60 / 66
傲慢野郎
しおりを挟む「おい! お前、いい加減にしろよ!」
初めに動いたのはアサギだった。珍しくドスの効いた声で荒げた彼は、その大きな手でソウマの腕を掴んだ。
「ふん、おれに逆らうのか?」
「見て見ぬフリできるかよ! やってること異常だぞソウマ!」
「異常かどうかは貴様が決めることではない。これはおれとトウカ……抽出型の問題だ」
「型なんて今はどうだっていいだろ!」
アサギが叫ぶようにそう言うと、ソウマはあろうことか高笑いを上げた。それは“嘲笑”という表現が適しているかもしれない。不快感がこれでもかと凝縮されていたのだ。
ひとしきり笑った後に、ソウマはその冷酷な瞳をアサギへと向けた。
「まるで貴様はおれと対等であると思い込んでいるようではないか! やはり浄化型とは愚かしいなあ!」
「なんだと?」
「覚えておけ浄化。魔人を刈り取ることしか能のない貴様らは抽出、解読よりも下の立場にある。ゆえに貴様らがおれに意見することは許されんことだ」
そんな言葉を捲し立てたソウマはトウカの首を掴む力を強めた。彼女の呻き声がより苦しみを帯びたものとなる。表情だってうっすらと青白んでいた。
「その汚い手をどけろ、浄化。魔素臭くて仕方がないのだよ」
「……よくもそんな浄化型を蔑むことが言えたな、ソウマ」
「ほう。歯向かうのか? このおれに」
「ああ! 別に俺たちはお前と対等だからな!」
叫んだアサギの様子が一瞬にして変化を遂げる。彼の周りのノイズがブレを生じさせた。いわゆる戦闘態勢である。完全に怒りに身を任せていることは明白だった。
「ソウマ! 俺は手加減が苦手だぞ、覚悟しろ!」
「待てよアサギ。落ち着け」
シヅキはアサギの丸太のように太い腕をガッと掴んだ。
「止めるなシヅキ! こいつは一遍でも痛い目に合わせないと――」
「トウカ」
そう呟くと、アサギの動きがピタリと止まった。
「優先すべきはこいつをぶちのめすことじゃねーだろ」
「……あ、ああ」
「変われよ」
シヅキの言葉にアサギは大人しくその身を引いた。ソウマの前にシヅキは立つ。
「おれはその浄化とやり合ってもよかったのだが? 地に伏せてやろうと思ったがね」
鼻をふん、と鳴らすソウマは相変わらずこちらを見下すような眼で見ていた。正直に言うと虫唾が走るが、まともに相手するのは悪手でしかないとシヅキは確信していた。
ゆっくりと深呼吸をした後に、シヅキはその口を開いた。
「お前は浄化を見下してんだよな?」
「見下すとは心外だ。貴様らの立場に適した眼を向けているに過ぎん」
(それを見下すっつーんだよバカが)
シヅキは一つ溜息をした後にこう言った。
「その言葉、コクヨさんの前でも吐けるか?」
“コクヨ”。シヅキがその名前を出すとソウマの眉がピクリと動いた。彼が口を開く前にシヅキは畳み掛けるように言葉を重ねる。
「今から確かめようぜ。コクヨさんは向こうのベースキャンプに居るんだろ? すぐに連れて来てやるよ。そこで同じ言葉吐いてみろ」
「……」
挑発的にシヅキはそう言ってみせた。一方でソウマは口元をピクピクと震わせるだけで何かを言うでもなかった。代わりにトウカを岩壁へと叩きつけていた手をバッと離したのだった。トウカは叫ぶような席と共にズルズルと座り込んだのだった。
再び鼻をふん、と鳴らしたソウマは飄々とした様子でベースキャンプへと向けて歩き出した。さながら何もなかったかのように。
「そろそろ集合時間だ。戻れ」
ソウマはそんな捨て台詞と共にシヅキたちの元を去って行ったのだった。シヅキもアサギもその背中をただ見るだけだった。
「トウカ! 大丈夫か?」
間も無くしてアサギがトウカの元へと駆け寄った。シヅキも横目で彼女の様子を窺う。深い呼吸を繰り返すトウカの顔はいまだに青ざめていた。とてもじゃないが平常な様子ではない。
(あの傲慢野郎、どんだけ力入れてやがったんだよ)
シヅキは一つ舌打ちをした後にトウカの肩へと手を置いた。シヅキの手をトウカがギュッと掴んだ。
「あ……ありがと…………シヅキ」
「なんで俺がまだお前を助けなきゃいけねーんだよ」
「……へへ」
力なく笑うトウカの首後ろに手を回し、もう片方の手を膝の後ろへと回す。力を入れて彼女の身体を持ち上げた。
「ヒソラんとこ行くぞ」
独り言のように発したシヅキはベースキャンプへと向けて歩を進め出した。間も無くして大きな足音が後を追ってくる。
「……すまん。シヅキ、トウカ」
どこか弱々しく響く野太い声。眼だけで後ろを振り返ると、口を真一文字に結んだアサギがいた。
「完全に怒りに身を任せていたよ。浄化を否定されたことが……シヅキやサユキのことをあんなふうに言ったことがどうしても許せなくてよ……」
「……そうか」
「ありがとよシヅキ。お前がいなかったらまだトウカは苦しんでいたかもしれない」
アサギがトウカへと眼を向けたが、彼女はまともに返事をすることはなかった。いや、出来なかったのかもしれない。
シヅキはその足を早めつつ、言葉を紡ぐ。
「……派手に行動を起こすことはやめといた方がいいだろーな。おそらくソウマは俺たちよりもこの調査団のことについて詳しい。あいつを害するのは危険だ」
「確かに、テキパキと指示を出している感じはそう見えるな」
「いい子ちゃんでいようぜ。許容範囲を超えない限りはな」
トウカを岩壁に叩きつけたソウマの姿を思い出しながらシヅキは言った。
「シヅキはすごいな」
「……あ?」
予想にもしないアサギの言葉にシヅキはつい足を止めてしまった。
「物事の判断が冷静だ。周りのことをよく見られていると思ったよ。俺にはない、シヅキの強みだな!」
「……自分よりも動揺している奴がいれば冷静になれるもんだ」
「はは! そうか!」
先ほどまでの怒りが嘘のようにアサギは機嫌良く笑った。その声に煩わしさを覚えつつシヅキは前方へと眼を向けた。小さかったベースキャンプの影は随分と近くまで来ていた。
(冷静さが強み……)
それだけは無いとシヅキは思った。“絶望”に追い込まれた時だって、トウカがあの事実を口にした時だって、シヅキは冷静な判断は出来ていなかった。本当に大切な場面において、シヅキは思考と行動から逃げるのだ。それは自身の中で最も嫌いなところだった。
(いつかまた選択する機会があった時に……俺は上手くやれるだろうか?)
そんな自問に対し、シヅキはすぐに頭を振った。どこまでも弱いホロウである自身が上手くやれる筈が無いだろう。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。
だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。
女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
途方に暮れる主人公たち。
だが、たった一つの救いがあった。
三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。
右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております
【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで
雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。
※王国は滅びます。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる