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―Rein Side―
Loop3「貴方を失いたくないから」
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――キャメル、大丈夫だったかな……。
今宵、オレは部屋のベッドで仰向けとなって、キャメルの心配をしていた。今日は殆どその事ばかりを考えている。今は女になったとはいえ、男だった頃に恋心を抱いていた女だ。まだ特別な想いが残っている。
暴漢男は怖かっただろうし、それに輪をかけてオレが派手に暴れたからな。オレはキャメルを怖がらせた責任は自分にもあると心が痛んでいた。そしてもう一つ心配事がある。キャメルとライの仲だ。
やっぱりキャメルはライの事が好きなんだろう。今日ライに「傍を離れないで欲しい」と、泣いて懇願していた、あれは素だった。気が動転していたし、騎士が傍にいた方が心強いと思ったのかもしれないが、それは都合の良い考えだ。
心が不安定な時ほど、大切な人に傍にいて欲しいと思う。キャメルだって同じだ。惚れた男が目の前にいたら縋りたくもなる。あの時は顔色の悪い彼女が心配で、早くライに家まで送って欲しいと思ったのだが、それは正しい選択だったのか。
――まさかあの後、あの二人の関係が変わったりしていないよな。
って何をオレは馬鹿な事を考えているんだ! キャメルは明らかに具合が悪かったんだぞ! そんな彼女もライも色恋沙汰していたとは思えない。
――でもあの二人は両想いだ。
何がきっかでどうなるかは分からない。なんだろう、この胸に吹く寂寥感は。一人だけ置いてきぼりにされた淋しさやら、それから嫉妬のような感情も感じる。
――ライにか。
ライは男から見ても「良い男」だ。見目良いだけではなく、義理人情に厚く騎士団の中でも熱い人望があり、そして騎士としての腕も一流で功績もある。そんな彼にキャメルが惚れるのも分かる。
――でもなんだろう。何かが違く思える。
ライに嫉妬というよりも寧ろ……。
――コンコンコン。
ここで部屋の扉からノック音が聞こえ、物思いの時間が途切れた。
――父さんか? 母さんか?
まだこの時間は店の片付けやら明日の料理の仕込みをしている筈だけど、オマエも手伝え的な催促でもしにきたのか? だとしてもオレはもう夜着に着替えてしまったぞ。
「はぁい」
オレは返事をして扉を開けに行った。
――ギィ――。
「あっ」
相手の姿が映った途端、オレは短く叫んだ。
――ライだ!
そうだ。すっかりと忘れていたが、確かライはオレに「今日の夜、絶対家にいろよ」とかって言ってたよな。まだライは仕事着のままだった。って事は仕事が終わって、そのままオレの所に来たわけか。
「こんな時間まで仕事だったのか、お疲れさん。そういえばキャメルはだいじょう……」
オレがキャメルの事を訊こうとした時、ライは顰め面の無言でオレの両手首を掴んできた!
「お、おい! な、なにするんだよ!」
掴んだ手首を左右に広げられる。押さえつけられているライの手にはかなりの力が入っていた。オレは意味が分からず、動向を凝視していると、ライはオレの躯をチェックするようにマジマジと見回している。
「何やってんの、オマエ?」
――急にオレの躯に興味を持ち始めたのか! 変態かよ!
まさかこのままオレの躯を弄ぼうなんて思ってないよな!
「何処も怪我してないよな?」
「え?」
なんか頭の中で考えていた事とはかけ離れた反応だぞ?
「あぁ、怪我はしてないぞ」
「……そうか」
オレが応えると、ライは安堵した表情となり、そしてオレの右肩に額をくっ付けてきた。
――うおっ、なんだ急に!
