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「ごめん、待った?」
しおりを挟むオドのロビー、昇降機入り口付近。
「今日の晩ご飯どうする?」
「んー、昨日はシチューだったから今日はカレーだな」
「ちょっと似てない? それ」
他愛もない雑談とともに、複数のホロウが昇降機へと乗り込んでいく。間も無くして、ギギギと昇降機が軋んだ。
「……」
男は壁に寄り掛かりつつ、その音を聴いていた。腕を組み眼を伏せている彼は、まるで石像のように動かない……それはまるで、ナニカを待っているかのように。
「シヅキ!」
ふと、自身の名前を呼ぶ声が聞こえて、彼改めシヅキはゆっくりとその視線を上げた。
見ると、ロビーの奥から手を振りこちらに駆けてくるホロウが一体。髪の長い女性だ。たいへん見覚えのある彼女、その名前をシヅキは呟くように呼んだ。
「トウカ……」
「ごめん、待った?」
肩をわずかに上下させながら、トウカはそんなことを訊いてくる。シヅキは溜息を吐きつつ、こう答えて見せた。
「いや、今来たところだ」
「そうなんだ。良かった……私、待たせちゃったんじゃないかって思ってた」
「ああ……なあ、このやりとり必要だったか?」
シヅキがそう尋ねると、ソヨの表情は神妙なものへと化した。数秒の間を開けて、彼女は答える。
「……分からない」
「いや、絶対要らなかっただろ。わざわざロビー前で待ち合わせることもよ」
「だって、デート? をする時は、こういうやりとりをするのが人間のしきたりだって……ソヨさんが」
「あいつの入れ知恵かよ」
シヅキの頭の中には、ドヤ顔をしながらピースサインを浮かべるソヨが思い浮かべられた。
「じゃあ、あれか? その服もか」
「うん、ソヨさんが貸してくれたの。あと、この髪型も……すごい可愛い」
若干気恥ずかしそうに自身の髪を触るトウカ。彼女の服装は、普段着ている真っ白のローブではなかった。
白のブラウスに、青を基調としたタータンチェック柄のフレアスカート。髪型だって、いつもの下ろしただけのシンプルなものではなく、編み込みが施されていた。
「こんな可愛い服、普段着ないからなんか変な感じする……」
「別に、んな違和感は無ぇと思うが」
「だったら、いいんだけど」
えへへ、と笑うトウカ。シヅキは自身の首の後ろを掻いた。
「まぁ、なんでもいいか。ここで喋るのもアレだろ。さっさと行こうぜ」
そう言って昇降機前に移動しようとするシヅキ。しかし、その歩みはすぐに妨げられた。
「? なんだよ」
振り返ると、そこにはシヅキの服の裾をちょんと摘んだトウカがいた。それはどこか既視感がある光景だった。
「えっと……出かける前に、一つだけ言わないといけないことがあって」
「言わないといけない?」
「その、私の計画のこと……」
計画。その言葉を聞いたシヅキの眼が大きく見開かれた。
『トウカ、質問に答えてくれよ。お前、この辺境の地に何しにきたんだよ。前に言ってた“計画”って、なんなんだよ。お前は……何を求めているんだ』
先日。そう、つい先日だ。シヅキはそんな疑問をトウカにぶつけていた。トウカが恩を感じていることを利用した汚いやり口で、だ。
しかしその時に、トウカが“計画”の内容を話すことは無かった。彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべ、「今は都合が悪い」と断ったのだ。シヅキもそれ以上は深追いをしなかった。
……そうして今日に至る。2体の傷がある程度癒えて、戦闘以外の行動が許されるようになった今日だ。
真剣な表情をしたトウカを前に、シヅキは恐る恐るの口調で尋ねた。
「今だったら、都合がいいってことなのか?」
「い、今はダメ! えっと……今日のデートが終わったら、言うから! 今はその……宣言だけ……ごめん」
伏せられた琥珀色の瞳を眼に捉えたシヅキ。いつものように、ハァと溜息を吐いた。
「俺だって今言われても頭ん中入ってこねーよ……まぁ、お前のペースに任せる」
「……シヅキ」
「んだよ」
「ありがと」
「……とりあえず、今は行く場所があるだろ?」
ぶっきらぼうにシヅキが言うと、トウカはコクリと頷いた。
「うん。甘いもの食べよ? シヅキ!」
――今日は薄明の丘で交わした約束。そう、港町へと赴く日だ。
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