女に背中を刺された。血だらけになった彼女を病院に運んだまではいいが、そこから記憶が途絶えている。
 
 あの女に刺された足の怪我が思ったよりも深く、その部位は今包帯でグルグル巻きにされている。この足では松葉杖がなければ歩けない。今すぐにでもレインの無事を確認したいというのに。オレは無理にでも立ち上がろうとした。
 
 ――コンコンコン。
 
 病室の扉からノックの音が聞こえた。返事もしない内に扉はガラッと開けられた。
 
「入るぞ、ライノー……ってオマエ目覚めたのか? って何やっている!」
 
 病室に入ってきたのは団長だった。立ち上がろうとするオレの姿を見て彼はギョッと目を剥いて駆けつけてきた。
 
「団長、オレを今すぐにレインの許へと連れて行って下さい!」
「駄目だ、今は休め」
 
 団長は仕事の時と同様に厳しい表情をして答えた。
 
「お願いです! オレよりもレインは深い傷を負いました!」
「オマエはレインの事になると冷静さを失うのが悪いところだな」
 
 団長は呆れたというばかりに嘆息する。そんな悠長な事を言われてオレはカッと頭に血が上る。
 
「団長!」
「今会いに行ったところでも彼女は眠っていて話が出来ないぞ」
「そんなに危険な状態なのですか!」
「落ち着け、今彼女は傷の影響で高熱が出て安静が必要だ。オマエにも同じ事が言えるぞ。翌日に目を醒ましたのが恐ろしい回復だがな」
「翌日?」
「そうだ。昨日事件が起きて今日はその翌日だ。反乱軍と殺し屋一味だが、すべて牢獄にぶち込んだぞ」
「そこにあの殺し屋の首領も入っていますか?」
「あぁ、今は麻酔で眠らせているけどな。怪我の治療をしてやるにも気性が激しく医師を殺し兼ねないから眠らせている。とはいえ、目覚めて数十日後には処刑となるだろうがな」
「そうですか」
 
 あの女の最後が脳裏に浮かぶ。オレは奴の足の腱を切った。奴のけたたましい叫び声が今でも瞼に焼き付いている。あの女に対して怒り以外の感情はない。
 
「オレは少しオマエの様子を見に来ただけだ。この後、すぐに反乱軍達の処理に入る。暫くはそれに追われるだろう」
 
 団長はやれやれと言った顔で溜め息を吐く。
 
「お忙しいところに何も出来ずに申し訳ありません」
「今は怪我を完治させる事に集中しろ。絶対に寝台から出るなよ?」
「……分かりました」
 
 と、答えたがオレは大人しくしている自信がなかった。折りを見てレインに会いに行こうと思っている。この目で彼女の姿を見ないと落ち着かない。
 
「無理をするな。また見舞いに来る。それじゃあな」
「はい」
 
 オレは室内から出ていく団長の背を見送った……。
 
 
.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+
 
 
 団長にあれほど安静にしていろと念を押されたが、やはりレインの容態が気になり、オレは松葉杖をついて彼女の部屋に行った。団長の言う通り、レインは薬の効果で眠っていたが、高熱のせいで時折苦しそうに呻いていた。
 
 その姿を見る度にオレは胸が潰される思いで「ごめんな、ごめんな」と、彼女の手を取って詫びを繰り返す。オレの浅はかな考えで彼女をこんな危険な目に合わせてしまったのだ。どうしてもっと彼女の言葉に耳を傾けなかったのか後悔する。
 
 あの時、オレはレインの傍を離れるべきではなかった。彼女はあんなに泣いてせがんでいたじゃないか。オレが傍にいれば彼女はこんな苦しい思いをしなかっただろう。あの時、選択を間違えた自分を殴ってやりたい。
 
 彼女が目を醒ますまで、オレはずっと傍にいるつもりだったが、強制的に自分の病室に戻され、安静を要された。この日は我慢して休んだが次の日もオレはレインの所に行った。この日も彼女は眠ったままだった。
 
 昨日よりは落ち着いたように見えたが、静かに眠る姿に呼吸をしているのかと不安になる。戦場に赴ていた時以上の恐怖を抱いていた。このままレインが目を醒まさなかったらと、恐ろしくて仕方ない。
 
 呼吸の音を耳にする度に安堵感を抱いていたが、彼女が目覚めない限り心の底から安心出来なかった。医師は熱が下がれば自然に目を醒ますと言っていたが、それはいつなんだ? 時間が際限なく感じていた。
 
 ――レイン……、早く目を醒ましてくれ。
 
 その思いも虚しく、この日も彼女が目を醒ます事はなかった。三日目ともなるとオレは半ば狂っていた。
 
「レイン、お願いだ。目を醒ましてくれ」
 
 そう何度切望し祈った事か。医師から初め一週間は続くであろうと言われていたレインの熱は奇跡的に下がっていた。それなのにどうして彼女は目覚めない? 
 