触れられている肩の部分がジーンと熱い気がしてならない。
「ど、どうしたんだよ?」
「いやだってオマエ昼間さ、あれだけの大男を相手に一人で闘ったんだろう? 怪我の一つもしてないなんて奇跡じゃんか」
普段なら「オレは無敵だからな!」って偉ぶるけれど、それよりも急に胸がぶわっと熱くなってきて、そんな憎まれ口を叩く気にはなれなかった。
「オマエ、オレに怪我がないか確認する為だけにここに来たわけ?」
「確認する為だけって大事だろう? あのなぁ、オレはオマエがあの男と闘っている姿を見た時、胸の内が焼き潰さるかと思ったんだぞ。もしかしたらオマエを失うんじゃないかって。そのオレの気持ちがオマエに分かるか?」
ライの温かい言葉で胸がより熱くなった。心配してわざわざ来れくれたって事だよな。恋愛を抜きにしても、ライがオレを大切にしてくれているのが分かった。
――そうだ、ライはそういう奴だ。
あれはいつだったか、一緒に仕事をしていた時だ。ある時、オレ達は血生臭い内乱事件に巻き込まれた事があった。それが思ったよりも大きな暴動で、オレもライも怪我を負った。
ライはオレをずっと「大丈夫か大丈夫か?」と心配していたが、自分の方が骨は折れているわ、出血しているわの酷い怪我で、とても人の事を心配している状態じゃなかったのに、ずっとオレの心配をしてくれていたっけ。
その事を思い出したら、胸にキュゥーと何とも言えない思いが走った。オレは無意識の内に、ライの胸元に顔を埋めた。ライは驚いていたが何も文句を言わずに、そっとオレの背に腕を回してくれた。
「失いたくない気持ちはオレにも分かるよ」
オレはライを失った悲しみを体感している。
「オレもライを失いたくない」
はっきりとした思いを伝え、オレもライの背へ腕を回した。
「レイン?」
オレから何かを汲み取ったライは驚いているようだが、深く追及はしてこなかった。
――ドクンドクンドクン。
ライの確かな鼓動が聞こえる。これを失ってはならない。あんな胸が焼かれるような思いはもう二度としたくない。大事な大事なオレの親友。幼い頃からずっと一緒だった大事な幼馴染だ。
――絶対にライを死なせたくない。いや死なせはしない。
そう心に誓うと、オレはある事を問う。
「あのさライ。この頃、王宮や街で変わった様子はなかったか?」
「どうした急に?」
「いや、オレの勘だけど、妙な胸騒ぎがしてさ」
「…………………………」
何も答えないライが気になって視線を上げてみると、ライの思案する顔が映った。もしかして何か起きているのか?
「ライ?」
オレが名を呼ぶと、ライはハッと我に返る。
「あぁ、悪い。特にそういった事はないな」
「……そうか」
近い内に王宮に反乱軍が侵入し、ライの命が危ないと伝えられたら、どんなに良いか。しかし、それは禁断の行為だと女神から強く言われていた。もし禁忌を犯せば、その時点でライの命は終わりを告げる。
――何も情報が入っていないのか。他に何か危険を知らせる手立てはないのだろうか。
「レイン?」
ライに名を呼ばれてオレは意識を戻す。
「あ、なんでもない。そういえば家まで送ったキャメルの様子は大丈夫だった?」
「え?」
オレは変に勘繰られないよう別の話題を出したのだが、キャメルの名を出した途端、ライの表情が微妙に強張った。なんだこの妙な空気……まさか何かキャメルとあったのか?
