彩色スーツケース

榛葉 涼

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プロローグ:鬱蒼としげる森の中でのひととき

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 「……あれ? なんでだろ」

 怪訝な表情を浮かべながら、私は首を傾げざるを得なかった。

 鬱蒼と草木が生い茂る森の中。そこは大きな木々が陽光を遮り、申し訳程度の木漏れ日が差し込むだけで真昼間だというのにどことなく不気味な印象を受ける。を進める地面はいつ舗装されたのが最後だろうか? まばらに雑草が生えていたり、カピカピに割れていたりで、とてもじゃないが歩きやすいとは言えなかった。

 そんな空間をずっと歩いてきたものだから、私の気分は割と落ち込んでおり、森を抜けて行こうと決意した数時間前の自分を呪ったりもした。今さら、引き返すわけにもいかないけれど。

「足痛い」

 地べたに座り込んでくるぶしをさすってみたり。 ……気休めにもならないけれど。

「早く着かないものかなぁ……」

 ぼやいたところで、何か状況が変わるわけでもない。ため息を吐きながらポケットの中に入っている地図を取り出した。先日訪れた街で手に入れたモノで、ここら一帯の地形や街が描き記されている。地図とにらめっこして、私はぐぬぬと唸った。縮尺からして、そろそろ森を抜け出してもいい頃なのだが。 ……というか近道だからという理由で森を突き抜けると決めたはずだが。

「んー……」

 私一人だとどうにもならなそうなので、旅仲間を頼ることにした。

「スーちゃんはどう思う?」

 ちょうど真横に居るその子に、私は話を振ってみる。

 …………………。

「返事は、なし」

 当然だ。人でも動物でもないのだから。ただのスーツケースなのだから。

「不安だ……」

 白髪を指で梳かしながら私は立ち上がった。ヘナヘナの雑草を踏みしめつつ、再び歩き出した。相も変わらない景色にいい加減億劫になりながら、出口を目指す。

 ……あと30分くらい歩いてもまだ森の中だったら、地図を寄越したあの店の悪評(根も葉もない)でも広めてやろうかな。

 なんて、しょーもない計画を立てていた時だった。

「んっ……」

 突然と、前方から激しい光が私の目に差し込んだ。思わず塞ぎ込んでしまった目をゆっくり開くと、大木のシルエットの奥に開けた土地が拡がっているのが見えた。つまり、森の終わりである。

 私の口角とテンションが最高潮に上昇したのは言うまでもない。

「やった!」

 私は小躍りしながら駆け出した。 ───やっとこの陰気な森とはおさらばできる、今夜はでっぷりとお風呂に浸かれるんだ。そう思うと、足は羽のように軽くなった。

 ふと横を見ると、旅仲間がことに気づいた。

 私は右手を頭上で大きく振り、呼びかける。

「ほら! スーちゃんも早く!」

 間もなくして、旅仲間のスーツケースはその車輪をガタガタと回しながら、私の方へ向かって動き出した。もちろん、私が手を掛けたわけではない。自力で動いたのだ。

 当然だ。ただのスーツケースではないのだから。

 “魔法”のかかったスーツケースなのだから。
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