 ――レインを失いたくない。
 
 そんな不吉な思いを抱く自分に嫌気が差す。今となってはレインがいない世界など考えられない。彼女は常に傍にいて当たり前の存在で、恋愛よりももっと深い家族のような情愛を抱いている。
 
「レイン、またオレの名前を呼んで欲しい」
 
 ――声が聞きたい。オレを好きだと言って欲しい。
 
 彼女の手をギュっと強く握り、目を瞑って強く祈った。その時、僅かな動きを感じ取る。弾かれたようにオレは視線を上げると、薄っすらとレインの瞳が開いていた。
 
「…………ライ?」
 
 か細くオレの名を呼ぶ。まだ彼女の焦点が合わない。意識が朧げなのが分かる。
 
「レインッ! 目を醒ましたんだな!」
「うおっ」
 
 思わず彼女を強く抱き寄せた。体温が伝わってきてオレは深く安堵感を抱く。
 
 ――ああ、レインは生きている!
 
 グッと目頭が熱くなった。
 
「ライ、足は大丈夫なのか?」
 
 レインは開口一番にオレの心配を口にした。自分の状況よりも他人を慮って何処までオレの胸を熱くさせるんだ。
 
「レイン、オレの心配よりも自分の方だろ? オマエはすぐに怪我の処置はされたが、丸三日も目を醒まさなかったんだぞ」
「そ、そうだったのか」
 
 自分の状況を聞かされてレインは複雑な表情に変わる。
 
「オマエが目を醒まさない間、オレはずっと気が気じゃなかったぞ」
「心配かけて悪かったよ。オレはもう大丈夫だ。ライが守ってくれたからな。そういえばあの時、ライは王宮に向かっていた筈なのに、どうしてオレの所に来たんだ?」
「レインはオレを引き止めていただろ? オレが王宮に行ったら、もう会えなくなるような気がするって必死に話をしていたのに、それをオレは振り払って王宮へと向かった。でも途中で妙な胸騒ぎがして、オマエには予知する力があるんだろう? このままオマエの元を離れたら、もう会えなくなるんじゃないかって怖くなって、急いで引き返したんだよ。まさかその途中で、オマエが殺し屋の首領と闘っているなんて、オレは心臓が止まるかと思った」
 
 一部オレは話すのを割愛した。あの不思議な記憶の事だ。あれが夢なのか、それともオレの記憶が問題なのか、確信のない事を口してレインをこんがらがらせたくはなかった。
 
「そうだったのか。オレの言葉を信じて戻って来てくれて有難う」
「レイン……。オレはオマエに謝りたかったんだ。あの日、オマエはオレを心配して追いかけてくれたんだろ? オレが早く言う事を聞いていれば、オマエにこんな酷い怪我を負わせる事もなかったのに」 
 
 レインを握る手が震える。自分はどれだけ後悔の念に苛まれただろうか。
 
「自分を責めないで。ライが助けてくれたから、オレはこうやって生きているんだからさ」
「レイン……」
 
 彼女の優しさに心が満たされ、オレは彼女の額にキスを落とした。
 
「……っ」
「大丈夫か、レイン!」
 
 彼女は表情を歪ませている。背中の傷が痛んだ事に気付いた。
 
「だ、大丈夫だ」
 
 そうレインは言うがとても大丈夫そうには見えない。少し頬に赤みを帯びて痛みを我慢している様子だ。そのまま彼女は黙り込んでしまう。
 
「ライ、話しておきたい事があるんだ」
 
 急に真顔に変わったレインにオレは顔を引き締める。何か重要な事を打ち明けるのではないだろうか。
 
「どうした?」
「あ、あのな、信じ難い話なんだけど、実はオレ反乱軍が王宮を襲って来る事を予期出来たのは、一度軍が攻めてくる現実を体験したからなんだ」
「何言って?」
 
 レインが言っていた通り、信じ難い話だ。彼女の不思議な力は予知ではなく実体験だというのか? そんな馬鹿な……。
 
「そういう反応になるよな。でもオレの言う事を信じて欲しい。元々オレは男でライと同じ王国騎士団に所属していた。そして反乱軍が攻めて来るあの夜、実はライ、オマエはキャメルに手掛けられて命を落としている」
 
 ――レインが男? オレがあの女に殺された?
 
 レインは怪我の影響で妙な夢でも見ていたのではないかと疑いたくなる。
 
「オレ、ライを失って泣きながら天に祈った。ライを生き返るのであれば、オレはなんでもすると。そしたら奇跡が起こって女神が現れたんだ。彼女はライを生き返らせたいのであれば、ある条件を呑めと言った。それはオレが女になって時を遡り、約束の日時までにライと身も心も結ばれる事だった」
「…………………………」
 
 オレは絶句する。いつもであれば何の冗談だ? と、呆れて返すだろうが、それを言えない自分がいる。彼女の話に腑に落ちる部分があるからだ。
 
 ――時折、垣間見るあの不思議な現象……。
 
 あの時のレインは常に男だった。あれはもしかして……彼女が言うように別の人生の出来事なのか? それが本当であれば……ドクンッと心臓が嫌な波を立てた。
 
 ――オレを助ける為に女に性転換までしたレインであれば、きっと……。
 
「レイン、もしかしてオマエはオレを助けたいが為に、身を捧げたのか?」
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