「ライ? ……キャメルと何かあったのか?」
「いや何もない。彼女を無事に送った後、今日は安静するように伝えたから大丈夫だろう」
ライは取り繕うような笑顔で言った。
「そっか……」
ライの言葉を疑うつもりはないけれど、キャメルと何かあったんじゃないか。暫くその事がオレの胸に引っ掛りを感じさせていた……。
.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+
ライがオレの部屋を訪れた日から三日経ったが、あれからライは姿を見せなくなった。最後に会った日、喧嘩別れもしていないし、避けられるような出来事もなかった。そんなところに、オレの近辺で妙な出来事が起こるようになった。
店にとんでもない輩が入り込んで騒動を起こしたリ、街に出るとやたら変な男達に絡まれるようになったり、大怪我をするような危険な目にあったり。思うにキャメルを助ける為に闘ったあの男が逆恨みをしてやっているのではないかと疑っていた。
そんな騒ぎの後処理に時間が取られるわで、ライに会いに行く時間すら奪われていた。そしてこの妙な騒ぎは街の騎士達が厳重に注意して見張ってくれるようになった。まぁオレも腕には多少自信があるから、絡まれても追い返したリはしているんだけれど。
――タイムリミットまであと三日しかなくなった。
オレの焦燥感は日に日に増していく。それとライとの恋を育む事と同じぐらい懸念している事があった。タイムリミット当日の夜に王宮に入る反乱軍の事だ。オレはその軍にライは殺されたと思っている。反乱軍はあの警備の堅い王宮にどうやって潜入したのか……謎なのだ。
反乱軍の人間は平和主義を浸透させようとする国王陛下に不満を持つ蜂起した民だ。首謀者は誰なのか。あの事件が起きた当日、オレは王宮の内部で敵軍と戦っている内に、ある部屋でライが血だらけになって倒れているのを見つけた。
その後、オレは女神と会って時がループしたから、反乱軍の情報が分からないのだ。ここ数日、オレは王宮の周りを調べていた。何処かに裏口や隠しルートがあるのではないかと疑ったが、まず警備が万全過ぎて内部に侵入する事が不可能だ。
強行突破も考えられたが、守衛の騎士達は一流の腕をもつ。早々に崩れるとは思えない。あと考えられるとしたら……内部の人間が手招いたのか。そうであればお手上げだ。王宮の誰が裏切り者なのかまでは、さすがに調べられない。
――あとオレに出来るとしたらなんだ?
何も思いつかない。万が一、ライと心が交わせられなかった場合、反乱軍さえ止められればライは死なずに済むのではないかと考えている。しかし、女神はオレとライが結ばれないとライの死は止められないと言った。
――それは何故だ? ……考えても分かるわけがないか。
あと他に何かないのか。ライが死なずに済む方法が……。
――!!
ある事が閃いた。だがこれはほんの可能性でしかなく、ライが確実に死なないという保証はない。それでも何もしないでいるよりはマシだ! オレは居ても立っても居られず、すぐに行動へと移した……。
.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+.。.:*・゜+
「何の用かと思えば、なんだそれは?」
元から厳しい表情がより深みを増し、普通の女ならそれだけでも怯んでしまうだろうが、オレには免疫があった。今オレは恐れ多くも騎士団長のジュラフ様に、話を聞いて貰っている。
騎士をしていた頃、この人がオレの上司だった。副団長のライが甘い顔立ちの王子様風ならば、団長は雄々しくてワイルド。短い黒髪に黒い瞳、骨格隆々で身長も二メートル近くある。決して女ウケしない容姿だが、騎士としての腕は本物。数多の戦場で活躍した英雄だ。
今は一般人の自分が騎士のトップに時間を取って貰うなど出来ないのだが、そこはなんとかライの顔が利いて、話を聞いて貰える事になった。今はライの幼馴染として、一応団長とは面識がある事になっている。
オレは団長が昼飯を食べに行こうと街に下りて来たところを掴まえた。彼のお気に入りの食事処を憶えていて良かった。そして団長の足を止めたオレは率直に要件を述べた。「三日後の四月二十三日の夜、多くの騎士と一緒に王宮にいて欲しい」と。
……当然、団長の顔はみるみる険しくなった。実はあの反乱軍が入った当日、団長は休暇を取っていた。お子さんが生まれる予定で、その前後は特別休暇を取っていたのだ。団長は見た目から想像出来ないが、とても家族思いの人だ。
特別な日を控えているところに悪いとは思うが、あの反乱軍が侵入する日に、もし団長が戦いの采配を振るってくれていたら、こちら側の犠牲は少なく済んでいたと言われている。オレはそこに賭けようと思った。
「レイン、理由はなんだ?」
「理由は言えません。言えない理由があるんです。団長どうかオレの言葉を信じて、三日後の夜に王宮に居て下さい」
自分でもかなり無茶な願いを言っていると思っている。理由を話せないのは女神との約束があるから。理由も話せない中で願いを受け入れて貰うのは至難の業だ。
「それでは納得がいかんだろう。それにその日は休暇を取っている」
「それは奥さんのご出産があるからですか?」
「なんだ知っていたのか。なら何故そんな要望を出してきた?」
団長の顔が訝しんでいる。そこに怒りの色が滲み出ていた。そうなって当然だ。だが、オレもここで引くわけにはいかず、一か八かの賭けに出た。
「団長、では今からオレが言う事が本当だった場合、願いを受け入れてくれませんか! 奥さんがお子さんを御生みになる日は明日の午前九時頃です! 性別はお分かりにならないとおっしゃっていましたが男の子です! 団長にとてもよく似た、しかも体重が五千グラムもある大きな男の子です!」
オレは九日前に団長のお子さんの事を聞いていた。
「突然何を言う? 根拠もないでたらめを言うな」
「本当です! 団長、明日は仕事がおありかと思いますが、普通に出勤をなさったら後で後悔しますから!」
これも本当の話だ。団長の奥さんは予定よりも少し早く出産日を迎えてしまい、奥さんが頑張っている時に傍にいてあげられなかったと、団長は大滝のような涙を流して後悔していたからな。
「そんな話、信用出来ないぞ」
「では明日滂沱の涙を流して、ご自分をお責めになって下さい! あっあ~奥さんが可哀想です!」
「くっ」
オレのわざとらしい演技に若干団長の心が揺らいだようだ。苦り切った顔をしている。
「今の話が本当であった場合、三日後の夜に王宮に居て下さい。多くの騎士達と一緒に!」
「馬鹿馬鹿しい、もう付き合ってられん。オレは行くぞ」
「オレの話は全部本当ですから!」
立ち去る団長の背中に向かってオレは叫んだ。
――明日にかかっている。
明日までの時間がとても長く感じたかと思えば、タイムリミットが迫っていて短くも感じた。
――そして翌日の正午を迎える少し前。
団長は両親が営む店に汗だくとなって駆け込んで来た。そして息を切らしながらこう言った。
「オマエの言った事はすべて本当だった」
そして団長はオレの願いを聞き入れる約束をしてくれた。これで安心出来る……わけでもなかった。何故なら反乱軍対策=ライの命が助かるというわけではないからだ。そしてオレはライと一度も会う事なく、タイムリミットの日を迎えてしまうのだった……。
今宵、オレは部屋のベッドで仰向けとなって、キャメルの心配をしていた。今日は殆どその事ばかりを考えている。今は女になったとはいえ、男だった頃に恋心を抱いていた女だ。まだ特別な想いが残っている。
暴漢男は怖かっただろうし、それに輪をかけてオレが派手に暴れたからな。オレはキャメルを怖がらせた責任は自分にもあると心が痛んでいた。そしてもう一つ心配事がある。キャメルとライの仲だ。
やっぱりキャメルはライの事が好きなんだろう。今日ライに「傍を離れないで欲しい」と、泣いて懇願していた、あれは素だった。気が動転していたし、騎士が傍にいた方が心強いと思ったのかもしれないが、それは都合の良い考えだ。
心が不安定な時ほど、大切な人に傍にいて欲しいと思う。キャメルだって同じだ。惚れた男が目の前にいたら縋りたくもなる。あの時は顔色の悪い彼女が心配で、早くライに家まで送って欲しいと思ったのだが、それは正しい選択だったのか。
――まさかあの後、あの二人の関係が変わったりしていないよな。
って何をオレは馬鹿な事を考えているんだ! キャメルは明らかに具合が悪かったんだぞ! そんな彼女もライも色恋沙汰していたとは思えない。
――でもあの二人は両想いだ。
何がきっかでどうなるかは分からない。なんだろう、この胸に吹く寂寥感は。一人だけ置いてきぼりにされた淋しさやら、それから嫉妬のような感情も感じる。
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――でもなんだろう。何かが違く思える。
ライに嫉妬というよりも寧ろ……。
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まだこの時間は店の片付けやら明日の料理の仕込みをしている筈だけど、オマエも手伝え的な催促でもしにきたのか? だとしてもオレはもう夜着に着替えてしまったぞ。
「はぁい」
オレは返事をして扉を開けに行った。
――ギィ――。
「あっ」
相手の姿が映った途端、オレは短く叫んだ。
――ライだ!
そうだ。すっかりと忘れていたが、確かライはオレに「今日の夜、絶対家にいろよ」とかって言ってたよな。まだライは仕事着のままだった。って事は仕事が終わって、そのままオレの所に来たわけか。
「こんな時間まで仕事だったのか、お疲れさん。そういえばキャメルはだいじょう……」
オレがキャメルの事を訊こうとした時、ライは顰め面の無言でオレの両手首を掴んできた!
「お、おい! な、なにするんだよ!」
掴んだ手首を左右に広げられる。押さえつけられているライの手にはかなりの力が入っていた。オレは意味が分からず、動向を凝視していると、ライはオレの躯をチェックするようにマジマジと見回している。
「何やってんの、オマエ?」
――急にオレの躯に興味を持ち始めたのか! 変態かよ!
まさかこのままオレの躯を弄ぼうなんて思ってないよな!
「何処も怪我してないよな?」
「え?」
なんか頭の中で考えていた事とはかけ離れた反応だぞ?
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「……そうか」
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――うおっ、なんだ急に!
触れられている肩の部分がジーンと熱い気がしてならない。
「ど、どうしたんだよ?」
「いやだってオマエ昼間さ、あれだけの大男を相手に一人で闘ったんだろう? 怪我の一つもしてないなんて奇跡じゃんか」
普段なら「オレは無敵だからな!」って偉ぶるけれど、それよりも急に胸がぶわっと熱くなってきて、そんな憎まれ口を叩く気にはなれなかった。
「オマエ、オレに怪我がないか確認する為だけにここに来たわけ?」
「確認する為だけって大事だろう? あのなぁ、オレはオマエがあの男と闘っている姿を見た時、胸の内が焼き潰さるかと思ったんだぞ。もしかしたらオマエを失うんじゃないかって。そのオレの気持ちがオマエに分かるか?」
ライの温かい言葉で胸がより熱くなった。心配してわざわざ来れくれたって事だよな。恋愛を抜きにしても、ライがオレを大切にしてくれているのが分かった。
――そうだ、ライはそういう奴だ。
あれはいつだったか、一緒に仕事をしていた時だ。ある時、オレ達は血生臭い内乱事件に巻き込まれた事があった。それが思ったよりも大きな暴動で、オレもライも怪我を負った。
ライはオレをずっと「大丈夫か大丈夫か?」と心配していたが、自分の方が骨は折れているわ、出血しているわの酷い怪我で、とても人の事を心配している状態じゃなかったのに、ずっとオレの心配をしてくれていたっけ。
その事を思い出したら、胸にキュゥーと何とも言えない思いが走った。オレは無意識の内に、ライの胸元に顔を埋めた。ライは驚いていたが何も文句を言わずに、そっとオレの背に腕を回してくれた。
「失いたくない気持ちはオレにも分かるよ」
オレはライを失った悲しみを体感している。
「オレもライを失いたくない」
はっきりとした思いを伝え、オレもライの背へ腕を回した。
「レイン?」
オレから何かを汲み取ったライは驚いているようだが、深く追及はしてこなかった。
――ドクンドクンドクン。
ライの確かな鼓動が聞こえる。これを失ってはならない。あんな胸が焼かれるような思いはもう二度としたくない。大事な大事なオレの親友。幼い頃からずっと一緒だった大事な幼馴染だ。
――絶対にライを死なせたくない。いや死なせはしない。
そう心に誓うと、オレはある事を問う。
「あのさライ。この頃、王宮や街で変わった様子はなかったか?」
「どうした急に?」
「いや、オレの勘だけど、妙な胸騒ぎがしてさ」
「…………………………」
何も答えないライが気になって視線を上げてみると、ライの思案する顔が映った。もしかして何か起きているのか?
「ライ?」
オレが名を呼ぶと、ライはハッと我に返る。
「あぁ、悪い。特にそういった事はないな」
「……そうか」
近い内に王宮に反乱軍が侵入し、ライの命が危ないと伝えられたら、どんなに良いか。しかし、それは禁断の行為だと女神から強く言われていた。もし禁忌を犯せば、その時点でライの命は終わりを告げる。
――何も情報が入っていないのか。他に何か危険を知らせる手立てはないのだろうか。
「レイン?」
ライに名を呼ばれてオレは意識を戻す。
「あ、なんでもない。そういえば家まで送ったキャメルの様子は大丈夫だった?」
「え?」
オレは変に勘繰られないよう別の話題を出したのだが、キャメルの名を出した途端、ライの表情が微妙に強張った。なんだこの妙な空気……まさか何かキャメルとあったのか?
「ライ? ……キャメルと何かあったのか?」
「いや何もない。彼女を無事に送った後、今日は安静するように伝えたから大丈夫だろう」
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「そっか……」
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そんな騒ぎの後処理に時間が取られるわで、ライに会いに行く時間すら奪われていた。そしてこの妙な騒ぎは街の騎士達が厳重に注意して見張ってくれるようになった。まぁオレも腕には多少自信があるから、絡まれても追い返したリはしているんだけれど。
――タイムリミットまであと三日しかなくなった。
オレの焦燥感は日に日に増していく。それとライとの恋を育む事と同じぐらい懸念している事があった。タイムリミット当日の夜に王宮に入る反乱軍の事だ。オレはその軍にライは殺されたと思っている。反乱軍はあの警備の堅い王宮にどうやって潜入したのか……謎なのだ。
反乱軍の人間は平和主義を浸透させようとする国王陛下に不満を持つ蜂起した民だ。首謀者は誰なのか。あの事件が起きた当日、オレは王宮の内部で敵軍と戦っている内に、ある部屋でライが血だらけになって倒れているのを見つけた。
その後、オレは女神と会って時がループしたから、反乱軍の情報が分からないのだ。ここ数日、オレは王宮の周りを調べていた。何処かに裏口や隠しルートがあるのではないかと疑ったが、まず警備が万全過ぎて内部に侵入する事が不可能だ。
強行突破も考えられたが、守衛の騎士達は一流の腕をもつ。早々に崩れるとは思えない。あと考えられるとしたら……内部の人間が手招いたのか。そうであればお手上げだ。王宮の誰が裏切り者なのかまでは、さすがに調べられない。
――あとオレに出来るとしたらなんだ?
何も思いつかない。万が一、ライと心が交わせられなかった場合、反乱軍さえ止められればライは死なずに済むのではないかと考えている。しかし、女神はオレとライが結ばれないとライの死は止められないと言った。
――それは何故だ? ……考えても分かるわけがないか。
あと他に何かないのか。ライが死なずに済む方法が……。
――!!
ある事が閃いた。だがこれはほんの可能性でしかなく、ライが確実に死なないという保証はない。それでも何もしないでいるよりはマシだ! オレは居ても立っても居られず、すぐに行動へと移した……。
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「何の用かと思えば、なんだそれは?」
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騎士をしていた頃、この人がオレの上司だった。副団長のライが甘い顔立ちの王子様風ならば、団長は雄々しくてワイルド。短い黒髪に黒い瞳、骨格隆々で身長も二メートル近くある。決して女ウケしない容姿だが、騎士としての腕は本物。数多の戦場で活躍した英雄だ。
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「レイン、理由はなんだ?」
「理由は言えません。言えない理由があるんです。団長どうかオレの言葉を信じて、三日後の夜に王宮に居て下さい」
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「くっ」
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「今の話が本当であった場合、三日後の夜に王宮に居て下さい。多くの騎士達と一緒に!」
「馬鹿馬鹿しい、もう付き合ってられん。オレは行くぞ」
「オレの話は全部本当ですから!」
立ち去る団長の背中に向かってオレは叫んだ。
――明日にかかっている。
明日までの時間がとても長く感じたかと思えば、タイムリミットが迫っていて短くも感じた。
――そして翌日の正午を迎える少し前。
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「オマエの言った事はすべて本当だった」
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断る――――前にもそう言ったはずだ
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